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93:バードからの頼まれ事
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クラウディオは足早に領館敷地内にある領軍本部の廊下を歩いていた。秋の豊穣祭にて起きたトラブルや犯罪その他を、まとめて団長に報告しなければならない。分厚い報告書片手に、クラウディオは団長の執務室のドアをノックした。
ーーーーーー
団長への報告を終え、クラウディオは領軍本部の建物の外にある喫煙所で煙草を吸っていた。街の軍詰所に戻ったら、通常業務をこなしつつ、隙をみて6年間の育児休暇中の報告書に目を通さなければならない。春に復職してからずっとやっているのだが、まだ終わっていないのだ。クラウディオは煙草の煙と共に大きな溜め息を吐き出した。あと1ヶ月もしないうちに、地獄の年末年始がやってくる。去年までは家族でのんびり過ごすことができていたが、今年は1人ひたすら仕事である。仕事は好きだが、家族もとても大事なので正直ツラい。トリッシュの時に思ったのだが、本当に子供の成長は早いのだ。はっ、と気づいたら、大人になっていた。だからできるだけ子供達が小さいうちは側にいたい。クラウディオは小さく溜め息を吐いて、煙草を口につけ、煙を吸いこんだ。
「クラウディオ」
「げっ」
よりにもよってバードが喫煙所へ向かい歩いてくる。クラウディオはバードが心底嫌いだ。クラウディオは渋い顔をして、まだ長さが残っている煙草の火を消し、灰皿に放り込むと、足早にその場を立ち去ろうとした。
そんなクラウディオに小走りで近づいてきたバードが、クラウディオの腕を掴んだ。不快極まりない。
「……おい。離せクソ野郎」
「お前に頼みがあるんだよ、クラウディオ」
「断る」
「俺のことじゃない。アデルのことだ」
「………………話せ」
バードの頼みなど聞きたくない。しかしクラウディオはアデルちゃんのことは気に入っている。少し大人しいが、利発で優しい子だ。どこぞの浮気野郎の娘とは信じがたい。
「助かるよ。実はさ、年末年始は俺もまるっと仕事でさ」
「だろうな」
「忙しすぎて家に帰れない時が多いって聞くし、学校が冬休みになるだろう?図々しいのは重々承知だが、アデルを預かってもらえないだろうか?」
「……アデルちゃんが家に来るのは別に構わん。が、子供の相手をしてくれるような家政婦雇った方が今後のことを考えてもいいだろ」
「家政婦は信用していない」
「何故?」
「こっちに来るまでは雇っていたさ。アデルの母親は母乳をやりはしてくれたが、それ以外のことはしなかったからな。アデルが産まれてから何年も同じ人に来てもらってて信頼もしてた」
「で?」
「その家政婦、アデルにずっと悪戯してたんだよ。裸の写真撮ったり、身体を撫で回したり。たまたま昼間に家に帰る用事ができて帰ったら、その現場に遭遇してな。その場で首にして通報した」
「そいつ男?」
「いや、女。だから俺も油断してたんだよ。幸いアデルは自分が何をされていたのか、よく分かっていない。母親は気づいていたらしいが、男を咥えこむのに忙しくてな。放置していた」
「お前本当何でそんな女と結婚したわけ?」
「言っただろう?子供が欲しかったんだ。男とつくってもよかったが、あの方に惚れてたし、男と結婚するのは嫌だったんだよ。女と結婚して子供を産んでもらうのが1番手っ取り早かったんだ」
「…………」
「家政婦は信用できない。中央から離れていた期間が長すぎて、こっちの昔の仲間を頼るのも少々難しい。……お前しかいないんだ」
「…………はぁ……俺お前のそういうとこ本当嫌い。……年越し1ヶ月半前からガチの修羅場になる。まずもって家に着替えを取りに行く以外で帰れると思うな。……冬休み前から年が明けて完全に仕事が落ち着くまでアデルちゃんは預かってやろう」
