16 / 19
夏の終り――2
しおりを挟むいったい、何がきっかけだったのか、どこまで走っても、Zが僕たちを追いかけて来る。
奴等の足は遅いけど、どこにこれだけいたのかってくらい、あちこちからZが出て来ては僕たちに向かい歩みを止めない。
僕たちと違って、奴等は遅いけれど疲れを知らないのか、いつまでも追って来ては、僕たちに足を止めることをさせてはくれない。
足が動かなくなりそうに走って疲れても、後を見れば奴等が付いて来る。
大量のZの数にショットガンを撃ってもほんの少しの足止めにもならなくて、銃を撃つのを諦めて走り続けた。
「シュウ、あそこ」
マリアの指差す方向に、水の色が見えた。
漸く川の近くまで来ていたのを知り、くじけそうになる足を叱咤して走り続ける。
前方から現れたZはマリアのハンドガンと僕のショットガンとで道を開けさせる。
前方から来るよりも、後方から追ってくる奴等の方が多いのが、皮肉にも僕らの助けとなった。
前方から来られたらさすがにこの道は諦めなくてはならなくなる。
それでも、僕の息も、マリアの息も今にもあがりそうで、心臓が限界だと言うように鼓動を打っていた。
あと、十メートル。
奴等を避けて川に向かって走っていると、川にせり出した、かつては橋だった残骸に行き当たった。
崖から飛び降りるよりはせり出した橋の残骸の方が危険は少ない、だろう。
下は水だ、たとえ距離があって、高さがあればあるほど水は固く、コンクリートのようになるとはいっても、飛び込むにはもうそこしかない。
崖になった部分から飛び込んで、岩にぶつかって落ちるのはもってのほかだ。
少し離れた水面に、無人の手漕ぎボートが浮かんでいるのが見える。
「行って!
早く、マリア!」
ショットガンを続けざまに撃つ。
反動が強く、二度目は照準がぶれる。
それでも、当たれば数匹巻き込んで吹っ飛び、時間が稼げた。
もう前から来るZも居ない、後方からのZにだけ注意を向けて、あたり構わず撃ち捲くればいいだけだ。
「でもっ、シュウ!」
ハンドガンを構えようとするマリアを制して、早く行くように促す。
「奴等は泳げない、だからっ、早く」
下までの距離があっても、崖になった場所を降りる時間は、もう無い。
それでも、飛び込めば、浮かぶボートにさえ辿り着ければ、向こう岸に行ける。
向こう岸にいる軍の姿もここからは豆粒にしか見えないけど、居るはずだ。
「行って!
僕も後から行くから」
叫びながらも撃ち続ける。
弾切れの度にもうダメかも知れないと思いながら装填する。
装填して撃ち放てばZたちとの距離が取れる。
もう振り返る余裕すらなくて、激しい水音にマリアが川に飛び込んだのを知った。
「これで……マリアは大丈夫だ……」
飛び込んだ衝撃で気を失ってなければいいんだけど。
「ちっ、どんどん集まって来る」
きりがない。
もう何発撃ったのか、薬莢が足元に散らばって、踏まないようにすると足場が無くなっていく。
薬莢を踏んで、転んだりバランスを崩してやられる、なんて冗談じゃない。
せっかくここまで来たんだ。
あと少しで、島を出られるところまで来たんだ。
「僕はっ、日本に帰るんだっ!」
最後の弾倉を装填する。
少しずつ後に下がりながらZと距離を取り、タイミングを見計らう。
立て続けに、照準も合わせずに撃ち捲くる。
そして奴等からかなりの距離が取れた瞬間に、僕はそのまま後ろに向かって地面を蹴った。
風の音が耳に響く中、Zが崖の部分に群がっているのが遠去かっていき、視界が真っ暗になって、背中に衝撃を受けた。
息が出来ない、苦しい。
沈んでいくのが分かったが、手を伸ばしても水面は遠くて、気を失いそうになった。
遠ざかる水面から光が差し込んでいて、苦しいのに綺麗だ、と思う。
水面に波紋が出来て、アリスが僕に手を差し伸べているように見えて、ひょっとして僕は死んでしまっていて、僕を向かえに来てくれたのかと、アリスに手を伸ばす。
アリスの名前を呼ぼうとして、声の変わりに空気の珠が上に浮かんでいく。
ああ、アリス──僕は帰れなかったけど、君の側に行けるんだな……。
そう思っていたら、アリスに手を強く握られて、水面の方へと引き寄せられた。
冷たい水の中で温かいものが唇に触れた、と思ったら空気を肺に送られ、感触のある口付けと握られた手に、アリスだと思っていたのがマリアだと気付く。
ぐいぐいと水面に向かって引っ張られ、水面に顔が出て新鮮な空気が肺に入ってくる。
「ぷはぁっ……げほっげほっ……」
水も肺に入ったのか、咽てしまい、涙か鼻水かでぐしゃぐしゃになって、濡れている顔を手で拭う。
「僕は……生きてるのか……」
「当たり前でしょう、シュウ!
心配したんですよ!
全然浮かんで来なくて……。
……うっ……よかった……シュウ……」
マリアが沈んだままでいた僕を引き上げてくれて、こうして泣いてくれている。
「ありがとう……マリア……」
「よかった……シュウ……、本当に……よかった……」
「ごめん……、約束破るところだったよ……」
マリアとした約束。
二人で、生きてこの島を出るという約束。
ボートの近くまでマリアに引っ張られていき、先にマリアを乗せる。
「つかまって、シュウ」
ボートのへりから僕に手を差し伸べるマリア。
こんな超のつくような飛込みでも、その手から指輪は無くなってはなくて、キラキラと光っているのが見えた。
濡れた髪が陽に照らされるのと、指輪の光に眩しくて目を細めると、マリアではなく、アリスが笑っているようにも見えた。
それはただの幻ではあったけれど。
アリスは僕を向かえに来たのではなくて、生きろ、と言いに来たんじゃないかと思えた。
ボートはゆっくりと川向こうへと流れて、Zも橋も、遠く、見えなくなっていく。
向こう岸から声が聞こえる。
無事かと訊ねている声に、助かったんだと思えてきて、僕は笑いながらマリアと抱き締めあって泣いていた。
声に応えるように手を大きく振る。
僕らが生きた人間である、と知らせるように。
ボートの上で手を振っていると、濡れた服が冷たく感じて、身体に振るえが走る。
いつの間にか、風が少し冷たくなってきていて、夏がもう終わるのに気付いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる