その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 この世界に暮らす全ての人間は、魔法使い。

 その魔力の特性は、千差万別、人それぞれ。

 攻防に特化した魔力特性を持つ者。
 音楽や美術、芸術表現に特化した魔力特性を持つ者。
 医療、建築、農業畜産……並べ出すときりがない。魔法使いの数だけ魔力特性があり、仕事がある。

 魔力は個性。しかしながら、それら全ては平等に扱われない。
 現実社会が最も重要視しているのは、魔力の量。それにより、魔法使いは三つの階級に分類される。

 最も魔力量の少ない階級……下級魔法使いは、全人口の約30%。
 その魔力強度を火力に例えるとしたら、ライター。
 それが有効に活用出来る範囲は狭く、強度は弱く、成果もごくわずかなもの。

 中級魔法使いは、全人口の約60%。
 彼らは火力でいうところの、火炎放射器。
 強い威力かつ、広範囲、高性能の魔法を発動させる事が出来る。

 上級魔法使いは、全人口のわずか10%しか存在しない。
 彼らは、爆弾。もはや、下級中級と同じ『火力』と表してよいものか悩ましい程の破壊力と、神技レベルの精度をあわせ持つ。

 魔力量が多い程、発現する魔法の質は高く、威力は強い。魔力はいわば、その人間の能力そのもの。
 生まれ持った魔力量の多い魔法使いは、尊重され優遇され、地位や名誉や財産を得やすい。
 つまり、魔力の量が人一人の人生を決めてしまうのだ。

 ……というのが、両親から繰り返し言い聞かせてこられたこと。
 上級魔法使いである両親が、そうじゃない人間を見下す為の高慢な教えだと思っていたが……社会に出てみれば、意外なほどにその通りだった。この国の魔力格差は、根深い。
 
 それゆえ……魔力を他者から『略奪』する者は、後を絶たない。
 そんな略奪犯罪を取り締まるのが、魔法警察庁・魔力略奪対策局……通称『魔対』の役目。

 そして今日もまた、魔対には魔力を奪われた被害者が救いを求めてやってくる……



 「この男を今すぐ逮捕して! あたしから魔力を奪った犯人です!」

 若い男性の写真が写ったスマホを突き出しながら、声を荒げる女性。相談窓口のカウンターごしでも、朝っぱらからこの金切声は、キツイ。

 けれど、研修中の新人達に代わり、相談窓口に立つ事。それが、上司から命じられた俺の役目だ。

 「魔力略奪被害のご相談ですね。この男性が加害者かもしれないと……略奪の手段は、呪いとのどちらか、検討はついていますか?」

 「交わりに決まってんでしょ! あいつと後、あたし倒れたのよ!?」

 若い女性が大声で何という事を……なんて、怪訝な視線を浴びせる人間は、この職場にはいない。

 人から魔力を奪う手段は、呪うかか。ちなみに、略奪犯罪の九割以上が後者。だから、どうしたってこの仕事では、男女のそういう関係を扱う事が多い訳で。

 「なるほど。それで略奪を疑ったわけですね。確かに、魔力は生命力や活力と直結していますから、減少すると様々な不調が現れます。一定量を奪われれば命を落とす事もあ」

 「んな常識、わざわざ説明されなくてもわかるわよ! さっさとあいつを捕まえて! そうしたら、とられた魔力を取り戻せるんでしょ?」

 カウンターを手のひらで叩き、青筋を立てる女性。
 アポなしで朝一やってきて、詳細な説明もせずに喚き散らす……常識が無い奴に常識を語られると、つい、イラッとしてしまう。俺もまだまだ修行不足だ。
 なんて自省しながら、引き出しから取り出した資料を女性に差し出した。
 
 「落ち着いて下さい。まずは医療機関へ。こちらが魔力専門科がある病院の一覧です。検査をすれば実際に魔力量が減っているかどうかわかりますし、視診で呪われた証であるの有無も確認できます」

 「だぁから~! んな事しなくても、あいつに取られたのは間違いないって言ってんの!」

 女性は苛立った様子で俺を睨むけれど、引けない。これは融通の利かせようが無い決まりだ。

 「魔力量が減少している事を証明できない限り、被害届は出せません。届を受理した後、我々が捜査を行い、逮捕し、裁判で有罪が確定した後に、専門機関での魔力返還処置を受ける事が出来るんです」

 「ゴール遠! もっとちゃちゃっと返してよ! あたしはネイリストなの! 魔力を使って、凝ったデザインも短時間で仕上げる! それが私の魔力特性! 魔力を返してもらわないと仕事にならないのよ!」

