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14:新事実と産卵

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冬は穏やかに過ぎ去り、春がきた。
シュタインの誕生日には、シュタインの両親を招き、ちょっとしたパーティを行った。バルトロはシュタインと2人で選んだ硝子ペンを誕生日プレゼントとして贈った。シュタインは気に入っているようで、書き物をする時はいつもそれを使っている。
春になると、神官長が5日に1度来るようになった。『神様からの贈り物』は、いつ産まれてもおかしくない状態らしい。
少しずつ、産卵後の育児の為の準備が進められている。

バルトロはシュタインと朝食をのんびり楽しんだ後、堅苦しい上等な服に着替えた。今日も神官長がやって来る。子供部屋はもう出来ているが、乳母の手配はまだだ。神官長が手配をするのか、バルトロ達が手配をするのか、確認をしなければいけない。
シュタインと共に玄関先で神官長を出迎え、居間へと移動する。シュタインが乳母の件を口に出すと、神官長が穏やかな顔で笑った。


「乳母なんぞいりませんぞ」

「は?乳はどうするのです。まさか産まれても魔力で育つんですか?」

「ベネデット殿がいらっしゃるじゃありませんか」

「……乳なんか出ませんが」

「出ますぞ」

「「…………は?」」

「『神様からの贈り物』の宿主は男女問わず、産卵後に母乳が出るのです。乳の出が悪ければ乳母を手配するのも吝かではありませんが、やはり母君の乳で育てるのが1番よろしいかと」


ほっほっほ、と暢気に笑う神官長の長い髭を今すぐむしりとってやりたい。
バルトロの胸から母乳が出るなんて聞いていない。微妙な顔でバルトロの分厚い胸板へ視線を落としているシュタインの頬をむにっと摘まんでから、バルトロは死んだ魚のような目で神官長を見た。


「ご安心くだされ。次に来る時に乳の出がよくなるマッサージの方法が書かれた本を持って参ります。それと産卵の手引きも」
 

ニコニコ笑いながら、上機嫌で神官長は帰って行った。後に残されたのは微妙な空気の2人である。
居間に戻って、バルトロが濃いめに淹れてもらった珈琲を渋い顔で飲んでいると、すぐ隣に座ったシュタインが、バルトロの胸をつんつんと指でつついた。


「まさか乳が出るのか。ビックリ人間だな」

「ほっとけ」

「乳母を選ばなくていいなら手間が1つ省けるな。乳母選びは大変だと聞く」

「そうなのか?」

「あぁ。乳がよく出るのが前提条件な上に、人柄も大事だろう?なにせ、我が子を任せるのだから」

「あぁ。それもそうか」

「バルトロ」

「なんだ」

「マッサージは任せておけ。伴侶の勤めだ」


何故かやる気満々のシュタインに、バルトロは疲れた溜め息を吐いて頷いた。もうどうにでもなれ。






ーーーーー
その日。バルトロは目覚めた時から違和感を感じた。違和感を感じているのは下腹部である。なにやら腹の中が動いているような感じがする。バルトロはぐっすり寝ているシュタインを叩き起こした。


「……なんだ」

「産まれるかもしれん」

「なにが?」

「卵」

「……うまれる……産まれるっ!?」


寝ぼけているようだったシュタインが、ばっと起き上がった。


「産まれるのか!?」

「多分」

「痛いのか?」

「いや。なんかこう……腹の中を下りていってる感じがする」

「神官長に知らせないと」

「神殿に誰かに行ってもらうか」

「あぁ。苦しくはないか?」

「今のところは全然」

「尻の穴を拡げなければいけないだろう。すぐにしよう」

「分かった」


いよいよ産卵のようである。あたふたしながら使用人の所へ走っていったシュタインをベッドの中で見送り、バルトロは自分の下腹部を撫でた。
産卵の手引きによれば、卵は鶏の卵よりも少し大きなサイズで産まれてくるらしい。アナルが切れないように、かつ、卵がスムーズに産まれる為に、潤滑油を使ってアナルを解しておく必要があるそうだ。
産卵時は掌にのる大きさの卵は、産卵後に溜め込んだ魔力を使って数日で赤ん坊程の大きさに成長し、殻を割って産まれてくるらしい。

バルトロはごろんとベッドに寝転がり、自分の下腹部を撫でた。じわじわと違和感が大きくなる。1年近く排便をしていない。溜まっていた便が下りていき、便秘が解消されていくような感覚がする。

生まれてくる子供は誰に似ているのだろうか。性別がどちらでも、バルトロに似たら可哀想な気がする。シュタインに似た方がいい。というか、『神様からの贈り物』は、宿主や伴侶に似るということがあるのだろうか。
バルトロはシュタインが戻ってくるまで、ぼんやりと天蓋を眺めながら、下腹部を優しく撫でていた。

