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21 グレース視点①
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私はグレース・シリウス。シリウス男爵家の長女だ。今年で18歳になる。
遊び人のお父様は外に女は作るものの、お母様があんなだから第二夫人や妾を置かないので、跡を継ぐべき男が生まれない。
なので、シリウス男爵家は私が婿を取って継ぐしかないと、元凶のひとつであるはずのお母様に言われている。
とはいえ、お母様がルーナ以降にお父様と子を作ろうとしない気持ちは良くわかる。お母様がルーナを身籠った直後、或いは同時進行だったのかもしれないけど、お父様は使用人と関係を持って孕ませていた。
ルーナの時は悪阻が酷くて大変だったのもあって、お母様がそれを知ったのは使用人が出産を終えた後だった。自分が苦労している最中のお父様の裏切りを知って激怒したお母様は、その使用人を赤子共々家から追い出した。
お母様は子爵家の末女でシリウスより力がある家だ。それもあって、怒り狂ったお母様に対してお父様は何もできなかった。
それでも住む家と僅かな仕送りをして、その使用人を陰ながら助けていたようだ。
お母様もルーナとそう歳の変わらない生まれたばかりの赤子のことを考えて、それを阻止したりまではせず見て見ぬふりをしていた。私にとってお母様はそんな優しい人なのだ。
しかし、それから10年以上経ってその使用人が亡くなった。過労の末ということだった。そして、お父様と取り交わした約束があったらしく、使用人が産んだクロエという名の娘が家に転がり込んできた。
庶民丸出しで私達に挨拶するその姿を見て、お母様の妄執に再び火が付いたようだった。当時を知る往年の使用人達の話では、クロエは母親に瓜二つなのだそうだ。あと数年もすれば私達から平穏な家庭を奪った女そのものの姿になるのだろう。
お母様はクロエを徹底的に虐め抜いた。クロエの母親にぶつける事ができなかった憎しみを吐き出すかのように。
貴族としての部屋も服も食事も与えず、使用人さながらの生活を送らせて、少しでも不備があれば叱責や折檻を与えた。
私もお母様と同じようにクロエに接した。レイナやルーナは小さかったから知らないだろうけど、私は物心ついた頃からお母様の様子を目の当たりにしてきた。
お父様は家にあまり居なくなったし、そのせいでお母様も塞ぎ込むことがあって、私は結構心乱されていた。ルーナには意地悪ばかりしたし、レイナとも殴り合いの喧嘩をしたりもした。
その元凶である母子に対して、好意的でいられるはずもない。
でも、クロエは庶民暮らしが板についていて、使用人の暮らしもさほど苦では無かったようだ。器用で飲み込みも早いので仕事ぶりも良く、貴族として他の使用人の手前、言いがかりをつけて虐める事もできなくなっていった。
あとは出来ることと言えば、クロエが成人するまで養うという約束だったので、その時が来れば身体ひとつで追い出すのを待つくらいだった。
少し話は戻るけど、そんなお父様を見て育ったため、私は軽薄な男性は苦手だ。
でも、男爵家に婿に来るような貴族は良くて子爵家の末子、普通は騎士爵や名誉爵の子弟くらいしかいない。
彼らは家を継ぐという責任が無く、貴族の子弟ということで市井の娘を相手に遊んでばかりいるお父様のような屑ばかりだった。
学校時代は彼氏はいなかったし、見合いの相手はそんなのばかりで全く相手にする気になれなかった。
自分で言うのもなんだけど、私は身なりにも身体にも気を使っている。顔だって若い頃のお母様に良く似ていると言われるように悪くないはずだ。お母様は面食いのお父様が妻にしたいと思うほどの美人だったんだから。
でも、鼻の下を伸ばして私に擦り寄ってくる見合い相手を全てねじ伏せた。私より強ければと、剣を交えさせるのだ。それを聞かない子爵家の末子の時は、相手の酷い言い草もあったので直接頬を張り倒して大問題になったっけ。
おかげで見合いは全て破談していた。
