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戻らないライラックさんは放っておいて、ラジアータさんが用意してくれた昼食を食べていると、王国鑑定師のカラードさんが家にやってきました。
昼食はお米の上に少しピリっとした不思議な味の炒め物と目玉焼きがどーんと乗せられただけのもので、それがもう美味しすぎて無我夢中で食べてしまいました。
「君、よほどお腹が空いていたのかい?僕が来たことにも全く気付かずにがっついていたけど」
カラードさんはいきなりのご挨拶でした。ラジアータさんが嬉しそうに微笑んでいるからいいですけど、そんなところをまじまじと見られていては恥ずかしいことこの上ありません。
私は消え入るような声でカラードさんに挨拶しました。
「王宮では随分と派手にやったみたいじゃないか。君の起こす奇跡を僕ももう一回見たかったな。ところで肝心のライラックはどうしたんだ?」
そういうカラードさんにロータスさんが事情を説明すると、私の方に向かって「それは君も落ち着かないね」などと言いました。王国鑑定師は私に対して妙な鑑定をするのはやめて欲しいです。
取り乱してライラックさんに縋る姿を見られていますからそう思うのでしょうけど、そういえばルピナス様もあの場にいましたね。彼の目にはどう映ったのでしょうか。
ロータスさんがライラックさんを呼びに行こうとした時、不穏な気配でも察知したのかライラックさんがアイリスさんの部屋から出てきました。
涙の跡でも無いかなと私はライラックさんの顔を覗き込んでみましたが特にそんなものはなく、逆に「なんだ?」と不機嫌そうに言われて私がへこみました。
「騒がしいと思ったらカラードか。人の家まで押しかけて来て、いったいどうしたんだ」
「それはご挨拶だね。お前が帰って来たと聞いて早速仕事を持って来たんだ。これなんだが頼めるかな?」
カラードさんはそう言いながら紙の束をピラピラさせています。ライラックさんはそれを引ったくると、目を通し始めました。
「今回は簡単な依頼だけだから材料はロータスの所から仕入れてくれ。それを含んだ依頼料になっている」
カラードさんがそう説明すると、横にいるロータスさんはほくほく顔で「カラード様、恐れ入ります」などと言っています。
こんなに沢山の薬品をどうするのか聞いたら、王国軍の物資ということでした。カラードさんは王国鑑定師という資格を使って、王国軍の資材調達をしているそうです。
つまるところ、ライラックさんのパトロンはカラードさんではなく、王国だったということですね。
「だから突然居なくなられて、調達できなくなった僕の面目が丸潰れだったんだ。既成品を購入すると値段は馬鹿高いし、ライラックに任せていた部分が多すぎて小難しい依頼を頼めそうな腕の薬師は他にいなかったし」
それは気の毒な話です。そう言われてもライラックさんはどこ吹く風で紙の束を眺めていましたが、おもむろに数枚の依頼書を引き抜いてカラードさんに見せました。
「これとこれが少し安すぎる。今の季節だと材料費を賄えないぞ」
「はあ……目敏い奴だな。じゃあこのくらいでどうだ」
カラードさんがペンを取り出して金額を二割増に書き換えると、それを見てライラックさんは「良かろう。交渉成立だ」と言いました。
「いつまでに作ればいい?フリージアは近日中に国王に呼び出されるだろうから、あまり急ぎだと難しい。10日もあれば揃うだろうが」
「え?私が作るんですか!?」
いきなり話を振られた私は素っ頓狂な声を出してしまいました。私が作ってもカラードさんが納得してくれるのでしょうか。
「当たり前だろう。私は君に技術を教えるためにここにいるだけだ。幸い初歩的な薬品ばかりで、君の練習にはちょうど良さそうだ」
「本当に君が作るのかい?大丈夫かなあ」
案の定、カラードさんは心配そうにしています。王国軍の物資ということなのでいい加減な物は納品できないですし。
「もちろんチェックは私がする。というか、君はそのつもりでこの依頼を持って来たのだろう。白々しいにも程があるぞ。君が私にこんな初歩的な薬品を依頼するはずが無い」
「へ?」
私が目を丸くすると、カラードさんはバレたかという顔をしています。
「まあ、ライラックは頑固だから君に引き継ぐと言った以上は僕の話を聞かないだろうからね。早く君に一人前になってもらわないと。練習するにも無駄に作るよりは納品した方がいいだろう?」
「私が作ったものを買ってくれるんですか?」
「納品先の重要性はわかって貰えただろう?僕とライラックの顔に泥を塗らないように頑張ってくれ」
言い方はともかく、私を信じて任せてくれた仕事ですから頑張らないといけません。私がそう意気込んでいるとライラックさんが依頼書の束を渡してきました。
「そう気負わなくていい。ロータスにこのメモを渡せば全て材料を揃えてくれるだろうが、まずは君の勉強のためにも材料を書き出すところから始めようか。教えるから調合室に来なさい」
そう言ってライラックさんは調合室に向かってしまいました。気の早いことです。
「カラードさん、頑張って良いものを作りますね!」
