その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 局長と初めて交わったのは、半年前の事。

 あの夜……俺達は仕事の後に、飲みに行った。
 互いに、あまり喋らなかった。互いに、心が擦り減っていた。を亡くしたばかりだったから。

 俺にとっては同期の桜。局長にとっては大切な部下。

 あの頃……俺は悲しみと苦しみで、精神がただれて、食欲も無くなって。頭痛や眩暈にも悩まされて。
 けれど、自分の事以上に、局長が心配だった。

 だから、誘ったんだ。二人きりで酒を飲むなんて、初めてだったけど。

 『局長……?』

 突然、局長の瞳から一滴の涙がこぼれた。

 俺は驚いた。泣いているのを見るのも、その時が初めてだったから。
 と同時に、局長の心の傷の深さを痛感して……思わず、抱きしめてしまったのだ。

 そして、酒の力にエールを送られ……致してしまった。

 以来……関係が続いている。交際に発展するでもなく、週に1回、交わるだけの関係が。



 「そういや……初めての時も、首筋を執拗にせめられたな……」

 「へ? 何をせめられたんすか?」

 背後から突然掛けられた、聞き慣れない声。思わず、肩をびくつかせてしまう。

 「おま……っ、いきなり話しかけるんじゃねぇよ」

 「え、あ、さーせん」

 「フレン先輩がブツブツ言ってるから……私達に言ってんのかな~って」

 振り返ると、そこにいたのは今年入局2年目の後輩2名。といっても、大勢の局員が集まる魔対において、殆ど話した事も無い若者達。

 思わず睨みつけてしまったが、今のは俺が悪い。
 緊張感高まる現場で、ピンクなアレコレを想い出しながら、胸鎖乳突筋を撫でるなんて。

 俺達は今、容疑者のアジトに突入しようとしている。
 町の外れに佇む、いかにも怪しげな古いビルの3階。そこに、グループで女性を襲っては魔力略奪を繰り返していた容疑者3名が潜んでいるという情報を得て。

 「つーか、もう突入していいっすかね?」

 「私、今回の作戦が楽しみ過ぎて寝れなかったんですっ」

 「ダメに決まってんだろ。突入は11時ぴったりだ」

 怪訝そうな顔をする俺に、名も知らぬ後輩は瞳を輝かせる。

 「だって! 初めて俺ら若手だけで実戦に挑むんすよ? やっぱ、魔対に入ったからには実戦っしょ! 非道な容疑者をボッコボコにして、ガッツリ逮捕しないと!」

 ああ、若い。若すぎる。甘すぎる。気持ちはわからないでもないが。

 「突入は、んな浮かれるような仕事じゃねぇぞ。いきなり警察が来たら、相手も必死になるから」

 「わかってますよぉ! でも、必死になった所で雑魚は雑魚です! 調べた所、連中は皆、下級魔法使いですし」

 「だから……元々は下級だろうけど、被害女性達の魔力残量の検査結果から推測するに、奴らは中級程度には強化されてる。侮ると痛い目みるぞ。って、昨日の会議でも言ったよな?」

 「でも、俺は上級魔法使いですし、学生の頃は魔剣技大会で全国行った事もあるんすよ? どっちにしろ楽勝だと思います! って、俺も昨日説明しましたよね? へへ」

 ダメだこりゃ。
 典型的なエリート脳。上級魔法使いの自分は、国士無双だと思込んでいる。
 新人の頃の自分を見ているようで、妙に居心地が悪い。

 「その余裕が、30分後も残ってるといいな……」

 「大丈夫っすよぉ~! 局長だってそう思ったから、作戦計画書にOKサイン書いてくれたんでしょう?」

 「うふふ。30分後には全員連行し終わって、キャラメルラテ飲みながら報告書書いてると思いますっ」

 こいつらの側頭部から飛び出している音符マークを、マイ剣で叩き落としたい。
 なぜ局長が、昨日の会議でゴーを出したのか、知りもしないで。

 「お、3分切った。フレン先輩、剣出しておかなくていいんすか? 先輩って魔剣士なんですよね?」

 「剣を出すのは突入してからだ。少しでも、魔力の気配を連中に察せられたら終わりだからな。つーかお前、さっきから声がでけぇよ。このドアの向こうには容疑者達がい」

 「かっこいいですよねぇ! 魔剣士って攻撃特性のある魔法使いの中でも花形じゃないですかぁ? うちのチームにも一人いるんすけどっ。今、非常口側の出入口で待機してるメガネの」

 ドン!!!

