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第十章 裁きと除目と薫物合わせ

15.薫物合わせ・2

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 「あれ、月子姫、緊張なさって居られる?」
 楽しそうに右近衛大将様が言う。

 っていうか、何で右近衛大将様はあたしの横に座ってんのよ?
 権中納言様も。

 「除目が終わってからこっち、宮中がバタバタしていて月子姫のところにも全然行けずじまいでしたからねえ。
 今日は久しぶりにお顔を拝見して、嬉しくて」

 ああそう、そりゃどうも。
 でもですね、邪魔なんですよはっきり言って。
 二人がニコニコとあたしの顔を見つめてる前で、薫物の復唱なんてできないよ!

 「まあ、今日はもうやるだけ無駄なんじゃないかな。
 私たちは審判と言っても、月子姫に投票するに決まってるでしょ。
 主上や殿下だってそうだし。
 『月子姫を救う会』の面々だってそうだ」

 扇子を閉じたり開いたりしながら、のほほんと権中納言様が言う。
 ねー、という感じで右近衛大将様も微笑む。
 
 ええ?中立的な立場の人って、ジャッジにいないの?!
 あたしは練香を入れた箱を袱紗から取り出しながら、わざと語気を強めて言う。

 「わたくしは、今日の為に春からずっと準備して参りましたのよ。
 それは今日参加なさる皆様、同じだと思いますわ。
 是非、公平で真剣な審判をお願い申し上げます!」

 二人はたじろいだように顔を見合わせて、あたしを見て頷いた。
 「はい…承知いたしました」

 その時、几帳の向こう側で、低く響く笑い声がした。
 「主上!」
 右近衛大将様が几帳を退けて、主上を中に招き入れる。

 あたしは座布団を譲ろうとしたのだけど、主上は「どうぞ月子姫がお座りください」と置き畳の上にじかに座る。

 えーっいいのかなあ…
 でも、右近衛大将様も権中納言様も「月子姫のお席ですから」と笑っている。

 どーでもいいけど、なんで主上までここに来ちゃうわけ?
 おかしくないですか?
 あなた主催者でしょ?

 「月子姫のおっしゃる通り、皆公平に審判せねばならぬよ。
 皆、今日の為にさまざま試行錯誤して、最高の戦いを見せてくれるであろう」
 主上は微笑んで、あたしの髪を撫でる。

 「まあそうは言っても、私も月子姫の薫物が一番楽しみですよ」
 あなたは、あたしが、薫物の得意な、伊都子姫じゃないこと知ってるからね!!
 いっじわるだなあ!

 あたしがちらっと横目で睨むと、主上は笑みを深くする。
 二人の秘密、みたいな空気がイヤ。

 「お、月子姫、もういらしてたんですね」
 と、几帳の上からひょこっと顔をのぞかせて蔵人頭様(残留)が大声で言う。

 だからさー。
 皆して何で邪魔しに来るのよ!

 というあたしの心の叫びも空しく、開始までの時間に『月子姫を救う会』のメンバーがわらわらと集まってきて、あたしのスペースだけ異様に拡大されてしまった。

 でもその中に、東宮と元信様はいなかった。
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