上 下
41 / 307
第二章 賀茂祭・流鏑馬神事

14.型破り姫

しおりを挟む
 あたしは秘かに、流鏑馬神事を観に行くことを諦めてはいなかった。
 何とかして観に行く手立てはないものだろうか。
 屋敷内の散歩は、ダイエットだけではなく脱出の手段を講じる目的もあったのだ。

 ある日、遅くに来た左近衛中将様と冷たい夜食を一緒に摂っているとき「姫は最近何をしておられますか?」と訊かれた。 
 痩せるために屋敷の中を散歩している、と言ったら、あたしを見て絶句する。

 何よう、全然痩せてないって言いたいの?
 十二単の上から何が判るって言うのっ?

 あたしがムッとすると、左近衛中将様は慌てたように呟いた。
 「いえ…姫が太っているとは全然思っていなかったものですから…
 十二単の上からでは判らないものですねえ…」

 うーん…その感想、それはそれでちょっと腹立つわぁ。
 問題はもっとデリケートでセンシティブなものなのよ。
 
 あたしは黙って貝の醤和えを口に運ぶ。
 あ、これ刻んだネギも入ってて美味しい。
 つい進んじゃうなあ…

 「しかし姫は、私の今まで知る女人(と申しても、母や姉妹や宮中の女房ですが)とは全然違いますね。
 体型をお気になさったり、顔も隠さずに屋敷内をおひろいになったり…」
 下々の者のことをお考えになったり、司厨長や棟梁とも何かなさって居られるとか。
 私の想像をはるかに超えた発想力と行動力のある方だ」

 この時代の人々の理解を超えることをするあたしを変人扱いするのかと思いきや、楽しげに称賛してくれる左近衛中将様をあたしは改めて好きだと思った。
 この人、本当に伊都子姫が好きなんだな…
 中身のあたしがこんなに型破りなことをしても、伊都子姫の姿なら全然気持ちが揺らがないんだ。

 そう思うと、またあたしの胸は伊都子姫に対する嫉妬でチクチクする。
 そんなふうに思うなんておかしいと判ってるけど。
 やるせない思いが胸を満たす。

 あたしは以前から気になっていたことを、思い切って訊いてみた。
 「左近衛中将様は、宮中でわたくしが『いわのひめ』と呼ばれていること、そのわたくしの許嫁であることに対して、…どう、思っていらっしゃるの?」

 左近衛中将様はえっ、と驚いたようにあたしを見て、衛門さんに視線を移した。
 衛門さんは言いにくそうに「…伊靖様と民部大輔様が…」と言った。

 「ああそうか…まったく。
 大童子おおわらんじのような方たちだ」
 小さく言って、あたしの方を見て微笑む。
しおりを挟む

処理中です...