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わたしの帰る場所

237話 べつにわたしわるくないよね?

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 結局お昼過ぎまでピエロさんと語り合ってしまいました。さすがにそれ以上はお仕事のじゃまになってしまうし、かなり引き留められましたが帰って来ました。はい。
 トビくんに会えなかったのはちょっと残念でしたが、理由が積極的なものなのでうれしいです。そっかー。学校行けるのかー。そっかー。ふつふつと、よろこびの気持ちが沸き上がって来ます。
 わたしは日本に生まれ育ったので、教育を受けられるのは普通のことでした。それでも高校を卒業した後に群馬へ移住するに当たって、専門学校へ入学できないかもしれない可能性が出たときに絶望しました。周囲の同じ年の同級生たちはみんな、なにかしら進学が決まって。わたしだけが宙ぶらりんで。理科準備室で担任の先生と話して、号泣しました。なんで自分だけって思って。支離滅裂なことを言って。
 結局一希兄さんの助けを得られて、行き場ができました。あのときの自分を考えると、まだ十代前半のトビくんがあんなに真っ直ぐ自分の状況を受け入れていたことを、奇跡と思います。きっと彼は、わたしなんかよりずっと大人だ。
 お祝いになにか贈りたいな。なにがいいかな。蒸気バスで帰宅しながらそんなことを考えました。

「おかえりい。遅かったわね! お昼は食べた?」
「ただいまです! レアさんのごはんが食べたいのでまだ食べてません!」

 アシモフたんがしっぽぶんぶんで迎えてくれます。ありがとう。リビングのテーブルの上に、黄色いお花のアレンジが飾ってありました。ラナンキュラスみたいに真ん丸で花弁がたくさんのかわいいやつ。わたしが「うわあ、かわいい!」と言うと、レアさんがわたしのお昼を用意しながら「ボーヴォワール閣下からあなたへよ。お手紙が挟まってるわ」とおっしゃいました。なんと!!!!! オリヴィエ様から!!!!! お花を!!!!!
 お手紙はちょっと読み上げ不可能な感じのメッセージカードでした。むり。ちょっと消化しきれない。むり。どうしようむり。だれか他の人へ向けられた甘々ワードだと思いこむことでやり過ごそうとしましたが、それはそれでムカつくな、となりました。とりあえず封筒に入れ直して封印です。はい。保留です。はい。
 お昼ごはんを食べているときに、クロヴィスとメラニー連名でメッセージが届きました。週末にはマディア領に戻っちゃうので、その前に会えますかって。もっちろーん。警備とか警備とか警備とか、もしだいじょうぶならウチに来てくださいってお返事してみたら、もう超スピードで『ぜひ』というお返事が来ました。なので、明日は二人を招いてお茶します。

 二階の自分の部屋へ行って、メッセージカードをオリヴィエ様情報のスクラップブックに挟んで見えなくします。それから部屋の隅に置いてあったキャリーバッグを開きました。そして、中から紙袋を取り出します。
 ちーちゃんと、彩花ちゃん。二人がお祝いって言ってプレゼントしてくれたもの。柴犬のマドレーヌ型。それに、ちーちゃんママのシフォンケーキレシピ。勇二兄さんのレシピブックは、ときどき読んでいたんですけどね。

「レアさん……これ、使ってお菓子、作れないかな」

 リビングに戻ってレアさんへ型を差し出すと「なにこれえ⁉ かわいすぎない⁉」と食いついてくれました。でしょ。レアさんならそう言ってくれると思った。
 いっしょにキッチンでわいわい試し焼きをしていたら、ドアベルが鳴りました。わたしが「はーい!」と応じるよりも早くアシモフたんが「おきゃくさん!!!」という感じで玄関へ飛んで行きました。

「もう帰るから、あいさつに寄ったのよ!」

 リッカー=ポルカ交通局のノエミさんと、そのパートナーのコームさんでした。えー! 昨日終わったばっかじゃん! 二人とも旅装で、蒸気機関車も夕方の便とのことです。自動車も横付けし待機しています。

「じゃあ、お茶していく時間ないです?」
「ごめんねー! もっと余裕ある日程にすればよかったんだけど、安い汽車取ったらこうなっちゃった!」

 とりあえず、焼き立てほやほやの柴犬マドレーヌをお渡ししました。リッカー=ポルカのみなさんからたくさんお土産をいただいたのに、わたしからはなにも用意できていなくて焦ってしまう。ノエミさんは「いーのいーの、みんなソノコにあげたいだけで、見返り求めてるわけじゃないから」と言ってくれました。

「ありがとうございます、みなさんによろしくお伝えください」
「もちろん。ソノコはすっごーくかわいくなって、すっごーくステキな男性と熱々だったって伝えとくわ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああ」

