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この世界に暮らす全ての人間は、魔法使い。
その魔力の特性は、千差万別、人それぞれ。
攻防に特化した魔力特性を持つ者。
音楽や美術、芸術表現に特化した魔力特性を持つ者。
医療、建築、農業畜産……並べ出すときりがない。魔法使いの数だけ魔力特性があり、仕事がある。
魔力は個性。しかしながら、それら全ては平等に扱われない。
現実社会が最も重要視しているのは、魔力の量。それにより、魔法使いは三つの階級に分類される。
最も魔力量の少ない階級……下級魔法使いは、全人口の約30%。
その魔力強度を火力に例えるとしたら、ライター。
それが有効に活用出来る範囲は狭く、強度は弱く、成果もごくわずかなもの。
中級魔法使いは、全人口の約60%。
彼らは火力でいうところの、火炎放射器。
強い威力かつ、広範囲、高性能の魔法を発動させる事が出来る。
上級魔法使いは、全人口のわずか10%しか存在しない。
彼らは、爆弾。もはや、下級中級と同じ『火力』と表してよいものか悩ましい程の破壊力と、神技レベルの精度をあわせ持つ。
魔力量が多い程、発現する魔法の質は高く、威力は強い。魔力はいわば、その人間の能力そのもの。
生まれ持った魔力量の多い魔法使いは、尊重され優遇され、地位や名誉や財産を得やすい。
つまり、魔力の量が人一人の人生を決めてしまうのだ。
……というのが、両親から繰り返し言い聞かせてこられたこと。
上級魔法使いである両親が、そうじゃない人間を見下す為の高慢な教えだと思っていたが……社会に出てみれば、意外なほどにその通りだった。この国の魔力格差は、根深い。
それゆえ……魔力を他者から『略奪』する者は、後を絶たない。
そんな略奪犯罪を取り締まるのが、魔法警察庁・魔力略奪対策局……通称『魔対』の役目。
そして今日もまた、魔対には魔力を奪われた被害者が救いを求めてやってくる……
「この男を今すぐ逮捕して! あたしから魔力を奪った犯人です!」
若い男性の写真が写ったスマホを突き出しながら、声を荒げる女性。相談窓口のカウンターごしでも、朝っぱらからこの金切声は、キツイ。
けれど、研修中の新人達に代わり、相談窓口に立つ事。それが、上司から命じられた俺の役目だ。
「魔力略奪被害のご相談ですね。この男性が加害者かもしれないと……略奪の手段は、呪いと交わりのどちらか、検討はついていますか?」
「交わりに決まってんでしょ! あいつとやった後、あたし倒れたのよ!?」
若い女性が大声で何という事を……なんて、怪訝な視線を浴びせる人間は、この職場にはいない。
人から魔力を奪う手段は、呪うか交わるか。ちなみに、略奪犯罪の九割以上が後者。だから、どうしたってこの仕事では、男女のそういう関係を扱う事が多い訳で。
「なるほど。それで略奪を疑ったわけですね。確かに、魔力は生命力や活力と直結していますから、減少すると様々な不調が現れます。一定量を奪われれば命を落とす事もあ」
「んな常識、わざわざ説明されなくてもわかるわよ! さっさとあいつを捕まえて! そうしたら、とられた魔力を取り戻せるんでしょ?」
カウンターを手のひらで叩き、青筋を立てる女性。
アポなしで朝一やってきて、詳細な説明もせずに喚き散らす……常識が無い奴に常識を語られると、つい、イラッとしてしまう。俺もまだまだ修行不足だ。
なんて自省しながら、引き出しから取り出した資料を女性に差し出した。
「落ち着いて下さい。まずは医療機関へ。こちらが魔力専門科がある病院の一覧です。検査をすれば実際に魔力量が減っているかどうかわかりますし、視診で呪われた証である呪印の有無も確認できます」
