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第二章 濡羽色の魔術師
魔女の過去(4)
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港町アバの沖にあるその島は、古代から魔術師達の修行場として名を広く知られていた。
その島の地から得られるマナは、魔道王国ノルマンのある山岳地帯から湧き上がるものにも負けずとも劣らない豊富な量を保っており、魔術師達の楽園とも呼ばれている。
港から見えるその島の正面には、非常に大きな2つの塔を見ることができる。
その塔は白と黒の魔術の根源を表しているとも言われ、その巨大さ、荘厳さ、内部装飾の豪華さを含め、魔術師の島に相応しい威容を誇っている。
島には、定期連絡船に乗って渡ることになる。一日に数回港町アバを往復している。
その定期船は中型のガレー船で50人以上は乗れるだろう、通常のガレー船と違う点はこぎ手である奴隷達のいる下層部分がないことだろうか。魔術の力によって推進力を得ているためオールや帆なども装備されていない珍しいつくりとなっている。
島を訪れるものは多い。
この島には、四肢欠損などの大きな怪我を治すことのできる高度な治療魔術を扱える白魔術師が多数おり、その治療のために訪れる騎士や冒険者などが後を絶たない。
また寄付金を納めることにより、島外のものでもA級以上の魔術師による特別クラスを誰でも受講をすることができることもあり、修行中の魔術師たちもこぞってこの島を訪れれるのであった。
「インダルフ、この干物うまいよ。たべる?」
ナージャは、船に乗る前に大量に買い込んだ海蛇の干物のようなものを、ところかまわず食い散らかしている。
「いまはいいよ、後でもらうね」
インダルフは研究資料を片手に、今日のこの島のギルド長との会談内容を考え込んでいるようだ。
そんな二人を横目にメイソンはというと……、
「う、うぇぇーー、気持ち悪い。ナージャもインダルフも、よく船の上で物食ったり、資料読んだりできるな!」
船に酔っていた。
魔道王国ノルマンは、山岳地帯にある国で当然海などはなく、また周辺国も大きな大陸の上にある。
船に乗るなどということはまずないため、メイソンのように船に慣れていないものが普通であった。
周りをみるとその他の乗客も気持ち悪そうにしているものも多く、ナージャやインダルフのように平気にしているほうが少数派だ。
「あれ、エマがいないよ?」
「うっぷ……、エマは昨日から島に渡ってるよ、白魔術の特別クラスを傍聴するんだとさ」
メイソンは答える。
「メイソン、気持ち悪そうだねぇ。酔い止めの白魔術かけてあげようか? お礼は今日の夕食でいいよ」
「お前の素人白魔術なんて、怖くてかなわんよ。いらん、いらん……おぇっぷ。」
「酷いいいようだね、私の魔術はインダルフ直伝っていうのにさ。まあ、気持ち悪いまま頑張ればいいよ」
ナージャは、メイソンに見せつけるように干物を頬張っている。
「あっちいけ、干物の匂いが気持ち悪い」
「はいはい」
メイソンがもうこれは限界だというときに、ようやく船は魔術師の島に到着する。
「待ってたわよ、みんな」
エマが皆を出迎える。
「あらあら、メイソン船酔い? 気持ち悪そうね、メイソン。ナージャに治してもらえばよかったのに?」
「なにっ」
「この間、インダルフ様が教えているのを見てたんだけど、ナージャの白魔術はもうかなりのレベルよ」
「……」
「ばかメイソン、帰りも絶対に治してやらないからね」
一行は、島の中央にある魔術師ギルトに向かう。
「なぜ、ここまできて資料の閲覧を許可いただけないのですか。それはないでしょう!」
インダルフは声を荒げていた。
今日は島の魔術師ギルドにて、ギルド長と面会し、その資料を拝見させてもらう手はずだったのだが、何か様子が違っているのであった。
「今朝突然に長老の言葉により決まったことだ。この島では長老のお言葉は絶対だ。すまないとは思うが、この島の魔術師の血統に関する資料をお見せするわけにはいかなくなった」
