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第3章 百合たちの戦いは終わらない
#3 杏里、策をめぐらす
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翌朝、出勤してすぐ班長の韮崎の所へ行き、用件を告げると、意外にすんなり許可が出た。
「何? ふたりの女子大生が同じ部屋で失踪? で、囮になってしばらくその部屋に住み込んで様子を見たい? まあ、今は特に抱えてる事件もないから別に構わんが、ひとりじゃだめだぞ。誰か相棒を連れていけ」
「じゃ、野崎君で」
「野崎だと? あれで何かの役に立つのか」
「買い出しとか、署との連絡とか、そのくらいなら彼で十分ですから」
「よし、わかった。何かおかしなことがあったらすぐに連絡しろ。まあ、失踪と言ったって、長いほうでまだ1ヶ月なんだろう? 大方どっかに遊びに行ってるか何かだと思うがな」
足立仁美の住んでいたメゾン曙は、中村区のJR那古野駅の裏手に位置していた。
再開発の進んでいる地域のちょうど西のはずれである。
マンションの裏手で覆面パトカーを降りると、杏里は運転席の野崎にてきぱき指示を出した。
「見張るのはあの煉瓦色のマンションよ。張り込みにちょうどいい場所を探して、そこに車を路駐して。それから、どれくらい籠城することになるかわかんないから、飲み物と食料の調達をお願い。あ、でも、こっちから連絡しない限り、部屋には来なくていいからね」
「了解でーす、っていいたいとこですけど、いったい何を見張ればいいんすか? 俺、なんなら杏里先輩と一緒に泊まって一晩過ごしてもいいっすけど、それじゃ、だめなんすか?」
長い前髪を気障にかき上げ野崎が言う。
が、杏里はにべもない。
「だめ。これも研修のうちなんだから。で、何を見張るかってことなんだけど、正直私にもこれから何が起こるのか、皆目見当がつかないのよ。ただ、これは『赤い真珠』や『髑髏ヤドカリ』に連なるあの系列の事件じゃないかって気がするの。だからとりあえず、のっぺらぼうに注意かな」
「のっぺらぼうねえ」
不得要領顔のまま野崎が車を出すと、杏里はマンションに入った。
管理人室に寄ることにしてガラス越しに声をかけると、おととい会った人相の悪い小男が顔を出した。
「ああ、あんたか。足立さんの代わりに、ほんとに住み込むつもりなんだな」
「ええ。管理人さんとしても、このマンションの一室に住んでた女性がふたりも行方不明ってのは、居心地悪いですよね? もしその噂が洩れたら、借り手がつかなくなるおそれもありますし」
「ふたりって…何で知ってるんだ?」
小男の悪相に、警戒の色が浮かんだ。
「警察を舐めちゃだめですよ。どんな些細な事件も、今はデータとしてコンピュータに登録されてるんですから」
「し、しかし、あれは別にうちのせいじゃ…。佐藤さんの場合は、いつどんなふうに居なくなったのか、全然わからないんだから…。3週間無断で部屋を開けたら契約解除というのも、最初に取り交わした誓約書に、ちゃんと明記してあるんだよ」
「大丈夫ですよ。あなたを責めたり疑ったりしてるわけじゃありませんから。今日来たのはお世話になるご挨拶と、それからもうひとつ」
「もうひとつ?」
「ほかの住人について教えてほしいんです。特に7階にはどんな人が住んでるのか」
「そのくらい、かまわんが…」
ひと通り情報を仕入れるのに、10分ほどかかった。
部屋の鍵を受取り、エレベーターで7階に上がる。
きょうの杏里は、妹の唯のアドバイスを取り入れて、厚手の白いセーターにタータンチェックのミニスカート、赤いハーフブーツというスタイルだ。
大学を卒業してすでに数年過ぎているが、今でもなんとか様になるのではないかと思っている。
701号室の前に立つと、零が先に来ていて、通路の手すりに座っていた。
風に煽られて落っこちたら死んじゃうのに、怖くないのだろうか。
そう一瞬ひやっとしたが、本人は平気な顔で周囲を見渡しているだけだ。
零は戦闘服を身につけている。
着物の柄は同じだが、夏の頃の赤い生地ではなく、黒地がベースに変わっていた。