「本当かっ!助かるよ!クラウディオ!」
「お前の為じゃない。アデルちゃんの為だ。年末年始は街の外から来る人数が半端じゃない。いくら普段は治安がいい領軍官舎でも、この時ばかりは帰宅できない軍人共ばかりでがらんどうになる。子供1人置いとくのは無用心以外の何物でもない。……ジャン達には今夜伝えておく」
「ありがとう。本当に……感謝する。本当に大事なんだ。あの子だけは」
「ふん」
クラウディオは乱暴に掴まれていた腕を振って、バードの拘束から逃れた。そのままバードの顔も見ずに、足早にその場を立ち去る。
あのクソ野郎の為じゃない。アデルちゃんの為だ。流石に外から大量の人間がやって来て一時的にかなり治安が悪くなるという状況の中、まだ小さな子供を家に1人でいさせるなんてことはできない。アデルちゃんが暫く家に来れば子供達も喜ぶだろう。アデルちゃんには客室か今は使っていないトリッシュの部屋を使わせたらいい。子供が大事なのはクラウディオにもよく分かる。心配なのも。バードのことは心底嫌いだが、悪いところだけじゃないのも知っている。……そうでなかったら、何年も恋人として付き合っていない。もっとも、その数年の間に浮気されまくって泣く羽目になったのだが。クラウディオにとっては、かなり苦い思い出である。
なんだかフェリに会いたくて堪らない。クラウディオはまた小さく溜め息を吐いて、領館の敷地内から出た。
ーーーーーー
「と、いうことで、アデルちゃんは冬休み前から家にお泊まりです」
「本当!?やったぁぁぁぁ!!!」
「何が、『と、いうことで』なんだい。クラウディオ。別にお泊まりは構わないけど」
「あのゴキブリ野郎から頼まれたんだよ。学校の冬休み前くらいから軍人は軒並み修羅場に突入するだろう?家にもあんまり帰れないくらいだし。冬休みは特にアデルちゃんがずっと家に1人になるからな」
「あぁ。なるほど。確かにそれは心配だな」
「まぁ、そんな感じでよろしく頼むよ」
「分かった。冬休みまでは小学校には家から通うんだろ?」
「あぁ。で、できたら年明けの仕事が落ち着く頃まで預かっときたいんだが。いいか?」
「いいよ。まぁいいんだけど、バードは子供の面倒みてくれる使用人とか家政婦雇ったりしないのかな?」
「信用してないんだと。まぁ、詳しい事情は後で話すよ」
「分かった。じゃあ今年の年越しは家でしようか。なんなら子供達と孫達呼んで」
「いいんじゃないか?賑やかになりそうだな」
「アルジャーノは多分ビアンカつれて水の宗主国で年越しだろうから、フリオとトリッシュに声をかけとくよ」
「頼んだ。俺は来月半ばから多分殆んど帰れなくなると思う」
「小まめに差し入れ持っていくよ」
「助かるよ。場合によっては飯を食う時間もろくにつくれなくなるからな」
「久しぶりだとキツそうだな」
「そうなんだよなー。毎年だとそうでもないんだが。6年もゆっくりしちゃったからな。まぁ仕方あるまい」
「復職組は皆忙しそうだよな。まぁ仕方がないんだろうけど」
「そうだな。まぁ、年明けから暫くしたら余裕も出てくるし、それまで頑張るよ」
「うん」
夕食の時にジャン達にアデルちゃんを預かることを伝え、子供達と一緒に風呂に入った後、子供達を寝かしつけてからジャンとロヴィーノには詳細を伝えた。2人とも家政婦の話では渋面し、納得してくれたようである。
3人で少し酒を楽しんでから、クラウディオは部屋に引き上げた。
先に寝ているジェラルドとアンジェラを起こさないようにそっとベッドに潜り込む。子供達の高い体温で温まっている布団の中は実に心地よい。こうして子供達と寝られるのも、あと僅かだ。仕事は好きだし大事だ。でも子供達も大事だ。どちらを優先すべきか、悩むこともある。
