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「はい。今回は私です」
姉の新居を飛び出し……駅前のベンチにポツンと座っている俺に、そう声を掛けてくれたのは……局長だった。
「今回はって……ああ、前のハチロク会……すみません。度々、かまってちゃんな事を……」
「いえ。今回は、かまってほしくないかなぁとも、思ったんですが」
隣に座る局長と、噴水を眺める。
冬の晴れた空を背景に弧を描く水流が、美しい。
寒さにも負けず、水しぶきにきゃっきゃとはしゃぐ子供達も、それを温かな眼差しで見守る親たちも、美しい。
子育て世代の多い町、パール・シティーらしい光景だ。
この前訪れたこの土地に……まさか、姉の新しい生活があるなんて。
「お姉さん、泣いてました。あなたに心配をかけて、申し訳ないと」
「だったらさっさと別れろよとか……思っちゃダメですかね……」
指を組んだ手に、額を押し付ける。祈るように、前かがみになって。
「思うのは、自由ですよ」
「……貴族の家は、まだまだ男社会なんで……姉は、俺に比べると随分蔑ろにされてきたんです」
女なんだから。女のくせに。これだから女は。
そうやって侮蔑するくせに、周りの男達に負ける事は一切許さない。
学校の成績、習い事の出来栄え、パーティーでの立ち振る舞い。
少しでも親父の望む結果に至らなかったら……悪夢のような暴言と暴力が待っている。
「それでもお姉さんは、あなたを守ってくれた……ですか?」
読心力があるのかと疑いたくなるような、局長の言葉。思わず顔を上げる。
「どうして……」
「お姉さんのフレンに向ける母親のような眼差しと、必死にお姉さんを守ろうとするフレンを見ていたら……なんとなく、そうかなと」
母親のような、眼差し。そう表現するのに相応しすぎる姉の顔が、次から次へと頭の中に浮かんでくる。
「小さい頃……両親が大事にしてたバイオリンを、壊してしまった事があるんです……その時も……」
姉は濡れ衣を被って、一週間納屋に閉じ込められた。
「テストでひどい点を取った時は、自分の満点の答案と、取り替えてくれて……」
庭の池に、突き落とされた。
「それでも……私はお姉ちゃんだから、大丈夫って、笑ってく……っ」
まずい。声が出ない。泣きそうだ。いやもう泣いてる。
自分の視界の中に、こぼれ落ちる寸前の涙が映り込んでいる。
なんとか堪えなければ。局長の前で泣くなんて、男として情けなさすぎる。ひっこめ涙……引き締れ涙腺……っ。
そう力んで、ガチガチに強張っていた俺の体を……局長は、抱きしめてくれた。
「きょ、きょく」
「見てないです。大丈夫です。……大丈夫です」
子供をあやすように優しく囁いて、頭を撫でて……俺のダムは、情けなさの向こう側へと決壊してしまった。
「うっ……うう、俺が守らなきゃいけなかったんですっ。たくさん助けてもらった分、俺が……なのに」
魔対に入って、局長や同期達と出会った途端、影の落ちていた日常が煌めき出した。
自分が変われたようで、嬉しくて……実家にも姉にも、距離を置くようになってしまった。そうしなきゃ、また前の自分に戻ってしまう気がしたんだ。
「そうですか、そうですか……じゃあ、結婚祝いのパーティーを、クラッカー放り投げてぶち壊したりしないで、嘘でもおめでとうって笑わなきゃダメでしたね」
「……ふっ……やっぱ局長って、天然ですよね」
容赦の無いダメ出しに、笑ってしまう。
普通なら、全力で慰める場面だ。
『お姉さんはあなたを責めたりしてないですよ』とか。
『カイなら絶対幸せにしてくれるから、心配いりませんよ』とか。
泣き笑いしながらの俺の抗議に、局長もまた、困ったように笑った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちも、お姉さんの気持ちもカイの甲斐性も……私にはわからないので。想像だけで、適当な事を言えなくて」
「いや……局長らしいです。逆に、少し、落ち着けました」
鼻をすすって、目元を袖で殴って、顔を上げて、深呼吸。
落ち着いて、受け止めよう。
やはり、今すぐに二人を祝福する気持ちにはなれない。