「だぁから~! んな事しなくても、あいつに取られたのは間違いないって言ってんの!」
女性は苛立った様子で俺を睨むけれど、引けない。これは融通の利かせようが無い決まりだ。
「魔力量が減少している事を証明できない限り、被害届は出せません。届を受理した後、我々が捜査を行い、逮捕し、裁判で有罪が確定した後に、専門機関での魔力返還処置を受ける事が出来るんです」
「ゴール遠! もっとちゃちゃっと返してよ! あたしはネイリストなの! 魔力を使って、凝ったデザインも短時間で仕上げる! それが私の魔力特性! 魔力を返してもらわないと仕事にならないのよ!」
「お気持ちはわかります。ですが」
「わかってない! あんた、ネイリストナメてるでしょ! そんな仕事出来なくなっても困る奴なんていね~よ、とか思ってるんでしょ!」
「いえ、そん」
「ああもう! これだからエリートの上級魔法使いは嫌なのよ! あたしら下級魔法使いを見下して! 下級なんて元々大した魔力持ってないんだから、ちょっと取られた程度でギャーギャー騒ぐなっていいたいんでしょ! その顔みりゃわかるわよ!」
ああ。いかん。俺は努めて冷静に対応しているだけなのに……偉そうとか、冷たいとか、見下してるとか言われがち。そういう顔面なのだ。
「そんな事、思っていません。とにかく、倒れた原因が他にあったらいけませんし、まずは病院へ」
「うおおおお!」
広いオフィス内に響く、叫び声。
反射的に声のした方へ視線をやると……禍々しいまでの魔力を纏った大男が、暴れていて。
「ひっ!? なにあの人!?」
「ああ、先日逮捕した魔力略奪犯ですね。女性を強姦して魔力を奪いまくり、上級魔法使いレベルの量の魔力を手に入れた……取り調べ室から逃げ出したんでしょうか」
「え!? やば!! てかこんなやばい状況なのに、なんであんたそんなに落ち着いてられんの!? あんたもやば!」
非常識な上に失礼な女だ。なんて、心に青筋を立てている場合ではない。
男を制圧しようと、次々と向かっていく局員達。
捕まってたまるかと必死に抵抗し、攻撃魔法を連発する男。
悲鳴、奇声、怒鳴り声。窓ガラスが割れ、壁にヒビが入り、机や書類が吹き飛び……局内はカオス状態。
「きゃああ!? ちょ、これホントにやばいやつじゃん!」
パニックになって一層声を張り上げる相談者を背にかくまい、左手に力を込める。するとたちまち、漆黒の大剣が現れた。魔力を剣に具現化する。それが俺の魔力特性だから。
「わ!? あんた魔剣士なの!? すご!」
「少し黙って、下がっててください」
俺が暴れる男を睨み、剣を構えたタイミングで……奴の放った巨大な火の玉が、こちらに飛んできた。
「ひぃああああああああ!!」
背後で絶叫する女性相談者。しかし、彼女の恐怖は一瞬でかき消された。迫りくる火の玉とともに。
「もう大丈夫ですよ」
「局長!」
いつの間にやら目の前に立っていたのは、魔力略奪対策局の局長クロエ・ブランシェ。魔法警察庁が誇る最強の魔法使いであり、俺の直属の上司だ。
そして音速で男の元へ移動し、後頚部に手刀を一撃。
男は、声も出さずにその場に倒れ込んで。
「はい、確保お願いします~」
局長が拡声器がわりに口元に手を当ててそう言うと、黒いローブを着た魔力対策局の局員達は、次々と倒れた男に覆いかぶさった。そして、うち、何人かの局員は彼女の元へ駆け寄り、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、局長! おら! お前らも!」
上司に促され、真っ青な顔が膝につくのではないかという位、首を垂れる新人達。
「どうしても手が離せず……少しの間だけ、と新人達に取り調べを任せてしまったんです。その結果が……」
「いえ。私の方こそすみません。あなたの班は怪我人続きで人手不足だったのに……配慮すべきでしたね」
