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13:オッサンの反省再び

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ロバートは机の上に置いた弁当をじっと見下ろしながら、大きな溜め息を吐いた。
やらかしてしまった。昨夜、いくら酒を飲んで酔っていたとはいえ、アイディーとまたセックスをしてしまった。あの反省は何だったのか。なんの意味もないではないか。
途中から本気で楽しくなってしまい、明らかにやりすぎた。アイディーは結局、全く声も出さなかった。射精していた以上、気持ちよくなかったわけではない。だが、アイディーが自分からやりたくてやっていたわけでもない。仕事だからロバートに身体を差し出しただけだ。アイディーのお陰でロバートの生活は劇的に改善され、心の余裕までできたくらいだというのに、そのアイディーに対して何ということをしてしまったのだろうか。自分が最低過ぎて、吐き気がする。
昨夜は殆んど眠れなかっただろうし、疲れている筈なのに、アイディーは今日も美味しそうな弁当を作ってくれた。無駄に年を食っているだけの最低なダメ人間の自分が恥ずかしい。今朝は気まずくて、アイディーの目を見ることができなかった。

ロバートはのろのろとスプーンを手に取り、弁当箱にみっちりと詰められているオムライスを食べ始めた。素直に美味しい。オムライスはロバートの好物の1つだ。アイディーに好物だと言った覚えはないのだが、アイディーはちょいちょい夕食や弁当でオムライスを作ってくれる。単純にミケーネもオムライスが好きだからかもしれないが。アイディーが作るオムライスは、優しい甘さのふわふわ卵に包まれた少し薄味のケチャップライスが素朴で優しくて、本当に美味しい。じんわりと胃と心を満たしてくれるオムライスを食べていると、アイディーへの申し訳なさで本当に泣きたくなる。ロバートは涙目で今日の弁当を残さず食べきった。

残業をせずに定時に職場から出たロバートは、悩みながら帰り道を歩いていた。アイディーに謝りたいが、どう謝ればいいのだろうか。詫びの品を用意した方がいいのだろうか。用意するならば、何がいいのだろうか。アイディーはどんなものを好むのだろうか。
ロバートは何かヒントになりそうなものはないかと、キョロキョロとしながら様々な店が立ち並ぶ界隈を歩いた。ふと、行列ができているお菓子屋を見かけ、そういえばアイディーは甘いものが好きだということを思い出した。ロバートは行列の最後の方へと足を進めた。

ロバートは不安を抱えたまま帰宅した。行列ができていたお菓子屋で悩みに悩んで買ったものはミルクボーロである。アイディーが甘いものが好きだとは以前聞いた気がするが、具体的にどんなものが好きなのかは知らない。ミケーネと一緒に食べられるものの方が、ミケーネも喜ぶのではないだろうかと思い、店員に聞いて、ミケーネでも食べられそうなものを買ってみた。しかし、それで本当によかったのだろうか。

ロバートは玄関の前で、手に持っている小さなミルクボーロが沢山入った紙袋を見下ろして、眉間に皺を寄せた。行列ができていたお菓子屋のものとはいえ、ミルクボーロなんて、ぶっちゃけ子供のお小遣いでも買えるものである。やはり、別のものがいいのではないだろうか。ロバートは甘いものは割とどうでもいいので、それなりの値段で美味しいものを扱っている店なんて知らない。しかし、詫びの品がミルクボーロなんて、やはり少しマズイのではないかと本格的に思い始めた。もう外はすっかり暗くなっている時間だ。まだ営業しているお菓子屋はないだろうか。今から、もっとちゃんとしたものを買ってこよう。

ロバートがそう決めて玄関に背を向けた瞬間に玄関のドアが開いた。
泣いているミケーネを抱っこしたアイディーが顔を出した。


「あ、やっぱ旦那様じゃん。おかえり。遅くなる時は連絡してくれよ。坊っちゃんが待ちきれなくて泣いちまったじゃん」

「え、あ、あ……わ、悪い……」

「ほーれ、坊っちゃん。パパが帰ってきたぜ。晩飯食おうぜー」

「あーーーー!やぁぁぁぁぁ!やぁぁぁぁだぁぁぁぁ!」

「うんうん。腹減ったなー。今日はカボチャのシチューだぜー」

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


その小さな身体のどこから出ているんだと不思議になる程の声量で泣き叫んでいるミケーネを平然とした顔で抱っこしたまま、アイディーがロバートを真っ直ぐ見た。思わずドキッとして固まるロバートに、アイディーが首を傾げた。


