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第八章 再会と、別れと
しおりを挟むあれから、ボートは向こう岸から来た船に助けられて、僕たちは小さな手漕ぎのボートから船へと移されて温かい飲み物や毛布を渡された。
中には涙ぐんで僕たちを見ている人もいて、やっぱりニューヨークは絶望的だとか思われていたんだろうな、とか思わされた。
「奇跡だ」
そう言っている人もいて、僕は内心奇跡なんかじゃない、僕たちの努力だいい加減な事を言うなとか思ってしまった。
だって神様はどんだけ祈っても、アリスを助けてくれなかったし、Zを消し去ってはくれなかったんだから。
──マリアにとっては、助かっただけで神の奇跡だって言うかも知れないけど。
僕とマリアは、検査入院という形で病院に運ばれた。
多分、それは僕たちを心配してではなく、僕たちがあいつらにならないかどうかを調べているんだと思う。
それが証拠に僕とマリアは隔離され、誰にも会えない状態にされて、検査の医者たちも真っ白な防護服のような物を着ていたから。
血液検査から始まって、色々な検査がされたと思う。
何かよくわからないけど、CRTとかMRT? (ちょっとうろ覚えかも)て機械の中に入れられたりもした。
当然僕にも分かるレントゲンなんかも取られた。
家に電話をさせて欲しい、というのも却下された。
僕だけじゃなくマリアも、だ。
だからアメリカ人であるとか日本人であるとか、財閥だとか庶民だとかも関係なく、隔離され検査漬けの日々を送っていた。
軍に助けてもらった時に、渡したルークさんたちの居る場所を示した地図はどうなったんだろうか。
ルークさんたちは救出されたんだろうか。
何の情報も教えてくれないまま、何日が過ぎたのかすら分からなくて、今がまだ夏なのか秋になってしまったのかも知らなかった。
全ての検査の結果が出たと聞かされたのは今朝の事で、新しい服を着るようにと渡された。
着替えが終るとドアが開けられて、軍の制服だろうか、そんな感じの服の人が二人、僕を向かえに来ていた。
「どこに行くんですか?」
「今はまだ応えられません」
二人に挟まれて病院の通路を歩いていると窓の外に見えた木の、葉の色が変わっているのが目に入った。
「……今って何の季節ですか?
あ、それよりも何月何日ですか?
そのくらいは教えてくれませんか?」
「今は9月も半ばを過ぎたあたりです」
細かい日付や曜日は教えてくれなかったけど、そうか、もう秋になっていたのか。
病院の玄関に付くと黒塗りの車が待っていて、彼らと一緒に乗せられる。
二人で僕を挟むように座っているのでとても居心地が悪い。
犯罪者じゃないんだから、僕は。
少しくらいは雑談とかしてくれないだろうかと思ったけど、今までの会話からそれは無理だろうと肩を落とす。
どうせ何も教えてくれないんだろうなぁ…。
同じように検査を受けていたマリアはどうしてるだろうか。
同じ検査で何度か見かけたけど、話はさせてもらえなかった。
「僕はどこに連れて行かれるんですか?」
聞いてみたが、二人共無言で、沈黙がやけに空気を重くした。
ずっと同じ景色が続いてるように見えて、いつしか僕は眠ってしまっていた。
「ナルミ・シュウイチ、起きなさい」
フルネームで名前を呼ばれるのは久しぶりだなんて思っていたら、隣にいた二人は居なくなっていて、誰の声で呼ばれたのかと慌てて飛び起きる。
「あれ?」
さっきまでの車のシートではなくなっていて、自分がどこにいるのか分からなくなった。
「ここは……どこですか?
さっきまで車の中だったと思うんですが……」
さっきまで、とは言ったものの、僕は眠ってしまっていたから確かではないけれど。
僕の目の前には、軍服(多分、正式な礼装のように思えた)の綺麗な人が立っていて、僕を見下ろしていた。
「今、あなたがいるのは飛行機の中です。
ほかに質問は?」
ああ、この人は聞いた事に答えてくれる、権限のある人なんだ。
あれ……飛行機?
ひょっとして、寝ていた間に飛行機に移されたってことは…、あの二人に担がれてここに座らされたんだろうか。
「ええと、僕はこれからどこに連れて行かれるんですか?
それと、マリアはどうしてますか?
日本の家族に僕が無事だって連絡したいんですが、電話をかけさせてもらえますか?」
立て続けに質問されて、どれから答えようか考えているようで、いきなりすぎたかな、この人は質問に答えてくれるって言ってるのに、とちょっと反省する。
「マリア…、ああ貴方と一緒に救出された少女ですね。
彼女なら貴方よりも少し先にワシントンに向かったはずです。
そして、この飛行機もワシントンに向かっています。
それから、日本に連絡はする必要はありません」
「え?」
一瞬聞き間違えかと思った。
日本に連絡する必要がないって、どういう事だよ。
「ワシントンで貴方のご両親が待っています」
「へ?」
まぬけな声が出てしまい、目の前の綺麗な人が笑いを堪えているのが分かった。
「両親が……来て、る……」
目頭が熱くなって、頬に涙が零れているのが分かった。
「ワシントンで数時間過ごしていただきますが、その後はご両親と日本に帰れます」
「日本に……帰れる……」
ずっと、帰りたいと思っていた日本に、ようやく……。
検査の間は何も教えてもらえずにいたから、まさかこんなに驚かされるなんて、信じられないと頭を振るが、目の前の人が嘘をついているとは思えずに、口が勝手に言葉を紡いでいた。
「ありがとう、ありがとう……本当に、ありがとう」
口をついて出た言葉はとめどなく、気が付けばハンカチで顔を拭われていた。
「私こそ、貴方には感謝しているのです。
貴方のおかげで、諦めていた人たちを救出することが出来ました」
ひょっとして、ルークさんのコミュニティの地図の事だろうか。
なら、あの人たちも助かったんだ、よかった…。
あれ、近くで見るとこの人……誰かに似てるような気がする。
「ナルミ・シュウイチ、少し眠って下さい。
ワシントンに着くまでまだ時間があります」
確かに泣きすぎて頭が痛い。
「……じゃあ……少し眠ります」
シートが倒されて、毛布をかけられながら、うとうとと僕は眠りについていた。
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