「そんな……っ! 困った時は相談しろと言われていたのに、お忙しい局長の手を煩わせてはいけないと遠慮をして、お声がけしなかった我々に責任があります!」
「いえいえ。あなたがそういう性格だと知っていたのに、声を掛けなかった私が悪い……ふふ、やめましょうか、責任争奪戦は。とりあえず、怪我人も出なかったわけですし、結果オーライという事で。ほらほら、あなたたちも頭を上げて下さい」
少し身をかがめて、新人達の肩に手を添える局長。彼らは眉尻を情けなく下ろしたまま、ゆっくりと顔を上げて。
「顔色が悪いですね。人手不足で、何日も局に泊まり込んでいるのでは? あとはこちらでやっておきますから、皆さんお家に帰ってください」
局長の命令に、主任も新人達も目を丸くして驚いた。
「で、ですがそんな……!」
「もちろん主任も、ですよ。はい、帰って帰って。お疲れ様でした~」
戸惑う部下達の背をぐいぐいと押すその姿に、あちこちから聞かれるのは賛辞の声。
「やっぱり局長、優し過ぎる……」
「マジで神だよな。他の部署の奴に羨ましがられるもん」
「魔対の仕事って超ハードなのに、離職率が低いのは局長のお陰だよね」
そう、俺達の局長は、優しい。どんな時も、誰に対しても。
「フレンも、よくぞ相談者さんを守ってくれました」
部下達を笑顔で送り出してから、局長は俺にも声を掛けに来てくれた。
「いえ、俺は何も。あの火の玉を片手一つでかき消すとは、さすが局長です」
剣をおさめてから、頭を下げる。すると局長はにっこりと笑って。
「あの凶悪犯を前に、迷わず罪なき一般人を背にかくまった。その心意気を褒めています」
身の回りの、誰をも取りこぼさず、思い遣る。気遣う。労う。
本当にできた人なのだ。
「……おそれいります」
再び軽く頭を下げた俺に微笑んでから……局長は、背後で震えている相談者へ声をかけた。
「お怪我はありませんか?」
「け、怪我はないけど……っ、あんなやばい奴逃がすなんて、どうなってんのよ! マジであんたら税金泥棒!」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。局長として責任を感じております」
「きょくちょー? って事は、あんたがクロエ・ブランシェ!? 男とやりまくって、魔力を奪いまくったって噂の、最強の魔法使い!?」
相談者の女は、あのいかがわしい噂について大声でつつき始めた。暴言を吐かれても尚、局長が丁寧に応じているのを良い事に。さすがにイラっとして、一歩踏み出すが……局長は静かに手を出し、止める。
「はい。私がクロエ・ブランシェです。もしよろしければ、困り事の対応は私にお任せいただけませんか? せっかくご相談にいらして下さったのに、怖い思いをさせてしまったお詫びも兼て……精一杯、務めさせて頂きます」
「え……っ」
『局長って一番エライ人だよね? そんな人が捜査してくれんの? これラッキーじゃね?』と、相談女性の頭上に、思考のふきだしが見えた気がした。
「ま、まぁ……そこまで言うなら、あたしは別にいいけど……」
「ありがとうございます。では改めて、詳しいお話しをお聞かせ下さい。ここは散らかってしまったので……別室にお通ししますね。私はその間に必要な資料を用意しておきますので……すみません、こちらの方を応接室にお通ししておいてください」
局長に声を掛けられた近くの局員は『承知しました』と頭を下げ、相談者を連れて局を出て行った。
「……あんな失礼な奴を、局長御自ら対応ですか?」
「思わず乱暴な物言いをしてしまうくらい、怖かったんだと思いますよ。私には、アフターケアをする義務があります」
無礼者の一般人に対しても、この寛容さ。思わず、ため息を吐いてしまう。そんな補佐役を見て、局長は何を勘違いしたのか『ごめんなさい』と謝って。
