僕の忘れられない夏

碧島 唯

文字の大きさ
17 / 19

第八章 再会と、別れと

しおりを挟む

 あれから、ボートは向こう岸から来た船に助けられて、僕たちは小さな手漕ぎのボートから船へと移されて温かい飲み物や毛布を渡された。
 中には涙ぐんで僕たちを見ている人もいて、やっぱりニューヨークは絶望的だとか思われていたんだろうな、とか思わされた。
「奇跡だ」
 そう言っている人もいて、僕は内心奇跡なんかじゃない、僕たちの努力だいい加減な事を言うなとか思ってしまった。
 だって神様はどんだけ祈っても、アリスを助けてくれなかったし、Zを消し去ってはくれなかったんだから。
 ──マリアにとっては、助かっただけで神の奇跡だって言うかも知れないけど。

僕とマリアは、検査入院という形で病院に運ばれた。
多分、それは僕たちを心配してではなく、僕たちがあいつらにならないかどうかを調べているんだと思う。
それが証拠に僕とマリアは隔離され、誰にも会えない状態にされて、検査の医者たちも真っ白な防護服のような物を着ていたから。
血液検査から始まって、色々な検査がされたと思う。
何かよくわからないけど、CRTとかMRT? (ちょっとうろ覚えかも)て機械の中に入れられたりもした。
当然僕にも分かるレントゲンなんかも取られた。
家に電話をさせて欲しい、というのも却下された。
僕だけじゃなくマリアも、だ。
だからアメリカ人であるとか日本人であるとか、財閥だとか庶民だとかも関係なく、隔離され検査漬けの日々を送っていた。
軍に助けてもらった時に、渡したルークさんたちの居る場所を示した地図はどうなったんだろうか。
ルークさんたちは救出されたんだろうか。
何の情報も教えてくれないまま、何日が過ぎたのかすら分からなくて、今がまだ夏なのか秋になってしまったのかも知らなかった。

全ての検査の結果が出たと聞かされたのは今朝の事で、新しい服を着るようにと渡された。
着替えが終るとドアが開けられて、軍の制服だろうか、そんな感じの服の人が二人、僕を向かえに来ていた。
「どこに行くんですか?」
「今はまだ応えられません」
 二人に挟まれて病院の通路を歩いていると窓の外に見えた木の、葉の色が変わっているのが目に入った。
「……今って何の季節ですか?
あ、それよりも何月何日ですか?
そのくらいは教えてくれませんか?」
「今は9月も半ばを過ぎたあたりです」
細かい日付や曜日は教えてくれなかったけど、そうか、もう秋になっていたのか。
 病院の玄関に付くと黒塗りの車が待っていて、彼らと一緒に乗せられる。
 二人で僕を挟むように座っているのでとても居心地が悪い。
 犯罪者じゃないんだから、僕は。
 少しくらいは雑談とかしてくれないだろうかと思ったけど、今までの会話からそれは無理だろうと肩を落とす。
 どうせ何も教えてくれないんだろうなぁ…。
 同じように検査を受けていたマリアはどうしてるだろうか。
 同じ検査で何度か見かけたけど、話はさせてもらえなかった。
「僕はどこに連れて行かれるんですか?」
 聞いてみたが、二人共無言で、沈黙がやけに空気を重くした。
 ずっと同じ景色が続いてるように見えて、いつしか僕は眠ってしまっていた。

「ナルミ・シュウイチ、起きなさい」
 フルネームで名前を呼ばれるのは久しぶりだなんて思っていたら、隣にいた二人は居なくなっていて、誰の声で呼ばれたのかと慌てて飛び起きる。
「あれ?」
 さっきまでの車のシートではなくなっていて、自分がどこにいるのか分からなくなった。
「ここは……どこですか?
 さっきまで車の中だったと思うんですが……」
 さっきまで、とは言ったものの、僕は眠ってしまっていたから確かではないけれど。
 僕の目の前には、軍服(多分、正式な礼装のように思えた)の綺麗な人が立っていて、僕を見下ろしていた。
「今、あなたがいるのは飛行機の中です。
 ほかに質問は?」
 ああ、この人は聞いた事に答えてくれる、権限のある人なんだ。
 あれ……飛行機?
 ひょっとして、寝ていた間に飛行機に移されたってことは…、あの二人に担がれてここに座らされたんだろうか。
「ええと、僕はこれからどこに連れて行かれるんですか?
 それと、マリアはどうしてますか?
 日本の家族に僕が無事だって連絡したいんですが、電話をかけさせてもらえますか?」
 立て続けに質問されて、どれから答えようか考えているようで、いきなりすぎたかな、この人は質問に答えてくれるって言ってるのに、とちょっと反省する。
「マリア…、ああ貴方と一緒に救出された少女ですね。
 彼女なら貴方よりも少し先にワシントンに向かったはずです。
 そして、この飛行機もワシントンに向かっています。
 それから、日本に連絡はする必要はありません」
「え?」
 一瞬聞き間違えかと思った。
 日本に連絡する必要がないって、どういう事だよ。
「ワシントンで貴方のご両親が待っています」
「へ?」
 まぬけな声が出てしまい、目の前の綺麗な人が笑いを堪えているのが分かった。
「両親が……来て、る……」
 目頭が熱くなって、頬に涙が零れているのが分かった。
「ワシントンで数時間過ごしていただきますが、その後はご両親と日本に帰れます」
「日本に……帰れる……」
 ずっと、帰りたいと思っていた日本に、ようやく……。
 検査の間は何も教えてもらえずにいたから、まさかこんなに驚かされるなんて、信じられないと頭を振るが、目の前の人が嘘をついているとは思えずに、口が勝手に言葉を紡いでいた。
「ありがとう、ありがとう……本当に、ありがとう」
 口をついて出た言葉はとめどなく、気が付けばハンカチで顔を拭われていた。
「私こそ、貴方には感謝しているのです。
 貴方のおかげで、諦めていた人たちを救出することが出来ました」
 ひょっとして、ルークさんのコミュニティの地図の事だろうか。
 なら、あの人たちも助かったんだ、よかった…。
 あれ、近くで見るとこの人……誰かに似てるような気がする。
「ナルミ・シュウイチ、少し眠って下さい。
 ワシントンに着くまでまだ時間があります」
 確かに泣きすぎて頭が痛い。
「……じゃあ……少し眠ります」
 シートが倒されて、毛布をかけられながら、うとうとと僕は眠りについていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...