 「お気持ちはわかります。ですが」

 「わかってない! あんた、ネイリストナメてるでしょ! そんな仕事出来なくなっても困る奴なんていね~よ、とか思ってるんでしょ!」

 「いえ、そん」

 「ああもう! これだからエリートの上級魔法使いは嫌なのよ! あたしら下級魔法使いを見下して! 下級なんて元々大した魔力持ってないんだから、ちょっと取られた程度でギャーギャー騒ぐなっていいたいんでしょ! その顔みりゃわかるわよ!」

 ああ。いかん。俺は努めて冷静に対応しているだけなのに……偉そうとか、冷たいとか、見下してるとか言われがち。そういう顔面なのだ。

 「そんな事、思っていません。とにかく、倒れた原因が他にあったらいけませんし、まずは病院へ」

 「うおおおお!」

 広いオフィス内に響く、叫び声。

 反射的に声のした方へ視線をやると……禍々しいまでの魔力を纏った大男が、暴れていて。

 「ひっ!? なにあの人!?」

 「ああ、先日逮捕した魔力略奪犯ですね。女性を強姦して魔力を奪いまくり、上級魔法使いレベルの量の魔力を手に入れた……取り調べ室から逃げ出したんでしょうか」

 「え!? やば!! てかこんなやばい状況なのに、なんであんたそんなに落ち着いてられんの!? あんたもやば!」

 非常識な上に失礼な女だ。なんて、心に青筋を立てている場合ではない。
 
 男を制圧しようと、次々と向かっていく局員達。
 捕まってたまるかと必死に抵抗し、攻撃魔法を連発する男。
 悲鳴、奇声、怒鳴り声。窓ガラスが割れ、壁にヒビが入り、机や書類が吹き飛び……局内はカオス状態。 

 「きゃああ!? ちょ、これホントにやばいやつじゃん!」

 パニックになって一層声を張り上げる相談者を背にかくまい、左手に力を込める。するとたちまち、漆黒の大剣が現れた。魔力を剣に具現化する。それが俺の魔力特性だから。

 「わ!? あんた魔剣士なの!? すご!」

 「少し黙って、下がっててください」

 俺が暴れる男を睨み、剣を構えたタイミングで……奴の放った巨大な火の玉が、こちらに飛んできた。

 「ひぃああああああああ!!」

 背後で絶叫する女性相談者。しかし、彼女の恐怖は一瞬でかき消された。迫りくる火の玉とともに。

 「もう大丈夫ですよ」

 「局長!」

 いつの間にやら目の前に立っていたのは、魔力略奪対策局の局長クロエ・ブランシェ。魔法警察庁が誇る最強の魔法使いであり、俺の直属の上司だ。

 そして音速で男の元へ移動し、後頚部に手刀を一撃。
 男は、声も出さずにその場に倒れ込んで。
 
 「はい、確保お願いします~」

 局長が拡声器がわりに口元に手を当ててそう言うと、黒いローブを着た魔力対策局の局員達は、次々と倒れた男に覆いかぶさった。そして、うち、何人かの局員は彼女の元へ駆け寄り、頭を下げる。

 「申し訳ありませんでした、局長! おら! お前らも!」

 上司に促され、真っ青な顔が膝につくのではないかという位、首を垂れる新人達。

 「どうしても手が離せず……少しの間だけ、と新人達に取り調べを任せてしまったんです。その結果が……」

 「いえ。私の方こそすみません。あなたの班は怪我人続きで人手不足だったのに……配慮すべきでしたね」

 「そんな……っ! 困った時は相談しろと言われていたのに、お忙しい局長の手を煩わせてはいけないと遠慮をして、お声がけしなかった我々に責任があります!」

 「いえいえ。あなたがそういう性格だと知っていたのに、声を掛けなかった私が悪い……ふふ、やめましょうか、責任争奪戦は。とりあえず、怪我人も出なかったわけですし、結果オーライという事で。ほらほら、あなたたちも頭を上げて下さい」