 なんてこっ恥ずかしいことを! やめてくださいと懇願しましたがにっこにこで「はいはい」と言われただけでした。勘弁してほしい。
 自動車に二人が乗り込むのを、レアさんとアシモフたんと見送って。
 窓を開けて「じゃあね!」とノエミさんがおっしゃったときに、わたしはふと思い出して、伝言を頼みました。

「ノエミさん。今回のステキなドレス、コラリーさんと他のマダムたちが作ったっておっしゃいましたよね?」
「そうよ。すごかったでしょ!」
「あの……実家の国から持ってきた服を、どうアレンジするか迷っているんです。機会があったら、相談させてくださいってお伝えください」
「あらー、そうなの? わかったわ、伝えておく!」

 お互い手を振って別れました。レアさんが「実家から持って来た服ってなあにい? 見せて見せて」とおっしゃったので、二階からリバーレース白ワンピと白のワイドパンツを取ってきて、お見せしました。

「……わあお。びっくり」
「……やっぱこのままじゃダメですよね」
「そうねえ。ソノコの故郷って、すんごく先進的なのねえ」

 レアさんは自分の体に当ててみながらおっしゃいました。さすがにワンピは、わたしの背で膝丈なのでレアさんだとツイッギーみたいになっちゃうな。それはそれでステキだと思うんですけどね。文化的にね。

「……ねえ、ソノコ。これ、ちょっと穿いてみても、いい?」

 ワイドパンツを腰回りに当てて、レアさんがおっしゃいました。わたしだとマキシ丈ですけど、ミモレ丈。わたしが「もちろん!」と意気込んで言うと、レアさんは一階の奥のご自身の部屋へ着替えに行きました。

「……最高だわ、これ」
「レアさんすてきいいいいいいいいいい‼」

 お似合い過ぎる。まあレアさんに似合わない服なんて存在しないと思うけど。それにしても着こなしがモデル過ぎる。レアさんがちょっと、恐る恐るといった感じで「これ、譲ってもらえない?」とおっしゃいました。

「どうぞ! この幸せ者ワイドパンツめ!」
「……あのね、これ、ズレなくてすごくいい」

 なんでも、車椅子に頼らないで自分で歩こうと努力されている最中ですが、体のバランスの取り方が前と違うみたいで。歩く度にスカートが腰のところでくるくる回ってしまうんですって。ベルトで押さえたりはしているけど、ズレたらその度に直さなくてはいけなくて、いい加減いやになっていたらしく。

「家の中だけでもこれで過ごせたら、ずいぶん楽になるわ。なんだか足が二本ある! って感じるけど」
「どうぞどうぞ! うわー、レアさんの役に立ってくれるとか、すごくうれしい!」

 足の動きがはっきりとわかるので、歩き方の改善にもなるかも、と。ああー、よかったあ。どうしようかと思っていたから、こんな風に善用できて最高。
 洗い替えも欲しいよね、ということで、型紙に起こして何枚か作ることになりました。わたしも自分用のほしい。たまにはボトムス穿きたい。
 で、次の日。

「……おじゃまします」

 メラニーがキラキラした瞳で言いました。クロヴィスももちろんいっしょです。だれかのお家に行って「おじゃまします」って言ったことがなくて、言ってみたかったんですって。そうね、マディア公爵邸レベルのお屋敷だと、おじゃましますってなんか言わなそうよね。
 大歓迎しているアシモフたんにびっくりしつつ、二人ともきょろきょろと室内を見回していました。メラニーは民家自体が初めてなんですって。二人は目立たないように一般人の装いで。それでも質がいいからどう見ても良家の所属オーラは隠せないんですけれど。家の敷地の周りには私服の警備さんが数名見回っています。二人にはやはり私服の執事さんが一人着いて来ました。

「すごいわね、すばらしいわね。こんな機能的な建物、初めてよ!」
「機能的ですか?」
「ええ! 管理しやすくて、移動時間もなく日常生活を送れる設計だわ。すばらしいわ! 一般のみなさんは、本当に知恵と工夫をこらしていらっしゃるのね!」

 心底そう思って言っているのがわかります。はい。リビングにお通ししたら「えっ、厨房⁉ 厨房がそこにあるの⁉」と、隣接している水回りにたいそう驚かれていました。はい。

「そうよお。民間のおうちは、みんなこんな風に必要なものだけが集まった造りなの」

 レアさんがそうおっしゃいながらキッチンからマドレーヌとお茶のセットを運んで来られます。ワイドパンツで。やめといたらって言ったんですけど。

 クロヴィスがぱっかーんと口を開けました。執事さんは一瞬目を見張りましたがすぐに素知らぬ顔になりました。メラニーは、キッラキラの瞳をいっぱいに開いて、もっとキラキラしました。

「――そんな機能的なお召し物、初めて見るわ!」
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