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4:新しい生活

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ジバルド改めジーナは目覚まし時計の煩い音で目が覚めた。新しい家で眠れるのか不安であったが、いざベッドに入るとすぐに深い眠りに落ちていた。我ながら図太い気がする。
昨日は家具やカーテン、食器類その他をひたすら買い物して1日が終わった。
夜遅くまでリー様とマーサ様が片付けを手伝ってくれたので、たった1日でなんとか生活できるような状態にまでなった。
洗面台で顔を洗って、マーサ様から渡された化粧水と乳液を顔に塗る。化粧まではしなくてもいいけど、せめてこれだけは絶対にやるようにと厳命された。鏡を見ると厳ついオバサンの顔がうつっている。こんな顔なのに肌の手入れなんぞして何になるのか。ジーナは溜め息を吐きながら、手についた、ぬるぬるする乳液を洗い流した。
寝間着を脱いで、慣れないブラジャーを四苦八苦しながら着けて、昨日とは違う色のワンピースに着替える。足首まで裾があるが、足がスースーして落ち着かない。男の時はブーツを履いていることが多かったから、ヒールのない可愛らしいデザインのサンダルも心もとなく感じてしまう。
朝食は昨日教えてもらった街の広場にある市場で済ませよう。ジーナは鞄に財布と鍵だけ入れて、家を出た。





ーーーーーー
市場で朝食を済ませると、ジーナは街の外れの馬車乗り場に向かい、領館へと向かう馬車に乗り込んだ。
今日はマーサ様が勤め先へと案内してくれる予定である。ジーナが勤めることになる領軍の食堂は、街中の軍詰所ではなく、領館の敷地内にある領軍本部なのだそうだ。仕事自体は早ければ明日からだが、今日は食堂職員への紹介と仕事の説明がある。
一昨日からの展開が急すぎて頭がついていけず、流されるままになっているが、ジーナにはどうしようもない。
ぼーっと馬車に揺られていると、あっという間に馬車が領館の門の所に着いた。

馬車から降りると門の所に立つマーサ様の姿が目に入った。ちょうど通勤時間なので、軍人や職員と思われる人達と気軽に朝の挨拶を交わしている。ジーナはおずおずとマーサ様に近づいた。


「お、おはようございます」

「おっはよー。ジーナちゃん。昨日は眠れた?」

「は、はい」

「それはなにより。じゃあ、領軍本部に案内するねー」

「お願いします……」


マーサ様と並んで領軍本部を目指して歩く。領軍本部までは道すがら緑豊かな植木がいくつもあり、綺麗に整えられていた。


「うちの領軍本部の食堂はねー、朝、昼、晩やってるのよ。朝の営業は7時からで、夜は9時まで。ジーナちゃんには朝から昼の営業まで働いてもらおうかと思ってるのよ。そもそも朝から昼まで勤務の人と昼から夜まで勤務の人に分かれてるのよね。昼まで勤務の人は仕事は3時までだから。その代わり朝が早くてね、5時半からなのよ。ジーナちゃん、朝早いの大丈夫?」

「あ、は、はいっ」

「そ。なら良かったー。朝は食べてきてもらうことになるけど、お昼は賄いが出るわよ」

「はい」

「あ、そうそう。昨日言ってなかったんだけどね」

「はい」

「うちの領地ってさ、男同士で子供が作れる施設があるし、同性愛に寛容な土地柄なのよ」

「はぁ……」

「な・の・で!男専門の男が多いのよー。男同士で結婚してる人達とか恋人なのがゴロゴロいるけど、ビックリしないでねー」

「は、はぁ……」


ジーナは思わず顔がひきつった。
男専門の男が多いって何それ怖い。普通に男女の恋愛しか見てこなかった女専門のジーナにとっては、ここは完全に異世界だ。いや、今はジーナは女だから、あまり関係ないのかもしれないが。
ジーナ達以外にも領軍本部へと向かい歩いている男達は多い。この中にも男専門の男がいるのかと思うとゾッとした。






ーーーーーー

「料理長!おっはよー。連れてきたよー」


領軍本部の建物の裏口から入り、厨房へとやって来た。厨房の中は慌ただしく男達が動き回っている。厨房の入り口に立って厨房内の熱気に圧倒されていると、奥から50代半ばくらいの髭の豊かな男が出てきた。


「おはようございます。マーサ様。こちらのご婦人ですか?」

「そう。ジーナちゃん!ジーナちゃん、このオッサンが料理長のバーディよ」

「バーディ・クレイモアだ」

「ジバ……あ、えーと、ジーナ・ナインツと申します」

「ジーナちゃんはね、ちょっと訳ありというか、まぁ、リーからの預かりものなのよ」

「そうですか。まぁ、こちらとしては仕事さえしてくれたら何の問題もないです」

「そ。勤務時間とかについての説明は一応したよ」

「給与や福利厚生については?」

「まだよ」

「ならばしておいてください。人手が足りなくて俺はそんな暇ないので」

「採用ってことでいいの?」

「いいですよ。女性ですが、見たことろ頑丈そうだし体力も筋力もありそうだ。それなりに戦力になりそうですから」

「はいよー」

「あ、雇用契約書とかそこら辺の手続きもお願いしますね。あと、制服とかロッカー室への案内とかも」

「丸投げじゃないの」

「忙しいもんで」

「まぁ、いいけどね。あ、でもロッカー室は1つしかないじゃない」

「隣の物置部屋を開けたらいいじゃないですか」

「あぁ、それもそうね」

「それもお願いします」

「別にいいけどねっ!丸投げ過ぎじゃないっ!?」

「今更でしょ。じゃあ、俺は持ち場に戻りますんで。あ、ジーナといったか。仕事は明日から頼む。とりあえず野菜洗いと下拵え、皿洗いをやってもらうから。じゃ、よろしく」


ポンポンと目の前で交わされる料理長とマーサ様の会話に目を白黒させていると、料理長が言うだけ言って、また厨房の奥へと戻っていった。呆然とその背中を見送っていると、ポンと腕を軽く叩かれた。


「ジーナちゃん。とりあえずロッカー室行こうか。あそこが休憩室でもあるから」

「あ、はい」

「雇用契約書はそこで書きましょ。お給料はそこそこいいよー。あ、うちの領地は税率ちょっと高めだけど、その分福利厚生がしっかりしてて、ちゃんと還元されるようになってるから安心してねー」

「はい」


きちんと掃除がいき届いているロッカー室で様々な説明を受け、雇用契約書を書き、一緒に隣の物置部屋の掃除までしてからマーサ様とは分かれた。制服は男物しかないため、ジーナ用の制服を作っている間は、とりあえず男物を着用することになった。
ジーナは街へと向かう馬車に揺られながら、明日からの新しい仕事に不安を覚えていた。家事は殆んどジーナがしていたから、当然料理も一応できる。でも所詮素人だ。それにジーナの故郷とサンガレアでは料理が全然違う。皿洗いはともかく、野菜洗いや下拵えと言われたが、扱う野菜そのものが火の宗主国とは違うと一昨日からの数少ない食事で分かっている。仕事をきちんとこなせるのか、不安の方が大きい。
ジーナは昼食がてら市場に行き、ついでに八百屋でサンガレアで扱われている野菜を見に行くことに決めた。なんなら、その場で店の者に扱い方を聞けばいいのだ。夕食に実際使ってみてもいい。ただ不安がるよりも何かしていた方が余程マシだ。
ジーナは気合いを入れて馬車を降りた。






ーーーーーー
翌朝。
ジーナは勤務時間より少し早めに領軍本部の厨房に出向いた。既に料理長や何人かの料理人が来ており、打ち合わせのようなものをしている。厨房の入り口から、おずおずと顔を出すと料理長がジーナに気づいた。


「お、ジーナか」

「……おはようございます」

「おう。お前ら。新人のジーナだ」

「あ、本当に女の人だ」

「オバサンじゃん。若い子期待してたのに」

「バッカ。お前、若い女がこんなとこで働くわけないだろ」

「それもそうか」

「君達失礼だよ。ごめんね、ジーナさん」

「あ、いえ……」

「マーク」

「はーい」

「今日はお前がジーナについてろ。物の配置と仕事教えとけ。ジーナがやるのは野菜洗いと刻み、皿洗いだ」

「わっかりましたー」

「ジーナ。こいつはマークだ。うちの最年少。とりあえず、こいつに色々教わってくれ」

「はい」

「よぉし!じゃあ野郎ども!仕事開始だ!」

「「「はいっ」」」


料理長の言葉と共に皆が動き出すと、マークと呼ばれた若い青年が近づいてきた。ソバカスが頬に散った愛嬌のある顔立ちの青年である。


「ジーナさん。俺はマーク。ピッチピチの18歳!よろしくね」

「ジーナです。よろしく」

「じゃ、早速説明とかするねー」

「お願いします」


マークについて物の配置を手早く教わり、大量の野菜を洗う。昨日のうちに八百屋で扱い方を教わったばかりの野菜をマークと共にどんどん洗っていく。洗い終えたら、マークの指示通りに刻んでいく。こんなに沢山の野菜を刻んだことがない上、マークの野菜を刻む速さがジーナの比ではない程速いため、焦りながら必死で手を動かした。
食堂の営業が始まると、次から次へと軍人達がやって来た。カウンターの人手が足りず、ジーナも配膳をすることになった。料理人達に言われるがまま、料理をついでお盆にのせ、やってきた軍人達に渡す。初めて見る顔の上に女であるジーナに興味を引かれた軍人達に話しかけられるが、応える余裕など欠片もない。そうこうしていると、厨房の奥から呼ばれ、今度は大量の皿を洗う。なんとか皿洗いが終わったかと思えば、賄いをかきこんで、今度は昼食用の野菜洗いだ。皆休む間もなく動き回っている。ジーナも慣れないなりに必死で動き回った。

とにかく必死で動いていたら、気づけば仕事が終わる時間になっていた。マークから声をかけられて、厨房から出る。よろよろとジーナ用のロッカー室という名の物置部屋に入ろうとすると、眼鏡をかけたジーナと同い年くらいの男に声をかけられた。


「ジーナ。今日ジーナの歓迎会しようかと思ってるんだが、この後来れるか?」

「あ、はい」

「来るのは昼まで勤務の奴だけだから」

「はい」

「じゃあ着替えたら裏口ん所で集合な」

「はい」


ジーナは急いで制服から着替えると、疲労で重い身体を無理やり動かして裏口へと急いだ。





ーーーーーー
ぞろぞろと集団で街へ行く馬車に乗り、繁華街にある店へと歩いて向かった。
自己紹介は馬車に乗っている時に済ませた。
眼鏡の男がダリー、優しげな顔立ちのフリッツ、チャラチャラした雰囲気のマルス、軍人のように筋骨粒々なグスタフ、女のように整った顔をしているハリー、そして最年少のマーク。昼まで勤務は基本的にジーナ以外はこの6人らしい。料理長は朝から昼までだったり、昼から夜までだったりとマチマチなのだそうだ。

まだ夕食には早い時間だというのに賑わっている飲食店に入る。個室が空いていたので、全員でそこに入った。


「とりあえず全員エールでいいかー?」

「いいっすよー」

「あ、あのっ!」

「ん?どうしたジーナ」

「その、自分は酒が飲めなくて……」

「お、そうか。ならお茶とジンジャーエール、どっちがいい?」

「ジンジャーエール?」

「生姜のシロップを炭酸水で割ったジュースだよ」

「あ、じゃあ、それでお願いします」

「ダリーさん!好きなもん注文していいですか!?」

「いいぞー。あ、支払いはジーナ以外は割り勘だからな」

「はーい」

「えっ!?いや、自分も出します!」

「いやいや、ジーナの歓迎会だからな。一応」

「はぁ……その、ありがとうございます……?」

「おーう。ジーナも食いたいもの頼めよ」

「あ、はい」


そう言ってメニューを渡されたが、メニューを見ても初めて聞く料理名が殆んどで、どんなものか分からない。適当に2つ程頼んで、あとは他の者達に任せることにした。すぐに飲み物が運ばれてきて、乾杯をする。料理もサラダなどから次々と運ばれてきた。


「ジーナさんって多分サンガレアの人じゃないよね?何処の人?」

「……火の宗主国の田舎の領地から来ました」

「へぇ。そりゃまた遠くから」

「あ、どうりで野菜知らなかったんだ」

「……一応、昨日八百屋で一通り教えてはもらったのですが……」

「ジーナさんさー、よかったら俺が職業訓練学校で使ってた教本いる?野菜の洗い方とか、すっげぇ基本的なことから載ってるよ」

「いいんですか?」

「いいよー。俺もう使わないし。あ、でも従兄弟のお下がりだし、書き込みとかしてるから綺麗ではないけどね」

「助かります」

「明日持ってくね」

「ありがとうございます」

「ジーナさんって何歳?」

「36です」

「あ、ダリーさんと一緒じゃん」

「やっぱオバサンだな」

「失礼だよ、マルス」

「……いえ。本当のことなので」

「火の宗主国から来たばかりなのか?」

「はい」

「なら、できるだけ色んな店に行って色んな料理を食べてみるといい。火の宗主国とは全然料理も違うだろ?見た目や味を知らない料理を作るのは難しいからな」

「はい」

「でもさー、ジーナさん来てくれて助かるわー。一気に3人もいなくなったからさー」

「それなー」

「……3人もですか?」

「えぇ。2人は育児休暇で、1人は結婚で旦那さんの転勤に着いていくとかで辞めちゃって」

「恋人作りの為にうちで働きたい奴は多いんだけどね」

「まぁ、軍人との出会いの場だからな」

「実際、出会いがどうこう言ってる余裕なんざないけどな」

「まぁな」

「はぁ……」


時折、運ばれてくる料理の解説をしてもらいながら、賑やかに時間が過ぎていった。
食堂の料理人達は皆気がいい者ばかりのようで、日が暮れ始めて解散になるまで、あれこれとサンガレアで暮らす為に必要な事を話して聞かせてくれた。

帰宅して風呂に入り、魔導洗濯機で洗濯物を回しながら、ほぅっと小さく溜め息を吐いた。
ひたすら濃い1日で疲れた。しかし、新しい職場の人達はよい人達ばかりだった。故郷に帰れない以上、ここで頑張っていくしかない。
ジーナは洗濯物を部屋のなかに干すと、すぐにベッドに潜り込んだ。
今夜も夢を見ることなく、深い眠りについた。
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