正直、私ではなくレイラやルーナが婿を取って跡を継げば良いと思い始めた矢先、大公様からあのお触れが告げられた。
正に渡りに舟だと思った。大公家に嫁げば責任から解放されるし私の面子も保たれる。公子様なら多少の女遊びはしても、誰彼構わずということはなく相手を選ぶはずだ。
レイラに相談したら戦闘狂の彼女は二つ返事でオッケーしてくれたので、嫌そうなルーナとクロエも加えて4人でパーティーを組んだ。
クロエは最後まで嫌がったけど、迷宮に向かう間は成人にあたる15歳を過ぎても屋敷にいていいと言ったら諦めて了承した。成人したら屋敷を追い出されるとは考えていなかったらしい。
どのみち私が公子様と結婚したら追い出すつもりだけど、褒美として使用人のまま使ってあげてもいいわ。
並の男では太刀打ち出来ない私とレイナが前衛ということもあって迷宮のモンスターを倒すのは容易かった。女の子だけのパーティーは珍しくて冒険者協会でむさ苦しい連中におだてられる毎日だった。
しかし探索は思ったほどサクサクとは進まなかった。何日もかけてマッピングという作業を繰り返さなくてはいけなくて私はイライラしてきた。
クロエはそういうのが向いているようで、早く先に進みたい私に生意気にもよく意見してきた。やれ魔力が尽きそうだの、レベルをもう少し上げてからだの、きちんとマッピングしてからだの本当に頭にくる。
家でしていたように何度か頬を張ってやったらあまり細かいことは言わなくなったけど、すぐに帰ろうと言い出すのだけはやめなかった。
お陰で地下2階までは一番乗りだったのに地下3階はグラジオラス伯爵家のパーティーに遅れを取ってしまった。
地下4階で再び一番になって雪辱を果たそうとする私にクロエはしつこく刃向かったので、地下4階に降りる階段を見つけた時、やめてと懇願するクロエをパーティーから締め出してやった。
しかし、結果として私達はまたグラジオラス伯爵家のパーティーに遅れを取った。
ちょっと冒険者から人気があるからって調子に乗っているいけ好かない窓口嬢に恥をかかされたこともあって、散々邪魔をしたくせに報酬を寄越せと詰め寄ってきたクロエを、腹いせにボコボコにしてやった。
ついでにパーティーから外すと言ったらクロエはその日から屋敷に寄り付かなくなった。
クロエの代わりに以前から馴れ馴れしく寄って来る回復職の男をメンバーに加えたけど、その日から迷宮の難易度が急に上がり、今まで楽勝だった地下2階なのにルーナが片目を失う事故が起きた。
私達の実力を疑うゲストの男をクビにしてルーナを連れて屋敷に帰ると、ルーナの失明を嘆いたお母様に涙ながらに頬を打たれた。
お母様の命令でルーナを連れ出せなくなると、いよいよパーティーを組むことが難しくなった。冒険者ギルドで広く募集しても誰も来ないのだ。どうやらクビにした男が女々しくも悪評をばら撒いているのと、クロエを外した時の騒ぎが原因だったようだ。
パーティー編成が完全に詰んでしまった中、レイラに恋人だという男を紹介された。騎士爵家の次男だというその男は、私が見合いをした連中とは違って精悍で真面目そうな青年だった。
戦闘狂のくせにちゃっかり男を作っていたことに嫉妬を覚えたけど、テディーという名の彼は私達の迷宮探索に力を貸してくれるらしい。
私は頬が引き攣るのを自覚しながら頑張って笑顔で対応した。第一、レイラの恋人の存在は、これから公子様と婚約するつもりの私にとっても都合が良いのではないだろうか。レイラにシリウス男爵家を継いでもらえば良いのだ。
しかし、その探索の途中でレイラは帰らぬ人となってしまった。無残な姿になったレイラを見て途方に暮れていると、私の責任を追求するようにテディーが私に詰め寄ってきた。
私もモンスターと向かい合っていて余裕が無かったわけだし、お母様の事を考えると居ても立ってもいられないくらいに焦っていたので、つい何も考えずに本音を漏らしてしまうと、激昂したテディーは私に殴りかかってきた。彼は私より強くて、不意を突かれたこともあって馬乗りにボコボコにされてしまった。
