16 / 36
#16 辻斬り⑤
しおりを挟む
「女の胴体だと? この前は手と足で、今度は胴体ってか? あいつはいったい、何を…」
くくもった声で犬丸がささやいた。
「やるか?」
犬丸の隣で身構えながら、夜叉姫は言った。
「やつはうちらに気づいていない。今なら倒せるやもしれぬ」
「馬鹿か」
今にも飛び出さんばかりの夜叉姫の手首を、犬丸が強く握りしめた。
「仕事を頼まれたわけでもないのに、そんなことをしてどうなる? それこそ和尚に知れてみろ。即刻おまえは破門だぞ。破門された仕留屋がどんな運命をたどるか、知らぬわけでもあるまいに」
裏稼業においては、破門は即刻死を意味する。
どこへ逃げても死ぬまで同業者たちにつけ狙われるのがオチなのだ。
「けど、早く手を打たないと、犠牲者は増えるばかりだろう? 遊女だって人だ。試し切りの大根とは違う。人の命に貴賤はないはずじゃ」
「青臭いことを抜かすんじゃない。俺と撫佐におまえを殺させるつもりか? 頼むから、俺たちをそんな寝覚めの悪い事態に追い込まないでくれ」
そこまで言われると、さすがの夜叉姫も大人しく引き下がるしかなかった。
化生とはいえ、傷つきもするし死にもする。
犬丸たちを敵に回したら、夜叉姫に勝ち目はない。
そうこうするうちにも、女の胴体を担いだ着流し姿の武者は、聚楽第跡の前に立ち、堀が埋まり、塀が崩れた部分から廃墟の中に入ろうとしているようだ。
西の空に低くかかる月の光が、血にまみれた遊女の派手な着物を鮮やかに照らし出している。
「辻斬りは、殺しや刀の試し切りが目的ではないやもしれぬ」
その様子をじっと眼で追いながら、夜叉姫はつぶやいた。
「殺した女の気に入った部位を切り取っては、アジトに運ぶ。そんなふうに見えないか?」
「むう。言われてみればその通りだが…。しかし、なんのために?」
「理由はわからぬ。おそらくあの聚楽の廃墟の中に、何か大きな秘密があるのじゃろう」
「秘密か…。銭になることなら、ちょいと調べてみてもいいけどな」
「偵察だけでいいのなら、うちが行こうか」
ふと思いついて、夜叉姫は言った。
「やめとけ。見つかったらどうする? ただじゃ済まんぞ」
太い眉を寄せて、犬丸が止めにかかった。
「平気じゃ。”抜け首”を使う」
「”抜け首”?」
「ああ。”抜け首”じゃ。ただし、うちが出かけておる間、身体をしっかり支えておいてくれ。胴体の位置が変わると、元に戻れないからな。それから、無抵抗だからといって、妙な気を起こすでないぞ。少しでも変な所を触ったら、憑り殺してやるからな」
「”抜け首”って、あれか。あの気色の悪い技のことだな。やれやれ、厄介な姫様だ。俺や撫佐も化け物だが、夜叉姫よ、おまえさんこそ、正真正銘、化け物の大将だぜ」
「勝手にほざいてろ」
ぼやく犬丸の横で、夜叉姫はするすると首を伸ばし始めている。
みるみるうちに三間ばかりの高さまで伸びると、肩から首がすぽっと抜けた。
意外と知られていないのだが、ろくろ首はただ首が伸びるだけの化生ではない。
その本領は、”抜け首”にあるのだ。
首だけになって、今でいうところのドローンのごとく、空を自由に飛び回ることができるのである。
ただし、その間、絶対に胴体を動かしてはならない。
それが禁忌であった。
いみじくも夜叉姫が犬丸に釘を刺したように、胴の位置が変わると首が元に戻って来られなくなるからだ。
「よい眺めじゃの」
風船のように宙に浮かび上がると、夜叉姫の後頭部で姉者が言った。
「時に夜叉よ。なんじゃい、あれは」
瓦礫の山と化した聚楽第の敷地が近づいてくると、その中心部に光が見えた。
月光とは別の光源が、更地の地面を金色に輝かせているのだ。
「五芒星? ドーマン・セーマンか?」
秀次らしき武者は、どうやらそこを目指しているらしい。
「入口かもしれぬのう」
「入口? 入口って、何の?」
姉者の何気ないひと言に、夜叉姫は眉をひそめた。
「真の聚楽第への入口さ。太閤殿が壊したのは、関白殿の仮の宿。本物は、地面の下に」
「そんな、まさか…」
夜叉姫が絶句した、その時である。
異様に背の高い人影が、女の胴を担いだ武者の前にひらりと躍り出た。
長い手足に、長い外套。
ひと目で和人ではないとわかった。
あれは、伴天連?
