真冬の逃げ水 Mirage d'hiver

つこさん。

文字の大きさ
2 / 38
第一章 過去の影

第2話 新生活 nouvelle vie

しおりを挟む
 新学年、新学期の晩夏。僕は王都ルミエラの進学校『エコール・デ・ラベニュー』の十学年へ転入した。
 前の学校の寮は退寮した。新婚のオリヴィエ兄さんが花嫁の住む家へ移動を完了するまでの間、真新しい寮で過ごす。兄さんのアパルトマンが空くから、そこに僕が入る予定なんだ。べつにずっと寮でもいいんだけど。
 この国の宰相であるオリヴィエ兄さんが今年作った新しい学校。だから全員が転入組で、そんなに緊張はなかったかな。地方から来ている生徒も多いし、僕がひとつ下の十五歳だってことに気づいている人はほとんどいないだろう。

 ただ、僕が『テオフィル・ボーヴォワール』という名前で、創立者の兄さんと同じ姓だってことが気になるようだ。オリヴィエ兄さんとは外見がぜんぜん違うから余計だろう。兄さんは銀髪に紫の瞳、僕は赤毛に青い瞳だ。

 僕がボーヴォワール家に引き取られたのは、実の両親を亡くしたからだと、一年前に知った。父の弟と母の従姉妹が本当の両親だったらしいけど、今は気にしていない。僕はボーヴォワール家の人間であり、これからもそうだ。それだけでいい。

 この学校は『平等な機会』を理念に掲げている。だから、いろんな身分の生徒たちが混ざっている。僕にとっては、いわゆる昔で言うところの『平民』と同じ教室で学ぶのは初めての経験だ。でも、別に問題じゃない。みんな、それを承知でこの学校に来ているんだから。僕が抱える問題なんて、他の生徒に比べれば些細なものだ。
 創立記念式と入校式をいっしょにやったけれど、生徒代表であいさつをした七年生は、両親が読み書きできなかったと言っていた。だから、この学校に入学できたのが奇跡みたいなんだと思う。希望って言葉を何度も使っていたし、未来を選択できる道だとも言っていた。僕にはちょっとわからなくて、少しだけ目を逸らした。

 なんかみんなよそよそしいのは、初対面ばっかだからしかたない。まだ派閥もないまっさらな状態だ。それでも仲良しの塊みたいのは出来上がっていて、そのうちのいくつかが僕の顔色を伺っていた。全部無視していたけれど。

 早々に僕へ近づいて来たのはレオン・カアンだった。昨年、このアウスリゼ王国で内戦の兆しがあったころ、マディア公爵領の主都レテソルに僕が滞在していて知り合った男だ。レテソルを本拠地としているカアン・ホリジングっていう、通商の他に人材派遣なんかをしている大きい会社の、総帥の息子。
 タルト・シトロンの焼色みたいな髪色で、灰色の瞳をしている。僕のひとつ年上だったから、同じ学年。しかも同じ組になった。基本的に話しかけられたら答えるけれど、こちらからは話題を振らない。移動教室も、僕が立ったらあいつも着いてくる、みたいな感じだった。まあいいけど。

 レオンは同じくマディア公爵領から来た奴らとつるんでいなかった。なんでか、僕にひっついていたから。それが普通のことみたいに。何度も他から声掛けされて、やんわりと拒否しているのを見かけた。なぜかよくわからないな。
 なので、一週間が経ったころには、僕といえば一人で、それにレオンがくっついている状態に落ち着いた。別に孤立するつもりでそうしていたわけじゃない。馴染もうとしなかっただけ。

 僕は入学初日から、校則違反をしていた。べつに決まり事がどうでもよかったわけじゃないけれど。制服のシャツのボタンを上まで留めないで、黒色の細いクラバット・リボンもしていなかったんだ。今も。
 レオンは初めにひと言「それでいいの?」と戸惑い気味に言っただけで、僕に倣うこともなく優等生だった。だから、レオンがこのまま僕にかまうなら、きっと僕と同様に陰で悪く言われるだろう。
 誰も彼も、僕を遠巻きに眺めるだけでレオンみたいに近づいて来ないのは、そういう理由もあった。不良だって思われているんだよ。まあいいけど。
 なんにせよ、僕は目立ったんだ。しかたない。

「テオ、次は音楽室だよ」

 教室内はざわついていたけれど、涼しい笑顔でレオンが僕に話しかけた瞬間、まるで空気が凍りついたように静まった。みんな僕がどう動くか息を潜めて遠巻きに見ている。レオンの笑顔は崩れない。
 僕は「知ってる」と言って席を立った。並んで着いて来るタルト・シトロン色の頭も、もう慣れた。
 なにもかも本当にどうでもよかった。なんだか、すべてが僕には茶番に思えたんだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...