でも、心の奥底には多分……おめでとうと言いたい。そんな想いがあるんだ。
ただ、そこに気持ちを持っていくにはまだ……整理する時間が必要で。
「よし……」
俺は力強く立ち上がり、局長に頭を下げた。
「ありがとうございました。とりあえず、今日は帰って、頭冷やします。それから」
決意表明は、中断された。
俺の頬を両手で包んだ局長に、キスをされてしまったから。
「ど……どうしましたか?」
「人の気持ちは、わからないです。フレンがこれまで、どれだけ辛くて、悲しくて、苦しい想いをしてきたのか……でも自分の気持ちなら、はっきりわかります」
真っ直ぐに向けられた、透明感のある瞳。
今、その中に映っているのは、俺だけ。
「私は、あなたに会えてよかったです。魔対に入るまで……私に出会うまで頑張ってくれて、ありがとうございました」
「……マジで、天然ですね……」
俺は泣いた。
天然人たらしのこの人に、泣かせるつもりなんてなかった事は分かっていたけど。それでも泣いた。真冬になのに、頬が濡れても少しも寒くなかった。
あふれる涙をぬぐってくれる小さな手が、ただひたすらに温かかったから。
姉の新居を飛び出し……駅前のベンチにポツンと座っている俺に、そう声を掛けてくれたのは……局長だった。
「今回はって……ああ、前のハチロク会……すみません。度々、かまってちゃんな事を……」
「いえ。今回は、かまってほしくないかなぁとも、思ったんですが」
隣に座る局長と、噴水を眺める。
冬の晴れた空を背景に弧を描く水流が、美しい。
寒さにも負けず、水しぶきにきゃっきゃとはしゃぐ子供達も、それを温かな眼差しで見守る親たちも、美しい。
子育て世代の多い町、パール・シティーらしい光景だ。
この前訪れたこの土地に……まさか、姉の新しい生活があるなんて。
「お姉さん、泣いてました。あなたに心配をかけて、申し訳ないと」
「だったらさっさと別れろよとか……思っちゃダメですかね……」
指を組んだ手に、額を押し付ける。祈るように、前かがみになって。
「思うのは、自由ですよ」
「……貴族の家は、まだまだ男社会なんで……姉は、俺に比べると随分蔑ろにされてきたんです」
女なんだから。女のくせに。これだから女は。
そうやって侮蔑するくせに、周りの男達に負ける事は一切許さない。
学校の成績、習い事の出来栄え、パーティーでの立ち振る舞い。
少しでも親父の望む結果に至らなかったら……悪夢のような暴言と暴力が待っている。
「それでもお姉さんは、あなたを守ってくれた……ですか?」
読心力があるのかと疑いたくなるような、局長の言葉。思わず顔を上げる。
「どうして……」
「お姉さんのフレンに向ける母親のような眼差しと、必死にお姉さんを守ろうとするフレンを見ていたら……なんとなく、そうかなと」
母親のような、眼差し。そう表現するのに相応しすぎる姉の顔が、次から次へと頭の中に浮かんでくる。
「小さい頃……両親が大事にしてたバイオリンを、壊してしまった事があるんです……その時も……」
姉は濡れ衣を被って、一週間納屋に閉じ込められた。
「テストでひどい点を取った時は、自分の満点の答案と、取り替えてくれて……」
庭の池に、突き落とされた。
「それでも……私はお姉ちゃんだから、大丈夫って、笑ってく……っ」
まずい。声が出ない。泣きそうだ。いやもう泣いてる。
自分の視界の中に、こぼれ落ちる寸前の涙が映り込んでいる。
なんとか堪えなければ。局長の前で泣くなんて、男として情けなさすぎる。ひっこめ涙……引き締れ涙腺……っ。
そう力んで、ガチガチに強張っていた俺の体を……局長は、抱きしめてくれた。
「きょ、きょく」
「見てないです。大丈夫です。……大丈夫です」
子供をあやすように優しく囁いて、頭を撫でて……俺のダムは、情けなさの向こう側へと決壊してしまった。
「うっ……うう、俺が守らなきゃいけなかったんですっ。たくさん助けてもらった分、俺が……なのに」
魔対に入って、局長や同期達と出会った途端、影の落ちていた日常が煌めき出した。
自分が変われたようで、嬉しくて……実家にも姉にも、距離を置くようになってしまった。そうしなきