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第3章 百合たちの戦いは終わらない
#4 杏里、待ち受ける
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零はじっと隣の702号室の扉を見つめている。
なぜそっちなの?
訊こうとした時、零のほうが一瞬早く口を開いた。
「ここには誰が住んでいる?」
「えーと、待ってね」
杏里はコートのポケットから手帳を取り出した。
「渡会幸子37歳と、息子の由紀夫9歳の母子みたい。ワンルームマンションって、ふつう学生向けなんだけど、今は借り手が少ないから誰にでも貸しちゃうんですって」
「母子家庭か。となるとこの時間、母親は仕事、子どもは学校だな」
「たぶんね。でも、どうしてそっちが気になるの? 仁美さんの部屋はこっち、701号質だよ」
「臭跡だ。臭いの道が702号室に集まっている」
「やだな。これから張り込みだっていうのに、怖いこと言わないでよ」
702号室の扉を開け、玄関の明かりをつけても零は入ってこなかった。
「入らないの?」
たずねると、
「後で顔を出す。最初から私も一緒じゃ、敵に警戒されるのがオチだろう。それに、別に気になることがある」
「渡会母子のこと? それなら、これ、母親の勤務先と子どもの通う小学校」
手帳を破ってメモを渡すと、零が束の間杏里を抱き寄せた。
「心配するな。私は必ず来る。そしておまえを守るから」
零が立ち去ると、杏里は部屋の入口に立ち、改めて内部を見渡した。
先日、唯と一緒に一度は調べた部屋である。
左の壁際にシングルのベッドとビニール製のクローゼット。
部屋の真ん中に炬燵。
右の壁際に本棚とテレビ。
正面が両開きのサッシ窓になっている。
キッチンとバス・トイレは、ちょうど杏里の背後、玄関を入ってすぐ左手にある。
いつ零が来ても入って来れるよう、ドアと窓の鍵は開けておいた。
コートを脱いでクローゼットのハンガーにかける。
部屋の中は寒かった。
今年は10月半ばから列島上空に寒波が侵入し、以来ずっと寒い日が続いている。
だから、エアコンだけでなく炬燵も出してあるのは、ある意味正解だといえた。
炬燵の天板の上にリモコンを見つけて、杏里は天井近くのエアコンに向けてスイッチを押した。
が、何も起こらない。
壊れているのか、リモコンの電池が切れているかのどちらかだった。
「うは。最悪」
白い息を吐いて、杏里はぶるっと身を震わせた。
こうなったら、一日中炬燵に潜って待つしかない。
でも、と思う。
待つって、本当に何を待てばいいのだろう?
零は隣が怪しいと言ってたけど、ベランダから隣の親子が侵入してくるとでもいうのだろうか。
こっちが702号室だよね。
ベッドの上に登って、壁に耳をつけてみた。
何も聞こえない。
やはり今は、母子とも外出中ということか。
でも、夕方以降は物音に気をつけよう。
大丈夫。今日の私にはこれがあるから。
ポーチの中に入っているのは、韮崎の許可を得て携帯してきた小型の拳銃である。
キッチンに立つと、幸い紅茶のパックとシュガーのセットがあった。
鍋でお湯を沸かし、さしあたり紅茶を淹れることにした。
熱い紅茶を入れたティーカップを両手で持ち、炬燵の前に座った。
ふと思いついて、天板の上に写真を並べてみた。
2枚の部屋の写真。
ひと月前のと、ついこの間杏里が撮ったものと、そっくりな写真が2枚である。
「何だろう?」
杏里は首をひねった。
零はこの写真をひと目見た瞬間、何やら疑問を抱いたようなのだ。
だが、いくら見比べてみても、杏里には2枚の違いが判らなかった。
別に心霊写真というわけでもない。
角度を変えると人の顔に見える白い影とか、そういうものも写っていないのだ。
「ふああああ、なんだか眠くなってきちゃったよ」
炬燵の中に下半身を入れると、杏里はごろんと仰向けになった。
杏里がここへやってきたのは、午後1時過ぎである。
管理人や零と話したくらいでろくに何もしていないから、時刻はまだ午後3時にもなっていない。
寝るには明らかに早すぎたが、襲い来る睡魔には勝てなかった。
ま、いいや。お昼寝ってことで。
ゆうべは零に久しぶりに吸血された。
零への献血は、当然のように愛の行為を伴うから、疲れているといえばいえないこともない。
杏里が眠りに落ちるのに、大して時間はかからなかった。
そして、眠りの中で、杏里は夢を見た。
それは、とてつもなく嫌な夢だった。
なぜそっちなの?