「それでは長老とお話しさせてください」
「いま長老は不在だ。いつ戻るかはわからない」
インダルフは苛立っていた。
ここまで順調にきていたため、その対応を甘く考えていた自身についても許せなかったのだ。
「インダルフがあそこまでイライラしているの、はじめてみたかも」
「ああ俺もだ」
ナージャとメイソンは、後ろでひそひそと声を潜めながら会話している。
もちろんこれは、エマの工作により島の長老が意見を翻したのであった。
エマは昨日のうちに長老の屋敷に忍び込み、目立つ場所にひとつの手紙を置いていた。
屋敷は当然魔術による結界や、監視が何十にも張り巡らされているのだが、その中をなにものにも検知されることなく、警備のものにすら何の気配も感じさせずに侵入を果たしている。
この世界でもトップレベルの工作員であるエマの実力を持ってすれば、この程度の結界や警備などまるで意味を持たなかった。
その手紙は『インダルフへの協力を拒否しなさい。ノルマン国にいる孫娘はかわいいでしょう?』との脅迫と取れる内容を記している。
長老は、魔術結界や警備にわずかにも感知されることなく潜り抜けるほどの手誰を雇えるほど大きな組織が、インダルフの研究を妨害しようとしてるその事実に、恐れ慄いたのであった。
急いで魔道王国ノルマンに在住している孫娘を呼び返すべく、従者を連れてノルマンへ旅立っていた。
結局、インダルフは何の収穫もないまま、帰路に着くことになった。
インダルフの研究はもう一歩のところまできている、そんなに焦らなくても時間をかければ結論にたどり着くことができただろう。
ただ彼は分かっていたのだった。
もう余り時間がないことを……。
インダルフが失意のもと魔道王国ノルマンに戻って数日後のことだった。
突然、ナージャがインダルフの研究塔に飛び込むように扉を開けてやってきた。
その姿はいつも余裕のあるナージャではない。
慌てたような口調で、インダルフに叫ぶようにこう言ったのだった。
「インダルフ、ミーナ姉が……ミーナ姉がいなくなった!」
その島の地から得られるマナは、魔道王国ノルマンのある山岳地帯から湧き上がるものにも負けずとも劣らない豊富な量を保っており、魔術師達の楽園とも呼ばれている。
港から見えるその島の正面には、非常に大きな2つの塔を見ることができる。
その塔は白と黒の魔術の根源を表しているとも言われ、その巨大さ、荘厳さ、内部装飾の豪華さを含め、魔術師の島に相応しい威容を誇っている。
島には、定期連絡船に乗って渡ることになる。一日に数回港町アバを往復している。
その定期船は中型のガレー船で50人以上は乗れるだろう、通常のガレー船と違う点はこぎ手である奴隷達のいる下層部分がないことだろうか。魔術の力によって推進力を得ているためオールや帆なども装備されていない珍しいつくりとなっている。
島を訪れるものは多い。
この島には、四肢欠損などの大きな怪我を治すことのできる高度な治療魔術を扱える白魔術師が多数おり、その治療のために訪れる騎士や冒険者などが後を絶たない。
また寄付金を納めることにより、島外のものでもA級以上の魔術師による特別クラスを誰でも受講をすることができることもあり、修行中の魔術師たちもこぞってこの島を訪れれるのであった。
「インダルフ、この干物うまいよ。たべる?」
ナージャは、船に乗る前に大量に買い込んだ海蛇の干物のようなものを、ところかまわず食い散らかしている。
「いまはいいよ、後でもらうね」
インダルフは研究資料を片手に、今日のこの島のギルド長との会談内容を考え込んでいるようだ。
そんな二人を横目にメイソンはというと……、
「う、うぇぇーー、気持ち悪い。ナージャもインダルフも、よく船の上で物食ったり、資料読んだりできるな!」
船に酔っていた。
魔道王国ノルマンは、山岳地帯にある国で当然海などはなく、また周辺国も大きな大陸の上にある。
