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22 グレース視点②
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お母様にレイラのことを報告すると、お母様は気を失って部屋に運ばれ、そのまま部屋から出て来なかった。
それから暫く経ったある日、私はお母様に呼ばれた。
あれ以来お母様とは一度も口をきいていなかった。露骨に避けられていて、ほとんど姿すら見ていなかったけど、それはそれで私は助かっていた。
ただ、家令を通じて外出だけは強く禁じられていて、もう迷宮探索だけは許されそうに無かった。一応心配してくれているのかと、ほっとしていた。
お母様は頬が痩けて目が窪んで病人のようになっていた。あまりのショックで何も口にできないようで、私も流石に胸が痛んだ。
呼ばれて居間に来た私を胡乱な目で見ていたけど、目が合うと徐に話し始めた。
「グレース、貴女はクロエが迷宮探索で名を上げていることを知っていますか?」
「えっ?」
全く知らなかった。あれから外に出ていないし、なんとなく使用人達も私を避けていたから情報なんて何も無かったのだ。
聞けばクロエは他の貴族のパーティーが地下5階で足止めを食らっている中、自分だけ地下8回に到達するという快挙を成し遂げたらしい。
クロエが公子様との婚約に一番近づいているという事実に唖然としてしまった。このままでは立場が逆転してしまうのではないか。
「ここまでの犠牲を出しておいて、目的を果たせないということは貴女には許されません。ただ、もうシリウス男爵家は貴女まで失うわけにはいかない。なので、迷宮踏破の報酬として与えられる公子様との婚約の権利を貴女に差し出すようにクロエに命じるのです」
クロエの遺跡探索許可はシリウス男爵家に帰属するもので、お父様やお母様の許可が無ければ迷宮に入ることすら許されないらしい。それを盾に取ってクロエに私の代わりに迷宮を探索させようというのだ。
「それなら、私もクロエを連れて再び迷宮に……」
「なりません。貴女は向いていなかったのです。これ以上危険な真似をすることは許しません」
今までで一番恐い目で睨まれた。クロエに劣ることを認めなくてはならないようで不愉快だけど、言われた通りにするしかなかった。
早速冒険者協会に乗り込んでクロエの居場所を探ったけど誰も協力してくれないので、クロエの遺跡探索許可を一時的に凍結して屋敷に来るように言付けた。念のため、ルーナにクロエを探して回るように命じて、私はクロエが屋敷に来るのを待っていた。
クロエはルーナと一緒にすぐに姿を現した。余程遺跡探索の許可が欲しいのだろう。これなら交渉しやすいと、私は思わずほくそ笑んだ。
「グレースお姉様、お久しぶりです」
「あれ以来だったわね。随分と活躍しているそうじゃない。家まで噂が届いているわ」
クロエは以前より装備が整ってはいたけど、それ以外はちっぽけなまま見た目はあんまり変わっていなかった。ただ、目の奥に光が宿っていて、自信と生気に満ち溢れているように見えた。
「探索許可の件は申し訳無かったわね。どうしても貴女と話がしたくて」
「いえ、今まで好き勝手させていただきましたもの。それでどのようなご用ですか?」
意外にもそんな殊勝な態度を取るので、私は逆に馬鹿にされているように感じたけど、遺跡探索許可はシリウス家に帰属するから、クロエが遺跡を踏破した時に大公様から賜る褒美はシリウス男爵家のものだと伝えた。
「公子様との婚約は私がすることになるわ。それを認めるなら再び貴女に遺跡探索許可を出しましょう」
クロエは少し考えていた。正直、断られたら痛いのは私の方だ。餌が無ければ受けてもらえないなら、ある程度は妥協しなくては。
「受けてくれるならそれ以外の褒美は貴女のものにするといいわ。それから、以前の約束通り探索の間はこの家に住んでくれてもいいのよ」
「その約束で一筆いただけるなら喜んでお受けします」
