その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

文字の大きさ
31 / 53

31

しおりを挟む
 「まったく……いつの間に警察に連絡を……どこまで恥を晒せば気が済むのか!」

 萎縮しきった様子で椅子に座る通報者の男性を、容赦なく怒鳴りつける男……俺の父親であり国内貴族のドン、カーティス公爵だ。

 「も、申し訳ありませんでした……で、でも、おじ様が一族の面汚しは呪い殺してやるって……おっしゃったものですから」

 親父と、その周りを取り囲む黒服の取り巻き達を見上げながら、声を震わせる通報者。
 この意味不明な状況に、カイの目は泳ぎっぱなし。

 「ちょい、フレン! これなに? どーゆー状況? お前とパパリンが来て、心配いらないから通報者を引き渡せっていうから……一緒に家の中入っちゃったけど……」

 「俺にも、わからん……」

 けれど、わかっている事もある。
 この通報者の男性はおそらく、カーティス一族の誰か、である事。
 彼はなにかをやらかして、当主である親父の逆鱗に触れたのだろうという事。

 そしてここからのやり取りは確実に……同期であるカイには、見られたくないものになるだろうという事。

 「じゃ……どうやら犯罪行為は認められなさそうなので、我々はこれで」

 と断りを入れて、退散しようとするけれど。半裸の通報者は俺の足にしがみつくようにして、止める。

 「そ、そんな事いわないで! あ、あの、あなたはフレンお坊ちゃまですよね!?」

 「ちょ、離し……」

 「まさかお坊ちゃまが助けに来てくれるなんて! 俺の体に呪印が無いか見て下さい! その為に服を脱いで逃げたんです! あなたのお父上は恐ろしい人だ! きっとただの脅しじゃなく、本当に呪いを」

 「息子だから助けに来たわけじゃないんでっ。俺はあくまで警察の職務として」

 「無礼者! 分家の末弟が、本家の跡取り息子に気安く触れるな!」

 金切声をあげて、持っていた杖を振り上げる親父。
 とっさに、男性に覆いかぶさるようにして、庇う。振り下ろされた杖は、カイが受け止めてくれた。

 「ま~ま~おと~さん、落ち着いて! 暴力はやめましょう暴力は!」
 
 まるで、タクシー運転手に絡む酔っ払いを諭すような、カイの口調。
 俺にはまねできない親しみのある対応だなと……実は羨ましく思っていたりもしたのだが。俺の父親には……ダメなやつだ。

 「おとうさんだぁあああ!? 私を誰だと思ってる! 国内の貴族家をまとめるカーティス家の……」

 「関係ねぇからそういうの!」

 言葉を遮った俺を、父は地獄の帝王のような目で、睨みつける。

 「何だと……?」

 「俺は……俺達は警察職員として、駆け付けた。あんたがどこの誰だろうが、関係ない。目の前の暴力は見過ごせない……っ」

 腹に力を込めて、伝える。小刻みに震える声が、情けないけれど。

 父は、呆れたように息を吐いてから、杖で男性を指した。

 「この男は、アリシアの……お前の姉の家出を、手配した」

 「は!? 家出!?」

 『この男』はという主語と、『手配した』という術語。そんなものより俄然驚いたのは『姉の家出を』という目的語で。

 「このクズは、女遊びをして魔力を奪われたらしい……。その事を、当主である私に伏せておく代わりに、家を出る手助けをしろと言われたらしいのだ」

 「待てよ、姉ちゃんが家出って、どう」

 「貴族家には上級魔法使いしか生まれない! それこそが貴族である証であり、貴族である誉れなのだ! にも関わらず、素性の知れない女と関係して、魔力を奪われ、中級レベルにまで堕ちるなど……!」

 いや、そこじゃない、そこじゃない。詳細を聞かせて欲しいのは、姉の件だ。

 「貴様と親兄弟は一族から追放する! このマンションからも今すぐ出て行け!」

 「ひいいい!」

 カイに捕まれたままの杖を、ブンブンと振り回す親父。そして杖と同じくブンブンと振り回されるカイ。
 この人のヒステリーに慣れている取り巻き達は、安全な場所から見守るだけ。