「私が勝手に新しい予定を入れたら、スケジュール管理をしているフレンはたまったものじゃありませんよね」
「や、そ……大丈夫です。なんとかします」
慌ててタブレットを取り出す俺に、局長はにっこり。
「ああでも……午後イチは作戦会議が入ってますね。明日若手のフォローに入る突入現場の……なので、また昼休みを削るしか……」
「私は構いません。会議は一人で大丈夫ですし、フレンはその間に休憩を取ってください」
「いえ。同席します。それより……こんな働き方をしていると、そのうち倒れてしまいますよ」
眉間に皺を寄せつつ、タブレットのカバーを閉じる。そんな俺に、局長はいたずらっぽく笑った。
「現に倒れていないでしょう? あなたが入局して5年、補佐役になって1年になりますが……私が倒れた所、見た事あります?」
無い。だから言い返せない。
被害者の為、部下の為、身を削って働いて……それでも疲弊している背中を見せて、頼もしさを損なったりはしない。
強さの後ろに、横柄さや傲慢さを背負ったりはしない。
忙しさの中に、思い遣りを忘れてきたりはしない。
本当に本当に、非の打ちどころのない人格者なのだ。
でも俺は……この人が、時々怖い。
「……局長、さっき相談者につつかれた、いかがわしい噂についてですが。今後の為にも、きちんと否定した方がいいと思います」
「私は気にしません。ある程度の立場になれば、いかがわしい噂の一つや二つ、立つものです」
「ですが」
「それに……」
足を止め、俺の方を振り返って……にっこりと笑う、我が上司。
「そんな噂、デタラメだって……あなたは知っているでしょう? それで十分です」
穏やかであたたかで柔らかで……けれど、強くて堅くて……蠱惑的な、微笑み。
「……まぁ、そうですけど」
この笑みに、俺はとらわれてしまっているんだ。初めて会った時から、ずっと。
その魔力の特性は、千差万別、人それぞれ。
攻防に特化した魔力特性を持つ者。
音楽や美術、芸術表現に特化した魔力特性を持つ者。
医療、建築、農業畜産……並べ出すときりがない。魔法使いの数だけ魔力特性があり、仕事がある。
魔力は個性。しかしながら、それら全ては平等に扱われない。
現実社会が最も重要視しているのは、魔力の量。それにより、魔法使いは三つの階級に分類される。
最も魔力量の少ない階級……下級魔法使いは、全人口の約30%。
その魔力強度を火力に例えるとしたら、ライター。
それが有効に活用出来る範囲は狭く、強度は弱く、成果もごくわずかなもの。
中級魔法使いは、全人口の約60%。
彼らは火力でいうところの、火炎放射器。
強い威力かつ、広範囲、高性能の魔法を発動させる事が出来る。
上級魔法使いは、全人口のわずか10%しか存在しない。
彼らは、爆弾。もはや、下級中級と同じ『火力』と表してよいものか悩ましい程の破壊力と、神技レベルの精度をあわせ持つ。
魔力量が多い程、発現する魔法の質は高く、威力は強い。魔力はいわば、その人間の能力そのもの。
生まれ持った魔力量の多い魔法使いは、尊重され優遇され、地位や名誉や財産を得やすい。
つまり、魔力の量が人一人の人生を決めてしまうのだ。
……というのが、両親から繰り返し言い聞かせてこられたこと。
上級魔法使いである両親が、そうじゃない人間を見下す為の高慢な教えだと思っていたが……社会に出てみれば、意外なほどにその通りだった。この国の魔力格差は、根深い。
それゆえ……魔力を他者から『略奪』する者は、後を絶たない。
そんな略奪犯罪を取り締まるのが、魔法警察庁・魔力略奪対策局……通称『魔対』の役目。
そして今日もまた、魔対には魔力を奪われた被害者が救いを求めてやってくる……
