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第5章 百合はまだ世界を知らない
#26 杏里と女医の謎④
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タクシーで家に帰りついた時には、すでに午後5時を回っていた。
再出勤は深夜になるだろうから、少しは体を休めることができそうだ。
シェアハウスの鍵を開けながら、杏里はほっとため息をついた。
中は暗く、冷え冷えとしていた。
これは零が部屋にこもっている証拠である。
大方、武器の苦無を砥石で研いでいるか、眠っているかのどちらかだろう。
2階に上がり、まず自室でコートを脱いだ。
スーツをスウェットの上下に替え、廊下に出て奥の零の部屋のドアをノックする。
「杏里か」
意外なことに、すぐ返事が戻ってきた。
起きていることは、確からしい。
「開いてる。入れ」
部屋の中は非常灯の明かりだけで薄暗く、ガンガンに効かせたエアコンのせいで熱帯林の中のように暑い。
零はもふもふの黒いクッションのようなものにもたれて、目を閉じている。
黒い下着しか身に着けていないのは、いつものことだ。
寒がりなのに、厚着が嫌いで、室温をめいっぱい高くして裸で過ごす。
これが零の冬のライフスタイルなのだ。
クッションも下着も黒なので、ただでさえ白い肌が青白く光って見える。
そのなまめしい肢体を目の当たりにして、杏里は久しぶりに官能が疼くのを感じ、びくっとする。
「ごめんね。体調悪いのに、引っ張り出したりして」
零の裸身から目を逸らしてそう詫びると、
「いや、死体安置所というのは、なかなかいい。沈黙の質が違うから、心が落ち着くんだ」
そんな意味不明なことを口にして、零がかすかに微笑んだ。
「それで、ほかに何かわかったことは?」
倉田静香の内臓消失は、何者かに内臓を喰われたからだと零は看破した。
腹腔の内側から唾液らしき成分が検出されたというヤチカの証言も、それを裏付けている。
が、杏里たちは、臓器売買の可能性という常識的な線で動こうとしているのだ。
その祖語がうしろめたいといえば、そうである。
「あの後、院内をひと回りしてみたけど、あの病院には、外道いないようだ。その意味では、今回の事件に外道がかかわっている気配は、今のところ、ない。死体の異常な状況を覗けばね。ただ、次に犯人が動く時があれば、それがチャンスかもしれない」
「犯人が、次に動く時?」
「おそらく、殺人はまだ続く。どこまで続くかは、わからないけれど」
零が目を開く。
暗いから、瞳孔は丸くなっている。
その瞳孔の中心に、ルビーを埋め込んだような赤い点がある。
その赤い点が、正面から杏里を見据えてきた。
「どうして? どうしてそんなことがいえるわけ?」
「生き物は、誰だって時間が経てば空腹になるからさ。それは私も同じ。悪いが杏里、そろそろ限界だ」
杏里はうなずいた。
零は血を吸わせてくれと言っているのだ。
「いいけど、まだ仕事あるから、手加減してね」
杏里が服を脱ぎ出すと、音もなく零が立ちあがった。
驚いたのは、
くうん。
と鳴いて、もふもふのクッションが動き出したことだった。
いや、そもそもクッションなどではなかったのだ。
モウである。
零を追ってマヨヒガから出てきたという、ペットのトウテツとかいう妖怪だ。
「どこならいい?」
モウが部屋を出ていくと、零が下着だけの裸身を寄せてきた。
その時には杏里もすでに、同じく半裸体になっている。
「首筋でいいよ。この季節なら、痕がついてもマフラーで隠せるし」
「わかった」
背後から杏里を抱き、零が腕を伸ばしてきた。
下着をずらされ、乳房と陰部を同時に触られる。
吸血の痛みを和らげるため措置だった。
杏里が快感に身をゆだねているうちに、零が血を吸い終える。
そういう申し合わせになっている。
「あん…」
すぐさま忘我の境地がやってきて、杏里は喘いだ。
