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第一章 過去の影
第2話 新生活 nouvelle vie
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新学年、新学期の晩夏。僕は王都ルミエラの進学校『エコール・デ・ラベニュー』の十学年へ転入した。
前の学校の寮は退寮した。新婚のオリヴィエ兄さんが花嫁の住む家へ移動を完了するまでの間、真新しい寮で過ごす。兄さんのアパルトマンが空くから、そこに僕が入る予定なんだ。べつにずっと寮でもいいんだけど。
この国の宰相であるオリヴィエ兄さんが今年作った新しい学校。だから全員が転入組で、そんなに緊張はなかったかな。地方から来ている生徒も多いし、僕がひとつ下の十五歳だってことに気づいている人はほとんどいないだろう。
ただ、僕が『テオフィル・ボーヴォワール』という名前で、創立者の兄さんと同じ姓だってことが気になるようだ。オリヴィエ兄さんとは外見がぜんぜん違うから余計だろう。兄さんは銀髪に紫の瞳、僕は赤毛に青い瞳だ。
僕がボーヴォワール家に引き取られたのは、実の両親を亡くしたからだと、一年前に知った。父の弟と母の従姉妹が本当の両親だったらしいけど、今は気にしていない。僕はボーヴォワール家の人間であり、これからもそうだ。それだけでいい。
この学校は『平等な機会』を理念に掲げている。だから、いろんな身分の生徒たちが混ざっている。僕にとっては、いわゆる昔で言うところの『平民』と同じ教室で学ぶのは初めての経験だ。でも、別に問題じゃない。みんな、それを承知でこの学校に来ているんだから。僕が抱える問題なんて、他の生徒に比べれば些細なものだ。
創立記念式と入校式をいっしょにやったけれど、生徒代表であいさつをした七年生は、両親が読み書きできなかったと言っていた。だから、この学校に入学できたのが奇跡みたいなんだと思う。希望って言葉を何度も使っていたし、未来を選択できる道だとも言っていた。僕にはちょっとわからなくて、少しだけ目を逸らした。
なんかみんなよそよそしいのは、初対面ばっかだからしかたない。まだ派閥もないまっさらな状態だ。それでも仲良しの塊みたいのは出来上がっていて、そのうちのいくつかが僕の顔色を伺っていた。全部無視していたけれど。
早々に僕へ近づいて来たのはレオン・カアンだった。昨年、このアウスリゼ王国で内戦の兆しがあったころ、マディア公爵領の主都レテソルに僕が滞在していて知り合った男だ。レテソルを本拠地としているカアン・ホリジングっていう、通商の他に人材派遣なんかをしている大きい会社の、総帥の息子。
タルト・シトロンの焼色みたいな髪色で、灰色の瞳をしている。僕のひとつ年上だったから、同じ学年。しかも同じ組になった。基本的に話しかけられたら答えるけれど、こちらからは話題を振らない。移動教室も、僕が立ったらあいつも着いてくる、みたいな感じだった。まあいいけど。
レオンは同じくマディア公爵領から来た奴らとつるんでいなかった。なんでか、僕にひっついていたから。それが普通のことみたいに。何度も他から声掛けされて、やんわりと拒否しているのを見かけた。なぜかよくわからないな。
なので、一週間が経ったころには、僕といえば一人で、それにレオンがくっついている状態に落ち着いた。別に孤立するつもりでそうしていたわけじゃない。馴染もうとしなかっただけ。
僕は入学初日から、校則違反をしていた。べつに決まり事がどうでもよかったわけじゃないけれど。制服のシャツのボタンを上まで留めないで、黒色の細いクラバット・リボンもしていなかったんだ。今も。
レオンは初めにひと言「それでいいの?」と戸惑い気味に言っただけで、僕に倣うこともなく優等生だった。だから、レオンがこのまま僕にかまうなら、きっと僕と同様に陰で悪く言われるだろう。
誰も彼も、僕を遠巻きに眺めるだけでレオンみたいに近づいて来ないのは、そういう理由もあった。不良だって思われているんだよ。まあいいけど。
なんにせよ、僕は目立ったんだ。しかたない。
「テオ、次は音楽室だよ」
教室内はざわついていたけれど、涼しい笑顔でレオンが僕に話しかけた瞬間、まるで空気が凍りついたように静まった。みんな僕がどう動くか息を潜めて遠巻きに見ている。レオンの笑顔は崩れない。