 女性若手局員の言葉を遮るように響いたのは、爆発音。
 と同時に、俺達が待機していた出入口のドアが吹き飛ぶ。

 「きゃああああ!?」「うわああ!?」

 間一髪の所で、若手二人を突き飛ばして回避できたけれど。

 「なん……なん!?」

 口をパクパクさせて唖然とする若手の目の前に、部屋の中から飛び出してきた容疑者の一人が襲い掛かった。

 「捕まってたまるかぁあああ!」

 「わあああああああ! ちょ! まっ!」

 鬼気迫る顔で、斧を振り回す容疑者に、若手男子は完全にパニック状態。

 「バカ! 剣! さっさと出せ!」

 「きゃあああ!!! フレン先輩! もう一人来ましたぁ!」

 室内から飛び出してきた別の容疑者を見て、俺の背後に身を隠す若手女子。

 「お前はお姫様か! 隠れるな! 応戦しろ!」

 と、叱咤している間に自分の剣を取り出し、向かってくる男を迎え撃つ。

 「くたばれ! クソ警察!」

 相手の剣は、鉄パイプ。俺の剣にはじかれ、カン高い金属音が響く。
 俺一人なら苦も無く制圧できる相手とみた。しかし……

 「ひ! ひ! 助け……!」

 「いやああ! フレン先輩!」
 
 半べそをかきながら斧男の攻撃をギリギリの所でかわす後輩男子と、俺の背中にしがみついて動きを妨げる後輩女子。これは、やっかい。

 「お前ら落ち着け! 落ち着いてまず剣を出せ!」

 と言いながらも、俺はわかっていた。彼らは落ち着けないし、剣も出せない。
 いくら魔法警察庁に入れるのは中級以上の魔法使いだけ。そして魔対に入れるのは、上級魔法使いだけ。とはいえ……実戦経験の乏しい彼らは不測の事態に弱い。この作戦は失敗する。はじめからわかっていたのだ。俺も、局長も。

 しかし……これは、想定していた以上にヒドイ。

 「やめて! フレン先輩動かないで! 私を一人にしないで!」

 「わかったから放せ!」

 鉄パイプの乱打を受け続ける俺のローブを、あっちにこっちに引っ張る後輩女子。役に立たないどころか、邪魔をしてくる。お前のキャラメルラテがカフェで泣いてるぞ。
 今まで幾度となく助けられた、防御魔法のかかった警察庁支給の長いローブに……こんな形で足を引っ張られる日がこようとは。

 「うわうわうわうわ! やばいぃいいい!」

 腰を抜かし、倒れ込む後輩男子。彼に向かって斧を振り上げる容疑者。
 助けに向かわなければ。しかし鉄パイプとのつばぜり合いに、かたが付かない。テンパる後輩女子にマリオネットのように操られ、力を込めるのが難しくて。

 シンプルに言って、ピンチ。

 そんな時に現れるのは……やはりあの、最強魔剣士なのだ。

 「がっ……!」

 短い断末魔の悲鳴。その場に倒れ込む斧男。

 「大丈夫ですか?」

 その傍らには、いつも通りの穏やかな笑顔を携えた、局長。

 「きょ……局……っ」

 局長は尻もちをついて震える後輩男子の腕を引いて起こした後、俺のローブを引っ張る女子ににっこりと微笑みかけて。

 「手を離してあげてください? 大丈夫、フレン先輩なら、一瞬でかたをつけます」

 「は……はい……っ」

 お荷物になっていた背中の引力が消え……俺は鉄パイプを勢いよくはじき返し、切った。
 かぐや姫でも出て来そうな切り口になった自らの剣を見て、容疑者の男も観念したよう。ヘナヘナとその場に座り込んで。

 「ありがとうございます、局長。ですが、もう一人中に……」

 「安心して下さい。もう、済み、です」

 そう笑う局長に促され、破壊された出入口から覗いてみると……室内には、震えあがる若手局員3名と、床に突っ伏す男が1名。

 「す、すみませ……っ! ぼ、僕、魔剣を出すのに結構集中力が必要で……っ。だから突入前に出しておきたいなと思って……っ」

 青い顔で謝罪する若手。その情けない角度にずり落ちたメガネを見て、合点がいった。

 もう一つの、非常階段側の出入口で待機していた、局長と若手二人。
 そのうちの一人……メガネのこいつが剣を出したせいで、その魔力を室内の容疑者達に察知されたのだ。

 局長がいなければ、きっと全員無事では済まなかった。
 逆に言えば局長がいたからこそ、全員無事なまま、危険な経験が出来たのだ。

 大きな損失を出さずに、大きな失敗をさせ、ナメ腐った若手に思い知らせる。
 これをやりたい上司や先輩は、この世界にどれほどいるだろう。
 現実には、損失をだすわけにはいかないから、失敗をしないようフォローにまわってしまう。その結果、若手の傲りや怠慢は改善されない。

 けれど、局長には出来てしまうのだ。
 どんな窮地からでも、一瞬で、確実に部下を救える最強魔剣士には。

 「大丈夫です。失敗は成功のもと。皆さん、怪我が無くてなによりでした」

 叱咤するでも説教するでもない上司の笑顔に、若手達は泣いた。泣いて、局長に抱きついた。

 その姿を、俺は奥歯をかみしめながら見ていた。
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