「ああ、期待しているよ」
私は急いでライラックさんの後を追いかけました。
昼食はお米の上に少しピリっとした不思議な味の炒め物と目玉焼きがどーんと乗せられただけのもので、それがもう美味しすぎて無我夢中で食べてしまいました。
「君、よほどお腹が空いていたのかい?僕が来たことにも全く気付かずにがっついていたけど」
カラードさんはいきなりのご挨拶でした。ラジアータさんが嬉しそうに微笑んでいるからいいですけど、そんなところをまじまじと見られていては恥ずかしいことこの上ありません。
私は消え入るような声でカラードさんに挨拶しました。
「王宮では随分と派手にやったみたいじゃないか。君の起こす奇跡を僕ももう一回見たかったな。ところで肝心のライラックはどうしたんだ?」
そういうカラードさんにロータスさんが事情を説明すると、私の方に向かって「それは君も落ち着かないね」などと言いました。王国鑑定師は私に対して妙な鑑定をするのはやめて欲しいです。
取り乱してライラックさんに縋る姿を見られていますからそう思うのでしょうけど、そういえばルピナス様もあの場にいましたね。彼の目にはどう映ったのでしょうか。
ロータスさんがライラックさんを呼びに行こうとした時、不穏な気配でも察知したのかライラックさんがアイリスさんの部屋から出てきました。
涙の跡でも無いかなと私はライラックさんの顔を覗き込んでみましたが特にそんなものはなく、逆に「なんだ?」と不機嫌そうに言われて私がへこみました。
「騒がしいと思ったらカラードか。人の家まで押しかけて来て、いったいどうしたんだ」
「それはご挨拶だね。お前が帰って来たと聞いて早速仕事を持って来たんだ。これなんだが頼めるかな?」
カラードさんはそう言いながら紙の束をピラピラさせています。ライラックさんはそれを引ったくると、目を通し始めました。
「今回は簡単な依頼だけだから材料はロータスの所から仕入れてくれ。それを含んだ依頼料になっている」
カラードさんがそう説明すると、横にいるロータスさんはほくほく顔で「カラード様、恐れ入ります」などと言っています。
こんなに沢山の薬品をどうするのか聞いたら、王国軍の物資ということでした。カラードさんは王国鑑定師という資格を使って、王国軍の資材調達をしているそうです。
つまるところ、ライラックさんのパトロンはカラードさんではなく、王国だったということですね。
「だから突然居なくなられて、調達できなくなった僕の面目が丸潰れだったんだ。既成品を購入すると値段は馬鹿高いし、ライラックに任せていた部分が多すぎて小難しい依頼を頼めそうな腕の薬師は他にいなかったし」
それは気の毒な話です。そう言われてもライラックさんはどこ吹く風で紙の束を眺めていましたが、おもむろに数枚の依頼書を引き抜いてカラードさんに見せました。
「これとこれが少し安すぎる。今の季節だと材料費を賄えないぞ」
「はあ……目敏い奴だな。じゃあこのくらいでどうだ」
カラードさんがペンを取り出して金額を二割増に書き換えると、それを見てライラックさんは「良かろう。交渉成立だ」と言いました。
「いつまでに作ればいい?フリージアは近日中に国王に呼び出されるだろうから、あまり急ぎだと難しい。10日もあれば揃うだろうが」
「え?私が作るんですか!?」
いきなり話を振られた私は素っ頓狂な声を出してしまいました。私が作ってもカラードさんが納得してくれるのでしょうか。
「当たり前だろう。私は君に技術を教えるためにここにいるだけだ。幸い初歩的な薬品ばかりで、君の練習にはちょうど良さそうだ」
「本当に君が作るのかい?大丈夫かなあ」
案の定、カラードさんは心配そうにしています。王国軍の物資ということなのでいい加減な物は納品できないですし。
「もちろんチェックは私がする。というか、君はそのつもりでこの依頼を持って来たのだろう。白々しいにも程があるぞ。君が私にこんな初歩的な薬品を依頼するはずが無い」
「へ?」
私が目を丸くすると、カラードさんはバレたかという顔をしています。
「まあ、ライラックは頑固だから君に引き継ぐと言った以上は僕の話を聞かないだろうからね。早く君に一人前になってもらわないと。練習するにも無駄に作るよりは納品した方がいいだろう?」
「私が作ったものを買ってくれるんですか?」
「納品先の重要性はわかって貰えただろう?僕とライラックの顔に泥を塗らないように頑張ってくれ」
言い方はともかく、私を信じて任せてくれた仕事ですから頑張らないといけません。私がそう意気込んでいるとライラックさんが依頼書の束を渡してきました。
「そう気負わなくていい。ロータスにこのメモを渡せば全て材料を揃えてくれるだろうが、まずは君の勉強のためにも材料を書き出すところから始めようか。教えるから調合室に来なさい」
そう言ってライラックさんは調合室に向かってしまいました。気の早いことです。
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「ああ、期待しているよ」
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