 「おとーさん、やめよましょ~? こっちが優しく言ってるうちに、杖しまお~よ?」

 「カイ! ダメだ! その……警察密着番組に出て来るお巡りさんみたいな感じじゃ……親父! 落ち着いてくれ! 姉ちゃんが家を出たってどういう事だよ!?」

 「知るか! 1年前に、置手紙だけ残して消えた! あのアバズレ娘め……!」

 「1年……!?」

 そんなに前に。何も知らなかった。
 実家には何年も寄り付いていない。あの……だだっ広い牢獄みたいな屋敷に、姉ちゃんが残されている事を、知っていたのに。

 「どうして……もっと早く相談してくれなかったんだよ……」

 罪悪感と無力感に重くなる胸に手をやりながら……尋ねる。
 親父は不満気な顔で杖をおさめ、顎を上げ……男性を庇って屈んだままの俺を、過剰に見下した。

 「相談? 私が、お前に? っは! 随分と偉くなったものだな!? バカ娘の不始末くらい自分で出来る! お前ごときの手を借りずともな!」

 強く食いしばった奥歯から、ギリギリと音がした。
 見当違いな方向に逆切れされ、俺の血圧は急上昇。

 「そういう事を言ってんじゃねぇだろ!? 俺達は姉弟きょうだいだぞ!? 普通に心配するだろうが!」

 「心配なんていう何の役にも立たない事をさせる為に、私がお前に連絡をするのか!? カーティス家当主であるこの私が! 社会的には一警察職員でしかないお前に!? ふざけるな!」

 「ああもうっ、だからそういう……っ」

 「お前に伝えた所で何も出来はしないだろう!? まったくふがいない! 何年も女の下でこき使われているから、いつまでたっても成長しないんだ!」

 「……は?」

 ドクン……ッ。俺の心臓が、大きく脈打つ。
 『女』……それが誰の事を言っているのか、すぐにわかったから。

 「最強魔剣士だかなんだか知らないが、あんないかがわしい噂のある売女の所にいたんじゃ、出世の道は閉ざされたも同然だな! 憐れな青二歳め!」

 「てめぇこの野郎……!!」

 全身に血管が切れそうになるのを感じながら、大きく踏み込む。
 百歩譲って俺の事は構わないが……あの人を侮辱するのは許せない。

 一発……いや、二発や三発くらいぶん殴って、みぞおちに思いきり膝を入れて、髪の毛を掴んで窓ガラスに叩きつけて、前歯を総入れ歯にしてやらないと気が済まないレベルの怒り。

 だが、そんな俺の暴行計画は、カイによって阻止された。

 「はいはいはい! しゅ~りょ~! とりあえず、被害の訴えがあった以上、事情聴取しなきゃなんで! このおに~さん借りて行きますね~! ほら立って! フレンも、行くぞ!」

 ヘラヘラと笑いながら、カイは男性と俺の手を強引に引いた。

 「あ? え、おいっ」

 それから、すごいスピードで部屋を出て、通路を進み、エレベーター前へ。
 『待て!』と、こめかみに青筋を立てて追ってくる親父もシカトして、エレベーターの『閉』ボタンを押す。

 常にチャラチャラ、タラタラしているカイが、ここまで早く動くのは、いつだかのハチロク会で、牡蠣にあたった時以来だ。

 「わ、悪いなカイ、俺、つい感情的になって……」

 カイが割って入らなければ、親子喧嘩で流血騒ぎを起こす所だった。
 この、チャラいフリをして対応力のある同期は、そうならないよう、俺を止めてくれたのだ……と、思っていたのだが。

 「や、へへ……俺も……なんつーか、二人の会話を聞いてんのがしのびなくて……」

 「……うん?」

 血のつながった親子が言い争う姿を見ると、心が痛む……? とか、そういう意味だろうか。カイは自分の両親とは今でも頻繁に食事をする位、仲が良いみたいだし、それも無理はない……か?

