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48:情報収集と無自覚な恋心

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クラウディオが自室で寝る前に翌日の仕事の準備をしていると、ドアをノックする音が聞こえた。すぐにドアを開けると、今夜は泊まるフリオが立っていた。トリッシュと一緒に寝るといって部屋に引き上げたはずだが、何かあったのだろうか。


「父上。少しいいか?」

「あぁ。構わないよ。どうぞ」

「あぁ。悪いな」


書き物用の机の椅子にフリオを座らせて、自分はベッドに腰かける。フリオは少し躊躇するような表情で口を開いた。酒を飲んだわけでもないのに、なんとなくフリオの白い頬が赤く染まっている気がする。


「その……聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「……神殿警備隊の人員については知っているか?」

「流石に全員は把握していないな。だけど主だったやつなら一応知ってるぞ」

「その……歌が得意な土の民に覚えは?」

「神殿警備隊はほぼ土の民なんだが……歌、ねぇ……」


クラウディオが知る限りの神殿警備隊の顔と名前を脳裏に浮かべる。少し思い出していると、1人だけ『歌』という単語で連想できる者がいた。


「あー……もしかして、結構キレイな顔したやつか?髭を伸ばしてない」

「それだ」

「じゃあエドガーだな。今年の春から神殿警備隊に配属されたやつだ。あそこは髭を伸ばした厳つい連中ばかりだろう?」

「あぁ、言われてみれば」

「隊長やってるフェリックスの趣味なんだよ。同じ能力なら見た目が好みの方がいいって言って、自分好みの男を採用してるんだ」

「……いいのか、それ?」

「まぁ、マーサ様が許可してるし。マーサ様は完全実力主義だからな。実力がない者はどれだけ見た目が好みでも採用してないからいいんじゃないか?あそこは俺の国軍時代の仲間も何人もいる領軍の精鋭部隊なんだが、エドガーはまだ若いがその中でも10本の指に入る程腕がたつらしい。休憩時間にはいつも今は使っていないピアノを弾いて歌ってるって聞いたことがあるな。あと料理上手ってのも聞いたことがある」

「そうなのか」

「で、エドガーがどうした?」

「……いや、昼間にトリッシュと神殿を散歩してたら、そのエドガーとやらが歌っているのに遭遇したから。少し気になって」

「ふーん。なんなら次に会った時に声をかけてみればいいんじゃないか?」

「え、なんで?」

「気になったんだろう?」

「まぁ……そうだけど」

「もしかしたら友達になれるかもしれないぞ。魔術師以外の友達がいてもいいだろう?」

「そ、そうだな……友達か……」


フリオの頬が更に少し赤くなった。フリオは肌がとても白いので、赤くなるとすぐに分かる。フリオの反応におや?と思うが、クラウディオはあえて突っ込まないことにした。


「その……なんて声をかけたらいいんだ?」

「歌が上手いな、とか。何の歌なんだ?とかでいいんじゃないか?いきなり1人で声をかけるのが難しいならトリッシュも連れていけばいいさ」

「そうか……そうだな」

「友達になれるといいな」

「……あぁ。寝る前に邪魔して悪かったな」

「構わんよ。気になることがあったら、いつでも来てくれ」

「……ありがとう。おやすみ」

「おやすみ。ゆっくり休むんだぞ」

「あぁ」


フリオが小さく笑ってクラウディオの部屋から出ていった。仕事の準備を再開しながら、クラウディオはふむ、と考え始めた。
なんとなく勘だが、もしかしてフリオは人生初の恋をしているのではないだろうか。一目惚れならぬ一聞き惚れかもしれない。本人には自覚がないようだが、わざわざ部署の違うクラウディオに相手の名前を聞きに来るくらいだ。しかも頬を染めて。これは恋しちゃってるのではないか。
クラウディオはフリオの初めての恋を応援する気満々だが、今の様子を見る限り、フリオが自分の恋心を自覚して相手にアタックするまでがなんだか長くなりそうな気がする。フリオが自然と自覚するまで、あまり余計な口を出さない方がいいかもしれない。下手なことを言ってフリオを煽ると、折角芽生えた恋心を自分で否定して潰してしまうかもしれない。
フリオは家族が1番大事だ。自分のことは二の次にする節がある。恋人を作ったら、家族を優先できなくなる可能性がどうしても出てくる。だから今までフリオは恋人を作らなかったのではないだろうか。
クラウディオは暫くの間、この事はフェリにさえも言わないでおくことに決めた。静かに見守り、悩んでそうだったら話を聞くくらいにしておこう。

