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40:皆で頑張る

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大きな問題なく、ニルダは無事に臨月に入った。腹はかなり大きくなっており、仰向けで眠れなくなって久しい。数日前からセベリノも長期休暇に入っており、『ニーとおはようからおやすみまで一緒だ』とご機嫌である。
何度か、アルマがニルダに会いに来てくれた。ほんの短い時間だが、アルマの顔が見れて、毎回、嬉しそうに優しく大きくなる腹を撫でてくれるのが嬉しい。
ミレーラも隔日で来てくれて、次男のアロンソも頻繁にミレーラにくっついて来てくれる。アロンソはニルダの大きくなった腹に向かって、絵本を読み聞かせしてくれる。胎教というものらしい。読み聞かせだけでなく、歌を歌ってくれたり、最近習い始めたという弦楽器を演奏してくれる。『早く赤ちゃんに会いたい』と、ニルダ達の子供の誕生を心待ちにしてくれている。それが本当に嬉しい。ニルダとセベリノの子供は、色んな人に望まれて生まれてくる。確かに、妊夫生活はストレスばかりで大変だが、セベリノとの子供に会う為だ。セベリノとの子供を愛する為だ。あと少し、頑張ろう。

そう思っていた数日後、予定日よりも20日以上早く、ニルダは破水した。

朝起きてすぐに、パンッと身体の中で何かが弾けたような感覚がしたかと思えば、透明な液体が足を伝い落ちていた。セベリノが大慌てでニルダをベッドに寝かせ、ミレーラを呼びに行った。急いで駆けつけてくれたミレーラと助手として来てくれた長男アルセニオが、急速に訪れた陣痛に唸るニルダを診察して、そのまま出産することになった。

ニルダは力が強いので、セベリノの手を握ったら、確実にセベリノの手を握り潰してしまう。ニルダは丸めたタオルを握りしめ、その上から、セベリノがニルダの手を握った。経験したことがない痛みに、何度も気が遠くなりかけた。その度に、強過ぎる痛みで意識が戻るのだから、皮肉なものである。
途中から、たまたま訪ねてきたアルマも、それからずっとニルダの側にいて、タオルを握りしめているニルダの手を握ってくれていた。ニルダは必死で痛みに堪え、なんとか元気な男の子を産み落とした。

産湯はアルマとアルセニオがしてくれたので、ニルダは痛みの余韻と失血で意識が朦朧とした状態で、セベリノを見上げた。セベリノは泣いていた。今すぐセベリノを抱きしめて泣きやませたいのに、身体の自由がきかない。
処置を終えたのか、ミレーラがニルダを呼んだ。ミレーラの方を見れば、ミレーラが優しく微笑んだ。


「お疲れ様。ニー。ひとまず眠りな」

「…………あぁ。セーべ」


ニルダがセベリノの名前を呼ぶと、セベリノが嗚咽を漏らしながら、ニルダの頭をぎゅっと抱きしめ、泣き濡れた声でニルダの名前を呼んだ。


「ニー。ニー。ありがとう。~~っ、ほんと、ありがとうっ」

「ん」


セベリノが泣いているのは、嬉し泣きのようだ。それならどれだけ泣いても構わない。ニルダは元気な赤ん坊の泣き声を耳にしながら、すとんと眠りに落ちた。





-------
シモンと名付けた子供は、全面的にセベリノに似ている気がする。
ニルダはベッドの中から、哺乳瓶でシモンにミルクを飲ませるセベリノを眺めていた。
出産に時間がかかり、出血も多かった為、主治医のミレーラから、暫くの間は絶対安静だと言われている。ニルダもシモンのお世話をしたいのだが、たまに抱っこをするくらいで、おむつを替えてやることもできていない。

