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【三】

 時刻は午後十四時。
 膝の上にいる猫が、大きく伸びをしたと思ったら大きく頭を振って黒の毛をぱさぱさと鳴らしながら、携帯の画面を見せてきた。
「ねえ先生、買い物行かない? このままじゃ寝ちゃいそう」
「はあ?」
 いや別に寝てもいいだろ。
 画面に映るのは今季新作と銘打たれたオンラインショップの画面だった。そこそこな金額の商品は、俺じゃ似合わないだろうがこいつなら上手くコーディネートできるのだろう。
「俺このスニーカー欲しい」
「ふうん」
「貴昭も居ないしひとりはやだなー」
 思わせぶりな言葉と、うごうごと膝の上で方向転換した春名が、困り顔をして俺の胸を叩いてくる。いや今日休日なんだけど。休みの日に洒落た店行くとか正気の沙汰じゃない。
「ねえ先生、」
 起き上がった春名が、俺の足を跨ぎわざわざ膝乗ってきた。向かい合わせの顔と顔。
 交わる視線。
 思いっきり媚びた、春名の瞳。
「ッ……行くなら、ッ店舗に確認取っとけよ」
「一緒に行ってくれるの?」
「……そのかわり、帰りにスーパー寄るからな」
「やったー!」
 俺がうんと頷かなければ、これが一生続くんだろう。どうせ夕飯の食材も買いに行かなければならなかったのだ、涙を飲んで三時間前行動した、とでも思うしかない。
 そうと決まったら春名は早かった。即座に俺の上から退き、パタパタと二階に上がっていく。俺は着替えるまでもないと玄関に向かい靴を履いてから、一分、二分、三分、四分。時計を見ながら待っていると、二階からいつもの作業服やジャージの類ではない分類の、しっかりとしたよそ行き服コーディネートを済ませた状態の春名が降りてきた。俺のクローゼットに溜めていた洋服(わざわざ家から持ってきたらしい。帰れよ)は増えていくばかり。しつこく『家に帰るように』と諭して、ようやく最近になってちょこちょこ自分の家には戻っているらしいのが伺えた。
 どれだけつついてもふにゃふにゃとかわされるこの生活になって、もう直ぐ半年になるだろうか。
 春名が靴を履いたのを見届けてから玄関を開くと、ひゅうと木枯らしが吹いた。寒かったのか、春名が縮こまりながら俺の腕にすり寄ってくる。手の甲に触れた指は冷たい。こいつはいつも手先が冷えている気がする。
「俺マフラー欲しい」
「靴だけじゃねえのかよ」
「ついでじゃん?」
 冷たい指が、俺の手のひらを探る。握ると、同じくらいの強さで握り返された。
 昼を超えた青はすでに薄い。このまま茜色に変わっていくんだろう。あまり遅くならないうちに戻ってこよう。きっと今夜は冷える。寒がりの春名が、もっと冷たくなってしまうだろうから。
















 靴屋の滞在時間自分史上最高記録更新。買うもの決まってたんじゃねえのかよ。
 電話までして在庫確認をしたというのに、取り置きしてもらっていたらしいお目当てのスニーカーを横に置き、まさかのもう一足欲しい、とのたまった春名は現在試着中。俺はたまに投げかけられる言葉に応える程度。俺居なくても良くないか。ちらちらと店内から見える向かいの店の方が気になるわ。
「お前まだ悩む?」
「え、やな言い方」
「いやそういう意味じゃない。時間掛かりそうなら向かいの店ちょっと見てこようかと思って」
 指さすと、つられた春名がその方向を見る。
「……雑貨屋?」
「鍋つかみ見てくる」
「見た目にそぐわず可愛いもん好きだよね」
「うるさい」
 機嫌は損なっていないようなので、終わったらこっち来いよ、とだけ言って雑貨屋に向かった。なんせ春名の携帯番号もアドレスも知らない。はぐれたらそこで終わり。万が一迷った時の集合場所は、俺の家、ということになる。

 ◇ ◇ ◇

 うさぎ柄か、それともくま柄か。極端な事を言うとどちらでもいい。でもどちらかを選ばなければならないから迷う。
 うさぎ柄  かわいい。
 対するくま柄  こちらもかわいい。
 多分五分くらいは悩んでいたような気がする。悩む時は買わない方がいい。もしくはどちらも買った方がいい。欲が薄い自分にとって、浅い経験でどちらかを選ぶ事なんてできない。なんてったってどちらでもいいのだ。物欲というのはあまりない方だからこそ、くだらないことに限って悩んでしまう。幸せな悩みだが、今現在の俺にとっては由々しき問題だ。
 そうだ、どうせ決められないのなら春名に選んでもらおう。いつもは店員に決めてもらうが今日は連れがいるじゃないか。
 まだスニーカーを選んでいるのだろうか。雑貨屋の入り口付近まで戻ると、店内のガラス越しにちょうど、靴屋から出てきた春名の姿が見えた。行き交う人の中。こちらに向かってくるはずの春名が、その場で足を止めた。
 誰かに話しかけられている。友達だろうか。いつも通りだった春名の顔色が、どんどん怒りを含んだものへと変わる。無意識に足が動きドアをくぐり、思わず口が動いた瞬間だった。
「はる、」
「うぜえ顔チラつかせんなカス」
 人が行き交う野外の商業施設で突如響いた春名の怒号に、周りの人間が一斉に春名たちに目を向ける。シン、となった中店先のスピーカーから流れる陽気なBGMが場の異様さを更に引き立たせ、言い放たれた人物は驚きのあまり固まっていた。
「おっお前こんなところに居たのかよほら行くぞっ!」
「えっ、わ!!」
 間に割り込み、有無を言わさず春名の腕を掴み歩き出す。なにがあったのかは分からない。少しの人だかりをかき分け駆け足気味に足を動かした。

