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14:二度目の冬の始まり

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 キリリク村に冬がきた。
 ロルフが、収穫した野菜を売ったり、孤児院や親戚などに配ったりして家に帰ると、朝早くに狩りに出かけていたガルバーンが戻っていた。
 家の前で鹿を捌いているガルバーンが、ロルフに気づいて顔を上げた。


「おかえり」

「ただいま。これはまた大きな鹿ですねぇ」

「ダラーの所に少し持っていけ。嫁に子ができたのだろう」

「はい。ありがとうございます。一緒に行きませんか?」

「あぁ」


 ダラーは、ロルフの二つ年上の従兄弟だ。嫁に3人目の子供ができたばかりである。一番上の子は、そろそろ6歳になる。食べ盛りの子供達に、お腹いっぱい食べてほしい。ロルフは、ガルバーンの厚意が嬉しくて、へらっと笑った。

 昼食を食べて後片付けをした後、ロルフは、ガルバーンと一緒に、村の中心部に程近い場所にあるダラーの家を訪ねた。ダラーは、家具職人をしている。家の玄関の呼び鈴を鳴らすと、嫁のアリアが顔を出した。まだお腹は目立たないが、それでも少しふっくらしている。
 アリアが、ロルフとガルバーンを見て、『あらぁ!』と笑った。


「やぁ。アリア。お裾分けに来たよ」

「いつもありがとう。ロルフ。ガルさんも。山羊乳をくれたお陰で、二番目は元気いっぱいに育っているわよ」

「それはよかったよ。ダラーは仕事?」

「えぇ。すぐに呼んでくるわ」

「走っちゃ駄目だからね!」

「分かってるわ!」


 アリアが家から出て、隣の作業小屋に向かっていった。すぐにダラーと一緒に戻ってきた。ダラーに、油紙で包んだ鹿肉を渡すと、ダラーが嬉しそうに笑った。


「ありがとう。ガルさん。助かるよ。特に一番上が食べ盛りだからさ」

「あぁ」

「山羊乳がいる時は、遠慮なく言ってよ。生まれるのは、夏のはじめ頃かな?」

「うん。すげぇ助かるわ。そん時はよろしく。あぁ。そうだ。お礼といっちゃあなんだが、ベッドでも作るか? お前ん家のベッドも、かなり年季物だろう?」

「あ、それは助かるかも。いつ壊れてもおかしくない感じだし」

「ガルさんもデカいしな。どうせだ。2人で寝れるやつにするか? 夫婦だし、普通に一緒に寝るだろ」

「え? えーと……ガル。どうします?」

「……作ってもらう」

「あ、はい。じゃあ、ダラー。お願いしていい?」

「いいぜー。がっつり丈夫なやつを作るわ」

「頼んだよ。ありがとう」

「いつもの礼だ」


 ダラーがニッと笑った。上の子や1歳半になる下の子と少しだけ遊んでやってから、ロルフ達はダラーの家を出た。
 帰り道、ロルフは隣を歩くガルバーンに声をかけた。


「ガル。一緒に寝るんですか?」

「……一緒に寝た方が温かいだろう」

「それもそうですね。ベッドが出来上がったら、今年の冬は一緒に寝ましょうか」

「あぁ」


 ロルフは、ふと、昔を思い出した。寒い日は特に、いつも妹がロルフのベッドに潜り込んできて、一緒に寝ていた。小さな妹の子供体温が温くて、ロルフも朝までぐっすり眠れたものである。ガルバーンは、体温が高めだから、きっとすごく温かいだろう。ロルフは、新しいベッドが出来上がるのが、なんだか楽しみになってきた。

 ロルフは、帰ってからやる作業の話をしながら、うきうきと軽やかな足取りで家に帰った。

 半月後。ダラーが家にやって来た。ベッドが完成したそうだ。大きいから、3人で運ぶことになった。ガルバーンが使っている部屋が一番広いので、ガルバーンが使っていたベッドを先に外に出した。改めて見ると、本当に年季が入ったベッドである。よく、ガルバーンの体重に耐えていたなぁと不思議になるくらいだ。古いベッドは、解体して、薪に使うことにした。

 ダラーの家に行き、完成した新しいベッドを3人で運び始める。とにかく頑丈にしたというベッドは、かなり重い。そして、デカい。ロルフ達は、3人でベッドを家まで運び、なんとか工夫して、ガルバーンの部屋に運び入れた。

 ベッドを置いて、外に干していたガルバーンの布団を敷いたら完成である。布団が少し小さいので、次の商人が来る時に、新しい大きな布団を特注することになった。

 ロルフは、帰るダラーに、ガルバーンが獲ってきてくれた猪肉と野菜を持たせて、玄関先で帰っていくダラーを見送った。
 すぐ隣に立つガルバーンが、ロルフを見下ろして、ぼそっと呟いた。


「今夜から一緒に寝るか」

「いいですねぇ。寒いですし」

「あぁ」


 ガルバーンが、ちょっとそわそわした空気を発していたので、ロルフは不思議に思って、ガルバーンを見上げた。


「ガル?」

「……な、なんでもない」

「はぁ……さて。ベッドも運び込んだし、他のやる事をやりますか」

「あぁ。俺は皮を鞣しておく」

「はい。お願いします。僕は明日の収穫の準備をしてきます。終わったら、干し肉作りです!」

「晩飯は、猪肉の煮込みがいい」

「いいですよー。じゃあ、先に仕込みだけしとこうかな」


 ロルフは、ガルバーンと話しながら、家の中に入った。

 夕食の後片付けをして、風呂に入った後。ロルフは、ほこほこに温まった状態で、湯たんぽを持って、ガルバーンと一緒に二階に上がった。
 ガルバーンの部屋になってから、元両親の部屋に入るのは、数えるくらいしかない。ガルバーンの部屋は、弓矢が部屋の隅っこに置いてあり、ベッドの側には、剣が置いてあった。古い書物机は、祖父が使っていたものだ。書物机の上には、インクの瓶とペンが置いてあった。
 ロルフは、首を傾げて、どこかそわそわしているガルバーンに問いかけた。


「ガル。もしかして、読み書きができるんですか?」

「あぁ。お前は」

「僕はできないです。祖父が生きていた時は、必要なら祖父が書いたり読んだりしてくれていたし。今も、代筆屋さんがいるから、特に覚えなくても問題無いんですよねー。そもそも、手紙とか出さないですし」

「そうか……覚えたいのなら、教えるが。寝るまでの暇潰しにもなる」

「え? うーん。どうしようかな。……じゃあ、寝る前に、毎日少しずつ教えてください」

「あぁ」


 ロルフが、先に布団の足元に湯たんぽを入れると、ガルバーンが書物机の椅子に座り、紙にサラサラと文字を書き始めた。記憶にある祖父が書いていた文字よりも、なんだか豪快で角張った感じがして、ガルバーンっぽいな、と思った。


 ガルバーンが、紙を片手に、椅子から立ち上がった。ガルバーンに促されて、新しい大きなベッドに上がり、ガルバーンと並んで、シーツの上に足を伸ばして座る。ベッドのヘッドボードを背もたれに、足に布団をかけた状態で、ガルバーンが紙を見せてきた。


「これが『あ』」

「あ」

「これが『い』」

「い」

「『う』」

「う」


 ガルバーンが文字を指差しながら、文字の音を教えてくれる。ロルフは、復唱しながら、文字の形と音を覚えようと、じっと紙に書かれた文字を見つめた。
 一通り、教えてもらったら、ロルフは、紙の文字を指差して、文字の音を口に出した。


「これが『あ』」

「そうだ」

「これが『い』」

「ん」

「これが『う』」

「合ってる」


 時折、間違えたが、文字の形と音は、なんとなく覚えた気がする。多分、明日にはかなり忘れてそうだけど。
 文字の形と音を少し覚えたら、今日はお終いである。完全に覚えたら、書く練習をしようということになった。

 見本の紙をベッドのヘッドボードの上に置いて、布団の中に潜り込む。布団は2人では少し狭いが、ガルバーンの体温がとても温かくて、すぐに眠気が訪れる。
 ロルフは、くわぁっと大きな欠伸をしてから、温かいガルバーンの身体にくっついて、すやぁと穏やかな眠りに落ちた。

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