シュタインが戻ってくるなり、バルトロの下着を脱がせ、アナルを指で解し始めた。慣れた快感に小さく喘ぎながら、バルトロは意外な程冷静だった。
いよいよ卵が下りてくる感じがする。ベッドの上でうんこ座りをして、より力めるように両手をベッドについた。尻の下に柔らかい布でできたクッションを置き、下腹部に力を入れて踏ん張る。
じわじわと大きなものが下へ下へと下がってくる。バルトロは奥歯を噛み締めて、ぐっと下腹部に力を入れた。
ゆっくりとバルトロのアナルを中から押し拡げ、卵が出ていく。排便感のような微かな快感と少しの苦しさがある。眉間に皺を深く寄せて、息を詰めて気張る。
バルトロはシュタインがじっと見つめる前で、ぬるぅっと卵を産み落とした。

はーっ、はーっと大きな息を吐くバルトロの尻を、シュタインがペチペチと軽く叩いた。


「バルトロ。産まれた」

「……あぁ」

「思っていたより大きい」

「そうか」

「バルトロ」

「なんだ」

「お疲れ様」


バルトロは首を捻って振り返った。シュタインが卵がのったクッションを大きな籠に入れ、ベッドに尻をついたバルトロの背中に抱きついてきた。
シュタインがバルトロの唇に触れるだけのキスをした。バルトロの背中にくっついたまま、シュタインがほっとしたように笑った。


「大役、無事に済んでよかったな」

「……今からだろ。大変なのは」

「なに。2人一緒だから何とでもなる。いや、3人に増えたな」

「……そうだな」


シュタインの暢気な様子に、いつの間にか入っていた肩の力が抜けた。バルトロは腹に回っているシュタインの腕に触れ、自分からシュタインの唇にキスをした。






------
産み落とした時は鶏のものよりもやや大きいくらいのサイズだった卵は、産み落とした翌日からじわじわ大きくなっていき、5日もすれば人間の赤ん坊くらいの大きさにまでなった。
卵を温める必要はないらしいが、バルトロはなんとなく卵を抱えて、食事の時以外はベッドで過ごしていた。日課も今ばかりはやる気にならない。バルトロと一緒にシュタインもずっとベッドで過ごしており、バルトロが膝に抱えた卵に子供用の絵本を読み聞かせたりしている。胎教というやつらしい。本来なら腹の中にいる時にするものらしいが、卵にしてもいいんじゃないかということで、シュタインが嬉々として絵本を選んでは声に出して読んでいる。
産んだ時よりも重くなった卵を撫でる。卵は人肌くらいの温かさで、毎日大きくなるにつれ、重くなっていく。


「産卵の手引きによれば、そろそろ殻が割れてもいい頃合いだろう?中で動いたりしてないか?」

「まだだな」

「早く出てこないかな。どちらに似ているだろうか」

「お前に似たほうがいいだろ」

「そうだな」

「即答するな。社交辞令でも『お前似でもいい』とか言えよ」

「残念なことに、お前に似たらゴツ過ぎてモテないじゃないか」

「まぁな」

「男の子でも女の子でも、どっちでもいいな」

「あぁ。とりあえず元気ならそれでいい」

「早く会いたいな」


シュタインが指先で、つんつんと優しく卵をつついた。途端に卵が微かに震える。バルトロは驚いて思わず声を上げた。


「うおっ!?」

「は!?何だ急に」

「動いた」

「はぁ!?本当か!?」

「今ちょっと動いた」

「え?え?ついに出てくるのか?」

「多分……?」


バルトロはじっと卵を見つめた。暫く様子を見ていると、また微かに卵が震える。どうやら本当に殻から出てくるようである。
バルトロはシュタインと共に、じっと卵が割れる瞬間を待った。
半刻もすると、卵にピシピシと罅が入った。シュタインと2人揃って歓声を上げた次の瞬間、バリッと卵の中から小さな拳が飛び出した。小さな拳が開けた穴がどんどん広がっていき、次は小さな足が卵から飛び出した。バリバリバリッと卵が割れていく。
濃いブラウンの髪が少し生えた頭が出てきたかと思えば、小さな赤ん坊が産声を上げた。慌てて身体についている殻をとってやり、首を支えながら抱き上げる。小さな身体には似合わない程の大きな声で泣く赤ん坊を抱いて、バルトロは情けなく眉を下げて、シュタインと顔を見合わせた。


「……生まれた」

「ははっ。すごい元気な赤ちゃんだ。髪はお前と同じ色だな。瞳はどうだろう」

「産湯に浸からせないと」

「いつでも大丈夫なように、使用人が用意している筈だ。呼んでくる……と言っても、この泣き声じゃ皆気づいているだろうけど」


シュタインは泣き笑いのような顔で、卵から出てきたばかりの赤ん坊の小さな手をやんわり握った。


「本当に元気な男の子だ。世界へようこそ。私達の『神様からの贈り物』」


力強く元気な泣き声は、祝福の鐘のように屋敷に響いた。

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