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しおりを挟む春名が淡々と語る中、あまりの情報量に頭がパンクしそうだった。
稀にだが、そういうやつは確かに居る。『アルファ』を純血とうたい、街の角で頭の悪そうなパンフレットを配っている奴が。だからつまり『志野』、という男はそういう人間だったのだろう。頭が悪いのだ。
「それから俺、あいつが怖くなって避け始めた。性別を言わなかった俺も悪かったのかもしれないけど、でも、まさかそれが槍玉に上げられるだなんて思ってもいなかったから……、そうしたら、」
「うん、」
「俺、よくあいつにスケッチとか、作品見せてて……俺が昔に作ったけど応募してなかった作品をトレースして、作品展に出品し始めたんだ。それでいくつか賞貰って、俺驚いて……だってさ、おかしいだろ。『お前は下だよ』って俺に向かって言ってんのに、あいつは俺の作品をトレースしたんだよ。これはただのリスペクトじゃない、」
「……盗作、だ」
「その時、……意味分かんないくらい腹立って、どうしようもなくて、どうしても、直接言ってやりたくて、あいつの家に行ったら居て、大声で、『恥ずかしいやつだな』って、『お前は俺の案使って惨めじゃないのか』って、そうしたらあいつ急に笑って俺を無理やり家の中引き入れて、そのままおもいきり転ばされて、」
春名が興奮してきたのが分かる。俺の服を掴む手に力が篭り、見える首元が徐々に赤みを帯び始めたのだ。
「……『お前の作品を、優秀な俺が世に出してやってるんだ』って、笑いながらあいつ、あいつはそう言ったんだ、俺の目見ながら、堂々と、だから、『お前おかしいよ』って、言ったら、そのまま、腹蹴られて、うつ伏せにされて、く、首、』
「ッもういい、言わなくていい」
自分の腕が湿り始める。それと同時に、首を辿るようにして現れた手の甲。大切に、守るようにうなじを覆う手が愛しくてたまらない。春名は確かに泣いて、今も苦しんでいるのに俺は そんな姿を見て愛おしさを感じているだなんて。
以前、春名のうなじを噛んでしまった時、俺はなにを思って口を開いて、その場所にかぶりついたんだろう。目の前にある砦にキスがしたい。でも今ばかりはだめだ。怖がらせてしまう。
「どうしようもないな」
「……、なにが」
「俺が」
鼻をすすった春名、はは、と湿り気のある笑いを漏らした。
「……お前には元気でいてもらわないと、放っておけなくなる」
春名の身体を、ゆっくりと抱きしめる。
だめだ。
そうでなくても手放せない。
髪の隙間から見えた耳をあえて避け、髪束に口付けると、丸まった身体がぴくりと揺れた。それから、ゆっくりと俺の腕から上げられた顔。
「ほら、もうすぐ貴昭帰ってくるぞ」
徐々に見えてきた春名の泣き顔に、もう、どうしようもない。どうしようもないのだ。
そうして突然聞こえてきたのは、返事のように上がった『帰って来てるよー』というのんきな声。廊下で息を潜ませているにも関わらず、あえて空気を読んでいないかのように言い放った貴昭の一言に、俺と春名はふたりして驚いて、そして顔を見合わせながら笑わざるを得なくなってしまった。
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