その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「……なんか……最後のあれって、どういう意味だったんですかね。局長はどう思いますか?」

 「んー……観る人の数だけ答えがある……みたいな感じじゃないですか?」

 「や、でも、序盤で出て来たスマホのメッセージが伏線になってるんだとしたら、答えは一つで」
 
 「やめましょう。映画の考察は疲れます。私はもっと……ただ席に座って笑ってたら終わってた、みたいな、ライトなやつを見たかったです」

 俺は真剣に話しているのに……しかもこの映画は局長も納得の上でチョイスしたものだったのに。うんざりしたようにため息を吐く局長に少し、イラッとしてしまう。

 「局長。いい事を教えてあげます。どれにしようか? の場面で、何でもいいって言った人は、その時点で後から文句を言う権利を失うんですよ」

 「私もフレンにいい事を教えてあげます。人が映画を観る理由は二つしかありません。その映画が好きか、一緒に観に行く相手の事が好きか。の、どちらかです。そんな事も気付けないようじゃ、発展のチャンスを棒に振りますよ」

 上目遣いの反撃に、思わずハートを射抜かれてしまう。

 「……、ありがとうございます」

 「ふふ、いえいえ。これで魔力が貰えるなら、安いものです」

 言いながら、少々頬に熱が集まってきているのを感じる。これを、照れと言うべきか、恥と言うべきか……自分でもよくわからない。

 魔力を貢いでる男と、その男を甘い言葉のお手当で転がす女……その関係性は、俺達の中でネタのように軽く扱われるようになっていた。
 ルークを想い続ける彼女を見舞った、あの日から。



 「寒く……ないですか?」

 「大丈夫です……ん……フレン……」

 「いきなり大量に奪われて、ぶっ倒れてもアレなんで……少しずつ、で、お願いします」

 「わかってます……」

 
 目的を受け入れ、合意の上での事だから、不安も無い。猜疑心も無い。
 首筋……胸鎖乳突筋に繰り返しすり寄られても、虚しくなくなった。前は、この人が一方的に欲望を満たす為の行為に思えていたけれど。
 今、触れるたび、触れられるたびに広がるのは、心地よい熱だけ。

 局長との時間は以前よりずっと、心安らぐものになったのだ。



 「今日は? 泊まって行きますか?」

 「ん~……フルーツ、何かありますか?」

 「イチゴを買っておきました。桐箱に入ってる、お高いやつ。朝食にどうぞ」

 「泊まります」


 休日の昼間にデートをして、一緒に帰宅して、朝まで過ごす……。
 そんな、普通のカップルのような日々は、俺の幸福度を確実に底上げして。



 「で……思ったんだけど。魔力を奪われても、意外と盗られた、減った、っていう感覚がないものなんだな」

 「……へぇ~」

 「だから、気が付いた時にはもう……っていう被害者が多いのも無理ないなって、身をもって納得できたっつーか」

 「ふ~ん……」

 「一時は、ふらつきとか呼吸苦とかがあって、不安だったんだけど……今はすこぶる調子がいいし、あれは魔力とは無関係だったのかもしれない」

 「そっか~、そりゃあよかった~…………なんて言うと思うかアホがっ!」

 久々にしっかりとれた、昼休憩。

 庁内の食堂で昼食をとりながら……ニコニコ笑顔で俺の話を傾聴していたレイラだったが。我慢の限界と言わんばかりにその表情は急変。ドスのきいた声で、怒り始めた。

 「マジかマジかフレン? ルークが実は生きてた、それはいい。私もソコ疑ってたし。でも、あいつが局長の魔力まで奪って、あんたがそれを補填する為にいかがわしい関係を継続する事にした……って、なんじゃそりゃ!」

 「いいんだよ。もう……覚悟は決めた」

 そう。いいんだ。もうレイラに何を言われようと、揺らがない。親身になってくれる同期に、少し、胸が痛むけれど。
 ただ……それより何より気になる事が一つ。

 「いやいやいやいやよくないっしょ! レイラから聞いたぜ!? お前、すでにまぁまぁな量取られてんだろ!?  マジ死ぬぞ!? この歳で同期の葬式出るとか、勘弁してくれよ~!」

