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第十一章 露顕と三日夜の餅

11.禁断の鶏卵

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 母屋に戻って、あたしと元信様の居室で東宮の持ってきてくれたおやつを食べる。
 蒸しパンのようだけど…なんかやたらふわふわしてる。

 「ふふ、月子姫、何が入っているか当ててごらんなさい」
 東宮はあたしを隣に座らせ、楽しげに言う。
 
 東宮と反対側の隣には、右近衛大将様が居座っている。
 どうして結婚したのにこうなっちゃうのよ…

 あたしが向かいに座っている元信様を見ると、苦笑している。
 その唇が「か・お・り」と動いて、ぱちっと片目を瞑った。

 ま、そうね。
 あたしたちはもう夫婦なんだからね。
 これくらいは許してあげましょう。

 あたしは蒸しパンを手に取る。
 ちぎって口に入れ「あ、これ!卵?」と言うと、皆驚いたように顔を見合わせた。

 「ご名答!
 さすが月子姫。
 よくお判りになりましたね!」

 東宮があたしの手を取り、あたしが持っている蒸しパンをちぎって食べる。
 「月子姫が、鶏卵があったらもっと膨らむのにとか美味しくなるのにとか、よくおっしゃって居られたでしょう。
 私たちの感覚からするととても信じられないのだが…」

 ああ、料理長も言ってたなあ。
 宗教がらみみたいなんだよね。
 獣肉のように厳格には禁止されてないんだけど、食べると呪われるとか頑なに信じられているみたい。

 「これ、使っちゃって良いんですの?」
 東宮の方を向いて問うと「内緒です」と笑ってあたしの唇に人差し指をあてる。

「実は、ここの厨房で作らせたんですよ。
 厨司長以下に完全な箝口令を敷いてね。
 だって食べてみたいじゃありませんか?
 月子姫があんなに絶賛する鶏卵というものを」

 「主上も、一度召し上がってみたかったそうで。
 あまりに美味しくできてしまったので、先ほど届けさせました」
 権中納言様がいたずらっ子のような笑みを、その端正な顔に浮かべて言う。

 良いのかなぁ、そんなことしちゃって…
 悪い大人にまた足元掬われちゃうんじゃないの?

 あたしの心配そうな顔を見て取ったのか、右近衛大将様があたしの肩を抱いてポンポンと手の甲を優しく叩く。
 
 「大丈夫ですよ。
 鶏卵はここだけでしか使いませんし、口にしません。
 厨の者共にも、扱う時は細心の注意を払うよう言ってあります」
 
 厨房にいるスタッフは、太政大臣家から連れてきた忠実な人しかいない。
 ゆらちゃんも女の子ながらに筋が良いということで、厨司長が料理の手ほどきをしていると言ってた。
 大丈夫と思いたい。

 「乳牛の牧江も、追ってここへ連れてきています。
 二人でシチューを食べた時に、月子姫がおっしゃっていた蘇やバター?クリーム?などを作りましょうね」
 東宮は右近衛大将様の手をあたしの肩から払いながら楽しげに言う。

 そうだね。
 理想の場所を作ろう。
 
 せっかく、この時代の人にはない発想や知識を持った、あたしという人間が紛れ込んだんだもの。
 知識は偏ってるし経験は圧倒的に不足しているけれど、知恵を出し合ってより良くしていきたいな。
 
 あたしと元信様と、それからみんなで。
 
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