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55:いざ決行!

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クラウディオに相談してから10日後。フリオは再びサンガレアを訪れていた。サンガレアでは見たことがない風の宗主国の弦楽器とその入門書も用意してきた。平日の朝早くに来たので、出勤前のクラウディオからこっそりローションのボトルを受け取って、自室のベッドのヘッドボードにある小さな引き出しに入れた。準備は完了である。あとはエドガーを誘うだけだ。
フリオはドキドキしながら、自分で髪を結い上げた。クラウディオに習って1つに結うくらいなら自分でもできるようになっている。シンプルな髪飾りをつけ、クラウディオに頼んで選んで買ってもらっていた服を着た。襟の大きく開いている襟なしのシャツで、鎖骨が見えている。首や鎖骨が露になるのは、正直フリオとしては恥ずかしいのだが、お洒落にこだわるクラウディオに似合うと太鼓判を押されているので、夏場にエドガーと会う時はいつも鎖骨の出るシャツを着ている。
クラウディオは仕事でトリッシュは小学校、ジャンも仕事に出ている。ジャンはトリッシュが小学校に入学すると、トリッシュが学校にいる時間帯にサンガレア領公的機関の重要書類や荷物を運ぶ仕事を始めた。サンガレア領主家に雇われている形である。初めは仕事にはそれ相応の対価が必要だと適正価格の報酬を提示するマーサ様と、世話になっているのだから無料でいいと主張するジャンとの間で一悶着あったらしいが、結局通常の飛竜乗り料金の3分の2の報酬で落ち着いたらしい。普通の飛竜乗りよりも安い値段で物を運んでもらえると知った公的機関の重役達が頻繁にジャンに依頼してくるので、ジャンは昼間は忙しくサンガレア領内を飛び回る生活をしている。
つまり、家には誰もいない。腰を据えてエドガーと話す好機である。
フリオはふうっと1度深呼吸してから自室を出た。






ーーーーーー
ドキドキしながら聖地神殿まで歩いて行き、エドガーの声が聞こえないかと耳をすますが、エドガーの声は神殿のどこからも聞こえなかった。たまたま通りかかった顔見知りのフェリックス神殿警備隊隊長にエドガーのことを聞くと、今日は休みだと言う。いきなり出鼻を挫かれた。休みで宿舎の部屋でゆっくりしているところを呼び出すのはなんだか気がとがめる。もしかしたら出掛けている可能性だってある。どうしようかとフリオが困った顔をすると、フェリックス神殿警備隊隊長がエドガーを呼んでくると言って、フリオが止める間もなく、フリオの前からいなくなった。……本当にいいのだろうか。意識して耳をすませてフェリックス神殿警備隊隊長の足音を追う。そのうち足音が止まり、フェリックス神殿警備隊隊長と会話するエドガーの声が聞こえたきた。どうやら朝の鍛練の後寝ていたらしい。すぐに着替えてこちらに向かうと言うエドガーに対して、なんだか申し訳なく感じると共にエドガーに会える喜びを感じる。暫くその場で待っていると、フェリックス神殿警備隊隊長と共に私服のエドガーがやって来た。


「フリオさん!おはよう」

「おはよう、エドガー。悪いな、休みの日に突然。フェリックス神殿警備隊隊長もありがとう」

「いえいえー。じゃあ俺はこれで」

「あぁ」

「フリオさん。今朝こっちに来たの?」

「あぁ。その……国元で楽器を1つたまたま手に入れてな。サンガレアでは見たことがないものだから、持ってきたんだ。もしかしたらエドガーが興味があるかもしれないと思って。……一応弾き方の入門書もある」

「楽器?どんなの?」

「弦楽器だ。弦が20本以上あって、結構デカイから部屋に置いてきた」

「えっ!?そんなに弦があるんだ。見てみたいっ!」

「……音色も結構キレイなんだ。その、俺の部屋に来るか?」

「是非っ!」


よし。エドガーが食いついた。クラウディオの作戦通りである。キラキラ目を輝かせるエドガーをつれて、フリオは神殿を出た。
家へと向かう道すがら、最近のエドガーの話を聞く。最近はマーサ様のまだ小さな子供達と一緒にピアノを弾きながら歌うことが多いのだそうだ。子供達と一緒に来たマーサ様に、マーサ様の故郷の様々な歌を教えてもらえるのが楽しくて仕方がないらしい。神殿警備隊の厳しい訓練の話も聞いた。なんでも馬を全速力で走らせて丸1日かかる距離の山まで重い装備を背負ったまま走って行き、そのまま休む間もなく山に駆け登り、山頂に着くと、ろくな休憩もなしにひたすら剣の稽古を丸2日間したらしい。体力にはかなり自信があるが、流石にキツかったとエドガーが苦笑していた。それはキツかろう。

話していると家に着いた。鍵を開けて家に入り、3階にある自室へとエドガーを案内する。前回こちらに来たときに部屋を片付けたので、エドガーに部屋を見られても大丈夫な状態になっている。本は全て本棚に収納してあるので、かなりデカイ弦楽器だけがでんっと部屋の隅に置いてあるだけである。弦楽器を見るなり、エドガーの顔が輝いた。