でも、なぜにこのようなところに?
くくもった声で犬丸がささやいた。
「やるか?」
犬丸の隣で身構えながら、夜叉姫は言った。
「やつはうちらに気づいていない。今なら倒せるやもしれぬ」
「馬鹿か」
今にも飛び出さんばかりの夜叉姫の手首を、犬丸が強く握りしめた。
「仕事を頼まれたわけでもないのに、そんなことをしてどうなる? それこそ和尚に知れてみろ。即刻おまえは破門だぞ。破門された仕留屋がどんな運命をたどるか、知らぬわけでもあるまいに」
裏稼業においては、破門は即刻死を意味する。
どこへ逃げても死ぬまで同業者たちにつけ狙われるのがオチなのだ。
「けど、早く手を打たないと、犠牲者は増えるばかりだろう? 遊女だって人だ。試し切りの大根とは違う。人の命に貴賤はないはずじゃ」
「青臭いことを抜かすんじゃない。俺と撫佐におまえを殺させるつもりか? 頼むから、俺たちをそんな寝覚めの悪い事態に追い込まないでくれ」
そこまで言われると、さすがの夜叉姫も大人しく引き下がるしかなかった。
化生とはいえ、傷つきもするし死にもする。
犬丸たちを敵に回したら、夜叉姫に勝ち目はない。
そうこうするうちにも、女の胴体を担いだ着流し姿の武者は、聚楽第跡の前に立ち、堀が埋まり、塀が崩れた部分から廃墟の中に入ろうとしているようだ。
西の空に低くかかる月の光が、血にまみれた遊女の派手な着物を鮮やかに照らし出している。
「辻斬りは、殺しや刀の試し切りが目的ではないやもしれぬ」
その様子をじっと眼で追いながら、夜叉姫はつぶやいた。
「殺した女の気に入った部位を切り取っては、アジトに運ぶ。そんなふうに見えないか?」
「むう。言われてみればその通りだが…。しかし、なんのために?」
「理由はわからぬ。おそらくあの聚楽の廃墟の中に、何か大きな秘密があるのじゃろう」
「秘密か…。銭になることなら、ちょいと調べてみてもいいけどな」
「偵察だけでいいのなら、うちが行こうか」
ふと思いついて、夜叉姫は言った。
「やめとけ。見つかったらどうする? ただじゃ済まんぞ」
太い眉を寄せて、犬丸が止めにかかった。
「平気じゃ。”抜け首”を使う」
「”抜け首”?」
「ああ。”抜け首”じゃ。ただし、うちが出かけておる間、身体をしっかり支えておいてくれ。胴体の位置が変わると、元に戻れないからな。それから、無抵抗だからといって、妙な気を起こすでないぞ。少しでも変な所を触ったら、憑り殺してやるからな」
「”抜け首”って、あれか。あの気色の悪い技のことだな。やれやれ、厄介な姫様だ。俺や撫佐も化け物だが、夜叉姫よ、おまえさんこそ、正真正銘、化け物の大将だぜ」
「勝手にほざいてろ」
ぼやく犬丸の横で、夜叉姫はするすると首を伸ばし始めている。
みるみるうちに三間ばかりの高さまで伸びると、肩から首がすぽっと抜けた。
意外と知られていないのだが、ろくろ首はただ首が伸びるだけの化生ではない。
その本領は、”抜け首”にあるのだ。
首だけになって、今でいうところのドローンのごとく、空を自由に飛び回ることができるのである。
ただし、その間、絶対に胴体を動かしてはならない。
それが禁忌であった。
いみじくも夜叉姫が犬丸に釘を刺したように、胴の位置が変わると首が元に戻って来られなくなるからだ。
「よい眺めじゃの」
風船のように宙に浮かび上がると、夜叉姫の後頭部で姉者が言った。
「時に夜叉よ。なんじゃい、あれは」
瓦礫の山と化した聚楽第の敷地が近づいてくると、その中心部に光が見えた。
月光とは別の光源が、更地の地面を金色に輝かせているのだ。
「五芒星? ドーマン・セーマンか?」
秀次らしき武者は、どうやらそこを目指しているらしい。
「入口かもしれぬのう」
「入口? 入口って、何の?」
姉者の何気ないひと言に、夜叉姫は眉をひそめた。
「真の聚楽第への入口さ。太閤殿が壊したのは、関白殿の仮の宿。本物は、地面の下に」
「そんな、まさか…」
夜叉姫が絶句した、その時である。
異様に背の高い人影が、女の胴を担いだ武者の前にひらりと躍り出た。
長い手足に、長い外套。
ひと目で和人ではないとわかった。
あれは、伴天連?
でも、なぜにこのようなところに?
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる