大きな薬師

丸井まー(旧:まー)

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劇場前で薬師局長らと合流し、芝居を観た。今日の演目は水の国の古典文学を分かりやすくしたもので、異国情緒溢れた、中々に面白いものであった。

芝居を観終わると、ゾロゾロと歩いて、集団で馬車乗り場まで移動した。


「うー、緊張するなぁ……」


マルクス先輩が手をにぎにぎしながら、そう言った。


「何がですか?」

「だって、土の神子様もだけど、他の神子様もいらっしゃるんだろう?」

「はい。今は家に住んでますから」

「だからだよぉ……」


どうやら、四大神子が揃っていることが緊張の原因らしい。


「別に普通にしてて、構わないと思いますよ?」

「いや、無理だから。ミーシャちゃんは何でそんなに平気そうなの」

「生まれた頃からの付き合いですから」

「あ、君はそうだったね」

「ミーシャちゃん、やっぱり手土産とかあった方がよくない?」

「そこまで気を使わなくても大丈夫ですよ」

「いやぁ、お呼ばれするんだから、途中で手土産買っていこう。ミーシャ君、何がいいかな」


薬師局長に尋ねられた。


「そうですねぇ……母は酒好きで甘いものは食べないんですけど、他の人は皆甘いものが好きです」

「じゃあ、お酒とお菓子でいいかな?」

「大丈夫だと思います」

「ちなみに、何人いるんだい?」

「えーと、うちが祖父2人に両親に、下の兄弟が6人とその友達1人で、水の神子様達家族が4人と風の神子様と火の神子様の合わせて17人です」

「じゃあ、それなりの量を買わなきゃね。お好きなお菓子とかあるかな?」

「商会の近くのお菓子屋さんの焼き菓子は皆好きです」

「じゃあ、それにしよう」

「お気を使わせてしまい、すいません。ありがとうございます」

「呼んでいただいたのは此方の方だからね」


そう言って笑った。
途中、公衆浴場に行って汗を流した後、お菓子屋と近くの酒屋に寄って聖地神殿行の馬車へと乗り込んだ。





ーーーーーー

時間通り領館に着くと、既に準備が整っており、美味しそうな匂いが漂っていた。


「いらっしゃーい」


マーサがにこやかに出迎えてくれた。
皆、揃って立礼した。


「この度はお招きありがとうございます」

「いやなに、獲ったのはそちらの局員の方達だからね。こちらもご馳走になる側だよ」


そう言ってマーサは笑った。


「始める前に、こないだ会わなかった面々を紹介するよ」


初めて会う面々と自己紹介を済ませると、早速焼き肉パーティーが始まった。

猪肉や野鳥の焼き肉に鹿肉のカレー、野うさぎのシチュー、もつ煮込みなど、様々な料理が用意されていた。

皆、其々好きなものを選んで食べ始めた。ミーシャは久方ぶりに食べるもつ煮込みから食べた。
丁寧に下処理された内臓は臭みがなく、香草のいい香りも相まって実に美味であった。張り切って狩りに出た甲斐があるというものである。


「ミーシャ君」

「ブルック先輩」

「マーサ様の作られたもつ煮込みは本当に美味しいな」

「はい。私の好物の一つです」

「ははっ。だろうな、これだけ旨ければ」

「はい」


そのまま内臓の下処理の話をしていると、マルクス先輩とヒューズ先輩が近くにやってきた。


「どの料理も滅茶苦茶旨いですね」

「ご馳走になってます。今日のって全部先輩達が獲ったんですよね 」

「俺とミーシャ君とフェリックス隊長殿の3人でな」

「いやぁ、改めて凄いですね。どれも美味しいです」

「調理してくれる方の腕がよろしいんだよ。俺じゃこんなに旨いものは作れない」

「私も無理ですね」

「はぁ……マーサ様に感謝ですね」

「本当にな」


何気なく辺りを見回すと、薬師局長はマーサらと話していて、他の面々も其々話をしながら食事を楽しんでいるようだ。ルート先輩はチビッ子達と一緒に即席で庭に置かれたベンチに腰掛け、料理を食べていた。

(本当に懐れたんだなぁ)