フリオの遅い春はこうして始まった。







ーーーーーー
フリオは眠るトリッシュと同じベッドに仰向けに寝転がって天井を見つめていた。天井から紐で吊り下げてある鳥のぬいぐるみをぼんやり眺める。トリッシュの部屋には鳥や飛竜のぬいぐるみが沢山ある。殆んど兄やフリオ達がプレゼントしたものだ。
フリオは枕元に置いてある掌サイズの飛竜のぬいぐるみを手に取る。柔らかいぬいぐるみをなんとなくむにむに揉む。特に意味はない行動だが、フリオは暫くそうしていた。
昼間の歌声が忘れられないのだ。今も頭の中はあの歌声でいっぱいである。こんなことは初めてだ。なんだか落ち着かない。振り返ったエドガーの顔も思い出す。キレイに整った優しそうな顔立ちだった。とても腕がたつとは思えない見た目だったが、クラウディオが言うにはかなりの実力者らしい。意外である。
明日の昼には風の宗主国に戻らなくてはならない。その前にもう1度あの歌声を聴きたい。……そしてエドガーと少し話をしてみたい。歌っていないエドガーの声は、今日はほんの少ししか聞いていない。どんな声でどんな話し方をするのだろうか。フリオは気になって仕方がなかった。
クラウディオの言うとおり、フリオから話しかけてみようか。もしかしたら友達になれるかもしれない。しかし『友達』という響きになんだか違和感を感じる。フリオはその違和感がなんなのか分からなかった。
フリオは結局朝までずっと、頭の中を流れるエドガーの歌声を聴いていた。もっとこの声が聴きたい。
朝になると、フリオは午前中にトリッシュと共にまた神殿に行くことを決めた。


朝食を済ませて仕事に行くクラウディオを見送ると、トリッシュと手を繋いで歩いて聖地神殿へと向かった。昨日モルガと飛びに行ったジャンはまだ戻っていないので、トリッシュと2人だけで行く。もしフリオが帰るまでにジャンが戻ってこなかったら、神殿の隣にあるマーサ様の家にトリッシュを預ければいいのだ。
今日もエドガーが歌っているといい。フリオはなんだかドキドキしながら、神殿へと続く道を歩いた。

神殿に着いて、いつもの中庭に行ってみた。歌声はどこからも聞こえない。1時間程粘ってみたが、全然駄目だ。トリッシュもすっかり中庭にいることに飽きてしまったし、今日のところは諦めてマーサ様の家に行くことにした。
神殿の中庭から神殿の入り口方面へと歩いていると、神殿の入り口に神殿警備隊の者が2人立っているのが見えた。よくよく見れば、片方はなんとエドガーである。
フリオは訳もなく嬉しくなって、トリッシュと手を繋いだまま、エドガーに近づいた。
エドガーに1歩近づく度に緊張して、心臓がどんどん高鳴っていく。なんだか顔も熱い気がする。自分が何故こうなっているのか、全然分からない。でもエドガーと話してみたい。フリオは勇気を振り絞ってエドガーに声をかけた。


「あの……」

「はい。あ、フリオ様とトリッシュ様。おはようございます」

「おはよー」

「お、おはよう」

「神殿内で何かありましたか?」

「い、いや……その、特にはないのだが……その、今日は歌っていないんだな」

「あぁ。歌うのは休憩の時だけなんです」

「そ、そうか……」

「昨日はお耳汚しをしてしまい申し訳ありませんでした」

「い、いやっ!そのっ!う、歌が上手だな……」

「ありがとうございます。子供の頃から好きなんです。歌うの」

「そ、そうか。……その……」

「はい?」

「と!と、友達に!なってもらえないだろうか……」


フリオが勇気を振り絞ってそう告げると、エドガーが目を丸くした。


「あのー、自分は平民ですので、身分が釣り合わないと思います」

「気にしないっ!」

「あ、左様ですか」

「い、いやなら……断ってもいい……」

「嫌ではありませんよ。自分でよければお友達になってください」

「いいのかっ!?」

「はい。あ、自己紹介がまだでしたね。エドガーです。エドガー・スルト。神殿警備隊所属の軍人です」

「……フリオ・イルマーレだ。風の宗主国で魔術師長やってる」

「トリッシュです!4歳です!」


可愛く自己紹介できたトリッシュの頭を思わず撫でてしまう。俺の妹は天使か。
微笑ましそうに笑ってエドガーがトリッシュを見ている。右の頬にまた笑窪ができている。


「フリオ様」

「様はいらない。……呼び捨てがいい」

「えーと……流石にそれはちょっと……」

「……駄目か?」

「駄目ではないんですけど、あの、多分歳上でいらっしゃいますよね?」

「あぁ。多分」

「いくら親しくても歳上の方を呼び捨てにするのは抵抗がありまして……その、フリオさんじゃ駄目ですか?」

「それでいい。あと敬語もいらない」

「あ、うん。じゃあ、よろしく。フリオさん」

「……よろしく」


エドガーが差し出してきた右手を、何故か微かに震える手で握った。剣だこのあるがっしりとした男の手だ。何故か心臓がバクバク激しく動いている。
フリオがなんとか次にサンガレアに来たときに会いたいと告げると、エドガーは優しく微笑んで頷いてくれた。

それからの記憶はない。気づいたら風の宗主国の散らかり放題で汚い自室のベッド代わりのソファーに腰かけていた。部屋にベッドはあるのだが、魔術書や書きかけの論文、魔導具の設計図等で埋もれている。フリオはいつもソファーで寝ている。
本当に少しだが、エドガーと話をした。手まで握った。次に会う約束までしてしまった。
フリオは嬉しすぎて、なんだか意味もなくジタバタ足を動かした。
エドガーが『友達』になってくれた。嬉しい以外の言葉が出てこない。
次はいつサンガレアに行けるだろうか。フリオは立ち上がって、仕事の書類が山積みになっているスペースに向かった。これらを全て終わらせたら、またサンガレアに行ける。……エドガーに会える。
フリオは積み重なった書類の1番上のものから目を通し始めた。
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