三日夜の餅はハイティーと共に

Dry_Socket

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第一章 何処へ?

5.お殿様と北の方様

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 良かった良かったとひとしきり泣いた後、お殿様(父親とはあたしには呼べない)が懐紙で涙を拭きながら言った。

 「左近衛中将さこんえのちゅうじょう殿も非常にご心配なさっていて、ご心痛の有様だったよ。
 先ほど使いの者を遣ったら、宮中を退出し次第伺いますと、矢のようなお返事が来てねえ。
 ほんに、伊都子は幸せ者だ。あれほどの人物が通ってくださるとは。
 大事にしなければいけないよ」

 北の方様(同じく母とは呼べず)も涙を拭いながら頷いている。
 「いつものようにツンケンしていてはいけませんよ。
 式部、内侍、お姫様のご様子を美しくして差し上げて」

 式部さんと水を持ってきてくれた女性(内侍さんというらしい)は黙って平伏した。

 さこんえのちゅうじょう???
 何じゃそりゃ。

 あたしがポカンとしていると、お殿様はちょっと慌てたように「おお、まさか病のせいで忘れたとは言わぬであろうな?主上おかみも認めてくださった姫の許嫁であろう」と諭すように言う。

 いいなずけ???
 漬物の一種?

 あたしはますます訳が判らなくなり、式部さんに目で助けを求めた。
 式部さんはすぐにお殿様の方を向いて手をつき、
 「お姫様におかれましては、つい先ほど死の淵から生還あそばしたばかりで、未だ完全には解熱なさっておられない模様でもございます。
 何かとお気持ちも落ち着かず混乱なさっておられると…」
 優雅に頭を下げた。

 お殿様は「そ、そうであろうな。伊都子、ゆっくり休んで快癒するようにな」と言ってあたしの手をぽんぽんと撫でた。
 「滋養のある食事を作らせて運ばせますわね。
 伊都子さん、少しでもお腹に入れてお元気になって」
 と北の方様も微笑んで言い添える。

 二人が出て行くと、式部さんと内侍さんはそこに控えていた女の子に命じて盥に水を張って、そこに布を浸して絞り、あたしの顔や身体を軽く拭いてくれた。
 「まだお熱がございますので、あまり動かさないほうが宜しいでしょうから…
 まだ気持ちの悪い部分もございましょうがご辛抱くださいませ」

 あたしはとりあえずベタベタの顔や身体がスッキリしてホッとした。
 「あの…ありがとうございます」
 あたしの長い髪(これが重くて頭が持ち上がらない)を懐紙に液体を浸して拭いながら綺麗に櫛で梳かしてくれていた式部さんと、盥の片づけをしていた内侍さんは仰天したように動きを止め、二人で顔を見合わせた。

 「伊都子様…あの、礼など宜しいのですよ…?
 わたくしどもの仕事ですし…」
 「先ほどから何と申しますか…伊都子様らしからぬお振る舞いが…」
 二人は戸惑ったようにこもごも言う。
 「伊都子様ほどの高貴なお方が、下々の者にそのようなお言葉がけは…」
 
 あちゃ。そうなんだ。
 でも、身の回りのこといろいろやってもらって、何も言わずにはいられないよねえ。
 
 「そうなのね…私、やはり病のせいかしら、少し人が変わったように見えるかもしれないけど。
 文字通り死の淵を見て、考えが変わったっていうか」
 苦しい言い訳をすると、二人はまた顔を見合わせてため息をついた。
 「左様でございますわよねえ…
 一度は本当に息がお止まりあそばしたので、わたくしどももこう申しては申し訳ないのですが、もう彼岸を渡られたかと」

 いやぁ、その彼岸に渡る直前で、伊都子様ご本人に突き飛ばされて戻ってきたんだけどね。

 その時、外で大声で呼ばわる声が聞こえた。
 「那珂平左近衛中将元信様、お越しあそばしました」
 
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