人見知りの激しい弟の成長に胸が温まると同時に、先輩に迷惑をかけていないか気になり、ミーシャは近くの先輩方に断って、ルート先輩達のもとへ足を運んだ。


「ミィ姉様」


彼らのもとへ近づくと、いち早く気づいたターニャが走って抱きついてきた。それを片手で抱き上げると、ターニャの頬にキスをしてルート先輩の近くに行った。


「お味は大丈夫ですか?」

「どれも旨いよ」

「すいません。弟達の相手をしていただいたみたいで」

「別に構わない」

「足りないなら、何かとってきましょうか?私もこれから取りに行くので」

「じゃあ、シチューを頼む」

「分かりました。ターニャとサーシャは?」

「おにく」

「おにくー」

「はい、お肉ね。分かったわ。大人しくしてるのよ?先輩に迷惑かけちゃダメだからね」

「うん」

「はーい」


ターニャを下ろして、彼らの皿を受け取り、料理が置いてあるコーナーに向かった。
言われたものを皿によそっていると、火の神子のリーがやってきた。


「ミーシャちゃん、昨日ぶり」

「ふふっ。昨日ぶり」

「ミーシャちゃんもだけどさぁ、薬師局の人って皆、薬の匂いがするんだね」

「そうなの。長くやってるほど自然と染み付いて取れなくなるのよ」

「皆、熟練の薬師なんだね」

「私以外はね。私はまだ修行中の半人前だもの」

「ミーシャちゃんなら、すぐ一人前になれるよ」

「だと良いけど」


ミーシャは肩をすくめた。


「昨日はあんまり話せなかったけど、調子はどうなの?」

「だいぶいいよ。もう殆ど魔力が戻ってるから。八の月中は此方でお世話になるけど、九の月になったら、一旦火の国に戻るよ」

「そう。これが慰安旅行じゃなかったら、一緒に遊べたのにね」


ミーシャがそういうと、リーが嬉しそうに笑った。


「人生長いんだから、これから何度だって遊べるよ。王都のミーシャちゃん達の家にも遊びに行く予定だもの」

「是非来てちょうだい。いつでも大歓迎よ」

「ははっ。楽しみにしてる」

「私もよ」

「ところでミーシャちゃん、それ全部食べるの?」


リーが何枚もある山盛りの皿を指して、不思議そうに聞いてきた。


「私だけじゃなくて、先輩とうちのチビッ子達の分もあるの」

「あぁ、ターニャ君達がくっついてる先輩君?」

「そう。私の指導役してくれてる先輩なの」

「そうなんだ。運ぶの手伝うよ」

「あら、いいの?ありがとう」

「どういたしまして」


リーにターニャ達用の肉の積まれた皿を渡した。
2人で3人の元へ向かう。
ルート先輩はサーシャの拙いおしゃべりに付き合っているところだった。
小さい弟達の相手をさせて、少々申し訳ない気持ちが込み上げてくる。


「お待たせしました」

「あぁ、ありがとう……」


サーシャを膝にのせて下を向いていたルート先輩が顔をあげ、ミーシャの横にいるリーの存在に気づくと、慌ててリーに立礼しようとした。


「礼はいいよ」


リーはにこやかに笑いながらそう言った。ルート先輩は申し訳なさそうな顔で、その場でペコリと頭を下げた。
それをターニャとサーシャが不思議そうな顔で見ている。


「ターニャ。サーシャ。お肉持ってきたよ」

「ありがとー」

「ありがとー」


ターニャを真似してサーシャもお礼を言った。その様子が可愛らしくて、ついにやけてしまう。(端から見たら無表情だが)彼らに肉が山盛りの皿を渡したら、早速もぐもぐ食べ始めた。


「おいちー」


まだ3歳のサーシャは拙いフォーク使いで食べているため、口の回りがすぐにベタベタになった。
それを懐から出したハンカチで拭ってやる。


「確かルート君だっけ?」

「ルート・ノヴィアと申します」

「改めて、火の神子のリーだよ。すっかり懐れてるね」

「はい。何故か」

「子供にはいい人が分かるからじゃないですか?」

「俺は特にいい人ってわけじゃないと思うんだが」

「そうでもないよ。君の魂は綺麗だもの」

「魂……ですか」

「うん。神子には人の魂が見えるんだ。君の魂は純粋でとても綺麗だよ。ターニャ君達がなつくのも分かるよ」

「……ありがとうございます」


ルート先輩は、照れたような、困惑しているような複雑そうな顔で笑った。

それから少し世間話をして、リーは呼ばれてその場を離れた。
リーが近くからいなくなると、ルート先輩はホッとしたように溜め息をはいた。


「……緊張した」

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?リー君優しいですし」

「お前、リー様のこと君呼びしてるのか!? 」

「本人たっての希望でして。先の瘴気戦の後、友達になったんです」

「あー……土の神子様の娘だものな」

「はい。神子様達が身近すぎて、先輩達が何でそんなに緊張するのか、理屈は兎も角、感覚的にはいまいちよく分かんないです」

「だろうな」


ルート先輩が疲れたように溜め息をはいた。


「るー。お肉あーん」

「あーん」


サーシャが唐突にそう言いながら、自分のフォークに刺した肉をルート先輩の口許にはやった。
ルート先輩は一拍をおいて、パクっとそれを食べた。もぐもぐ咀嚼するルート先輩を見ながら、サーシャが上機嫌に笑った。


「たーも。あーん」


今度はターニャに食べさせようとしている。ターニャは素直にパクっと食べた。すると、サーシャはますますご機嫌になって、笑った。

ミーシャは仲良さげなその様子をほのぼのと眺めた。


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