僕は「知ってる」と言って席を立った。並んで着いて来るタルト・シトロン色の頭も、もう慣れた。
なにもかも本当にどうでもよかった。なんだか、すべてが僕には茶番に思えたんだ。
前の学校の寮は退寮した。新婚のオリヴィエ兄さんが花嫁の住む家へ移動を完了するまでの間、真新しい寮で過ごす。兄さんのアパルトマンが空くから、そこに僕が入る予定なんだ。べつにずっと寮でもいいんだけど。
この国の宰相であるオリヴィエ兄さんが今年作った新しい学校。だから全員が転入組で、そんなに緊張はなかったかな。地方から来ている生徒も多いし、僕がひとつ下の十五歳だってことに気づいている人はほとんどいないだろう。
ただ、僕が『テオフィル・ボーヴォワール』という名前で、創立者の兄さんと同じ姓だってことが気になるようだ。オリヴィエ兄さんとは外見がぜんぜん違うから余計だろう。兄さんは銀髪に紫の瞳、僕は赤毛に青い瞳だ。
僕がボーヴォワール家に引き取られたのは、実の両親を亡くしたからだと、一年前に知った。父の弟と母の従姉妹が本当の両親だったらしいけど、今は気にしていない。僕はボーヴォワール家の人間であり、これからもそうだ。それだけでいい。
この学校は『平等な機会』を理念に掲げている。だから、いろんな身分の生徒たちが混ざっている。僕にとっては、いわゆる昔で言うところの『平民』と同じ教室で学ぶのは初めての経験だ。でも、別に問題じゃない。みんな、それを承知でこの学校に来ているんだから。僕が抱える問題なんて、他の生徒に比べれば些細なものだ。
創立記念式と入校式をいっしょにやったけれど、生徒代表であいさつをした七年生は、両親が読み書きできなかったと言っていた。だから、この学校に入学できたのが奇跡みたいなんだと思う。希望って言葉を何度も使っていたし、未来を選択できる道だとも言っていた。僕にはちょっとわからなくて、少しだけ目を逸らした。
なんかみんなよそよそしいのは、初対面ばっかだからしかたない。まだ派閥もないまっさらな状態だ。それでも仲良しの塊みたいのは出来上がっていて、そのうちのいくつかが僕の顔色を伺っていた。全部無視していたけれど。
早々に僕へ近づいて来たのはレオン・カアンだった。昨年、このアウスリゼ王国で内戦の兆しがあったころ、マディア公爵領の主都レテソルに僕が滞在していて知り合った男だ。レテソルを本拠地としているカアン・ホリジングっていう、通商の他に人材派遣なんかをしている大きい会社の、総帥の息子。
タルト・シトロンの焼色みたいな髪色で、灰色の瞳をしている。僕のひとつ年上だったから、同じ学年。しかも同じ組になった。基本的に話しかけられたら答えるけれど、こちらからは話題を振らない。移動教室も、僕が立ったらあいつも着いてくる、みたいな感じだった。まあいいけど。
レオンは同じくマディア公爵領から来た奴らとつるんでいなかった。なんでか、僕にひっついていたから。それが普通のことみたいに。何度も他から声掛けされて、やんわりと拒否しているのを見かけた。なぜかよくわからないな。
なので、一週間が経ったころには、僕といえば一人で、それにレオンがくっついている状態に落ち着いた。別に孤立するつもりでそうしていたわけじゃない。馴染もうとしなかっただけ。
僕は入学初日から、校則違反をしていた。べつに決まり事がどうでもよかったわけじゃないけれど。制服のシャツのボタンを上まで留めないで、黒色の細いクラバット・リボンもしていなかったんだ。今も。
レオンは初めにひと言「それでいいの?」と戸惑い気味に言っただけで、僕に倣うこともなく優等生だった。だから、レオンがこのまま僕にかまうなら、きっと僕と同様に陰で悪く言われるだろう。
誰も彼も、僕を遠巻きに眺めるだけでレオンみたいに近づいて来ないのは、そういう理由もあった。不良だって思われているんだよ。まあいいけど。
なんにせよ、僕は目立ったんだ。しかたない。
「テオ、次は音楽室だよ」
教室内はざわついていたけれど、涼しい笑顔でレオンが僕に話しかけた瞬間、まるで空気が凍りついたように静まった。みんな僕がどう動くか息を潜めて遠巻きに見ている。レオンの笑顔は崩れない。
僕は「知ってる」と言って席を立った。並んで着いて来るタルト・シトロン色の頭も、もう慣れた。
なにもかも本当にどうでもよかった。なんだか、すべてが僕には茶番に思えたんだ。
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