地獄極楽仕留屋稼業 ~聚楽第異聞~

戸影絵麻

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#16 辻斬り⑤

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「女の胴体だと? この前は手と足で、今度は胴体ってか? あいつはいったい、何を…」
 くくもった声で犬丸がささやいた。
「やるか?」
 犬丸の隣で身構えながら、夜叉姫は言った。
「やつはうちらに気づいていない。今なら倒せるやもしれぬ」
「馬鹿か」
 今にも飛び出さんばかりの夜叉姫の手首を、犬丸が強く握りしめた。
「仕事を頼まれたわけでもないのに、そんなことをしてどうなる? それこそ和尚に知れてみろ。即刻おまえは破門だぞ。破門された仕留屋がどんな運命をたどるか、知らぬわけでもあるまいに」
 裏稼業においては、破門は即刻死を意味する。
 どこへ逃げても死ぬまで同業者たちにつけ狙われるのがオチなのだ。
「けど、早く手を打たないと、犠牲者は増えるばかりだろう? 遊女だって人だ。試し切りの大根とは違う。人の命に貴賤はないはずじゃ」
「青臭いことを抜かすんじゃない。俺と撫佐におまえを殺させるつもりか? 頼むから、俺たちをそんな寝覚めの悪い事態に追い込まないでくれ」
 そこまで言われると、さすがの夜叉姫も大人しく引き下がるしかなかった。
 化生とはいえ、傷つきもするし死にもする。
 犬丸たちを敵に回したら、夜叉姫に勝ち目はない。
 そうこうするうちにも、女の胴体を担いだ着流し姿の武者は、聚楽第跡の前に立ち、堀が埋まり、塀が崩れた部分から廃墟の中に入ろうとしているようだ。
 西の空に低くかかる月の光が、血にまみれた遊女の派手な着物を鮮やかに照らし出している。
「辻斬りは、殺しや刀の試し切りが目的ではないやもしれぬ」
 その様子をじっと眼で追いながら、夜叉姫はつぶやいた。
「殺した女の気に入った部位を切り取っては、アジトに運ぶ。そんなふうに見えないか?」
「むう。言われてみればその通りだが…。しかし、なんのために?」
「理由はわからぬ。おそらくあの聚楽の廃墟の中に、何か大きな秘密があるのじゃろう」
「秘密か…。銭になることなら、ちょいと調べてみてもいいけどな」
「偵察だけでいいのなら、うちが行こうか」
 ふと思いついて、夜叉姫は言った。
「やめとけ。見つかったらどうする? ただじゃ済まんぞ」
 太い眉を寄せて、犬丸が止めにかかった。
「平気じゃ。”抜け首”を使う」
「”抜け首”?」
「ああ。”抜け首”じゃ。ただし、うちが出かけておる間、身体をしっかり支えておいてくれ。胴体の位置が変わると、元に戻れないからな。それから、無抵抗だからといって、妙な気を起こすでないぞ。少しでも変な所を触ったら、憑り殺してやるからな」
「”抜け首”って、あれか。あの気色の悪い技のことだな。やれやれ、厄介な姫様だ。俺や撫佐も化け物だが、夜叉姫よ、おまえさんこそ、正真正銘、化け物の大将だぜ」
「勝手にほざいてろ」
 ぼやく犬丸の横で、夜叉姫はするすると首を伸ばし始めている。
 みるみるうちに三間ばかりの高さまで伸びると、肩から首がすぽっと抜けた。
 意外と知られていないのだが、ろくろ首はただ首が伸びるだけの化生ではない。
 その本領は、”抜け首”にあるのだ。
 首だけになって、今でいうところのドローンのごとく、空を自由に飛び回ることができるのである。
 ただし、その間、絶対に胴体を動かしてはならない。
 それが禁忌であった。
 いみじくも夜叉姫が犬丸に釘を刺したように、胴の位置が変わると首が元に戻って来られなくなるからだ。
「よい眺めじゃの」
 風船のように宙に浮かび上がると、夜叉姫の後頭部で姉者が言った。
「時に夜叉よ。なんじゃい、あれは」
 瓦礫の山と化した聚楽第の敷地が近づいてくると、その中心部に光が見えた。
 月光とは別の光源が、更地の地面を金色に輝かせているのだ。
「五芒星? ドーマン・セーマンか?」
 秀次らしき武者は、どうやらそこを目指しているらしい。
「入口かもしれぬのう」
「入口? 入口って、何の?」
 姉者の何気ないひと言に、夜叉姫は眉をひそめた。
「真の聚楽第への入口さ。太閤殿が壊したのは、関白殿の仮の宿。本物は、地面の下に」
「そんな、まさか…」
 夜叉姫が絶句した、その時である。
 異様に背の高い人影が、女の胴を担いだ武者の前にひらりと躍り出た。
 長い手足に、長い外套。
 ひと目で和人ではないとわかった。
 あれは、伴天連?
 でも、なぜにこのようなところに?
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