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4:酒を飲み交わす夜

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数日後の夜。
フェリは夜の空中散歩をしていた。神子になってある程度経つと、余程魔力を消耗しない限り、食事も睡眠も不要になる。
フェリは全身に風を纏わせ、ふわふわと浮きながら夜のサンガレアの街を見下ろしていた。時間帯が遅いため、街中は暗いが、花街の方は明るく光っていた。民家の屋根に降り立ち、きらびやかな灯りをなんとなしに眺めていると、下から声をかけられた。
見下ろすと、軍服姿のクラウディオ分隊長がいた。ふわりと浮き上がり、彼のもとへと降り立った。


「こんばんは、フェリ様」

「こんばんは。まだ仕事か?」

「いえ、今帰りです」

「遅くまで大変だなぁ」

「仕事ですから。フェリ様。俺の家はこの近くなんですが、よろしければ酒でもどうですか?貰い物ですが、ちょっといいワインがあるんです」

「いいのか?明日も仕事だろう?」

「少しくらいなら平気です。慣れてますし」

「あぁ、そういやクラウディオ分隊長はマーサの飲み友達だったな」

「はい」


クラウディオ分隊長がニカッと笑った。フェリはそれに笑い返し、クラウディオ分隊長の横に並んだ。


「じゃあ、少しだけ」

「はい。少し歩きますがよろしいですか?」

「全然構わないよ」


フェリはクラウディオ分隊長と並んで歩き出した。5分ほど歩いた場所にある領軍官舎の2階の角部屋がクラウディオ分隊長の住居だった。


「俺、官舎って初めて入る。いいのか?部外者が勝手に入って」

「大丈夫ですよ。ここは単身者用ですが、家族用の官舎もありますし、中にはここで同棲している者もいますよ」


クラウディオ分隊長が可笑しそうに笑って、玄関の鍵を開けた。


「汚い男所帯ですが、どうぞ」


そう言って部屋の中に招き入れられた。部屋の中は物が少なく、きちんと整頓されていた。


「綺麗じゃないか。俺の家の方がずっと散らかってるよ」

「そうなんですか?」

「うん。画材とかでごった返してる」

「あぁ。絵本の挿し絵も描かれてるんでしたね。俺も見たことあります」

「えっ!?俺、一応秘密にしてたんだけど!」

「マーサ様が本を出していることは一部の者には知られてますし、その関係で知ってる者は知ってますよ」

「マジかよ。恥ずかしい」

「別に恥ずかしがらずとも良いではないですか。とても綺麗な絵でしたよ。物語の情景がそのまま目の前に広がっているようでした」

「……ありがとう」


フェリは照れて頭を掻いた。耳まで赤くなっている自信がある。その様子をクラウディオ分隊長が微笑ましいものでも見る目で見ていた。椅子を勧められて、素直に座った。
クラウディオ分隊長はワインを片手にグラスを持ってきた。ルビー色のワインがグラスに注がれる。豊かな香りが鼻をかすめた。


「いいワインだな」

「知り合いに貰ったんです。土の宗主国の王都近くの領地で作られてるんです」

「へぇ。じゃあ、飲んだことないかも」


ワイン好きなフェリは、早速飲んでみた。とても芳醇な香りが鼻に抜け、微かな渋味と共に甘味が口に広がる。


「旨いな」

「それは良かったです」


クラウディオ分隊長が嬉しそうに笑った。 フェリもへらりと笑い返し、またワインを口に含む。


「クラウディオ分隊長はマーサの飲み友達歴、長いんだろう?やっぱり辛めの酒の方が好きなんじゃないのか?」

「辛めの酒も好きですよ。マーサ様と飲むときは大概辛めの酒ですし。でもこういう甘めの酒も好きなんです」

「へぇ。俺、マーサとは酒の趣味が合わないんだよなぁ。俺は甘いのがいい」

「甘いものでも美味しいものは沢山ありますからね」

「だよなぁ」

「聞いた話ですが、今年の米の酒の出来は上々らしいですよ。あれの甘口の酒も香りがよくて、俺は好きなんです」

「あ、それは俺も好き」

「買っとけば良かったですね。最近少々忙しかったので、まだ買えてないんです。いいのは早く売り切れてしまいますから」

「俺、明日買いに行くことにしてるんだけど、ついでに買っておこうか?どうせ、自分のも買うし」

「流石にそれは悪いですよ。フェリ様をパシりに使ったなんて知られたら、袋叩きにされちゃいます」


クラウディオ分隊長が冗談混じりに肩をすくめた。


「そうか?」

「はい。今週末は休みの予定ですから、その時にでも買いに行きます。フェリ様は今回はどのくらい滞在のご予定ですか?」

「一応、明後日までだな。もうすぐで1週間経つし」

「フェリ様もお忙しいですねぇ」

「それが風の神子の役目だからな」


フェリは肩をすくめた。クラウディオ分隊長が飲み終えて空になったフェリのグラスにワインを注いでくれる。


「そういえばさ、本当に良かったのか?」

「何がですか?」

「俺とお試しで付き合うの。俺、神子の務め上、余程のことがない限り、年に数回、精々1度に10日くらいしか此処にいないけど」

「存じておりますよ。俺も分隊長を拝命しておりますから、それなりに忙しくて普通に恋人を作るどころではないんです。お互い、そのくらいの会う頻度の方がちょうどいいと思いますよ」

「そうかなぁ。なんか、俺に都合良すぎな気がする。分隊長モテそうだし」

「そうでもありませんよ」

「またまたぁ。モテるだろう?実際」

「声をかけられることはそれなりにありますけど、仕事第一なので全部断ってます」

「そうなのか。いいのか?俺も断っとかなくて。断られても別に気にしないぞ?」

「折角ですし、俺もそろそろ恋人欲しいなぁと思ってましたから。とはいえ、仕事は大事ですから、実は俺にとってもフェリ様は都合がいいんです」


そう言ってクラウディオ分隊長は忍び笑った。


「クラウディオ分隊長。一応付き合うんだから、普通に名前で呼んでいいぞ。あと敬語もいらない」

「じゃあ、貴方も『分隊長』はなしでお願いします。『クラウディオ分隊長』と呼ばれると仕事してる気になってしまう」

「仕事中毒みたいだな、クラウディオ」

「マーサ様程じゃないよ」

「マーサの仕事中毒はどうしようもない。瘴気戦の後も回復してないのに働こうとして色んな奴に怒られてたからな」

「はははっ。俺もその1人だ」

「そうだったのか」

「いつものように、フラッと軍詰所に来たんだ。慌てて叱り飛ばして帰したよ。また昔みたいにガリガリに痩せてて、本当に驚いた」

「魔力使いすぎると痩せるからなぁ。なんせ魔力の塊みたいなもんだから」

「皆、見てて不安になるくらい痩せたから、正直あの時は気が気じゃなかった」

「ははっ。心配かけて悪かったな」

「いや。俺達、普通の人間には心配することしかできないから、それくらいはさせてくれ」


クラウディオがふと真顔になってそう言った。フェリはなんだか嬉しいような、くすぐったいような気持ちになった。


「クラウディオは優しいな」

「俺はそんなに優しいわけではないよ」


クラウディオが苦笑しながら、ワインを飲んだ。フェリもワインを口に含んだ。
本当に優しい男だな、とフェリは胸の中だけで、そう呟いた。
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