それでもなんとか街に帰ってその暴力行為を冒険者協会に報告すると、レイラの件で不安な気持ちを抑えながら家路についた。
遊び人のお父様は外に女は作るものの、お母様があんなだから第二夫人や妾を置かないので、跡を継ぐべき男が生まれない。
なので、シリウス男爵家は私が婿を取って継ぐしかないと、元凶のひとつであるはずのお母様に言われている。
とはいえ、お母様がルーナ以降にお父様と子を作ろうとしない気持ちは良くわかる。お母様がルーナを身籠った直後、或いは同時進行だったのかもしれないけど、お父様は使用人と関係を持って孕ませていた。
ルーナの時は悪阻が酷くて大変だったのもあって、お母様がそれを知ったのは使用人が出産を終えた後だった。自分が苦労している最中のお父様の裏切りを知って激怒したお母様は、その使用人を赤子共々家から追い出した。
お母様は子爵家の末女でシリウスより力がある家だ。それもあって、怒り狂ったお母様に対してお父様は何もできなかった。
それでも住む家と僅かな仕送りをして、その使用人を陰ながら助けていたようだ。
お母様もルーナとそう歳の変わらない生まれたばかりの赤子のことを考えて、それを阻止したりまではせず見て見ぬふりをしていた。私にとってお母様はそんな優しい人なのだ。
しかし、それから10年以上経ってその使用人が亡くなった。過労の末ということだった。そして、お父様と取り交わした約束があったらしく、使用人が産んだクロエという名の娘が家に転がり込んできた。
庶民丸出しで私達に挨拶するその姿を見て、お母様の妄執に再び火が付いたようだった。当時を知る往年の使用人達の話では、クロエは母親に瓜二つなのだそうだ。あと数年もすれば私達から平穏な家庭を奪った女そのものの姿になるのだろう。
お母様はクロエを徹底的に虐め抜いた。クロエの母親にぶつける事ができなかった憎しみを吐き出すかのように。
貴族としての部屋も服も食事も与えず、使用人さながらの生活を送らせて、少しでも不備があれば叱責や折檻を与えた。
私もお母様と同じようにクロエに接した。レイナやルーナは小さかったから知らないだろうけど、私は物心ついた頃からお母様の様子を目の当たりにしてきた。
お父様は家にあまり居なくなったし、そのせいでお母様も塞ぎ込むことがあって、私は結構心乱されていた。ルーナには意地悪ばかりしたし、レイナとも殴り合いの喧嘩をしたりもした。
その元凶である母子に対して、好意的でいられるはずもない。
でも、クロエは庶民暮らしが板についていて、使用人の暮らしもさほど苦では無かったようだ。器用で飲み込みも早いので仕事ぶりも良く、貴族として他の使用人の手前、言いがかりをつけて虐める事もできなくなっていった。
あとは出来ることと言えば、クロエが成人するまで養うという約束だったので、その時が来れば身体ひとつで追い出すのを待つくらいだった。
少し話は戻るけど、そんなお父様を見て育ったため、私は軽薄な男性は苦手だ。
でも、男爵家に婿に来るような貴族は良くて子爵家の末子、普通は騎士爵や名誉爵の子弟くらいしかいない。
彼らは家を継ぐという責任が無く、貴族の子弟ということで市井の娘を相手に遊んでばかりいるお父様のような屑ばかりだった。
学校時代は彼氏はいなかったし、見合いの相手はそんなのばかりで全く相手にする気になれなかった。
自分で言うのもなんだけど、私は身なりにも身体にも気を使っている。顔だって若い頃のお母様に良く似ていると言われるように悪くないはずだ。お母様は面食いのお父様が妻にしたいと思うほどの美人だったんだから。
でも、鼻の下を伸ばして私に擦り寄ってくる見合い相手を全てねじ伏せた。私より強ければと、剣を交えさせるのだ。それを聞かない子爵家の末子の時は、相手の酷い言い草もあったので直接頬を張り倒して大問題になったっけ。
おかげで見合いは全て破談していた。
正直、私ではなくレイラやルーナが婿を取って跡を継げば良いと思い始めた矢先、大公様からあのお触れが告げられた。
正に渡りに舟だと思った。大公家に嫁げば責任から解放されるし私の面子も保たれる。公子様なら多少の女遊びはしても、誰彼構わずということはなく相手を選ぶはずだ。
