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7:クラウディオ

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「クラウディオ分隊長。なんだか最近随分とご機嫌ですね」


分厚い書類の束をクラウディオに手渡しながら、副官のバージルが不思議そうに言った。そんなに自分は分かりやすいだろうか、とクラウディオは思わず顔を手で擦った。


「あー……まぁ。いいことがあったからな」

「へぇ。いいですねぇ。自分にもいいことがあるといいんですけど。嫁さんになってくれる女性が見つかるとか」

「ははっ。相変わらず嫁さん募集中か?」

「はい。早く結婚したいんですよねぇ。子供が欲しいですし」

「ま、焦らず頑張れよ。焦ると変な女に捕まるぞ」

「それは嫌ですね」

「だろ?あ、この書類出来たから頼む」

「分かりました。あ、今お渡しした書類の期限は明日までですので」

「全部か?」

「全部です」

「……今日帰れるかな……」

「頑張ってくださいね」

「あぁ」


バージルから受け取った書類を上のものから読み始める。
クラウディオは就業時間をとっくに過ぎた夜遅い時間までかけて、なんとか書類の山を片付けた。






ーーーーーー
クラウディオはなんとか明日までの仕事を終え、暗い道を1人で歩いて家へと急いでいた。もうすぐ日付が変わる時間だ。できるだけ早く帰って寝たい。
ふと、昼間にバージルに指摘されたことを思い出した。『最近随分とご機嫌ですね』そうとも。クラウディオはここ最近すこぶるご機嫌である。密かに何年も片思いしていたフェリと、お試しとはいえ付き合えることになったからだ。
フェリはこの世にたった4人しかいない神子様の1人だ。とても尊い存在で、本来なら平民のクラウディオなんかの手が届く相手ではない。最初からただ遠くから見ているだけで十分だと思っていた。たまに会った時に少し立ち話ができるだけで幸せであった。それがまさかのお付き合いである。
フェリと付き合うという話をしてくれた時程マーサ様に感謝したことはない。多分この先もこれよりマーサ様に感謝しまくることはないだろう。
『悪戯と悪ノリも悪ふざけの為なら身体を張る主義』と豪語するほど、いい歳して悪戯っ子なマーサ様には普段手を焼かされている。この間も、水鉄砲片手に街のチビッ子集団を引き連れて襲撃してきて全身水浸しにされた。しかも執拗に股間を狙ってきて、股間が水に濡れると『やーい!おーもらしー!!』と楽しそうに叫んで逃げていった。子供か。全力で追いかけて捕獲し、マーサ様をチビッ子共々正座をさせて、まるっと2時間説教してやった。更にガイル副神官長にチクっておいた。ガイル副神官長はマーサ様をガチで叱れる数少ない人だ。正直尊敬している。あの方ならば、みっちりマーサ様に説教をかましてくれるはずだ。
マーサ様のことはわりとどうでもいい。それよりフェリだ。先日はちゃっかりセックスまでしてしまった。最中の感じて乱れるフェリを思い出して、その後何回自慰をしたことか。
フェリの柔らかい身体の感触を思い出して、じんわり身体が熱くなる。道端でうっかり勃起するわけにはいかない。クラウディオは頭を振って、なんとか脳裏に浮かんだフェリの素敵にいやらしい姿を一時的に振り払うと、自宅である官舎への道を先程よりもはや歩きで進んだ。







ーーーーーー
休日の日。
クラウディオは昼食時を既に過ぎた時間に、エプロンを身につけ、自宅の台所に立っていた。今日の朝一で最新式の魔導レンジを購入したのだ。オーブン機能もついており、お手入れも楽なのだとか。魔導レンジ自体結構でかいが、その分中に入れられるものの量も格段に増えている。取り扱い説明書は熟読した。最近出たばかりのマーサ様が別名義で書いている料理本もしっかり読み込んだ。材料は昨日のうちに全て完璧に揃えてある。
クラウディオは魔導冷蔵庫から大きな肉の塊を取り出した。

クラウディオはここ数年、料理にハマっている。クラウディオが若い時にはなかった便利な魔導製品が多く出回り、料理にかかる手間や時間と、料理に挑戦するハードルが随分と減ったためである。休みの日に料理教室へと通い、自宅でも練習して、最近ようやく自分で納得できるものが作れるようになった。普段から、自炊できる程仕事に余裕がある時は自炊をしている。
サンガレア領ではなにか趣味を持つことを推奨している。マーサ様曰く『よく働き!よく遊び!よく休む!人生を楽しむ最大のコツよ!』ということらしい。その為、料理教室などの気軽に受講できる講座やとりあえず何でも体験してみようという体の様々な体験教室が随時行われている。クラウディオは以前は趣味らしい趣味などなかった。そもそも趣味を楽しむ余裕がなかった。趣味を楽しむということを覚えたのは、ここ20年くらいのことである。
クラウディオが仕えている土の神子様は約1000年生きるという。宗主国の王族も500年は生きるのだ。その為、王族や神子様に仕える者達も、希望して神殿で手続きをし、神からの祝福を受ければ、肉体が年をとることなく生き続けることができるようになっている。
マーサ様が召喚され、サンガレアを治めるようになるまではクラウディオは国軍に勤めていた。国軍も希望すれば通称・長生き手続きをすることができる。クラウディオはその手続きをしており、もうかれこれ100年以上生きている。その殆んどを軍人として過ごしている。マーサ様が召喚されるまでは、土の宗主国は戦の多い国だった。土の神の恩恵を色濃く受ける王族や国土が狙われたり、内政が腐敗しきっていたので内乱が頻繁に起きたりしていた。クラウディオは数えきれないほど戦場で戦って生き延びてきた。サンガレア領軍に所属することになってからは、今のところ戦は起きていない。分隊長という地位にあるから、それなりに仕事は忙しいが、戦場のように生死をかけた極限の状態にいるわけではない。すこぶる平和である。だからこそ、趣味を持って楽しむことができるのだ。

クラウディオは出来上がったローストビーフをキレイに皿に盛りつけてテーブルに置き、フェリに貰ったワインの栓を開けた。芳醇な香りが鼻を擽る。とっておきでお気に入りのワイングラスに注いで、ワインの香りを楽しむ。ローストビーフを食べてみると、我ながらよく出来たと自画自賛してしまう程旨い。ついでに作った鶏肉と茸のアヒージョもよく出来ている。自家製ピクルスもいい感じだ。ワインともよく合っている。クラウディオは上機嫌で1人食事を楽しんだ。
片付けも終わり、風呂にも入って、ベッドに潜り込む。静かな薄暗い部屋でぼんやり考える。1人で料理を作って食べるのもそれなりに楽しいが、できたら誰かと一緒がいい。それが恋をしているフェリならば最高だ。フェリと一緒に料理をして、食事を楽しみたい。
今度会ったら、ダメ元で誘ってみよう。クラウディオはそう決めて、目を閉じた。

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