虹とスニーカーと僕

戸影絵麻

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 次郎はぽかんと口を開けた。
 後妻などという古風な言葉が宇宙人の口から出るのも驚きだったが、あまりに意外な麻美の過去に声も出なかったのだ。
 気まずい沈黙があたりを支配した。
「いいわ。教えてあげる」
 沈黙を破ったのは、麻美だった。こころなしか、疲れた口調になっていた。
「その変なのが言うとおりよ。あたしとママは、前のろくでなしのところから逃げて、そのアパートに三年ほど暮らしてた。そのうち、ママの勤めていたお店の常連客だったパパがママのこと見初めて、二人は結婚した。で、めでたくあたしは貧乏から脱出。今から二年ほど前の話ね。でも」
 そこで麻美は言葉を切ると、ぐったりとソファに身を沈めてからやおらコーラをぐいと一飲みし、ふうっと息を吐いてから続けた。
「お金持ちになったのはいいけど、今度の父親ってのがまた前のに輪を掛けたろくでなしでね、浮気はするわお酒飲んでは暴力を振るうわで、結局去年、ママは死んじゃった。乳がんだったけど、ずっと黙ってて、それで手遅れになって」
 ぶわっと麻美の両目から涙があふれるのがわかった。
「あのクソオヤジがもう少しママのこと気に掛けてくれてたら何とかなったかもしれないのに、そう思うと腹が立って腹が立って」
「今のパパとはあまりうまくいってなさそうだね」
 静かな声でタマオが言った。
「いくわけないでしょ」
 麻美が涙目でにらむ。
「あの男の金で全寮制の私立中学に入って、こんな家おさらばしてやる。ママがいなかったらここにいる意味なんてないんだから。医者にでも弁護士にでも会計士にでもなって、とっととひとり立ちしてやるんだ」
 医者だの弁護士だのがすらすら出てくるところがすごい、と次郎は率直に感心した。確かに麻美の成績は学校でもトップクラスで、その優秀さはだれもが認めるところだった。でも、と思う。ひょっとして、俺、すごい貧乏で成績も冴えないけど、こいつより恵まれてるんじゃないか? だって、なんといっても、そう、俺には母さんがいる・・・。
「そうなの」
 次郎の頭の中を読んだように、だしぬけに麻美が言った。
「次郎、あんた見てると、貧乏だったけど楽しかったあのアパートでの三年間を思い出すのよ。ママと二人だけで、幸せに暮らしたあの頃を。あんた、よく日曜日になると緑地公園に絵を描きに来るでしょ。そのとき、お母さんも一緒で、あんたが絵を描いてる横で、お母さんは本か何か読んでて・・・。それは、本当なら、あたしとあたしのママでないといけなかった。塾に行く途中、公園の前を通るたびに、いつもあんたたち親子を見て、そんなことを思ってた。だから、あたしにそんなつらい思いをさせるあんたに、出て行ってほしかった。あたしの目の前から消えてほしかったんだ!」
 涙を流しながらにらみつけてくる麻美の顔を正視できず、次郎は無意識のうちにうつむいてしまっていた。そうだったのか。だからこいつはあんなにも俺に嫌がらせを・・・。でも、だからといって、それって俺のせいなのだろうか?
「きっとやさしい良いお母さんだったんだね。麻美さんのママって」
 タマオの声だった。そっとタマオのほうを横目で見た次郎は、そこで、思わず「え?」
と声を上げた。タマオは泣いていた。アニメのキャラクターそのもののまん丸の両目から、はらはらと大粒の涙を流しているのだ。
「なんでタマオが泣くんだよ。さめざめと泣く宇宙人なんて、聞いたことも見たこともないぞ」
「親子の情というのは宇宙広しといえども普遍のものです。ライフサイクルのスパンこそ違え、わたしにも親はいます。麻美さんの気持ちは痛いほどわかる」
 麻美はもう何も言わなかった。なんだか、急に小さく、ひ弱になってしまったようだった。両手で顔を隠し、うなだれて動かなくなっていた。
 また沈黙がやってきた。今度のそれはずいぶんと長いように思えたが、さっきのと違い、気まずくはなかった。なんとなく、三人が三人ともに、思い出に浸る時間が与えられたような感じだった。
「あのさ」
 永遠に近い時が過ぎたと思われるころ、おもむろに顔を覆っていた手を離し、タマオのほうに身を乗り出して麻美が言った。
「交換条件ってのはどう? あんた、宇宙人ならいろいろできるんでしょ? 現にこのマンションの窓から中に入ってくるなんてどう見ても普通じゃないし」
 その声を聞いて次郎は少しほっとした。麻美が元の強さを取り戻しかけているのがわかったからだった。
「交換条件、ですか」
 タマオの口調に警戒の響きがこもる。
「そう。あたしのいうことをきいてくれたら、このペンダント、その、なんたらジウムをあげる。だから、わかるでしょ、今のあたしの一番の願い」
「ええまあ、でもそれは・・・」
「やっぱりね、さすが宇宙人。なら、できるってことよね?」
「かなり倫理的にまずいと思います。さすがの僕でも・・・うーん」
 なんだ? 次郎は話についていけなくなっている自分に気づいた。この二人、いったい何の話をしてるんだ?
「いい? 断ったら地球は破滅よ。あたしにはもう失って困るものなんて何にもないんだから。あたしはこの世に未練なんてこれっぽっちもないんだからね」
 さっきの話を聞いた後だけに、麻美の言葉には説得力があった。それは困る、と次郎は思った。俺には未練がたくさんある。ありすぎるほどあるぞ・・・。
「麻美さん、つまりあなたは」
 タマオがゆっくりと口を開いた。
「僕に、あなたの亡くなったママを生き返らせろと、そう言うんですね。それができれば、リリジウムを渡してくれると」
「そうよ。さすがにそこの貧乏人と違って話が早いわ」
 そこの貧乏人って・・・お前だってこの前まで、俺と同じ境遇だったんじゃないか。少しむかついたが、次郎は黙っていることにした。事が大事な局面にきていることが理解できたからだった。
「いいでしょう」
 三度目の長い沈黙の後、タマオが言った。
「あなたのママのDNAを検出できるものを何かください。髪の毛一本でもけっこうです」
「そうね・・・」
 額に手を当てて考え込んでいたが、
「いいものがあるわ」
 しばらくして、麻美が目を輝かせた。机の一番下の引き出しをごそごそやっていたかと思うと、やがて小さな小箱を取り出して、タマオに手渡した。
「あたしが生まれたときのへその緒。これなら十分でしょ?」
「十分です」
 うやうやしく小箱を胸に抱いて、タマオが言った。
「でも、あらかじめ断っておきますが、成功の確率はきわめて低い。ここにはクローン再生の設備もないし、また仮に肉体を再生できたとしても、記憶は戻らないでしょう。へその緒のDNAの中に記憶が残っているかどうか、わかりませんからね。それでもやりますか」
「もちろん」
 麻美はきっぱりと言った。
「もう一度ママに会えるなら、あたしここで死んでもいい」

 
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