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重度コミュ障騎士の恋

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 近衛騎士として働いているリヒトは、齢二十八にして初めての恋をした。相手は、王城の厨房で働く料理人である。歳はリヒトよりも少し上くらいで、料理人とは思えないくらい筋骨隆々な身体つきをした、笑顔が爽やかな男前である。名前も未だに知らない彼に恋をした切っ掛けは、本当に些細なものだ。

 子供の頃から極度の口下手なリヒトは、他人と上手くコミュニケーションがとれない。職場の同僚達は勿論のこと、家族とすら上手く喋れない。家族も同僚達も、リヒトのことを無口で無愛想な冗談も分からない堅物だと思っている。

 ある日、リヒトが勇気を出して同僚と雑談を試みて、見事に失敗した。凹んだリヒトは、王城の裏側の人気がない所へ向かい、厨房がある近くの木蔭で、お山座りをして一人反省会をしていた。ふと気がつくと、目の前に料理人の服を着た男が立っていた。男は何故かニッと笑って、リヒトにハンカチで包まれた何かを手渡してきた。


「何があったかは知らねぇけど、それ食って元気だせよ。騎士様」


 リヒトが驚いて固まっていると、男は『それ、自信作だから美味いぞ』と言って、爽やかに笑って厨房のある方へ歩いていった。
 男が去った後、ハンカチを広げてみれば、中にはキレイな円形のクッキーが何枚もあった。ふわっと柔らかいバターのいい香りに惹かれて、一枚食べてみると、今まで食べたことがあるクッキーの中で、一番美味しかった。そして何より、見ず知らずのリヒトを慰めてくれた男の優しさが嬉しくて堪らなかった。リヒトは少し年上の料理人の男に恋をした。

 恋人になりたいだなんて大それたことは思っていないが、せめて彼の名前を知りたい。
 リヒトはそれから暇さえあれば、王城の裏側にある厨房付近を彷徨くようになった。こーっそり厨房の中を外から覗き込んで、彼を見つめたりもしている。
 リヒトはキツい三白眼で目つきが悪い。もし、彼が睨まれていると感じたら嫌だから、彼に気づかれないように、本当にこーっそり覗いている。

 厨房で汗を流しながら楽しそうに働く彼を覗くようになって半月程で、彼の名前を知ることができた。別の料理人の男が、彼のことを『カレギュラ』と呼んでいた。リヒトは彼の名前を知ることができて、嬉しくて堪らなかった。数日はふわふわと上機嫌なままで、近衛騎士の訓練の時に、うっかり手加減を忘れて、上位貴族の先輩をぶっ飛ばしてしまったくらいだ。リヒトは中流くらいの家格の貴族の三男坊だ。普段は、上位貴族の先輩に気を使って、手加減をして、わざと負けたりしている。その手加減を全力で忘れる程、リヒトは浮かれきっていた。訓練後、リヒトは先輩達から『調子に乗るな』と一方的に殴られた。反撃する訳にはいかない。皆、リヒトの家よりも上位の貴族だし、近衛騎士の先輩だ。リヒトは大人しく殴られながら、自分がもっとちゃんと先輩達とも話せて、世渡り上手だったら、こんな目には合わないんじゃないかと思った。先輩達に集団で殴る蹴るされていても、上司も同期達も誰も助けてくれない。チラッと周囲を見れば、皆、殴られて当然みたいな顔をしている。リヒトは先輩達の気が済むまで殴られると、『目の前にいるだけで不愉快だ』という先輩に頭を下げて、無言で訓練場を出た。
 殴られたり蹴られたりしたところが鈍く痛む。できれば、医務室には行きたくない。医務室には、義理の兄がいる。姉の夫は医師として働いている。義兄との関係もいいとは言えないし、医務室に行ったら、義兄経由で両親にもリヒトのヘマを知られる。両親はきっとまた冷めた顔でリヒトを見て、呆れきった溜め息を吐くのだろう。もう慣れた反応だが、いくつになっても傷つく。

 リヒトは癒やしを求めて、こーっそりカレギュラを眺めようと、王城の裏側にある厨房へと向かった。
 王城の裏側にある厨房は、主に王城で働く下働き達の為のものだ。リヒト達、近衛騎士や侍女達は、別の王城内にある厨房で作られた食事を食べている。カレギュラの手料理を食べてみたいが、それは無理だ。身分によって、全て決められている。

