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第一章 船に乗る

船に乗る3

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 ツェルンアイを背中に乗せて、『黒龍』となった龍は大空を飛んでいた。昨日、龍は夢で海の上を飛んでいた。『黒龍』の姿ではあったが、今まで一度も海へは行っていないので、それはただの夢か、前代の記憶なのだろうと思っていた。魂は別ではあっても、体は同じなのだから記憶があってもおかしくはないと考えたのだ。
「今日は軽くていいね!」
「ああ、そうだな」
 今日は、手紙しか乗せていない。だから軽いのだ。しかし、帰りは木材を運ぶため重いだろう。龍の背中で仰向けになり、青空を見ているツェルンアイは、はじめて『黒龍』の姿になった龍の背中に乗った時と比べると、かなり慣れていた。
 はじめは、強風や、あまりの高さ、速さに恐がっていた。しかし、今では背中で眠ってしまうこともあるほどだ。誰よりも多く、龍の背中に乗っているため慣れるのも早かった。
「最近は、雨もあまり降らなくなってきたね」
「そういえば、そうだな」
 雨乞いをした村で雨が降りはじめ、3週間ほどたった頃。ヴェルリオ王国全体で雨が降るようになった。それは大雨だった時もあれば、小雨の時もあった。
 しかし、雨が降りすぎて作物が枯れたり、洪水がおきたりすることはなかった。1日雨が降れば、2日間は晴れたり小雨が降る。そんな天気が続いていたが、最近は雨が降る回数が減っていた。
 雨が降り始めて2週間。そろそろ雨が降ることはなくなるのだろう。雨乞いの効果がなくなってきているのか、『水龍』の決めた雨を降らす期間が終わるのだろう。
 暫くは、水不足になる心配がないとエリスが言っていたほど、雨は降った。龍は知らないが、雨が降らないとヴェルリオ王国全体で水不足になり、生活すら難しくなってしまうのだ。
 そのため、水魔法を使える者の多くがボランティアで水を提供するのだ。しかし、それでも水不足は免れない。
 今回はそんな心配がない。だからエリスは安心したのだ。それはエリスだけではなく、アレースもだ。もしも水不足になれば、他の国に水を提供してもらわなくてはいけないからだ。だがその必要もない。街に住む全員が、いつも通りに暮らせるのだ。
 空から見下ろせば、川も湖も水がいつもより多い。ヴェルリオ王国の水は、様々な湖から引かれている。そのことを知っている龍は、湖を見て安堵の息を吐いた。
 クロイズ王国まではまだある。それなら、一度も話していない話しをしようと龍は考えた。
「ツェルンアイは俺が異世界から来たことを、白美から説明されたんだよな?」
「ええ、聞いたわよ」
 背中の上にいるため、ツェルンアイの姿は見えないが、頷いたことが龍にはわかった。白美から説明されているのなら、話しても問題ないだろうと思い龍は話しはじめた。
「俺は、記憶を無くしていたけど思い出した」
「そう、聞いたわ」
「でも、全てじゃないんだ」
「どう言うこと?」
 思い出したと聞いていたツェルンアイは、どうやら全てを思い出したと思っていたようだ。もしかするとツェルンアイだけではなく、エリス達も同じように全て思い出したと思っているかもしれない。
「時々、あれみたいだなって物の名前が出てくるんだけど、それが何かわからなかったりする。だから、全部を思い出した訳じゃないんだ」
「……それって、今も思い出せないの?」
「半々だな。思い出せていないものもあるし、思い出したものもある。白龍を助けに行く時、ラムネみたいなものをもらったんだ。それが何かはわからなかった。ただ、ラムネって言葉が出てきてさ……今はそれが何かって覚えてるけど、その時はわからなかった」
「ラムネ……私は当たり前なのかもしれないけど、わからないな」
「様々な色、形、味のある甘いお菓子だ。俺もこの世界にあるのかは知らないし、エリス達にも聞いてない」
 きっとこの世界にはないだろうと龍はわかっていた。あの時の反応から、ラムネがあれば何も言われることはなかっただろう。しかし、反応から知らないということがわかったのだ。
 たとえ名前が違ったとしても、あの場ではその名を口にしてくれていただろうからラムネのようなものは存在していないのだろう。