船に乗るなどということはまずないため、メイソンのように船に慣れていないものが普通であった。
周りをみるとその他の乗客も気持ち悪そうにしているものも多く、ナージャやインダルフのように平気にしているほうが少数派だ。
「あれ、エマがいないよ?」
「うっぷ……、エマは昨日から島に渡ってるよ、白魔術の特別クラスを傍聴するんだとさ」
メイソンは答える。
「メイソン、気持ち悪そうだねぇ。酔い止めの白魔術かけてあげようか? お礼は今日の夕食でいいよ」
「お前の素人白魔術なんて、怖くてかなわんよ。いらん、いらん……おぇっぷ。」
「酷いいいようだね、私の魔術はインダルフ直伝っていうのにさ。まあ、気持ち悪いまま頑張ればいいよ」
ナージャは、メイソンに見せつけるように干物を頬張っている。
「あっちいけ、干物の匂いが気持ち悪い」
「はいはい」
メイソンがもうこれは限界だというときに、ようやく船は魔術師の島に到着する。
「待ってたわよ、みんな」
エマが皆を出迎える。
「あらあら、メイソン船酔い? 気持ち悪そうね、メイソン。ナージャに治してもらえばよかったのに?」
「なにっ」
「この間、インダルフ様が教えているのを見てたんだけど、ナージャの白魔術はもうかなりのレベルよ」
「……」
「ばかメイソン、帰りも絶対に治してやらないからね」
一行は、島の中央にある魔術師ギルトに向かう。
「なぜ、ここまできて資料の閲覧を許可いただけないのですか。それはないでしょう!」
インダルフは声を荒げていた。
今日は島の魔術師ギルドにて、ギルド長と面会し、その資料を拝見させてもらう手はずだったのだが、何か様子が違っているのであった。
「今朝突然に長老の言葉により決まったことだ。この島では長老のお言葉は絶対だ。すまないとは思うが、この島の魔術師の血統に関する資料をお見せするわけにはいかなくなった」
「それでは長老とお話しさせてください」
「いま長老は不在だ。いつ戻るかはわからない」
インダルフは苛立っていた。
ここまで順調にきていたため、その対応を甘く考えていた自身についても許せなかったのだ。
「インダルフがあそこまでイライラしているの、はじめてみたかも」
「ああ俺もだ」
ナージャとメイソンは、後ろでひそひそと声を潜めながら会話している。
もちろんこれは、エマの工作により島の長老が意見を翻したのであった。
エマは昨日のうちに長老の屋敷に忍び込み、目立つ場所にひとつの手紙を置いていた。
屋敷は当然魔術による結界や、監視が何十にも張り巡らされているのだが、その中をなにものにも検知されることなく、警備のものにすら何の気配も感じさせずに侵入を果たしている。
この世界でもトップレベルの工作員であるエマの実力を持ってすれば、この程度の結界や警備などまるで意味を持たなかった。
その手紙は『インダルフへの協力を拒否しなさい。ノルマン国にいる孫娘はかわいいでしょう?』との脅迫と取れる内容を記している。
長老は、魔術結界や警備にわずかにも感知されることなく潜り抜けるほどの手誰を雇えるほど大きな組織が、インダルフの研究を妨害しようとしてるその事実に、恐れ慄いたのであった。
急いで魔道王国ノルマンに在住している孫娘を呼び返すべく、従者を連れてノルマンへ旅立っていた。
結局、インダルフは何の収穫もないまま、帰路に着くことになった。
インダルフの研究はもう一歩のところまできている、そんなに焦らなくても時間をかければ結論にたどり着くことができただろう。
ただ彼は分かっていたのだった。
もう余り時間がないことを……。
インダルフが失意のもと魔道王国ノルマンに戻って数日後のことだった。
突然、ナージャがインダルフの研究塔に飛び込むように扉を開けてやってきた。
その姿はいつも余裕のあるナージャではない。
慌てたような口調で、インダルフに叫ぶようにこう言ったのだった。
「インダルフ、ミーナ姉が……ミーナ姉がいなくなった!」
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