クラウディオは小さく欠伸をして、穏やかな子供達の寝息に誘われるように深い眠りに落ちた。
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団長への報告を終え、クラウディオは領軍本部の建物の外にある喫煙所で煙草を吸っていた。街の軍詰所に戻ったら、通常業務をこなしつつ、隙をみて6年間の育児休暇中の報告書に目を通さなければならない。春に復職してからずっとやっているのだが、まだ終わっていないのだ。クラウディオは煙草の煙と共に大きな溜め息を吐き出した。あと1ヶ月もしないうちに、地獄の年末年始がやってくる。去年までは家族でのんびり過ごすことができていたが、今年は1人ひたすら仕事である。仕事は好きだが、家族もとても大事なので正直ツラい。トリッシュの時に思ったのだが、本当に子供の成長は早いのだ。はっ、と気づいたら、大人になっていた。だからできるだけ子供達が小さいうちは側にいたい。クラウディオは小さく溜め息を吐いて、煙草を口につけ、煙を吸いこんだ。
「クラウディオ」
「げっ」
よりにもよってバードが喫煙所へ向かい歩いてくる。クラウディオはバードが心底嫌いだ。クラウディオは渋い顔をして、まだ長さが残っている煙草の火を消し、灰皿に放り込むと、足早にその場を立ち去ろうとした。
そんなクラウディオに小走りで近づいてきたバードが、クラウディオの腕を掴んだ。不快極まりない。
「……おい。離せクソ野郎」
「お前に頼みがあるんだよ、クラウディオ」
「断る」
「俺のことじゃない。アデルのことだ」
「………………話せ」
バードの頼みなど聞きたくない。しかしクラウディオはアデルちゃんのことは気に入っている。少し大人しいが、利発で優しい子だ。どこぞの浮気野郎の娘とは信じがたい。
「助かるよ。実はさ、年末年始は俺もまるっと仕事でさ」
「だろうな」
「忙しすぎて家に帰れない時が多いって聞くし、学校が冬休みになるだろう?図々しいのは重々承知だが、アデルを預かってもらえないだろうか?」
「……アデルちゃんが家に来るのは別に構わん。が、子供の相手をしてくれるような家政婦雇った方が今後のことを考えてもいいだろ」
「家政婦は信用していない」
「何故?」
「こっちに来るまでは雇っていたさ。アデルの母親は母乳をやりはしてくれたが、それ以外のことはしなかったからな。アデルが産まれてから何年も同じ人に来てもらってて信頼もしてた」
「で?」
「その家政婦、アデルにずっと悪戯してたんだよ。裸の写真撮ったり、身体を撫で回したり。たまたま昼間に家に帰る用事ができて帰ったら、その現場に遭遇してな。その場で首にして通報した」
「そいつ男?」
「いや、女。だから俺も油断してたんだよ。幸いアデルは自分が何をされていたのか、よく分かっていない。母親は気づいていたらしいが、男を咥えこむのに忙しくてな。放置していた」
「お前本当何でそんな女と結婚したわけ?」
「言っただろう?子供が欲しかったんだ。男とつくってもよかったが、あの方に惚れてたし、男と結婚するのは嫌だったんだよ。女と結婚して子供を産んでもらうのが1番手っ取り早かったんだ」
「…………」
「家政婦は信用できない。中央から離れていた期間が長すぎて、こっちの昔の仲間を頼るのも少々難しい。……お前しかいないんだ」
「…………はぁ……俺お前のそういうとこ本当嫌い。……年越し1ヶ月半前からガチの修羅場になる。まずもって家に着替えを取りに行く以外で帰れると思うな。……冬休み前から年が明けて完全に仕事が落ち着くまでアデルちゃんは預かってやろう」
「本当かっ!助かるよ!クラウディオ!」
「お前の為じゃない。アデルちゃんの為だ。年末年始は街の外から来る人数が半端じゃない。いくら普段は治安がいい領軍官舎でも、この時ばかりは帰宅できない軍人共ばかりでがらんどうになる。子供1人置いとくのは無用心以外の何物でもない。……ジャン達には今夜伝えておく」