アルマがニルダの出産当日から、ずっと家にいてくれている。ニルダの出産が終わって、少し一息ついた後に自宅に帰ったのだが、そこで旦那や義両親と大喧嘩になったらしい。
ニルダが子供を産んだ時には、深夜になっていて、アルマは朝早くに自宅に帰った。家族に何も言わずにニルダの家に来ていたアルマは、それはもう怒られたらしい。心配させてしまったからと、最初のうちは素直に怒られていたらしいのだが、ニルダの事を色々と言われて、アルマの中に長年積もり積もっていた不満が爆発し、そこから大喧嘩になった。
旦那に叩かれ、頬を腫らした状態で、鞄一つを持って、アルマはニルダの家に戻ってきた。
アルマの顔を見た瞬間、アルマの家に殴り込みに行こうと飛び起きたニルダを、アルマとセベリノとミレーラが全力で宥めた。ニルダは3人に必死の様子で止められて、渋々、今すぐアルマの旦那を殴りに行くのを諦めた。
アルマは暫くニルダの家にいることになった。子供達の事は気掛かりだが、ニルダが心配だし、赤ん坊の世話に慣れていないセベリノも心配だし、何より今は家族の顔を見たくないらしい。アルマから、初めてアルマの事情を聞いた。ニルダはやはり殴り込みに行こうとしたが、アルマに必死の様子で止められたので、渋々諦めた。

セベリノとアルマが2人でシモンの世話や家のことをしてくれている。ニルダはあと半月はベッドから動いちゃ駄目らしい。ニルダのベッドの近くに赤ん坊用のベッドを置いてくれたので、寝たり泣いたりするシモンを眺めるのだけが楽しみになっている。

セベリノが慣れない手つきでシモンにゲップをさせると、ゲップが上手くできなかったのか、けぽーっとシモンがミルクを吐いた。
セベリノが、またか……と呟いて、アルマを呼んだ。


「アルマさーん。シモンがまた吐きました」

「あら。量が多かったのかしら。それか、シモンがゲップがちょっと下手なのかしらね。吐く頻度が多いし」

「追加で飲ませないで大丈夫ですかね。吐き出すことが多いんですけど」

「そうね。少しだけ追加で飲ませてみるわ。セベリノは着替えてらっしゃい。肩どころか背中までミルクまみれよ」

「うぅ……お願いします。ニー。ちょっとシモンを抱っこしててください」

「あぁ。シモン。おいで」


ニルダはゆっくりと起き上がり、セベリノからシモンを慎重に受け取り、まだすわっていない首がぐらつかないように、アルマに習った通りに抱っこをした。

産まれたばかりの時は真っ赤で皺くちゃな顔をしていたのに、今はほんのり頬が赤らんだ可愛らしい顔をしている。哺乳瓶を持って、アルマがやって来たので、ニルダは慎重にアルマにシモンを受け渡した。シモンは、んくっんくっと、ミルクを飲んでいる。
アルマが優しく微笑みながら、シモンを見つめて、ニルダに声をかけた。


「ニー。シモンはセベリノに似てるわね」

「あぁ。俺じゃなくてよかった」

「そう?……どっちにしても、すごく優しい子になるわ。この子」

「ん」

「明日、少しだけ子供達の顔を見に帰ってくるわ。すぐに戻るけど」

「……いいのか」

「いいのよ。たまには夫も大変な思いをすればいいんだわ。あの人、家のことは嫁の仕事だって、ろくに何もしないんだもの」

「……もう別れたらどうだ」

「この歳で?子供達がいるのに?無理よ。再婚なんてできっこないし、子供達を私1人で育てられないもの。……それに、後継ぎの長男は、お義父さん達が絶対に離そうとしないだろうしね」

「やっぱり殴りに行きたい」

「駄目。これは私の問題」

「むぅ」

「……今回が初めての夫婦喧嘩なのよ。ていうか、私が本気で怒ったのが初めてだったの。ふふっ。私が大声で怒鳴ったら、あの人達、ビックリしてたわ」

「怒鳴ったのか?アルマが?」

「思いっきり怒鳴ったわ。自分でもビックリするくらい大きな声が出てね。子供達を泣かせちゃったけど、なんかね。すっごいスッキリした」

「そうか。ならいい」

「うん。暫くはこっちにいるから。せめてシモンの首がすわるくらいまではね。セベリノって意外と不器用なのね。お風呂入れの度にハラハラしてるわ」

「掃除と料理は上手だ」

「そうね。セベリノが作ってくれるご飯、すごく美味しいわ。誰かに作ってもらったご飯を食べるのなんて久しぶりだったから、すごく嬉しかった。母さんが亡くなって以来かも。うちのお義母さんは、『嫁の仕事よ。私だってそうしてきたんだから』って、私が嫁いでからは何もしなくなったから」

「やっぱり殴りに行く」

「駄目。そういう家に嫁いじゃったってだけよ。いよいよ我慢の限界が来たら、子供達を連れて出ていくけど。……自分は幸せだと思ってたのよ。ううん。確かに幸せなことも多いわ。子供達の世話は大変だけど、可愛い大事な宝物だもの。でも、たまにどうしても疲れちゃうことがあるの。家族の中で、私ばっかり家のことをして。仕事の手伝いもして。子育てもして。いい機会だもの。私もニーと一緒にゆっくりさせてもらうわ。セベリノと家事もシモンの世話も半分こできるから、すっごい楽」

「そうか。セーべもアルマがいてくれて助かっている。勿論、俺も」

「ふふっ。まぁ、これでも3人産んでるからね。……あ。飲み終わったわね。よしよし。シモーン。ゲップしよう。ゲップ。ゲップ」

「けふ」

「あら。今度は上手にゲップができたわね。えらいわ。シモン」


アルマがシモンをゲップさせ、ついでにおむつも替えて、使用済みのおむつを持って部屋から出ていった。入れ替わるように、セベリノが部屋に入ってきた。
セベリノはうとうとし始めたシモンを覗き込んで、優しく微笑むと、ベッドに腰掛け、ニルダの頬にキスをした。


「アルマさんは流石ですね。本当、アルマさんがいてくれて助かりますよ。うちの親は当てにならないし。ていうか、当てにする気ないですし」

「……あの後、どうなった」

「どうもこうも。家から追い出して、『二度と来んな。俺も二度と会いに行かない』って怒鳴りましたよ」

「お前も怒鳴ったのか」

「えぇもう。そりゃあ全力で。だって、離婚して、俺とシモンだけ実家に帰ってこいだなんて巫山戯たこと言ったんですよ?シモンの顔を見た瞬間に。そりゃキレますよ」


ニルダがシモンを産んだ5日後に訪れたセベリノの両親は、ニルダにビビりまくりながらもシモンの顔を見て、セベリノが言ったようなことを口にした。セベリノは見たことがない完全な無表情になり、自分の両親の腕を掴んで、無言で部屋から出ていった。
セベリノの怒りは相当なもので、物や人に八つ当たりなんかはしないが、その日1日、無言で過ごした。

思い出したのか、またムスッとした顔をしているセベリノの頭を撫で回し、ニルダはセベリノの唇に何度もキスをした。
セベリノの機嫌はすぐになおり、ふにぁと泣き出したシモンの元へ行った。


「はい。うんちでーす。ミルクを吐く割にうんちは絶好調だなぁ」

「もうそろそろミリィ達が来るんじゃないか?」

「あ、ほんとだ。もうこんな時間ですね。サクッとおむつを替えて、お茶の準備をしなきゃ。ふふっ。今日のおやつは胡桃パンですよ。今日は子供達も一緒らしいから、アルマさんにクッキーを焼いてもらいました。摘み食いさせてもらったんですけど、すっごく美味しかったです」

「そうか。珈琲はまだ駄目か」

「ミリィの許可が出るまで駄目でーす。まだ刺激物は控えないと。本当は消化のいいものしか食べちゃ駄目だけど、少しくらい胡桃を食べても大丈夫でしょ」

「……むぅ。早く普通の飯が食いたい」

「今は病人食ですからねぇ。ミリィの許可が出たら、何が食べたいですか?」

「肉」

「あははっ。じゃあ、お祝いってことで、飛び切りお高いお肉をステーキにしちゃいましょう。あ、アルマさんは魚派でしたね。魚も高級魚を焼いちゃいましょうか!少し遅めのシモンの誕生パーティーをしましょうよ」

「ん!」

「ニー」

「ん?」

「ありがたいことに、俺達を助けてくれる人達がいてくれます。皆で頑張っていきましょうね」

「あぁ。セーベ」

「なんです?」

「お前と結婚してよかった」

「……へへっ。俺もです。ニー」


頬を淡く赤く染めて、セベリノが嬉しそうに笑った。

ミレーラと子供達がやって来て、ニルダの部屋は一気に賑やかになった。ミレーラに診察してもらったが、やはりまだ暫くは安静にしていないといけないらしい。シモンに聴かせてやりたいと、アロンソが少し上達した弦楽器の演奏を披露してくれた。
まだまだ不自由な生活が続くが、それでも、ニルダの周りにはこんなに沢山の人がいて、愛おしい我が子がいて、誰よりも愛しているセベリノがいて、ニルダはその幸せに、やんわりと笑みを浮かべた。


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