零なりの衣更えなのかもしれない、と杏里は思った。
「匂うな」
鍵を開けようとする杏里に、零が言った。
「このマンション、外道の匂いがする」
「何? ふたりの女子大生が同じ部屋で失踪? で、囮になってしばらくその部屋に住み込んで様子を見たい? まあ、今は特に抱えてる事件もないから別に構わんが、ひとりじゃだめだぞ。誰か相棒を連れていけ」
「じゃ、野崎君で」
「野崎だと? あれで何かの役に立つのか」
「買い出しとか、署との連絡とか、そのくらいなら彼で十分ですから」
「よし、わかった。何かおかしなことがあったらすぐに連絡しろ。まあ、失踪と言ったって、長いほうでまだ1ヶ月なんだろう? 大方どっかに遊びに行ってるか何かだと思うがな」
足立仁美の住んでいたメゾン曙は、中村区のJR那古野駅の裏手に位置していた。
再開発の進んでいる地域のちょうど西のはずれである。
マンションの裏手で覆面パトカーを降りると、杏里は運転席の野崎にてきぱき指示を出した。
「見張るのはあの煉瓦色のマンションよ。張り込みにちょうどいい場所を探して、そこに車を路駐して。それから、どれくらい籠城することになるかわかんないから、飲み物と食料の調達をお願い。あ、でも、こっちから連絡しない限り、部屋には来なくていいからね」
「了解でーす、っていいたいとこですけど、いったい何を見張ればいいんすか? 俺、なんなら杏里先輩と一緒に泊まって一晩過ごしてもいいっすけど、それじゃ、だめなんすか?」
長い前髪を気障にかき上げ野崎が言う。
が、杏里はにべもない。
「だめ。これも研修のうちなんだから。で、何を見張るかってことなんだけど、正直私にもこれから何が起こるのか、皆目見当がつかないのよ。ただ、これは『赤い真珠』や『髑髏ヤドカリ』に連なるあの系列の事件じゃないかって気がするの。だからとりあえず、のっぺらぼうに注意かな」
「のっぺらぼうねえ」
不得要領顔のまま野崎が車を出すと、杏里はマンションに入った。
管理人室に寄ることにしてガラス越しに声をかけると、おととい会った人相の悪い小男が顔を出した。
「ああ、あんたか。足立さんの代わりに、ほんとに住み込むつもりなんだな」
「ええ。管理人さんとしても、このマンションの一室に住んでた女性がふたりも行方不明ってのは、居心地悪いですよね? もしその噂が洩れたら、借り手がつかなくなるおそれもありますし」
「ふたりって…何で知ってるんだ?」
小男の悪相に、警戒の色が浮かんだ。
「警察を舐めちゃだめですよ。どんな些細な事件も、今はデータとしてコンピュータに登録されてるんですから」
「し、しかし、あれは別にうちのせいじゃ…。佐藤さんの場合は、いつどんなふうに居なくなったのか、全然わからないんだから…。3週間無断で部屋を開けたら契約解除というのも、最初に取り交わした誓約書に、ちゃんと明記してあるんだよ」
「大丈夫ですよ。あなたを責めたり疑ったりしてるわけじゃありませんから。今日来たのはお世話になるご挨拶と、それからもうひとつ」
「もうひとつ?」
「ほかの住人について教えてほしいんです。特に7階にはどんな人が住んでるのか」
「そのくらい、かまわんが…」
ひと通り情報を仕入れるのに、10分ほどかかった。
部屋の鍵を受取り、エレベーターで7階に上がる。
きょうの杏里は、妹の唯のアドバイスを取り入れて、厚手の白いセーターにタータンチェックのミニスカート、赤いハーフブーツというスタイルだ。
大学を卒業してすでに数年過ぎているが、今でもなんとか様になるのではないかと思っている。
701号室の前に立つと、零が先に来ていて、通路の手すりに座っていた。
風に煽られて落っこちたら死んじゃうのに、怖くないのだろうか。
そう一瞬ひやっとしたが、本人は平気な顔で周囲を見渡しているだけだ。
零は戦闘服を身につけている。
着物の柄は同じだが、夏の頃の赤い生地ではなく、黒地がベースに変わっていた。
零なりの衣更えなのかもしれない、と杏里は思った。
「匂うな」
鍵を開けようとする杏里に、零が言った。
「このマンション、外道の匂いがする」
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