 レイラの隣でカレーうどんをすすりながらわめく……チャラ男同期を睨みつける。

 「とりあえずどうしてカイがここにいて、全部知ってる風なのか、説明しろよレイラ」

 「だって、私一人じゃ抱えきれないもん! だからこの前パール・シティーの帰りにシェアしちゃった」

 「いや、シェアって……」

 「いいじゃん同期だもん! ルークの事も、局長の事も、フレンの事も! 三人寄れば文殊の知恵!」

 頭の回転が早い自分を過信せず、キャパオーバーを素直に認めるあたり、レイラらしい。が、今は賛辞を贈る気分にはなれない。

 「だとしても、人のデリケートゾーンを……せめて、カイに話していいか、事前に俺に聞くとか」

 「だーいじょーぶ! 事前確認とかいらんて! フレンが局長を愛しちゃってんのはバレバレだったし!」

 「おま、声でか、だから嫌だって言っ」

 「でも、てっきりこじらせ片思いだと思ってたから、ちゃっかり一線超えちゃってるのにはビビったけどさ~。あの鬼モテ局長をどうやって落としたのよ?」

 心配と冷やかしの両刀使いに、疲れる。だからこいつの剣は双頭の刃なのか……。
 この場の空気を軽くしてくれている事は、ありがたいが。

 「いや、落としたっていうアレじゃ……局長がルークの事で落ち込んでた時、飲みに誘ったんだよ。その時に、流れで………」

 「あ~なるほど! 弱ってるところにつけ込んだ系ね! お前も案外悪い男だな~」

 「るせぇな。俺はただ、少しでも気が紛れればと思って」

 「ん~、でもなんか、腑に落ちないんだよね……」

 俺とカイのやり取りをシカトして、ペペロンチーノのベーコンが刺さったフォークで、カチャカチャと皿を小突くレイラ。

 「腑に落ちないって何が……つーかそれ、よせよ。行儀悪いぞ」

 「はは! 行儀だってさ! さすが、いかがわしい噂の当事者とはいえ、大貴族の御坊ちゃまは違うね~」

 「そう! それなのよ!」

 今度は、そのフォークをビシリとカイの方に向ける。これもまた、マナー違反。だが、それ以上に気になるのは、『それ』が、なんなのか。

 「なに? 何が言いたいんだよ?」

 「ティリアンのキャンベル家も力はあるけど、昔ながらの名家っつったらやっぱフレンのカーティス家でしょ? 庁内にも、カーティスに頭が上がらないお偉いさんがごまんといる! そんな家の大事な大事な跡取り息子に、局長が手ぇ出すと思う? いくらメンタル弱ってたからって?」

 ……言われてみれば、確かに。実家の力を過信するようで、恥ずかしいけど。
 幼い頃に警察に入り、庁内政治にも理解の深い局長にしては、浅はかな行為と言わざるを得ない。

 「いや~? いくら局長でも所詮は、人間だもの。だろ? 恋人だと思ってたルークが犯罪者になるわ、自分の魔力奪って逃亡するわじゃ、他の男に慰めて欲しくなる気持ちもわかりみ~」

 「私はまずそこから引っかかってんのよ! 局長がルークをって、そんなんあり得る? あいつは確かに優しいけど、弱くて、情けない系の優しさに、女は惹かれないと思うのよ。特に局長みたいに強い女は」

 レイラの言い分はわかるけれど、俺はどちらかというとカイに賛同。好みは人それぞれだし、それに……

 「局長は確かにルークを好きだったんだよ。レイラだってずっと局長を見てたんだから、気付いてただろ? あの人の視線の先には、いつもルークがいた。それに、少し前に局長の顔色が悪かった件とか、パール・シティーで店に突入する時に、剣を出せなかった事からも、魔力を奪われたのは明らかで」

 「なめんじゃねぇ。局長がルークをガン見してたこと位、勿論、気づいてたわよ。だからこそ、信じられないって言ってんの。局長がルークを見るあの目は……惚れた男への熱視線なんかじゃない。あれはもっと……こう……」

 「あ、あれじゃね? ルークが魔力量偽装してたかもな件で、局長はティリアンと、やつをマークしてたって言ってたじゃん? 熱視線の正体、それじゃね?」

 パチン、と、気持ちの良い音を指ではじくカイだけれど……残念ながら、心まではすっきりしない。

 「ちょっと待て……俺が局長の視線に気付いたのは入局直後からだぞ? 二人がルークをマークしてたのって、いつからだって言ってた?」

 「はっきりと……いつとは言ってなかった気がする。でも、ティリアンは自分が監査に入る事が決まってたから一緒に調査をしてたって……」

 「それおかしいな? 入局直後に、ティリアンの監査行きが決まってたわけないよな? え? 時系列おかしくね?」
 
 お互いの顔を見たまま。沈黙。
 胸がざわつく。どうやら謎はまだ、ありそうだ。

 けれど、今の俺たち三人に、それを解くことは出来なさそう。それがわかっているから……これ以上論じる事が出来なくて。

 「三人寄れば……じゃなかったのかよ」

 「フレンはネガティブねぇ……三人寄ったから、わからない事がある。という事がわかったんじゃない」

 「そ~そ~! これからも力を合わせて文殊の知恵っちゃおうぜぇ~? じゃ、そんなわけで……さっそく協力してほしい案件あるんだよね~ん」

 不穏な空気に構う事なく、先人の教えが詰まったことわざを、チャラくアレンジしたカイは、何やらスマホの操作をはじめて。
 直後、俺とレイラのスマホの着信音が鳴った。

 「はい完了~。今、ハチロクグループに新居の住所送ったからさ! 今度の日曜、遊びに来てちょ~。あ、フレンは局長連れて、な!」

 「え~? 新居祝いってこと? てか、いつの間に引っ越したわけ?」

 何の脈絡もない、そして場の空気に反した、呑気な誘い。新居祝いが、文殊の知恵の協力と、どう繋がるのか?
 そんな疑問を解消する気の無いらしいカイは、チャラい笑顔で話を続けて。

 「遅ればせながらさ、局長とハチロクメンバーに紹介したいんだよね~! うちの奥さん」

 「…………ん?」

 『奥さん』

 予想だにしていなかった単語の出現に、俺の思考は一瞬止まった。
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