 リヒトはこーっそり、今日も楽しそうに働いているカレギュラを眺めて、ぽわぽわと温かくなった胸を押さえて、近衛騎士の寮の自室に戻った。



ーーーーーー
 季節は過ぎ去り、カレギュラに恋をして、二年目の秋がきた。リヒトは三十になったが、未だに独身で、カレギュラに片想いをしている。両親が縁談の話を持ってくるが、軒並み相手から断られている。両親も最近では諦めたのか、リヒトのことをいないものとして扱うようになってきた。どうせ、家を継ぐこともない。無理に女と結婚する必要もない。リヒトなんかが婿になったら、相手の女が気の毒だ。リヒトはカレギュラへの恋心を秘めたまま、一生一人でいると決めた。

 ある休日。リヒトは久しぶりに街に出かけていた。古くなった剣帯を新調する為に、馴染みの武器屋に行った。その帰り道、リヒトは遠目にカレギュラの姿を見かけた。カレギュラは若い女と一緒だった。二人はとても仲がよさそうで、リヒトは自分が失恋したことを悟った。

 なんだか無気力になったリヒトは、近衛騎士を辞めて、王都から少し離れた田舎町に一人引っ越した。親には勘当してもらった。リヒトはもう貴族でもないし、騎士でもない。単なる口下手で世渡り下手なリヒトだ。リヒトは町の牧場で働き始めた。慣れない仕事と環境に四苦八苦しながらも、時が経つにつれ、リヒトの心は軽くなっていった。今まで、色んな重荷がリヒトの心にはあった。貴族故のものが殆どで、貴族でなくなった今、リヒトは初めて自由になれた。リヒトは相変わらず口下手で、誰とも上手く喋れないが、それでも生き生きと牧場で働いている。





ーーーーーー
 牧場で働き始めて三年目の春。
 リヒトはすっかり牧場で働くことに慣れ、毎日、牛や羊の世話を楽しんでいる。雇い主の老爺も口数が少なく、本当に必要最低限のことしか喋らない。それが逆に、リヒトにとっては居心地がよかった。リヒトがいつものように牛舎で牛の世話をしていると、賑やかな声が聞こえてきた。どこかで聞いたことがあるような声である。リヒトが不思議に思って、牛舎から外を見てみれば、記憶にあるよりも少し老けたカレギュラの姿があった。驚いてピシッと固まったリヒトに気づいたのか、カレギュラがキョトンとした顔をして、その後でぱぁっと笑った。


「爺ちゃんが言ってたよく働いてくれる奴って、騎士様のことだったのか! あ、今はもう騎士じゃねぇんだな。なぁ。アンタ、名前は? 俺はカレギュラ。爺ちゃんの孫」

「…………リ、リヒト」

「リヒトか! よろしくな! ちょっと王城でやらかしてよー。仕事首になったから、こっちに帰ってきたんだわ」

「…………なにを」

「ん?あぁ。新しい上司をぶん殴った」

「何故」

「すっげぇ嫌な奴だったんだよ。厨房の連中を毎日イビって楽しむようなクソ野郎。あいつにイジメられて心を病んだ奴もいる。全力でぶん殴ってやったぜ」

「……そうか」

「牛や羊の世話はガキの頃以来だからよ。色々教えてくれよな!」


 カレギュラがニッと笑った
 リヒトは混乱しながらも、またカレギュラに会えたことが嬉しくて堪らなかった。未だに消えない恋心が実ることはなくても、一緒に働いて、側にいられるというだけで、嬉しくて嬉しくて泣きそうなくらいだった。
 リヒトは、夕方までカレギュラも一緒に働き、借りている小さな家に帰ると、ベッドに飛び込んで、ちょっとだけ泣いた。

 それから、毎日、カレギュラと顔を合わせている。カレギュラとも上手く喋れないが、カレギュラはいつも嫌な顔をせず、リヒトに接してくれる。いっそ勘違いをしてしまいそうな程、カレギュラは優しい。リヒトは秘めている恋心がどんどん大きくなるのを感じていた。