「この男を今すぐ逮捕して! あたしから魔力を奪った犯人です!」
若い男性の写真が写ったスマホを突き出しながら、声を荒げる女性。相談窓口のカウンターごしでも、朝っぱらからこの金切声は、キツイ。
けれど、研修中の新人達に代わり、相談窓口に立つ事。それが、上司から命じられた俺の役目だ。
「魔力略奪被害のご相談ですね。この男性が加害者かもしれないと……略奪の手段は、呪いと交わりのどちらか、検討はついていますか?」
「交わりに決まってんでしょ! あいつとやった後、あたし倒れたのよ!?」
若い女性が大声で何という事を……なんて、怪訝な視線を浴びせる人間は、この職場にはいない。
人から魔力を奪う手段は、呪うか交わるか。ちなみに、略奪犯罪の九割以上が後者。だから、どうしたってこの仕事では、男女のそういう関係を扱う事が多い訳で。
「なるほど。それで略奪を疑ったわけですね。確かに、魔力は生命力や活力と直結していますから、減少すると様々な不調が現れます。一定量を奪われれば命を落とす事もあ」
「んな常識、わざわざ説明されなくてもわかるわよ! さっさとあいつを捕まえて! そうしたら、とられた魔力を取り戻せるんでしょ?」
カウンターを手のひらで叩き、青筋を立てる女性。
アポなしで朝一やってきて、詳細な説明もせずに喚き散らす……常識が無い奴に常識を語られると、つい、イラッとしてしまう。俺もまだまだ修行不足だ。
なんて自省しながら、引き出しから取り出した資料を女性に差し出した。
「落ち着いて下さい。まずは医療機関へ。こちらが魔力専門科がある病院の一覧です。検査をすれば実際に魔力量が減っているかどうかわかりますし、視診で呪われた証である呪印の有無も確認できます」
「だぁから~! んな事しなくても、あいつに取られたのは間違いないって言ってんの!」
女性は苛立った様子で俺を睨むけれど、引けない。これは融通の利かせようが無い決まりだ。
「魔力量が減少している事を証明できない限り、被害届は出せません。届を受理した後、我々が捜査を行い、逮捕し、裁判で有罪が確定した後に、専門機関での魔力返還処置を受ける事が出来るんです」
「ゴール遠! もっとちゃちゃっと返してよ! あたしはネイリストなの! 魔力を使って、凝ったデザインも短時間で仕上げる! それが私の魔力特性! 魔力を返してもらわないと仕事にならないのよ!」
「お気持ちはわかります。ですが」
「わかってない! あんた、ネイリストナメてるでしょ! そんな仕事出来なくなっても困る奴なんていね~よ、とか思ってるんでしょ!」
「いえ、そん」
「ああもう! これだからエリートの上級魔法使いは嫌なのよ! あたしら下級魔法使いを見下して! 下級なんて元々大した魔力持ってないんだから、ちょっと取られた程度でギャーギャー騒ぐなっていいたいんでしょ! その顔みりゃわかるわよ!」
ああ。いかん。俺は努めて冷静に対応しているだけなのに……偉そうとか、冷たいとか、見下してるとか言われがち。そういう顔面なのだ。
「そんな事、思っていません。とにかく、倒れた原因が他にあったらいけませんし、まずは病院へ」
「うおおおお!」
広いオフィス内に響く、叫び声。
反射的に声のした方へ視線をやると……禍々しいまでの魔力を纏った大男が、暴れていて。
「ひっ!? なにあの人!?」
「ああ、先日逮捕した魔力略奪犯ですね。女性を強姦して魔力を奪いまくり、上級魔法使いレベルの量の魔力を手に入れた……取り調べ室から逃げ出したんでしょうか」
「え!? やば!! てかこんなやばい状況なのに、なんであんたそんなに落ち着いてられんの!? あんたもやば!」
非常識な上に失礼な女だ。なんて、心に青筋を立てている場合ではない。
男を制圧しようと、次々と向かっていく局員達。