あっさりとクロエはそう言った。金品目的であんな危険を顧みないなんて、庶民らしい発想の持ち主で良かったわ。しかし一筆ときたわね。それなりの金銭になるのでしょうけど、クロエに全部渡してしまって良いのかしら。
「悩まれるならもう失礼しますね。あと、こちらに住まわせていただく必要はありません。今までご迷惑をおかけしました」
「えっ?」
私が即答を避けると帰ると言い出した。おまけに寝る場所まで不要だなんて、クロエのくせに何を考えているのかしら。
「他の貴族からも声をかけていただいているのです。私も無理にとは言いませんので」
「ち、違うのよ。一筆書くならお母様の許可が必要なだけだから。すぐに用意するからどんな文面にすればいいか教えて頂戴」
他の貴族と契約するなどと脅しているつもりなのかしら。悔しいけどつい慌ててしまったわ。人の足元を見るなんて本当に庶民は嫌らしいったらありはしない。
「では、これにグレースお姉様とお義母様の署名をいただけますか?」
クロエは収納袋から書類を取り出して、私に手渡してきた。あまりに準備周到なのでこの展開を読まれていたということなのだろうか。少し不愉快になったけど、ここでクロエに帰られたらますますお母様に合わせる顔がない。
書類に目を通すと、今後迷宮探索許可を取り消さないこと、クロエの活動に一切口出ししないこと、それと引き換えに公子様との婚約の権利はシリウス男爵家に譲渡すること、それ以外の報酬はクロエが得ることが記載されていて、既にクロエと冒険者協会王都支部長のサインが座っているものが3枚用意されていた。
「報酬については先程合意した内容と違わないと思います。私はお姉様達が貴族の誇りに誓って約束を違えることはないと信じていますけど、冒険者協会の方々がいろいろ言うもので」
貴族の誇りだとか白々しい。完全にクロエの手の内だったということなのか。私は軽く歯噛みしてしまったけど、今更サインできないなどと言える訳も無く、お母様にサインを求めに行く羽目になった。
お母様も頬をピクピクさせていたけど、冒険者協会のサインまで座っている以上、貴族の面子として後に引くことはできなかった。
こうして、私とクロエの契約は成立した。
それから暫く経ったある日、私はお母様に呼ばれた。
あれ以来お母様とは一度も口をきいていなかった。露骨に避けられていて、ほとんど姿すら見ていなかったけど、それはそれで私は助かっていた。
ただ、家令を通じて外出だけは強く禁じられていて、もう迷宮探索だけは許されそうに無かった。一応心配してくれているのかと、ほっとしていた。
お母様は頬が痩けて目が窪んで病人のようになっていた。あまりのショックで何も口にできないようで、私も流石に胸が痛んだ。
呼ばれて居間に来た私を胡乱な目で見ていたけど、目が合うと徐に話し始めた。
「グレース、貴女はクロエが迷宮探索で名を上げていることを知っていますか?」
「えっ?」
全く知らなかった。あれから外に出ていないし、なんとなく使用人達も私を避けていたから情報なんて何も無かったのだ。
聞けばクロエは他の貴族のパーティーが地下5階で足止めを食らっている中、自分だけ地下8回に到達するという快挙を成し遂げたらしい。
クロエが公子様との婚約に一番近づいているという事実に唖然としてしまった。このままでは立場が逆転してしまうのではないか。
「ここまでの犠牲を出しておいて、目的を果たせないということは貴女には許されません。ただ、もうシリウス男爵家は貴女まで失うわけにはいかない。なので、迷宮踏破の報酬として与えられる公子様との婚約の権利を貴女に差し出すようにクロエに命じるのです」
クロエの遺跡探索許可はシリウス男爵家に帰属するもので、お父様やお母様の許可が無ければ迷宮に入ることすら許されないらしい。それを盾に取ってクロエに私の代わりに迷宮を探索させようというのだ。
「それなら、私もクロエを連れて再び迷宮に……」
「なりません。貴女は向いていなかったのです。これ以上危険な真似をすることは許しません」
今までで一番恐い目で睨まれた。クロエに劣ることを認めなくてはならないようで不愉快だけど、言われた通りにするしかなかった。
