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第5章 屑肉と化した女戦士は魔王討伐の夢を見るか

#23 禁断の地⑩

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「え? 今度は、温度を、さ、下げるんですか?」
 
 一瞬驚いたエリスだったが、

「は、はい、わかりましたあ!」

 サトに命じられるまま、すぐに精神集中を再開した。

 心の中に思い浮かべたのは、巨大な氷山だ。

 氷山の周囲をブリザードが吹き荒れる光景を心のスクリーンに現出させると、ぐんと周りの気温が下がるのがわかった。

 全身の肌に一斉に鳥肌が立ち、鼻の奥がつんと痛くなる。

「これでどうですかあ?」

 再び目を開くと、王の身体から伸び上がり、今しもサトにつかみかかろうとしていたあの黒い人影が、動きの途中で完全に凍りついているさまがエリスの視界に入ってきた。

「上出来です、エリスさま。さすがミネルヴァ最強の魔導士」

「い、いえ、ミネルヴァ最強だなんて、そんな、おそれ多い」

 照れながらも、エリス自身、悪い気はしなかった。

「それより、なんなんですか? それ」

 マリウスに続いて、ベッドに歩み寄る。

 王の股間からそびえ立つ性器の先から煙のように立ちのぼった”それ”は、顏の部分を除いて全身に霜が降りていた。

「おまえは何者? 正直に言いなさい」

 異形の者の顔を見上げて、サトが詰問した。

 下着姿にもかかわらず、寒さを感じないのか、サトは堂々たる態度である。

「きさま…下賤の者の分際で、よくも…」

 老婆のようなしわがれた声で、凍りついた化け物が言った。

「アグネスか? その面影、おまえはアグネスだな?」

 腰から短剣を抜くと、逆手に構えてマリウスが鋭い口調でたずねた。

「アグネス、さま?」

 エリスは呆然と目を見開いた。

 アグネスといえば、皇子の元婚約者の名前である。

 謀反を働いた廉で婚約破棄され、王宮を追われた。

 そして父親のダンウィッチ伯爵とともに、王立生物学研究所で、エリスたちの前に再び立ち現れたのだ。

 そういえば、似ている、と今更ながらに思う。

 この化け物の顔、アグネスの顔を黒いタールで再構築したような感じなのだ。

「いいことを教えてやろう」

 マリウスの問いには答えず、偽アグネスが言った。

「ルビイに気をつけろ。おまえたちは、ルビイを蘇らせようとしているようだが、あれはもはや人ではない。必ずおまえたち人間の上に災厄をもたらすであろう」

 止める間もなかった。

「ええい! 言うな! この妖魔めが!」

 激高したマリウスが剣をふるった。

 カシャン!

 澄んだ音とともに、氷結した妖魔の身体が粉々に砕け散った。

「魔王さまに、繁栄と栄光を!」

 首が地面に落下する寸前、妖魔の断末魔の叫びが、王の病室に響き渡った。
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