 なんて思いながら首をひねる俺の背後で……俺のコートを肩にかけたまま震えていた通報者の男性が、そろそろと顔を出して。

 「あ……あああ! やっぱり! あんた! あんただよな!?」

 目も口も大きく開けて、カイを指さす。対するカイは、苦笑い。

 「なんだよ? 知り合いか?」

 「ああ~! あんたなんかに協力するんじゃなかった! お陰で俺は全部を失う事になったんだぞ!?」

 「ややや、おに~さん、そりゃ違うよ! 諸悪の根源は、おに~さんがヤバめ女子と火遊びしちゃったことじゃん」

 俺ですら知らなかったカーティス一族の男性と、なぜカイが? 
 そんな疑問を吹き飛ばしたのは、男が続けて吐いた、言葉だった。

 「フレン様! こいつです! こいつが姉上……アリシア様と駆け落ちした、不届きチャラオです!」

 「………………ん?」

 真っ白になる頭の中。
 一度フリーズした思考回路が再び動き出したのは……エレベーターが、1階に到着した頃の事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖銀竜に喰われる夜――冷酷な宰相閣下は、禁書庫の司書を執愛の檻に囚える

真守 輪
恋愛
「逃がさない。その賢しい口も、奥の震えも――すべて、私のものだ」 王宮で「禁書庫の未亡人」と揶揄される地味な司書・ルネ。 その正体は、好奇心旺盛でちょっぴり無作法な、本を愛する伯爵令嬢。 彼女には、誰にも言えない秘密があった。 それは、冷酷非道と恐れられる王弟・ゼファール宰相に、夜の禁書庫で秘密に抱かれていること。 聖銀竜の血を引き、興奮すると強靭な鱗と尾が顕れる彼。 人外の剛腕に抱き潰され、甘美な絶望に呑み込まれる夜。 「ただの愛人」と割り切っていたはずなのに、彼の孤独な熱に触れるたび、ルネの心は無防備に暴かれていく。 しかし、ルネは知らなかった。 彼が近づいた真の目的は、彼女が守る「禁書」――王国を揺るがす禁断の真実にあったことを。 「君は、私のものだ。禁書も、その魂も、すべてな」 嘘から始まった関係が、執着に変わる。 竜の情欲と宮廷の陰謀が絡み合う、背徳のインモラル・ロマンス。

同期の姫は、あなどれない

青砥アヲ
恋愛
社会人4年目を迎えたゆきのは、忙しいながらも充実した日々を送っていたが、遠距離恋愛中の彼氏とはすれ違いが続いていた。 ある日、電話での大喧嘩を機に一方的に連絡を拒否され、音信不通となってしまう。 落ち込むゆきのにアプローチしてきたのは『同期の姫』だった。 「…姫って、付き合ったら意彼女に尽くすタイプ?」 「さぁ、、試してみる?」 クールで他人に興味がないと思っていた同期からの、思いがけないアプローチ。動揺を隠せないゆきのは、今まで知らなかった一面に翻弄されていくことにーーー 【登場人物】 早瀬ゆきの(はやせゆきの)・・・R&Sソリューションズ開発部第三課 所属 25歳 姫元樹(ひめもといつき)・・・R&Sソリューションズ開発部第一課 所属 25歳 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆他にエブリスタ様にも掲載してます。

婚約破棄された元聖女、魔王の息子に攫われて溺愛されています

百合川八千花
恋愛
魔王を討伐し、十年にわたる戦いを終えた聖女アルティア。 帰還した王国で待っていたのは、王太子からの婚約破棄と――その子供だった。 絶望の中、現れたのはかつて共に戦った魔王の息子、ヴェルグ。 「君はもう自由だ。だったら僕が攫うよ」 突然の求婚(という名の略奪)と共に、アルティアは隣国・アシュフォード帝国へ連れ去られる。 辺境伯となったヴェルグの領地で始まるのは、 「君のために用意してた」 と語られる豪華すぎる“同棲部屋”、 壁一面に飾られた聖女の肖像画コレクション、 そして、「僕のもの」発言が止まらない溺愛×執着ラブ生活! しかしその頃、聖女を失った王国では、魔王の呪いによる異変が始まっていて―― これは、運命に選ばれ続けた聖女と、ただ彼女だけを愛した元魔王の息子の、 甘くて狂おしい、世界と愛の再構築ラブファンタジー。

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

処理中です...