「あ?何だよ、旦那様。入んねぇの?」

「……は、はいる」

「おーう。とっとと手を洗ってきてくれや」

「わ、わかった……」


アイディーはギャン泣きしているミケーネを抱っこして、台所の方へと歩いていった。その背中を見送ったロバートは、ぎこちない動きで家の中に入り、風呂場の脱衣場にある洗面台へと荷物を全て持ったまま移動した。アイディーは本当に普通の顔をしていた。もしかして、昨夜のことを色々気にしているのはロバートだけなのだろうか。アイディーは嫌だったり、辛かったりしなかったのだろうか。顔に出ていないだけなのか、本当に何にも気にしていないのか、アイディーの表情からはさっぱり分からなかった。
ロバートは眉間に皺を寄せながら手を洗い、通勤用の鞄を脱衣場に置きっぱなしにしたまま、ミルクボーロが入った紙袋だけを両手で持って、食堂へとのろのろと移動した。

ロバートが食堂に行くと、湯気がたつ美味しそうな匂いのオレンジ色のシチューといい焼き色のパン、野菜サラダがテーブルの上に並んでいた。ぐずぐず泣いているミケーネを自分の膝に座らせてあやしていたアイディーが、ロバートをまた真っ直ぐに見た。いつも通りなキツい三白眼に、なんだかドキリとする。


「旦那様、早く座ってくれ。坊っちゃんがもう待てねぇ」

「あ、あぁ……あ、あの……」

「あ?」

「その……」

「なんだよ」

「……ん」

「あ?」


ロバートはアイディーの顔から目を反らし、両手を突き出すようにして、アイディーの方へと持っていた紙袋を差し出した。ほんの少しの沈黙の後、ロバートの手からアイディーが紙袋を受け取った。ロバートがアイディーの顔を見れずに視線を床に固定していると、アイディーが初めて聞くような弾んだ声を出した。


「ミルクボーロ!」

「…………」

「旦那様。どうしたんだよ、これ」

「……か、帰りに見かけたから、その、ミケーネが、ミケーネが食べるかと思って……」

「やったなぁ!坊っちゃん!これ、マジでちょー旨いんだぜ!デザートにちょっとだけ食おうぜー」

「うぇ、え、あぅ、う?」

「これなー、俺大好きなんだわ。ガキの頃、死んだじいちゃんがたまに買ってくれてよー。いっつもガーディナと半分こして食ってたわ。すげー。ちょー懐かしいー」


ロバートがチラッとアイディーの顔を見ると、アイディーは本当に嬉しそうな顔をしていた。相変わらず犯罪者にしか見えない凶悪な顔立ちだが、ほんの少しだけ、いつもの笑顔よりも子供っぽい気がする。なんだかテンションが上がったアイディーを不思議に思ったのか、ミケーネが泣き止んで、キョトンとアイディーの顔を見上げた後、アイディーの手にある紙袋を見た。


「あーちゃん?」

「坊っちゃん。これ、ミルクボーロだぜ。食ったことねぇ?」

「んー?」

「晩飯食ったら、食ってみようぜー」

「うん」


アイディーがなんだか上機嫌だからか、ミケーネの機嫌も何故かよくなった。ロバートは無意識に詰めていた息を、ほうと吐き出した。
ロバートは真っ直ぐにアイディーの顔を見られずに、チラチラとアイディーの顔を見ながら、おずおずとアイディーに話しかけた。


「……その……そんなに好きなのか、それ」

「あ?おう。めちゃくちゃ好きだぜ。うち貧乏だったし、あんま菓子とか買ってもらえなかったからよー。じいちゃんがくれるとマジですげぇ嬉しかったんだよなぁ。あと単純にガチでうめぇんだって」

「そ、そうか……」


偶然にもアイディーが好きなものを買い、アイディーに喜んでもらえたので安心する反面、ロバートはじくじくとした胸の痛みを感じた。普段はなんだか落ち着きすぎて不遜と言ってもいいような態度なのに、ミルクボーロではしゃぐアイディーは年相応に思えて、罪悪感が半端ない。
ロバートは成人したてくらいの年齢の美少年が1番好きだ。娼館でもそのくらいの年頃の娼夫を買ったり、当時16歳だったハルファを口説いて結婚したりもした。我ながら少しどうかと思うが、性癖なので仕方がないと開き直っている。しかしである。普段は間違っても16歳には見えないアイディーが、普通のその年頃みたいに、はしゃいで笑っているところを見ると、本当に自分はやってはいけないことをしてしまったのかも、と後悔が襲いかかってくる。子供のお小遣いでも買えるような、本当にささやかなもので喜ぶアイディーに、なんだか泣きそうになる。
ロバートはその場で泣くのはなんとか堪えたが、甘くて美味しい筈のシチューは、あんまり味を感じなかった。

ロバートは苦労しているアイディーに同情しているし、やらかしたことを酷く後悔している。
食後にミケーネと一緒に笑いながら美味しそうに小さなミルクボーロを食べるアイディーをぼんやり眺め、ロバートはじくじくと痛む胸を押さえた。
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