捕まってたまるかと必死に抵抗し、攻撃魔法を連発する男。
悲鳴、奇声、怒鳴り声。窓ガラスが割れ、壁にヒビが入り、机や書類が吹き飛び……局内はカオス状態。
「きゃああ!? ちょ、これホントにやばいやつじゃん!」
パニックになって一層声を張り上げる相談者を背にかくまい、左手に力を込める。するとたちまち、漆黒の大剣が現れた。魔力を剣に具現化する。それが俺の魔力特性だから。
「わ!? あんた魔剣士なの!? すご!」
「少し黙って、下がっててください」
俺が暴れる男を睨み、剣を構えたタイミングで……奴の放った巨大な火の玉が、こちらに飛んできた。
「ひぃああああああああ!!」
背後で絶叫する女性相談者。しかし、彼女の恐怖は一瞬でかき消された。迫りくる火の玉とともに。
「もう大丈夫ですよ」
「局長!」
いつの間にやら目の前に立っていたのは、魔力略奪対策局の局長クロエ・ブランシェ。魔法警察庁が誇る最強の魔法使いであり、俺の直属の上司だ。
そして音速で男の元へ移動し、後頚部に手刀を一撃。
男は、声も出さずにその場に倒れ込んで。
「はい、確保お願いします~」
局長が拡声器がわりに口元に手を当ててそう言うと、黒いローブを着た魔力対策局の局員達は、次々と倒れた男に覆いかぶさった。そして、うち、何人かの局員は彼女の元へ駆け寄り、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした、局長! おら! お前らも!」
上司に促され、真っ青な顔が膝につくのではないかという位、首を垂れる新人達。
「どうしても手が離せず……少しの間だけ、と新人達に取り調べを任せてしまったんです。その結果が……」
「いえ。私の方こそすみません。あなたの班は怪我人続きで人手不足だったのに……配慮すべきでしたね」
「そんな……っ! 困った時は相談しろと言われていたのに、お忙しい局長の手を煩わせてはいけないと遠慮をして、お声がけしなかった我々に責任があります!」
「いえいえ。あなたがそういう性格だと知っていたのに、声を掛けなかった私が悪い……ふふ、やめましょうか、責任争奪戦は。とりあえず、怪我人も出なかったわけですし、結果オーライという事で。ほらほら、あなたたちも頭を上げて下さい」
少し身をかがめて、新人達の肩に手を添える局長。彼らは眉尻を情けなく下ろしたまま、ゆっくりと顔を上げて。
「顔色が悪いですね。人手不足で、何日も局に泊まり込んでいるのでは? あとはこちらでやっておきますから、皆さんお家に帰ってください」
局長の命令に、主任も新人達も目を丸くして驚いた。
「で、ですがそんな……!」
「もちろん主任も、ですよ。はい、帰って帰って。お疲れ様でした~」
戸惑う部下達の背をぐいぐいと押すその姿に、あちこちから聞かれるのは賛辞の声。
「やっぱり局長、優し過ぎる……」
「マジで神だよな。他の部署の奴に羨ましがられるもん」
「魔対の仕事って超ハードなのに、離職率が低いのは局長のお陰だよね」
そう、俺達の局長は、優しい。どんな時も、誰に対しても。
「フレンも、よくぞ相談者さんを守ってくれました」
部下達を笑顔で送り出してから、局長は俺にも声を掛けに来てくれた。
「いえ、俺は何も。あの火の玉を片手一つでかき消すとは、さすが局長です」
剣をおさめてから、頭を下げる。すると局長はにっこりと笑って。
「あの凶悪犯を前に、迷わず罪なき一般人を背にかくまった。その心意気を褒めています」
身の回りの、誰をも取りこぼさず、思い遣る。気遣う。労う。
本当にできた人なのだ。
「……おそれいります」
再び軽く頭を下げた俺に微笑んでから……局長は、背後で震えている相談者へ声をかけた。
「お怪我はありませんか?」