訊こうとした時、零のほうが一瞬早く口を開いた。
「ここには誰が住んでいる?」
「えーと、待ってね」
杏里はコートのポケットから手帳を取り出した。
「渡会幸子37歳と、息子の由紀夫9歳の母子みたい。ワンルームマンションって、ふつう学生向けなんだけど、今は借り手が少ないから誰にでも貸しちゃうんですって」
「母子家庭か。となるとこの時間、母親は仕事、子どもは学校だな」
「たぶんね。でも、どうしてそっちが気になるの? 仁美さんの部屋はこっち、701号質だよ」
「臭跡だ。臭いの道が702号室に集まっている」
「やだな。これから張り込みだっていうのに、怖いこと言わないでよ」
702号室の扉を開け、玄関の明かりをつけても零は入ってこなかった。
「入らないの?」
たずねると、
「後で顔を出す。最初から私も一緒じゃ、敵に警戒されるのがオチだろう。それに、別に気になることがある」
「渡会母子のこと? それなら、これ、母親の勤務先と子どもの通う小学校」
手帳を破ってメモを渡すと、零が束の間杏里を抱き寄せた。
「心配するな。私は必ず来る。そしておまえを守るから」
零が立ち去ると、杏里は部屋の入口に立ち、改めて内部を見渡した。
先日、唯と一緒に一度は調べた部屋である。
左の壁際にシングルのベッドとビニール製のクローゼット。
部屋の真ん中に炬燵。
右の壁際に本棚とテレビ。
正面が両開きのサッシ窓になっている。
キッチンとバス・トイレは、ちょうど杏里の背後、玄関を入ってすぐ左手にある。
いつ零が来ても入って来れるよう、ドアと窓の鍵は開けておいた。
コートを脱いでクローゼットのハンガーにかける。
部屋の中は寒かった。
今年は10月半ばから列島上空に寒波が侵入し、以来ずっと寒い日が続いている。
だから、エアコンだけでなく炬燵も出してあるのは、ある意味正解だといえた。
炬燵の天板の上にリモコンを見つけて、杏里は天井近くのエアコンに向けてスイッチを押した。
が、何も起こらない。
壊れているのか、リモコンの電池が切れているかのどちらかだった。
「うは。最悪」
白い息を吐いて、杏里はぶるっと身を震わせた。
こうなったら、一日中炬燵に潜って待つしかない。
でも、と思う。
待つって、本当に何を待てばいいのだろう?
零は隣が怪しいと言ってたけど、ベランダから隣の親子が侵入してくるとでもいうのだろうか。
こっちが702号室だよね。
ベッドの上に登って、壁に耳をつけてみた。
何も聞こえない。
やはり今は、母子とも外出中ということか。
でも、夕方以降は物音に気をつけよう。
大丈夫。今日の私にはこれがあるから。
ポーチの中に入っているのは、韮崎の許可を得て携帯してきた小型の拳銃である。
キッチンに立つと、幸い紅茶のパックとシュガーのセットがあった。
鍋でお湯を沸かし、さしあたり紅茶を淹れることにした。
熱い紅茶を入れたティーカップを両手で持ち、炬燵の前に座った。
ふと思いついて、天板の上に写真を並べてみた。
2枚の部屋の写真。
ひと月前のと、ついこの間杏里が撮ったものと、そっくりな写真が2枚である。
「何だろう?」
杏里は首をひねった。
零はこの写真をひと目見た瞬間、何やら疑問を抱いたようなのだ。
だが、いくら見比べてみても、杏里には2枚の違いが判らなかった。
別に心霊写真というわけでもない。
角度を変えると人の顔に見える白い影とか、そういうものも写っていないのだ。
「ふああああ、なんだか眠くなってきちゃったよ」
炬燵の中に下半身を入れると、杏里はごろんと仰向けになった。
杏里がここへやってきたのは、午後1時過ぎである。
管理人や零と話したくらいでろくに何もしていないから、時刻はまだ午後3時にもなっていない。
寝るには明らかに早すぎたが、襲い来る睡魔には勝てなかった。
ま、いいや。お昼寝ってことで。
ゆうべは零に久しぶりに吸血された。
零への献血は、当然のように愛の行為を伴うから、疲れているといえばいえないこともない。
杏里が眠りに落ちるのに、大して時間はかからなかった。
そして、眠りの中で、杏里は夢を見た。
それは、とてつもなく嫌な夢だった。
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