 少し身をかがめて、新人達の肩に手を添える局長。彼らは眉尻を情けなく下ろしたまま、ゆっくりと顔を上げて。

 「顔色が悪いですね。人手不足で、何日も局に泊まり込んでいるのでは? あとはこちらでやっておきますから、皆さんお家に帰ってください」

 局長の命令に、主任も新人達も目を丸くして驚いた。

 「で、ですがそんな……!」

 「もちろん主任も、ですよ。はい、帰って帰って。お疲れ様でした~」

 戸惑う部下達の背をぐいぐいと押すその姿に、あちこちから聞かれるのは賛辞の声。

 「やっぱり局長、優し過ぎる……」

 「マジで神だよな。他の部署の奴に羨ましがられるもん」

 「魔対の仕事って超ハードなのに、離職率が低いのは局長のお陰だよね」

 そう、俺達の局長トップは、優しい。どんな時も、誰に対しても。

 「フレンも、よくぞ相談者さんを守ってくれました」

 部下達を笑顔で送り出してから、局長は俺にも声を掛けに来てくれた。

 「いえ、俺は何も。あの火の玉を片手一つでかき消すとは、さすが局長です」

 剣をおさめてから、頭を下げる。すると局長はにっこりと笑って。

 「あの凶悪犯を前に、迷わず罪なき一般人を背にかくまった。その心意気を褒めています」

 身の回りの、誰をも取りこぼさず、思い遣る。気遣う。労う。
 本当にできた人なのだ。

 「……おそれいります」

 再び軽く頭を下げた俺に微笑んでから……局長は、背後で震えている相談者へ声をかけた。

 「お怪我はありませんか?」

 「け、怪我はないけど……っ、あんなやばい奴逃がすなんて、どうなってんのよ! マジであんたら税金泥棒!」

 「ご心配をお掛けして申し訳ありません。局長として責任を感じております」

 「きょくちょー? って事は、あんたがクロエ・ブランシェ!? 男とやりまくって、魔力を奪いまくったって噂の、最強の魔法使い!?」

 相談者の女は、あのいかがわしい噂について大声でつつき始めた。暴言を吐かれても尚、局長が丁寧に応じているのを良い事に。さすがにイラっとして、一歩踏み出すが……局長は静かに手を出し、止める。

 「はい。私がクロエ・ブランシェです。もしよろしければ、困り事の対応は私にお任せいただけませんか? せっかくご相談にいらして下さったのに、怖い思いをさせてしまったお詫びも兼て……精一杯、務めさせて頂きます」

 「え……っ」

 『局長って一番エライ人だよね? そんな人が捜査してくれんの? これラッキーじゃね?』と、相談女性の頭上に、思考のふきだしが見えた気がした。

 「ま、まぁ……そこまで言うなら、あたしは別にいいけど……」

 「ありがとうございます。では改めて、詳しいお話しをお聞かせ下さい。ここは散らかってしまったので……別室にお通ししますね。私はその間に必要な資料を用意しておきますので……すみません、こちらの方を応接室にお通ししておいてください」

 局長に声を掛けられた近くの局員は『承知しました』と頭を下げ、相談者を連れて局を出て行った。

 「……あんな失礼な奴を、局長御自ら対応ですか?」

 「思わず乱暴な物言いをしてしまうくらい、怖かったんだと思いますよ。私には、アフターケアをする義務があります」

 無礼者の一般人に対しても、この寛容さ。思わず、ため息を吐いてしまう。そんな補佐役を見て、局長は何を勘違いしたのか『ごめんなさい』と謝って。

 「私が勝手に新しい予定を入れたら、スケジュール管理をしているフレンはたまったものじゃありませんよね」

 「や、そ……大丈夫です。なんとかします」

 慌ててタブレットを取り出す俺に、局長はにっこり。

 「ああでも……午後イチは作戦会議が入ってますね。明日若手のフォローに入る突入現場の……なので、また昼休みを削るしか……」

 「私は構いません。会議は一人で大丈夫ですし、フレンはその間に休憩を取ってください」

 「いえ。同席します。それより……こんな働き方をしていると、そのうち倒れてしまいますよ」

 眉間に皺を寄せつつ、タブレットのカバーを閉じる。そんな俺に、局長はいたずらっぽく笑った。

 「現に倒れていないでしょう? あなたが入局して5年、補佐役になって1年になりますが……私が倒れた所、見た事あります?」

 無い。だから言い返せない。

 被害者の為、部下の為、身を削って働いて……それでも疲弊している背中を見せて、頼もしさを損なったりはしない。
 強さの後ろに、横柄さや傲慢さを背負ったりはしない。
 忙しさの中に、思い遣りを忘れてきたりはしない。

 本当に本当に、非の打ちどころのない人格者なのだ。
 でも俺は……この人が、時々怖い。
 
 「……局長、さっき相談者につつかれた、いかがわしい噂についてですが。今後の為にも、きちんと否定した方がいいと思います」

 「私は気にしません。ある程度の立場になれば、いかがわしい噂の一つや二つ、立つものです」

 「ですが」

 「それに……」

 足を止め、俺の方を振り返って……にっこりと笑う、我が上司。

 「そんな噂、デタラメだって……あなたは知っているでしょう? それで十分です」

 穏やかであたたかで柔らかで……けれど、強くて堅くて……蠱惑的な、微笑み。

 「……まぁ、そうですけど」
 
 この笑みに、俺はとらわれてしまっているんだ。初めて会った時から、ずっと。
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