「これが風の宗主国の楽器?」

「あぁ」

「本当にデカイなー。こんなの見たことない。触っていい?」

「あぁ。好きにしてくれ。弾き方はこの本に載っている」

「ありがとう!」


笑顔のエドガーがいそいそと弦楽器に近づき、弦を指先で爪弾いた。キレイな小さな音がした。


「キレイな音だね。なんというか、透明感がある感じ?上手く表現できないけど、すごくキレイだ」

「だろう?俺は楽器は弾けないから、よければエドガーが使ってくれ」

「いいの!?やった!ありがとう!フリオさん!あ、でも宿舎じゃ、ちょっと弾けないかも。先輩達から苦情が来ちゃう……」

「ここで弾いたらいい。俺がいるときだけになるが、昼間は大抵他に誰もいないし」

「んー。じゃあお言葉に甘えさせてもらっていいかな?」

「勿論」

「ありがとう!」


キラキラ輝く笑顔のエドガーがフリオに抱きついた。エドガーとこんなに密着したのは初めてだ。エドガーの体温と匂いにドキドキと心臓が暴れだす。エドガーはすぐに身体を離して、弦楽器と向き合った。フリオが渡した入門書を早速読みながら、弦に1本ずつ触れて音を聞いている。床に座り込んで真剣な、けど楽しそうな顔で弦楽器を爪弾くエドガーを、フリオはベッドに腰かけてじっと見ていた。

2時間程経っただろうか。エドガーは早くも基本の弾き方を覚えたらしく、まだまだ全然拙いが、それでも弾きながら歌えるくらいになった。凄まじい集中力である。エドガーの歌声と弦楽器のキレイな音色が耳に心地よい。このままずっと聴いていたいが、今日の目的は別にある。1曲通して弾き終えたエドガーにフリオは声をかけた。


「なぁ、エドガー」

「んー?なに?フリオさん」

「俺と本当に恋人になってよかったのか?」

「え?」

「……その、本当は女が好きなんじゃないのか?」

「えっ、あっ……うっ。……ごめん……実はそうなんだ」


楽しそうにしていたエドガーの顔がなんだか申し訳なさそうに歪んだ。心構えしていたつもりだが、実際肯定されるとキツい。


「あ、そのっ……フリオさんのことは好きだよ!でも、ごめん……なんか、友達って感覚が抜けなくて……その、俺男と付き合ったことないし……」

「……あぁ」

「フリオさんと一緒に過ごすのは楽しいんだ。これは本当に本当。……でも、恋人らしいことって、何かちょっとできない感じというかなんというか……」

「エドガー」

「あ、はい」

「友達に戻るか?恋人やめて」

「えーと……あーと……」

「……別に友達でもいい。今と変わらないし。その、これもいつ弾きに来てくれてもいい。……エドガーさえよければ」

「あー。でもさ、それだと俺に都合がよすぎない?」

「……別に構わない」


嘘だ。本当は今にも泣きそうなくらいキツい。エドガーはフリオのことを好きだと言ってくれだが、それは『友達』としてだ。フリオがエドガーのことを想うように、エドガーはフリオのことを想っていない。その事実を突きつけられて、酷くショックではあるが、反面納得していた。『友達』として好きだから、3年もの間何もなかったのだ。エドガーはフリオを『恋人』として意識してない。


「その……フリオさんは俺のこと好きなんだよね。あの、恋愛的な意味で」

「……そうだな」

「本当にいいの?」

「あぁ。友達ですらなくなる方が嫌だから」

「そう……」


エドガーが俯いた。気まずい沈黙が部屋を支配する。ヤバい。本当に泣きそうだ。


「その、今日のところは帰るよ。あの……なんというか、ごめん」

「いや。構わない。……また会ってくれるか?その、『友達』として」

「うん……じゃあまた……」

「あぁ」


気まずそうな顔をしてエドガーが立ち上がって、部屋から静かに出ていった。フリオは座ったベッドから動けなかった。静かな足音が部屋の前から移動して階段を降りていく音を聞きながら、フリオは堪えきれず、ポロポロ涙を溢した。こうなる可能性は考えていた筈だ。でも実際こうなってしまうと胸が酷く痛む。嗚咽をもらさぬよう、フリオは強く唇を噛み締めた。次にエドガーと会う時は『友達』じゃなくてはいけない。それがツラくて仕方がない。玄関を開ける音が聞こえた。すぐに玄関が閉まる音も。もう、フリオの初めての恋は終わってしまったのだ。フリオはベッドの上で膝を抱えて、次から次へと溢れる涙を静かに流した。






ーーーーーー
どれだけの時間、自分が泣いているのか分からない。でも涙が止まる気配はない。書き物用の机に置いてあったティッシュの箱を抱えて、フリオは流れる鼻水をティッシュで拭った。キツい。ツラい。それしか頭の中にない。ひたすらダラダラと涙を流していると、玄関が開く音がした。ジャンでも帰ってきたのだろう。今の状態じゃ誰にも会えない。フリオは静かに息を潜めた。
しかし、トントンと階段を上がる音がする。フリオの部屋へと近づく足音が聞こえ、足音はフリオの部屋のドアの前で止まった。どうしよう。ジャンにこの状態をなんと言い訳すればいい。フリオが軽くパニックになっていると、部屋のドアが開いた。
そこにはエドガーがいた。泣いているフリオに驚くような顔をした後、一瞬躊躇うような表情をした。でもすぐに真剣な顔になって口を開いた。


「フリオさん!キスさせて!」

「…………は?」


突然戻ってきたエドガーの言葉にフリオは思わず目を丸くした。瞳に溜まっていた涙が1つポロリと零れ落ちた。
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