「け、怪我はないけど……っ、あんなやばい奴逃がすなんて、どうなってんのよ! マジであんたら税金泥棒!」
「ご心配をお掛けして申し訳ありません。局長として責任を感じております」
「きょくちょー? って事は、あんたがクロエ・ブランシェ!? 男とやりまくって、魔力を奪いまくったって噂の、最強の魔法使い!?」
相談者の女は、あのいかがわしい噂について大声でつつき始めた。暴言を吐かれても尚、局長が丁寧に応じているのを良い事に。さすがにイラっとして、一歩踏み出すが……局長は静かに手を出し、止める。
「はい。私がクロエ・ブランシェです。もしよろしければ、困り事の対応は私にお任せいただけませんか? せっかくご相談にいらして下さったのに、怖い思いをさせてしまったお詫びも兼て……精一杯、務めさせて頂きます」
「え……っ」
『局長って一番エライ人だよね? そんな人が捜査してくれんの? これラッキーじゃね?』と、相談女性の頭上に、思考のふきだしが見えた気がした。
「ま、まぁ……そこまで言うなら、あたしは別にいいけど……」
「ありがとうございます。では改めて、詳しいお話しをお聞かせ下さい。ここは散らかってしまったので……別室にお通ししますね。私はその間に必要な資料を用意しておきますので……すみません、こちらの方を応接室にお通ししておいてください」
局長に声を掛けられた近くの局員は『承知しました』と頭を下げ、相談者を連れて局を出て行った。
「……あんな失礼な奴を、局長御自ら対応ですか?」
「思わず乱暴な物言いをしてしまうくらい、怖かったんだと思いますよ。私には、アフターケアをする義務があります」
無礼者の一般人に対しても、この寛容さ。思わず、ため息を吐いてしまう。そんな補佐役を見て、局長は何を勘違いしたのか『ごめんなさい』と謝って。
「私が勝手に新しい予定を入れたら、スケジュール管理をしているフレンはたまったものじゃありませんよね」
「や、そ……大丈夫です。なんとかします」
慌ててタブレットを取り出す俺に、局長はにっこり。
「ああでも……午後イチは作戦会議が入ってますね。明日若手のフォローに入る突入現場の……なので、また昼休みを削るしか……」
「私は構いません。会議は一人で大丈夫ですし、フレンはその間に休憩を取ってください」
「いえ。同席します。それより……こんな働き方をしていると、そのうち倒れてしまいますよ」
眉間に皺を寄せつつ、タブレットのカバーを閉じる。そんな俺に、局長はいたずらっぽく笑った。
「現に倒れていないでしょう? あなたが入局して5年、補佐役になって1年になりますが……私が倒れた所、見た事あります?」
無い。だから言い返せない。
被害者の為、部下の為、身を削って働いて……それでも疲弊している背中を見せて、頼もしさを損なったりはしない。
強さの後ろに、横柄さや傲慢さを背負ったりはしない。
忙しさの中に、思い遣りを忘れてきたりはしない。
本当に本当に、非の打ちどころのない人格者なのだ。
でも俺は……この人が、時々怖い。
「……局長、さっき相談者につつかれた、いかがわしい噂についてですが。今後の為にも、きちんと否定した方がいいと思います」
「私は気にしません。ある程度の立場になれば、いかがわしい噂の一つや二つ、立つものです」
「ですが」
「それに……」
足を止め、俺の方を振り返って……にっこりと笑う、我が上司。
「そんな噂、デタラメだって……あなたは知っているでしょう? それで十分です」
穏やかであたたかで柔らかで……けれど、強くて堅くて……蠱惑的な、微笑み。
「……まぁ、そうですけど」
この笑みに、俺はとらわれてしまっているんだ。初めて会った時から、ずっと。
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