「この世界には、馬車はあっても車や飛行機はない」
「くる……ま? ひこーき?」
「馬車とは違って、動物がひくわけじゃない。車は四角い鉄の箱で、飛行機は翼がある鉄の箱だ」
 ツェルンアイにわかるように説明するには、どうすればいいかと考えながら言ったのだが、背中にいるツェルンアイの様子がわからない龍には、彼女が理解したのかはわからなかった。
「他にもこの世界にない物ってあるの?」
「きっとあると思う。でも、俺も多くのものを知っているわけじゃないから……」
「そう……」
 多くのものを知っていないのは、孤児院で暮らしていたからだ。友人達と出かけることもせずに、孤児院にいる子供達のために自分の時間を使っていたから。
 だから龍は多くのことを知らないのだ。誰もが知っている有名人でさえ、テレビを見ることもできなかった龍は知らなかったのだから。正直、少しはテレビを見ていればよかったと龍は思った。
「ねえ、龍。今日はどんな人に会うの?」
 そんな龍の気持ちがわかったわけではないだろう。ツェルンアイは、今からどんな人に会うのかと尋ねてきた。
「そういえば、言ってなかったな」
 クロイズ王国に手紙を届けることしか話していなかった龍は、これから城に向かうことを告げた。手紙はいつもクロイズ王国の城に届けているのだ。決まった時間までに城へ手紙を持っていけば、城に配達予定の手紙を受け取りに来た郵便配達員がいるのだ。
 いつもはその人に手紙を渡せばいいのだが、今回はウェイバーにも手紙を渡さなくてはいけないのだ。手紙の配達は城の庭に降りるため、毎回ウェイバーがそこで待っている。
 しかし、ウェイバーに手紙を渡さない場合は次の仕事があると言えば、彼も少し話をしただけで引き止めはしない。だが今回のように、本人に渡さないといけない手紙がある時は引き止められるのだ。他に仕事があると言っても聞いてくれないので、ウェイバーへの手紙はアルトにお願いしてほしいと思っていた。
 しかし、龍の方が早く届けられるのだから、クロイズ王国へ行くのなら頼むだろう。龍も仕方がないとは思っているのだが、毎回長話の内容が同じなため困っているのだ。
「今回は城に来てる郵便配達員にその手紙全部を渡す。アレースに渡された手紙は、国王のウェイバーに渡す。絶対話が長くなると思う」
「話し?」
「あの人、自分宛の手紙を届けた時だけ奥さんと娘さん自慢をするんだ。悪い人ではないんだけど、いつも同じ話なんだよ。それに、娘さんの自慢ばかり。娘さんが可愛いのはわかるけど、話が長くて疲れる」
「それじゃあ、まだ一度も聞いたことのない私が真剣に聞いてあげるわ」
「……それは、助かる」
 ツェルンアイが真剣に話を聞いていたとしても、聞けと言われて自分も聞かなくてはいけないのだろうというのはわかっていた。
 だが今回は別の話をされるだろうとも思っていた。それは、アレースと悠鳥のことだ。何故なら2人は結婚したのだから。きっと、2人の様子を聞かれるだろう。
 ウェイバーは、アレースが悠鳥のことを好きだと知っていた。だが、アレース本人が気がついていなかった。
 しかし思いに気がついた今、アレースはどう思っているのか。ウェイバーはそれが知りたかったのだ。
 本人に聞けばいいのだが、連絡をとった際に何度も聞いた所為か、余程の用事がないかぎりはアレース自身が出てくれなくなってしまったのだ。
 だからと言って、手紙で尋ねても返事は返ってこない。他の用件のついでに聞いても、用件の返答だけしか返ってこないのだ。
 アレース本人から、ウェイバーがしつこいと聞いていたので、龍はウェイバーに聞かれるだろうことはわかっていたのだ。それもあって、ウェイバー本人に手紙を届けたくはなかったのだ。
 たとえ聞かれたとしても、現在悠鳥は城のアレースの元で暮らしているのだから、2人の様子を答えることもできないのだ。
 見えてきたクロイズ王国に、龍は息をゆっくりと吐いた。まだ小さく見えている城の庭に降りたら、今日一番疲れるであろう出来事が待っているのだ。
 龍が小さく息を吐いた意味がわかったのか、小さく笑うツェルンアイ。しかし彼女もすぐに知ることになるのだ。ウェイバーの自慢話が、どれだけ疲れるものなのかを。





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