 ◇ ◇ ◇

 横っ腹が引きつるほど痛い。普段走る機会なんて早々無いからか、身体がエマージェンシーを発動しているらしい。
「で、なにがあったんだ……いててっ」
 商業施設を出て、すぐ目の前に見えたベンチに座ると尚更さしこみが酷くなった。年齢的にもやっぱり運動すべきだよな、ジムにでも通うか。
「、春名?」
「……ほんと嫌い、アルファって」
「え?」
 話はこうだったらしい。俺が靴屋から出て行ったあとしばらくして、店前にあいつらがやってきた。最初は気にしていなかったが、あまりにも視線を感じるものだから見ると、春名に向かって手を振ったんだそうだ。顔を逸らしても横目には見えるアプローチに萎えてしまい、結局お目当ての靴以外は買わず店を出て、今に至る。
「お前、なんでアルファって分かったんだよ」
「あいつの自分語りが店の中にまで聞こえてきたんだよ。んで店出たら『なあかわい子ちゃん』って言われてさあ。多分俺みたいに顔かわいいやつに無条件で声かけてんだぜあいつ。きもい。洋画観過ぎだろあーほんとやっぱ殴っときゃよかったかあのアルファ」
「いや殴らなくてよかったそれで合ってるそれが正解」
 そういったものの、多分俺の相槌はこいつの耳に一切届いていない。
「周りの奴ら全員オメガとか……しかも歯型付き。マジ気持ち悪い選ぶアルファ間違ってんだろ気付けよ。無理。やっぱアルファ嫌い」
「いや、俺もアルファなんだけど……」
 あまりにも嫌いと連発するものだから思わず挙手をして発言してしまう。するとようやく春名が俺を見た。
「まじできもい、死んで欲しい」
「お、おい……」
 真顔かよやめろふつうに傷つくわ。
 春名の言い方があまりにも心篭ったものだったから苦笑いしたかったのに、頬はピクリとも動かない。動かせなかったのだ。心が沈んで仕方ない。面と向かって嫌いと言われたことなんて大人になってから全く無い。弱くなったもんだな、と傷心した自分に対しても落ち込んでしまって終わりが無い。
「ははっ!先生、へこんだ?」
 少し落ち込み俯くと、その瞬間不意に受けた衝撃。春名の頭がぐりぐりと、俺の肩に押し付けられていた。
「先生は……今はアルファだけど、元は俺と同じだったから許す。先生のことは好き」
「すっ……!」
「あ、照れてる」
「ッ、うるさい! た、貴昭だってアルファだぞ」
「あいつはいいやつだろ。先生のいとこだしさ」
 嫌いと言ったり好きと言ったり忙しなく感情が変えられる春名とは違い俺はナイーブな人間だ。全然照れてなんかいないこれっぽっちも照れない生まれてこの方照れた試しがない。
「っ、帰るぞ」
 顔を見られたくなくて、足早になりながら歩く。すると今度は腕に来た衝撃。するすると春名の腕が絡み、手のひらを取られた。
「……俺のこと、『心底嫌いです』って顔すんのが堪らない。だから好き」
「ッ、変態か!」
「まあねー」
 めちゃくちゃ性格悪いなこいつ。俺の嫌がる顔が見たいから絡んでくるのは分かっていたけれど、まさかここまでとは。いや、そうだな。そうじゃないと  そうじゃないと?
そうじゃなければなんなのだろう、というのは、今までも考えたことがあった。春名の口から直接聞いたことはない。が、多分こいつは俺が『同じ』だからここまで懐いてきてるんだろうと。ただのアルファだったならこんな風になっていなかった。
「、春名?」
 突然、春名が後ろを気にした。あるのは駐車場のみだ。
「……いや、なんも」
 そうしてまた向き直った春名の横顔を見ながら、色々な思いが駆け巡る。春名はどれになりたいんだろう。前に聞いた時はまだ決めていない、と言っていたが。
「あ、その……親御さんとはちゃんと、手術のこと話し合ってんのか」
 少し吃ってしまったのはご愛嬌として理解して欲しい。
「さあ」
「さあって……、」
「だって俺家にいないじゃん、聞けないじゃん」
「いや帰れよ話し合えよ」
「先生はどっちがいいと思う?」
 唐突に足が止まった。正確には、春名の足が、だが。
「それは……親と相談しろよ」
 それを答えるにはあまりにも荷が重過ぎた。俺は春名にとって名前が付けられるような関係ではない。したがって制限も出来ない。ただの参考、と言われたって無理だ。自分もそうだったからこそ、易々と応えてはいけない。
「ママはアルファになって欲しい、って言うんだろうな」
 また足を動かし始めた春名に、引きずられるようにして自分も歩き出す。
「いやいやなんで疑問形なんだよ、親ならみんなアルファになってほしいだろ」
「今のママはなんて言うか分かんないけど、前のママは絶対そうだと思う。まあ、俺がアルファじゃなかったせいで死んじゃっったんだけどさ、」
 今度は、俺の方が足を止めてしまった。
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