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わたしの帰る場所

238話 残しはしないよ、もちろん

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 クロヴィスたちがこのタイミングでわたしとレアさんへ会いに来てくれたこと……それには意味があります。察していたわたしたちは水を向けずに、素知らぬ顔で旧交を温め……ようと思いましたがムリでした。

「で?」
「で?」

 レアさんが身を乗り出して。わたしもそれにならって。クロヴィスが咳払いをし、メラニーが真っ赤になりました。クロヴィスが片手をすっと少しだけ上げると、執事さんがその手元へなにかを渡します。

「――どうか、受け取ってくれないか。招待状だ。あなたたちに参加してもらいたい。わたしたちの、結婚式に」
「来たわねー!」
「やったー!!!」

 テーブルの上に差し出されたふたつの封筒を、わたしたちはそれぞれ受け取りました。うれしい、うれしい!!! グレⅡではクロヴィスを選択した場合のエンディングのひとつとして、クロヴィスが王となり、王杯から得た聖力によりメラニーの病状を回復させ、二人が結婚するというものがありました。
 もちろん、その結末にはオリヴィエ様は存在しません。ゲーム進行上でリシャール側の間者だとバレるレアさんも。今は違う。リシャールが王権を継ぐことになり、聖力を用いずともメラニーは回復し、クロヴィスと結婚する。しかも、レアさんに招待状だって!
 わたしはうれしくて、うれしくて。浮かれていたら、メラニーが「よろこんでくれて、うれしいです」と言いました。

「うん、うん、うれしい。わたし、二人の結婚式、出席できるのうれしい!!!」

 わたしが望んでいたエンディングでした。泣く人がひとりでも少ない、大団円。ご都合主義な『最善』。――オリヴィエ様が、生きたままで。
 ちょっと泣けてきて。うるうるしていたら、メラニーもうるうるしちゃって、二人でだばーっと泣いてしまいました。クロヴィスとレアさんにちょっと笑われました。
 ということで、来月の半ばにマディア公爵領レテソルへ行くことが決定しました。一希兄さんのワンピースの件をコラリーさんとマダムたちに相談したいけれど、リッカー=ポルカまで行く時間取れるかな? けっこう遠いからなー。近いうちに手紙書こう。
 二人を見送ったあと、アシモフたんのお散歩に出ます。ちなみにメラニーは柴犬マドレーヌを見てキラキラしながら「なんてステキなの……!」と言っていました。べつに機能的でなくてもいいみたいです。はい。
 いつもの散歩コース。アシモフたんの牽引力が日に日に強くなっている気がします。もうわたしが歩かされている感じ。ドッグランがある大きな公園へ行き、リードを外しました。そしたら、一目散に他のわんちゃんのところへ。

「あれっ⁉ イネスちゃん?」

 わたしが声をあげると、広場の向こう側で手を振った人がいました。ミュラさんでした。

「ミュラさん、お披露目会お疲れ様でした。お休みですか?」
「うん。わたしの分の後片付けは終わったから」

 今日はいつものミュラさんっぽくしゃきっとしています。レテソルの公使館で忙しくお仕事されていたときでも、ヨレっとしているのは見たことがなかったので、きっとお披露目会の準備が相当しんどかったんだと思います。リシャールの秘書官さんは順番に休暇を取ることが決まったそうです。が、ミュラさんはそもそもレテソルへ全権公使として派遣されたこと自体が休暇だったと。だから飛び石でお休みをもらうことになったと。えっ、ミュラさんは冬季休暇でレテソルまで行ったんだっていう当初の名目、それ機能させちゃうんか、リシャール???? 素直に受け入れるなミュラさん????
 しばらくぼーっと二人で、じゃれ合うアシモフたんとイネスちゃんを見ていました。そしたら、おもむろにミュラさんが「見合いを勧められました、リシャール殿下に」と爆弾発言をしました。

「えええええ⁉ なんで⁉」
「実際に、お話は何件かいただいています。実家からも連絡がありましたし、殿下へ上申もあったようです」
「え、なんで。すぐ結婚しなきゃいけない感じなんですか、ミュラさん?」

 ミュラさんはじっとわんこたちを見ていました。わたしはその横顔を見ました。ミュラさんはゆっくりと言葉を選ぶように「殿下は、わたしへ。美しい駒になれとおっしゃった」と言いました。

「これから即位されるにあたり……殿下にとって、いつでも動かせるキレイな駒であること。それが、わたしに求められていること」
「それって結婚関係あります? そんなの個人の選択じゃないですか。だって、ミュラさん、だって」
「振られましたよ」
「えっ」

 どう口にしようかと思っていたら、ミュラさんはそうおっしゃいました。そしてちょっと笑って。

「振られました。レアさんに。ソノコたちへ着いてマケトスへ行ったときに」
「えっ、えー⁉」

 えっ、だって、だって。それって一カ月は前ってこと。レアさんが入院していたマケトスにわたしたちが滞在したのは。それから、わたしがグラス侯爵領から戻ってきて、レアさんも、退院して帰って来て。
 ミュラさん、お花くれたじゃない。『おかえりなさい』ってメッセージカード着けて。レアさんはそれを見てほほ笑んで、すごく、幸せそうに、ほほ笑んで。大事なものみたいに触って。

 穏やかなミュラさんの笑顔を見ていられなくて、わたしはわんこたちに目を移しました。ミュラさんは「いい機会なので、お受けしようと思います。見合い」とおっしゃいました。

「……それ、後悔しないです?」
「しませんよ。思い残すことはないです」

 わたしは何かを言いたくて。でも、なにも言えませんでした。
 帰宅して。アシモフたんの足を拭いて、中に入ります。美味しそうな夕飯の匂いがします。これ、ミュラさんが好きなホワイトシチューっぽいやつだ。泣けて。ちょっと泣けて。もうミュラさんが、このお家へ遊びに来ることもないのかな、とか、いろんなこと考えて。

「なあにい、ソノコ。なに泣きそうな顔してるの?」

 レアさんのほほ笑みが優しくて。わたしは「ミュラさんに、会いました」と言いました。レアさんはキレイに笑って「そう」と言いました。

「レアさんに振られたって、言ってました」
「あっはっは。やだ、言っちゃったのね! ミュラさんってば!」

 食卓にごはんが並びました。ぐーってお腹が鳴ったけど、その席に着いても食べ始められませんでした。
 だって。だって。レアさん。

「……ミュラさん、お見合いするって」
「そう。いい人が見つかるといいわね」
「いいんですか」
「なにが?」

 わたしはじっと、向かい側の席のレアさんを見ました。レアさんは、わたしの言いたいこと、ぜんぶわかっていそうでした。

「だって。レアさん、ミュラさんのこと大好きじゃないですか」

 レアさんは笑いました。ミュラさんから届いたお花を見たときみたいにキレイに。わたしはそれが悲しくて、どうしていいかわからなくて、ちょっと泣きました。
 レアさんはキレイな笑顔のまま、どこか遠くを見て。

「ミュラさんは、あたしには眩しすぎるの」

 わたしにはわかんなくて。好きなのに。好き同士なのに。大好きな二人が、二人じゃなくなっちゃうこと。なんだかいろんなことを考えて、ぐしぐしとわたしは泣きました。
 おいしかったです。ホワイトシチューもどき。
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