「ありがとう。本当に……感謝する。本当に大事なんだ。あの子だけは」
「ふん」
クラウディオは乱暴に掴まれていた腕を振って、バードの拘束から逃れた。そのままバードの顔も見ずに、足早にその場を立ち去る。
あのクソ野郎の為じゃない。アデルちゃんの為だ。流石に外から大量の人間がやって来て一時的にかなり治安が悪くなるという状況の中、まだ小さな子供を家に1人でいさせるなんてことはできない。アデルちゃんが暫く家に来れば子供達も喜ぶだろう。アデルちゃんには客室か今は使っていないトリッシュの部屋を使わせたらいい。子供が大事なのはクラウディオにもよく分かる。心配なのも。バードのことは心底嫌いだが、悪いところだけじゃないのも知っている。……そうでなかったら、何年も恋人として付き合っていない。もっとも、その数年の間に浮気されまくって泣く羽目になったのだが。クラウディオにとっては、かなり苦い思い出である。
なんだかフェリに会いたくて堪らない。クラウディオはまた小さく溜め息を吐いて、領館の敷地内から出た。
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「と、いうことで、アデルちゃんは冬休み前から家にお泊まりです」
「本当!?やったぁぁぁぁ!!!」
「何が、『と、いうことで』なんだい。クラウディオ。別にお泊まりは構わないけど」
「あのゴキブリ野郎から頼まれたんだよ。学校の冬休み前くらいから軍人は軒並み修羅場に突入するだろう?家にもあんまり帰れないくらいだし。冬休みは特にアデルちゃんがずっと家に1人になるからな」
「あぁ。なるほど。確かにそれは心配だな」
「まぁ、そんな感じでよろしく頼むよ」
「分かった。冬休みまでは小学校には家から通うんだろ?」
「あぁ。で、できたら年明けの仕事が落ち着く頃まで預かっときたいんだが。いいか?」
「いいよ。まぁいいんだけど、バードは子供の面倒みてくれる使用人とか家政婦雇ったりしないのかな?」
「信用してないんだと。まぁ、詳しい事情は後で話すよ」
「分かった。じゃあ今年の年越しは家でしようか。なんなら子供達と孫達呼んで」
「いいんじゃないか?賑やかになりそうだな」
「アルジャーノは多分ビアンカつれて水の宗主国で年越しだろうから、フリオとトリッシュに声をかけとくよ」
「頼んだ。俺は来月半ばから多分殆んど帰れなくなると思う」
「小まめに差し入れ持っていくよ」
「助かるよ。場合によっては飯を食う時間もろくにつくれなくなるからな」
「久しぶりだとキツそうだな」
「そうなんだよなー。毎年だとそうでもないんだが。6年もゆっくりしちゃったからな。まぁ仕方あるまい」
「復職組は皆忙しそうだよな。まぁ仕方がないんだろうけど」
「そうだな。まぁ、年明けから暫くしたら余裕も出てくるし、それまで頑張るよ」
「うん」
夕食の時にジャン達にアデルちゃんを預かることを伝え、子供達と一緒に風呂に入った後、子供達を寝かしつけてからジャンとロヴィーノには詳細を伝えた。2人とも家政婦の話では渋面し、納得してくれたようである。
3人で少し酒を楽しんでから、クラウディオは部屋に引き上げた。
先に寝ているジェラルドとアンジェラを起こさないようにそっとベッドに潜り込む。子供達の高い体温で温まっている布団の中は実に心地よい。こうして子供達と寝られるのも、あと僅かだ。仕事は好きだし大事だ。でも子供達も大事だ。どちらを優先すべきか、悩むこともある。
クラウディオは小さく欠伸をして、穏やかな子供達の寝息に誘われるように深い眠りに落ちた。
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