その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「タクシーじゃなくて、大丈夫ですか」

 「聞こえませんか? 私のお財布から、悲鳴があがっています」

 病院の正面玄関を出て、正門までつづく広い通路をトボトボと歩きながら……局長が、笑う。

 そりゃあ、ここまで来るのにまぁまぁな金額がかかったけれど……じゃあ俺が払いますという申し出を断っておいて、悲鳴もなにもないだろう。

 でも……よかった。そんな冗談を言える程度には、回復したのだろうか。

 「財布の悲鳴は聞こえませんが、口座の悲鳴は聞こえます。……さっき渡していた小切手の金額……局長個人の口座から支払われるんですよね」

 「あら……。名義人の欄、見えちゃいましたか」

 見えちゃったというよりは、故意に見に行ったのだ。
 さすがにそこまでは……と、思っていたけど。予感は的中。

 「まさかとは思いますが……こういう事をするのは初めてじゃないんですか? だから、タクシー代をケチっている……?」

 「初めてですよ。……って言っても、信じないくせに。ふふ」

 いたずらっぽい、笑み。決して、笑える金額じゃないのに。

 「いいじゃないですか。私が私のお金をどう使おうと。幸か不幸か、お金には力があります。やさしい言葉をかけるより、汗を流して捜査するよりも、大きな救いになる事が多いんです」

 「だからって……いくら局長が高給取りでも、あんなことを繰り返していたら」

 「いいんですよ。また、一生懸命働けばいいだけの話ですから」

 軽い……。
 けれど、たやすくそんな事を言えるこの人の心には……重く、固く、強い信念があるのだ。

 「……そこまでするのは……彼女の言葉に、心を打たれたから……ですか?」

 「……バカだって思います。絶対後悔するって、思います。でもやっぱり……そこまで誰かを愛せるって……尊いじゃないですか」

 冷たい風に弄ばれる髪を抑えながら、遠い目をする局長。
 その視線の先にいるのは、誰なのか。

 「局長も同じようにルークを愛したから……わかるんですか? 愛して、魔力を奪われて……それでも……愛してる……?」

 傷に触れる事を恐れずに、尋ねる。
 痛みを伴っても、俺はこの人の全部を知りたい。受け止めたい。

 局長は悲しそうに微笑んだ後、小さな手で俺の頬を撫でて……キスをした。

 「私が愛しているのは、フレンです」

 予想だにしていなかった展開と、言葉。
 一瞬、呼吸が止まって……間抜けなキョトン顔を浮かべてしまう。

 「……えーと……そう言えば、俺が魔力を貢ぐだろうと思ってます?」

 「ああ、さすがにバレバレですよね。ふふ」

 久しぶりに見た気がする。俺を転がすモードの、蠱惑的な笑顔。胸の奥が熱くなる。

 離れて歩き始める局長の手を、俺はしっかりとつかんだ。

 「いいですよ。いくらでも奪ってもらって」

 「はい?」

 局長のまつ毛が、かすかに震えた。そこから、今度は局長がキョトン顔。
 俺の場合は大層な間抜け面だったろうけれど……この人に関しては、どんな顔でも愛おしい。だから、決めたんだ。

 「局長が仕事をする為に……誰かの役に立つ為に魔力が必要なら、俺のをあげます」

 「……フレン」

 この人の為なら……魔力なんて、おしくない。

 その気持ちが、今の俺にはわかるから。

 「ついでに……魔力だけじゃなく金も貢ぎますから、タクシーで帰りません? また倒れられたら、心配で身がもちません。確か、反対側の出口にタクシー乗り場が……」

 踵を返そうとする俺を、局長が止める。俺の腕に、しがみつくようにして。

 「あ……っ、やっぱりしんどいですか? じゃあかついでタクシー乗り場まで行きましょう。おんぶと横抱きと、どっちがいい」

 「歩いて、帰りたいです。フレンと……こうしながら……」

 思いがけず、甘すぎるご意向。

 跳ね上がる心を抑えつけて、冷静に思考を巡らせる。

 「魔力の財源にアメを下さるのはありがたいんですが……ちょっとリスキーじゃないですか。警察庁からは距離があるとはいえ……誰かに見られたら……」

 「いいんです。もういっそ……いかがわしい噂に、フレンを巻き込みたい気持ちなので」

 それは、どうとらえればいいのか。

 俺は首をひねりながらも、歩き始めた。
 腕に感じる確かな温もりに、静かに満たされている自分を、感じながら。
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