零の指の立てる粘液の音に、血が吸われる音がかき消されていく。
-好きだよ、私の人魚姫ー
杏里は遠のく意識の片隅で、ふと零の声を聴いた気がした。
再出勤は深夜になるだろうから、少しは体を休めることができそうだ。
シェアハウスの鍵を開けながら、杏里はほっとため息をついた。
中は暗く、冷え冷えとしていた。
これは零が部屋にこもっている証拠である。
大方、武器の苦無を砥石で研いでいるか、眠っているかのどちらかだろう。
2階に上がり、まず自室でコートを脱いだ。
スーツをスウェットの上下に替え、廊下に出て奥の零の部屋のドアをノックする。
「杏里か」
意外なことに、すぐ返事が戻ってきた。
起きていることは、確からしい。
「開いてる。入れ」
部屋の中は非常灯の明かりだけで薄暗く、ガンガンに効かせたエアコンのせいで熱帯林の中のように暑い。
零はもふもふの黒いクッションのようなものにもたれて、目を閉じている。
黒い下着しか身に着けていないのは、いつものことだ。
寒がりなのに、厚着が嫌いで、室温をめいっぱい高くして裸で過ごす。
これが零の冬のライフスタイルなのだ。
クッションも下着も黒なので、ただでさえ白い肌が青白く光って見える。
そのなまめしい肢体を目の当たりにして、杏里は久しぶりに官能が疼くのを感じ、びくっとする。
「ごめんね。体調悪いのに、引っ張り出したりして」
零の裸身から目を逸らしてそう詫びると、
「いや、死体安置所というのは、なかなかいい。沈黙の質が違うから、心が落ち着くんだ」
そんな意味不明なことを口にして、零がかすかに微笑んだ。
「それで、ほかに何かわかったことは?」
倉田静香の内臓消失は、何者かに内臓を喰われたからだと零は看破した。
腹腔の内側から唾液らしき成分が検出されたというヤチカの証言も、それを裏付けている。
が、杏里たちは、臓器売買の可能性という常識的な線で動こうとしているのだ。
その祖語がうしろめたいといえば、そうである。
「あの後、院内をひと回りしてみたけど、あの病院には、外道いないようだ。その意味では、今回の事件に外道がかかわっている気配は、今のところ、ない。死体の異常な状況を覗けばね。ただ、次に犯人が動く時があれば、それがチャンスかもしれない」
「犯人が、次に動く時?」
「おそらく、殺人はまだ続く。どこまで続くかは、わからないけれど」
零が目を開く。
暗いから、瞳孔は丸くなっている。
その瞳孔の中心に、ルビーを埋め込んだような赤い点がある。
その赤い点が、正面から杏里を見据えてきた。
「どうして? どうしてそんなことがいえるわけ?」
「生き物は、誰だって時間が経てば空腹になるからさ。それは私も同じ。悪いが杏里、そろそろ限界だ」
杏里はうなずいた。
零は血を吸わせてくれと言っているのだ。
「いいけど、まだ仕事あるから、手加減してね」
杏里が服を脱ぎ出すと、音もなく零が立ちあがった。
驚いたのは、
くうん。
と鳴いて、もふもふのクッションが動き出したことだった。
いや、そもそもクッションなどではなかったのだ。
モウである。
零を追ってマヨヒガから出てきたという、ペットのトウテツとかいう妖怪だ。
「どこならいい?」
モウが部屋を出ていくと、零が下着だけの裸身を寄せてきた。
その時には杏里もすでに、同じく半裸体になっている。
「首筋でいいよ。この季節なら、痕がついてもマフラーで隠せるし」
「わかった」
背後から杏里を抱き、零が腕を伸ばしてきた。
下着をずらされ、乳房と陰部を同時に触られる。
吸血の痛みを和らげるため措置だった。
杏里が快感に身をゆだねているうちに、零が血を吸い終える。
そういう申し合わせになっている。
「あん…」
すぐさま忘我の境地がやってきて、杏里は喘いだ。
零の指の立てる粘液の音に、血が吸われる音がかき消されていく。
-好きだよ、私の人魚姫ー
杏里は遠のく意識の片隅で、ふと零の声を聴いた気がした。
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