その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「ねえ、知ってます? 10階に引っ越してきたご一家……」

 「もちろん~! ご夫婦ともに、中級魔法使いなんですって? びっくりしちゃったぁ~! よく中級でこのマンションが買えたなって!」

 「私も思ったの~! だから聞いてみたらね、あそこのご主人、お医者さんなんですって!」

 「あらそうなの~? ……ちなみに剣は?」

 「大丈夫! 聴診器らしいわ! 医者によくある平凡なやつ! お宅のご主人の"メス"の方が上よぉ~」

 「ちょっとやだぁ~! そんなつもりで聞いたわけじゃ……うちは上級だし、中級さんと比べるのは何だか申し訳ないし~?」

 「あっ、そうよね~! ごめんなさい~」

 タワマンエレベーター内における、住民同士の会話だ。
 現代版カースト制度。それにとらわれた世界が、本当にあるんだな。なんて思いながら、眺める。
 眺めるといっても、彼女達は同じエレベーター内……俺とカイの目の前にいるのだけれど。
 自分が育って来た世界と似ていて……無意識に、心の距離をとってしまうのだ。

 「うわ~タワマンカーストのマウント合戦……引くわ~。とか、思ってたっしょ」

 15階で彼女達が降りた後、俺を横目に見ながら、カイが言う。

 「……関わりたいとは思わない。でも、引くとか……嫌悪するような気持ちは無い」

 「そか? 意外~。フレンて、あれよりもっとネチネチドロドロのお貴族社会で生きて来たんだろ? てっきり、そーゆーのにうんざりしてるのかと」

 「そりゃ、うんざりはしてるけど……ああいう人達も、きっと大変なんだろ、色々……」

 カイの言う通り、以前の俺なら軽蔑するような眼差しを向けていただろうけど。
 今はなぜか、自然とそう思える。理由は自分でもよくわからないけれど。

 俺の答えが意外だったのか、目を丸くしながら、黙りこむカイ。けれどすぐに、にっこりと笑って。

 「へへっ……初めて会った時は、この世の不幸を一身に背負ったような顔して、俺以外は全員ゴミ! みたいな感じだった、あのカーティス君がねぇ~……」

 「やめろよ。んな事思ってねぇわ。あれはただ……警戒心が強かったっつーか、人見知りっつーか」

 俺はただ、周りの人間は自分と優劣を争う敵でしかないって、ずっとそう言われて育ったから。

 「いいじゃねぇの。今はもう違うんだから。……よかったな。局長の優しさが、うつって」

 その言葉に、思わずハッとする。
 そうか……そうだ。
 堅くて冷たくてトゲトゲしていた俺を……今の俺にしてくれたのは……。

 「いや……たった5年で、あの境地には届かねぇよ……」

 「っは、そりゃそ~だろ! 誰も局長の位に達したとは言ってねぇわ! あくまで、うつった、レベルな? 全面真っ黒なオセロのうち、一枚だけが白くひっくり返った、そんな感じ!」

 「……うるせぇよ……」

 俺を小馬鹿にするような、たとえ話。それでも、笑えた。
 それはきっと、こいつ自身も、そして俺とこいつとの関係そのものにも、あの人が影響を与え続けて来た、証。

 「来るぞ~……24階」

 「2403号室だったな。先に、俺が突入する。お前は援護たのむ」

 同期と緊張感を共有しながら、エレベーターの扉が開くのを待つ。現状のわからない通報者の元へ早急に駆け付けられるよう、飛び出す準備は万端。

 だったのに。

 俺達が飛び出すよりも早く、エレベータ内に飛び込んで来たのは、一人の男性。
 わずかに開いた扉をこじ開け……全裸の状態で。

 「っふ!」

 さすがのカイは悲鳴の一つもあげず、男を拘束。
 男の腕をひねり上げ、背中にまわし、キメる。
 こいつが何者かはわからない。だからこそ、わかるまでは厳戒態勢。それが実戦の基本だ。

 「痛い痛い痛い~! ちが! 俺、呪われてるんだ! 助けて下さい~!」

 半べそをかいてそう叫ぶ男性。俺達は顔を見合わせ、確信した。『こいつが通報者だ』と。
 カイは彼の腕を解放し、俺は羽織っていたコートで裸体を覆った。

 「警察庁魔力略奪対策局のカーティスです」

 「ガルシアです。さっき通報したの、おにーさんっすかね?」

 提示した警察手帳を見るや否や、男性はホッとしたように泣き崩れて。

 「そ、そうですそうです! よかった! 助かったぁああ~!」

 「落ち着いて。我々が来ただけでは助けられません。呪いをかけた相手に、呪いを解いてもらわないと……」

 「え、あ! は、犯人たちなら部屋の中に居ます! はやく!」

 「「犯人?」」

 思わず、カイと声を重ねてしまう。

 複数人の魔法使いがたった一人を呪うなんて、聞いたことが無い。かといって、この男性の様子から、デタラメだとも思えない。
 これはもしや……前代未聞の事件の予感……?

 「カイ」

 「おけ」

 名前を呼んだだけで、言わんとしている事をくみ取ってくれたようだ。
 『通報者のことは頼む』『状況に応じて応援を呼んでくれ』

 同期の桜を頼もしく思いながら……俺は部屋へと続くラグジュアリーな通路を進んだ。慎重に、けれど素早く。

 そして辿り着いた2403号室。
 中の様子を伺おうと、耳を寄せたその時……扉が開いた。そして中から……よく知っている顔が、現れて。

 「お……お前……フレン!? なぜこんな所にいる!?」

 それはこっちの台詞だ。
 そう即答する事が出来ない程の、圧迫感。嫌な汗が、額に滲む。

 タワマンにふさわしい高級スーツを纏い、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、男。
 俺の前に仁王立ちしていたのは……大嫌いな、父親だった。
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