地獄極楽仕留屋稼業 ~聚楽第異聞~

戸影絵麻

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#17 辻斬り⑥

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 数年前に秀吉は伴天連追放令を出している。
 が、それでもいまだに我が国に留まっている伴天連たちがいることは、町の噂で夜叉姫も知っている。
 現に、この京の都にも、南蛮寺がまだいくつか残っているほどなのだ。
 中天高く浮遊しながら、それにしても、と思う。
 秀次と対峙するあの男、伴天連にしては異様な風体だ。
 まるで、そう、忍者のよう…。
 その証拠に、長い外套から出ている左手の先には、五本の指の代わりに鋭い鉤爪が生えている。
 と、外套からはみ出た金色の髪をなびかせ、伴天連が動いた。
 一気に間合いを詰め、左手の鉤爪を振りかざして秀次に襲いかかったのだ。
 秀次が、肩に遊女の胴を担いだまま、右手の刀でそれを受け止める。
 硬い金属音を残して、化鳥のように伴天連が飛び退った。
「面白い見ものじゃが、はて、どうしたものか」
 姉者つぶやいた。
「何も見なかったことにして逃げるか、それとも加勢するか」
「あの伴天連、只者ではなさそうじゃ。あの様子では、きっと何か知っておろう」
 言い終わらぬうちに、夜叉姫は首を旋回させ、まっしぐらに胴体へと戻った。
「うわっ」
 急に首の生えた夜叉姫を見て、胴を後ろから羽交い絞めにしていた犬丸が、驚きのあまりのけぞった。
「どうした? 何か見えたのか?」
「こっちじゃ」
 首の座り具合に異常がないことを確かめると、夜叉姫は犬丸の手を引いて走り出した。
「伴天連が殺生関白と切り結んでおる。加勢すれば、面白い話が聞けるやもしれぬ」
「伴天連だと? 何をたわけたことを。あれほど諫めたのに、まだ掟を破るつもりか?」
 駆けながら、呆れたように犬丸が言う。
「誰も関白とやり合おうとは言っておらぬ。ただ伴天連に少しばかり力を貸すだけじゃ」
 堀に沿って走り、塀が崩れて低くなった所から聚楽第の敷地に侵入した。
 倒れた木材や前栽の茂み、転がる岩の向こうにぼうっと光る更地が見える。
 地面に広がる華やいだ色彩は、胴体だけになった遊女が身につけている打掛の色だろうか。
 さほど近づくまでもなく、勝負の趨勢は明らかだった。
 秀次に伴天連が押されている。
 大地に尻もちをつき、左手の鉤爪でかろうじて振り下ろされた刀を防いでいるのだ。
 秀次はもう一本の刀を左手に握り、今しもそれを伴天連の胸に突き立てようとしていた。
 いけない!
 あのままでは、殺される!
「犬丸、伴天連を頼んだ!」
 倒木を踏み台にして、夜叉姫は高々と跳躍した。
 気配を察して、秀次が振り向いた。
 底で鬼火が燃えるような双眸が、ひたと夜叉姫を見つめ返してきた。
「もくもく連!」
 叫ぶとともに、小袖の前をいっぱいに広げ、黒いさらしを巻いただけの胸を曝け出す。
 ぞわぞわと小袖の文様が蠢き、無数の木の葉が一斉に目を見開いた。
 百以上の”眼”に見つめられ、秀次が金縛りに遭ったかのように硬直する。
 そこに、黒い影が駆け寄った。
 犬丸である。
 犬丸はましらの如く疾走すると、蹲る伴天連の大きな身体を横抱きにして、ひと息に秀次の前を駆け抜けた。
 着地と同時に反転し、夜叉姫も元来たほうへと駆け戻る。
 通りに出ると、角を曲がる犬丸の背がちらりと見えた。
「ようやった」
 頭の後ろで姉者が言った。
「まさかの時の”もくもく連”じゃのう。まったく、あやかしと頭は使いようとは、よく言ったもんよ」
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