僕の忘れられない夏

碧島 唯

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 再会と、別れと――2

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 夢の中で、誰かが笑っているような気がした。
 ──よかったね。
 聞き覚えのある声に、アリスだと思った。
 けど、アリスの姿は見えなくて、ただ真っ白な光がそこにあるだけ。
 ──大好きだよ。
 懐かしいアリスの声、だけど、真っ白で何も見えなくて。

 目が覚めた時、夢で聞いたアリスの事を覚えていた。
「うん……、僕も君が好きだったよ……。
 ……アリ……ス…………」
 過去形でしかない言葉を少し悲しく思いながら、アリスへの想いを口にした。
 
 僕が起きたのに気付いたのか、あの人が飲み物を持って来てくれて、それを口にすると温かいコーヒーがとても美味しく思えた。
「あの、名前教えてもらっても構いませんか」
 そういえば名前聞いてなかったなと思い出して聞いてみる。
 教えてくれるだろうか。
「私は陸軍所属ジェシー・オブライエン少尉です」
「陸軍なのにどうして飛行機に?」
 陸軍と言われて、疑問に思ったことがそのまま口に出てしまった。
「それは、貴方にお会いしたかったから。
 貴方に会ってみたかったから志願して、今ここにいます」
 陸軍が志願して飛行機に乗れるのかなんて分からなかったけど、この人──ジェシーさんはなぜ僕に会ってみたかったなんて言うんだろう。
「ナルミ・シュウイチ、もうじきワシントンに到着します。
 シートベルトを締めて下さい」
 毛布をジェシーさんに渡して、シートベルトを付ける。
 ひょっとして寝てた間って、シートベルトしてなかったんだろうか。
 寝てる間にエアポケットとかに入らなくてよかったと胸を撫で下ろす。

 着地の振動があって、しばらくするとジェシーさんが来てシートベルトを外していいって言いに来た。
 シートベルトを外すと、来るようにと僕を促して、タラップにと向かう。
 タラップを降りると、いかにも軍の基地という雰囲気がして、名前は知らないけど、戦闘機がそこかしこに見えた。
 ジープがタラップの下に向かえに来ていて、ジェシーさんと一緒に乗り込んだ。
 飛行機の中と違ってジェシーさんは口を開くことはなくて、運転手も無言だった。
 空軍の中に陸軍がいて気まずいとかそういう事なんだろうか。
 それとも、僕のせいなんだろうか。
 ジープから降りて建物の中に入ると、しばらく通路を歩いて、いい加減無言で案内されるのに飽きた頃、ラウンジのような場所に着いた。
 中には何人かの人がいて、マリアの姿が見えた。
 マリアは僕に気付くと手を振ってくれて、マリアの側の女性と男性に会釈をされた。
 僕はといえば、説明も僅かでいきなりだった為、ちょっとぼんやりしていたのかも知れない。
 急に横から抱き締められて、びっくりして叫びそうになり、抱き締めてくるのが母さんと父さんだと分かって、漸く会えた二人に胸が熱くなった。
「父さん……母さん……」
「修一、よく無事で……」
 母さんの声が途切れて、嗚咽に変わっていく。
僕も、涙声になっていて、二人を抱き締め返す。
「修一、無事なお前に会えてよかった……」
「うん……父さん……」
 ワシントンで待っている、とは聞かされたものの、こんなにすぐに会えるとは思ってなくて、胸がいっぱいになって言葉に詰まった。
 涙で父さんの顔も母さんの顔もよく見えなくて、ただ二人を強く抱き締めた。
 また会えてよかった…。
「シュウ君」
 声がかけられて、涙を拭う間もなく振り返ると、また会えたらいいなって思ってたその人がいた。
「ルークさん……」
「君のおかげで救助が来たんだ、ありがとう」
 ルークさんの隣にはジェインさんもいて、よく見るとあのコミュニティに居た人たちの姿も見えた。
 ルークさんの姿が急に消えて、ジェシーさんがルークさんに抱きついていた。
 ああ、僕に会いたかった理由ってルークさんだったんだ。
 よかったなぁ……皆無事で……、なんて思っていると、ルークさんを挟んで並んでいるジェインさんとジェシーさんがとても似ているのに気付いた。
 「ナルミ・シュウイチ本当にありがとう。
 姉と彼にもう一度会わせてくれて」
 姉、……姉って言った?
「え、と……姉妹だったんですか?」
 前にマリアがルークさんとジェインさんは同僚だったって言ってたのを思い出した。
 ルークさんもジェインさんも軍人……だったのか。
 ああ、どうりでリーダーらしかったなぁ……とか思ってると、マリアと母親と兄とが僕の両親と話をしていた。
「あちらがシュウ君のご両親だね?
 私たちも挨拶をさせてもらおう」
 ぽかんとしている僕を置いて、両親の所に皆行ってしまった。
 ただ一人残ったジェシーさんが僕の隣にいたけど、ルークさんの姿を目で追っていた。
「ルークさんとジェインさんも軍の人だったんですね」
 声をかけた僕に振り返ったジェシーさんは笑って頭を振った。
「いいえ、彼らはもう軍人じゃないわ。
 ニューヨークに行く前に退役していたから、今は民間人」
「へぇ……そうだったんだ」
 どうりで何でもできて、すごい人だと思った。
 レタリングはまた違う話だろうけど。
 Zの心配もなく、あちこちで笑い声がしている。
 平穏な日々が戻って来る。
 ここに、アリスが居たらとふと思うけど、戻らない人は永久に戻ることはない。
 ただ、この胸に思い出として残るだけ……。
「君が居たら本当のハッピーエンドだっただろうね」
 小さく呟いた。
 ちょっと寂しいけど、それが真実だから仕方がないね。
 遠くで、アリスがそれでいいんだよって笑ったような、気がした。

 お礼を言い合ったり、連絡先の交換をしたりとラウンジでの時間は過ぎて、皆それぞれの帰宅に向けて準備をしていた。
 マリアは僕を抱き締めて、いつかきっとワシントンの家に遊びに来てね、と言い。
 ルークさんは僕の肩を叩きながら、近いうちに日本に遊びに行くよ、と言った。
 そして、各自の帰途に向かう姿を見送り、一番最後が僕と両親の乗る日本行きの飛行機だった。
 
 ワシントンから日本に、一ヶ月と少しだったろうか、とても長く日本を離れていたような錯覚があったものの、空港に降り立って周り中全てが日本語で会話されているのを耳にすると、人目も憚らず、僕は子供のように泣き出してしまった。

 ──帰って、来たんだ。
 ──僕は、生きて帰って来られた。
 涙はしばらく止まることなく、頬を濡らしていた。

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