レイラに相談したら戦闘狂の彼女は二つ返事でオッケーしてくれたので、嫌そうなルーナとクロエも加えて4人でパーティーを組んだ。
クロエは最後まで嫌がったけど、迷宮に向かう間は成人にあたる15歳を過ぎても屋敷にいていいと言ったら諦めて了承した。成人したら屋敷を追い出されるとは考えていなかったらしい。
どのみち私が公子様と結婚したら追い出すつもりだけど、褒美として使用人のまま使ってあげてもいいわ。
並の男では太刀打ち出来ない私とレイナが前衛ということもあって迷宮のモンスターを倒すのは容易かった。女の子だけのパーティーは珍しくて冒険者協会でむさ苦しい連中におだてられる毎日だった。
しかし探索は思ったほどサクサクとは進まなかった。何日もかけてマッピングという作業を繰り返さなくてはいけなくて私はイライラしてきた。
クロエはそういうのが向いているようで、早く先に進みたい私に生意気にもよく意見してきた。やれ魔力が尽きそうだの、レベルをもう少し上げてからだの、きちんとマッピングしてからだの本当に頭にくる。
家でしていたように何度か頬を張ってやったらあまり細かいことは言わなくなったけど、すぐに帰ろうと言い出すのだけはやめなかった。
お陰で地下2階までは一番乗りだったのに地下3階はグラジオラス伯爵家のパーティーに遅れを取ってしまった。
地下4階で再び一番になって雪辱を果たそうとする私にクロエはしつこく刃向かったので、地下4階に降りる階段を見つけた時、やめてと懇願するクロエをパーティーから締め出してやった。
しかし、結果として私達はまたグラジオラス伯爵家のパーティーに遅れを取った。
ちょっと冒険者から人気があるからって調子に乗っているいけ好かない窓口嬢に恥をかかされたこともあって、散々邪魔をしたくせに報酬を寄越せと詰め寄ってきたクロエを、腹いせにボコボコにしてやった。
ついでにパーティーから外すと言ったらクロエはその日から屋敷に寄り付かなくなった。
クロエの代わりに以前から馴れ馴れしく寄って来る回復職の男をメンバーに加えたけど、その日から迷宮の難易度が急に上がり、今まで楽勝だった地下2階なのにルーナが片目を失う事故が起きた。
私達の実力を疑うゲストの男をクビにしてルーナを連れて屋敷に帰ると、ルーナの失明を嘆いたお母様に涙ながらに頬を打たれた。
お母様の命令でルーナを連れ出せなくなると、いよいよパーティーを組むことが難しくなった。冒険者ギルドで広く募集しても誰も来ないのだ。どうやらクビにした男が女々しくも悪評をばら撒いているのと、クロエを外した時の騒ぎが原因だったようだ。
パーティー編成が完全に詰んでしまった中、レイラに恋人だという男を紹介された。騎士爵家の次男だというその男は、私が見合いをした連中とは違って精悍で真面目そうな青年だった。
戦闘狂のくせにちゃっかり男を作っていたことに嫉妬を覚えたけど、テディーという名の彼は私達の迷宮探索に力を貸してくれるらしい。
私は頬が引き攣るのを自覚しながら頑張って笑顔で対応した。第一、レイラの恋人の存在は、これから公子様と婚約するつもりの私にとっても都合が良いのではないだろうか。レイラにシリウス男爵家を継いでもらえば良いのだ。
しかし、その探索の途中でレイラは帰らぬ人となってしまった。無残な姿になったレイラを見て途方に暮れていると、私の責任を追求するようにテディーが私に詰め寄ってきた。
私もモンスターと向かい合っていて余裕が無かったわけだし、お母様の事を考えると居ても立ってもいられないくらいに焦っていたので、つい何も考えずに本音を漏らしてしまうと、激昂したテディーは私に殴りかかってきた。彼は私より強くて、不意を突かれたこともあって馬乗りにボコボコにされてしまった。
それでもなんとか街に帰ってその暴力行為を冒険者協会に報告すると、レイラの件で不安な気持ちを抑えながら家路についた。
応援ありがとうございます!
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