早速冒険者協会に乗り込んでクロエの居場所を探ったけど誰も協力してくれないので、クロエの遺跡探索許可を一時的に凍結して屋敷に来るように言付けた。念のため、ルーナにクロエを探して回るように命じて、私はクロエが屋敷に来るのを待っていた。
クロエはルーナと一緒にすぐに姿を現した。余程遺跡探索の許可が欲しいのだろう。これなら交渉しやすいと、私は思わずほくそ笑んだ。
「グレースお姉様、お久しぶりです」
「あれ以来だったわね。随分と活躍しているそうじゃない。家まで噂が届いているわ」
クロエは以前より装備が整ってはいたけど、それ以外はちっぽけなまま見た目はあんまり変わっていなかった。ただ、目の奥に光が宿っていて、自信と生気に満ち溢れているように見えた。
「探索許可の件は申し訳無かったわね。どうしても貴女と話がしたくて」
「いえ、今まで好き勝手させていただきましたもの。それでどのようなご用ですか?」
意外にもそんな殊勝な態度を取るので、私は逆に馬鹿にされているように感じたけど、遺跡探索許可はシリウス家に帰属するから、クロエが遺跡を踏破した時に大公様から賜る褒美はシリウス男爵家のものだと伝えた。
「公子様との婚約は私がすることになるわ。それを認めるなら再び貴女に遺跡探索許可を出しましょう」
クロエは少し考えていた。正直、断られたら痛いのは私の方だ。餌が無ければ受けてもらえないなら、ある程度は妥協しなくては。
「受けてくれるならそれ以外の褒美は貴女のものにするといいわ。それから、以前の約束通り探索の間はこの家に住んでくれてもいいのよ」
「その約束で一筆いただけるなら喜んでお受けします」
あっさりとクロエはそう言った。金品目的であんな危険を顧みないなんて、庶民らしい発想の持ち主で良かったわ。しかし一筆ときたわね。それなりの金銭になるのでしょうけど、クロエに全部渡してしまって良いのかしら。
「悩まれるならもう失礼しますね。あと、こちらに住まわせていただく必要はありません。今までご迷惑をおかけしました」
「えっ?」
私が即答を避けると帰ると言い出した。おまけに寝る場所まで不要だなんて、クロエのくせに何を考えているのかしら。
「他の貴族からも声をかけていただいているのです。私も無理にとは言いませんので」
「ち、違うのよ。一筆書くならお母様の許可が必要なだけだから。すぐに用意するからどんな文面にすればいいか教えて頂戴」
他の貴族と契約するなどと脅しているつもりなのかしら。悔しいけどつい慌ててしまったわ。人の足元を見るなんて本当に庶民は嫌らしいったらありはしない。
「では、これにグレースお姉様とお義母様の署名をいただけますか?」
クロエは収納袋から書類を取り出して、私に手渡してきた。あまりに準備周到なのでこの展開を読まれていたということなのだろうか。少し不愉快になったけど、ここでクロエに帰られたらますますお母様に合わせる顔がない。
書類に目を通すと、今後迷宮探索許可を取り消さないこと、クロエの活動に一切口出ししないこと、それと引き換えに公子様との婚約の権利はシリウス男爵家に譲渡すること、それ以外の報酬はクロエが得ることが記載されていて、既にクロエと冒険者協会王都支部長のサインが座っているものが3枚用意されていた。
「報酬については先程合意した内容と違わないと思います。私はお姉様達が貴族の誇りに誓って約束を違えることはないと信じていますけど、冒険者協会の方々がいろいろ言うもので」
貴族の誇りだとか白々しい。完全にクロエの手の内だったということなのか。私は軽く歯噛みしてしまったけど、今更サインできないなどと言える訳も無く、お母様にサインを求めに行く羽目になった。
お母様も頬をピクピクさせていたけど、冒険者協会のサインまで座っている以上、貴族の面子として後に引くことはできなかった。
こうして、私とクロエの契約は成立した。
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