Boundary Clash

菱公太

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第1章 深緋の衝撃

第11話

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 悩みというのは誰かに話すだけでも軽くなるものだ、と聞いたことがある。今日、慧はそれを身をもって実感したのだった。

 幼馴染みの留学。結局はその一言に尽きるのだが、それが予想外であったことと、今まで過ごしてきた時間に比べて、残された時間があまりにも少ないということに慧は混乱していた。

 今まで棚に上げて見ないようにしてきたものが、突然目の前に落ちてきたようで、身動きが取れないのだ。
 
 その一切合切を、外国人のそれも絶世の美女に向かって話すという、あまりにもシュールな状況に違和感を覚えつつも、不思議と恥ずかしさはなかった。

 慧が話す間、キーラはほとんど相槌を打ってばかりだったが、それがかえって慧の独白を促していたのかもしれない。


「まあ、こんな感じです。自分のことながら、女々しいですね」

「そんなことないと思う。誰だってアキくんの立場だったら、多かれ少なかれ同じような悩みを持つわよ」

「そう……ですかね」

 話を聞いているときと変わらない優しい表情のキーラを見て、ようやく自分がどんなに恥ずかしいことを喋ってしまったのかを痛感する慧。

 「後悔先に立たず」についても、身をもって体感したのだった。

「こういうの、セイシュンっていうんでしょ」

「どうでしょう。優柔不断ともいうと思います」

「アキくんってさ、ヒネクレモノって言われない?」

「…………」

 どこかで言われたことがあるような、ないような。恐らく慧自身にその自覚があるからなのだろう。心に刺さる一言だった。

「その幼馴染みのって、もしかしてイチルちゃん?」

「──! どうして、そんなこと聞くんですか?」

「アキくんと話してて出てくる女の子って、ルカちゃんとそのイチルってくらいでしょ。ルカちゃんはそういう感じじゃないし、なんとなくそう思っただけ」

 動揺を隠せない慧を前に、キーラは落ち着き払った様子で種を明かした。

「キーラさんの苗字って、ホームズだったりします?」

「ハハハッ……アキくん、ジョークが上手いね」

 腹を抱えて笑うキーラ。押さえつけられた服が、必要以上に身体のラインを強調していた。

 そんな小さな幸運に気付くことはなく、慧は意を決して更なる悩みを打ち明ける。

「どうすればいいのか、わからないんです。気持ちを整理しようにも、どこから手を付ければいいのか、さっぱりで」

「そう? 言っちゃえばいいのよ。「行かないで」って」

「それは……! あんまりじゃあ」

「うそうそ。冗談。
 でもね、アキくんとイチルちゃんのことは、気持ちや感情の問題だと思うの。そうなってくると、みんながハッピーになるような解決策を見つけるのは本当に難しい。なにを選んでも、みんなが少しずつ寂しい思いをしたり、傷ついたりする」

 慧に寄り添うような、穏やかな口調でキーラは話す。彼女の言葉は、自然と慧の心に馴染んでいった。

「さすが人生の先輩ですね。そういう経験、したことがあるんですか?」

「あちこち旅しているとね、色んな人と出会うためには同じ数だけ別れなきゃいけないの。少し違うけど、ワタシはイチルちゃんの気持ちが少しわかるような気がする。話を聞いただけだけど、アキくんや他のお友達、家族と別れるなんて寂しくない筈がないよ。それをわかっていて、でも前に進むんだって、決めたんじゃないかな」

 一瑠の気持ち。キーラの話を聞いて初めて、それに気付かされる。慧は自分の愚かさを強く恥じた。

「……そうですね。一瑠の決めたことだし……応援するべき、ですよね」

 それを聞いたキーラは、人差し指を立てて左右に揺らす。

「アキくん。さっきも言ったけど、キミが抱えている悩みは感情の問題だと思うの。きっと正解なんてないし、“たったひとつの冴えたやりかた”なんてものもない。自分と相手の気持ちがわかったのなら、あとは“どうするべきか”じゃなくて、アキくんが“どうしたいか”だよ」

「…………」

 キーラの言葉は穏やかではあったが、慧には重くのしかかる。何かに頼ることなく、最後は自分の意志で決めなさいと、そう言われているような気がした。

「ごめんね。余計なお世話だった」

 沈黙する慧を見て、キーラは言葉を継いだ。ハッとした慧は、慌てて取り繕う。

「──全然、そんな。耳が痛い話だったのは本当ですけど、心に響いたというか……聞いてよかったです。ありがとうございます」

「ホントに?」

「はい。チャーシュー丼をサービスしたいくらいです。もちろん、店長が見ていないところで」

「フフッ」

 ひとしきり笑い合ったあと、慧はコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 夕方とはいえ真夏日だ。これ以上長居をすれば、食材が悪くなってしまう。

「それじゃあ、俺はこれで。今度、キーラさんの悩みも聞かせてくださいね」

「うん。またラーメン食べに行くからね」

 手を振るキーラを背に、慧は家路につく。一息で飲んだからか、コーヒーの苦みはいつまでも口に残ったままだった。


 その夜、慧はある夢を見た。夕飯の献立のせいか、とても懐かしい夢だった。

 久しく忘れていた記憶。

 心の隅に置かれたまま、それでも確かにそこにあって、彼の一部になったもの。

 大病を患う前の、凛々しい姿の母と過ごした日常。その断片だった。
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