 秋の豊穣祭の日。リヒトはカレギュラと共に、町の祭りに来ていた。何故か朝一でカレギュラがリヒトの家を訪れ、リヒトが驚いて目を白黒させている間に、気づけば賑やかな祭り会場に来ていた。リヒトは楽しそうな笑みを浮かべているカレギュラから勧められるがままに、振る舞いの酒を飲んだ。

 日が暮れる頃には、リヒトはかなり酔っていた。真っ直ぐ歩けなくなったリヒトの手を、カレギュラが握ってくれている。リヒトは嬉しくて嬉しくて、へらへらと笑った。


「飲ませ過ぎたなー。わりぃわりぃ。楽しくてついな」

「貴方が楽しいと私も楽しい」

「おっ。そいつはいい。なら、もっと楽しい事をしよう」

「あぁ」


 リヒトは、もっと楽しいことが何なのか分からなかったが、カレギュラの言葉に笑顔で頷いた。

 翌朝。
 リヒトは二日酔いでガンガン痛む頭を抱えて、呆然としていた。全裸でベッドの中にいる。隣には全裸のカレギュラがいる。昨夜の記憶は残っている。カレギュラを抱いた。いや、確かにリヒトが抱いたのだが、どちらかと言えばリヒトがカレギュラに抱かれたようなものだった。尻で。
 リヒトが混乱していると、カレギュラが目覚めた。


「……!?」

「おっ。おはよーさん。昨日は楽しかったなー」

「……な、な、な」

「な?」

「なぜ」

「あ? あー、何でアンタと寝たのか?」

「……ん」

「だって、アンタ俺のこと好きだろう? 俺もアンタが好きだぜ。いつも一生懸命頑張ってる。頑張り屋は可愛いよな」

「……?……?」


 何故、リヒトの秘めた恋心がカレギュラにバレているのか。そして何故、カレギュラはリヒトのことが好きなのか。酷く混乱しているリヒトの唇に、起き上がったカレギュラが触れるだけのキスをした。
 驚いて目を見開いたリヒトを見つめて、カレギュラが目尻に皺を寄せてニッと笑った。


「逃さねぇからそのつもりで! おっさんの愛は重いんだよ」


 リヒトは混乱しながらも、嬉しくて堪らず、ポロポロと涙を零した。何か言わなければいけないのだろうが、言葉が上手く出てこない。無言で涙を流すリヒトをカレギュラが優しく抱きしめてくれた。

 それから、リヒトが借りている家に、カレギュラが引っ越してきた。リヒトは、なんとかカレギュラに想いを伝えようと思い悩んで、カレギュラに毎日短い手紙を書くようになった。カレギュラは毎晩リヒトからの手紙を読んで、とても嬉しそうに笑う。カレギュラが笑うと、リヒトも嬉しい。
 勇気を出して、昔見た仲が良さそうだった若い女のことを聞いてみた。なんとカレギュラの妹の一人だった。リヒトは、あの失恋のショックはなんだったのかと、脱力した。

 カレギュラと暮らし始めて、何年経っても、何十年経っても、リヒトは口下手なままだった。それでも、毎日ずっと手紙でカレギュラに愛を伝え続けた。
 カレギュラを見送った後も、リヒトは毎日カレギュラに愛の手紙を書き続けた。

 木枯らしが吹く中、カレギュラが眠る墓の前で、心の中でカレギュラに話しかける。
 カレギュラ。愛している。もうすぐそっちに行くから、また貴方の手料理を一緒に食べて、貴方の笑顔を見せてくれ。
 リヒトはこほっと咳をして、カレギュラの墓を優しく撫でた。


(おしまい)

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みんなの感想(1件)

ふじぽん
2023.09.06 ふじぽん

おっさん受けいいですね‼️
元々、可愛くて男らしい売りちゃんが大好物ですが、おっさんの重いのもいいです🥹
他のも読んできます🥰

丸井まー(旧:まー)
2023.09.13 丸井まー(旧:まー)

感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!

お返事が遅くなりまして、申し訳ないですー!!(土下座)
嬉し過ぎるお言葉をくださり、本当に感謝感激であります!!
全力で!ありがとうございますっ!!
おっさん受けいいですよねー!
大好物なんです!
楽しい!と萌えっ!と性癖を詰め込んで、とても楽しく執筆いたしましたので、お楽しみいただけて本当に嬉しいです!

お読み下さり、本当にありがとうございました!!

解除
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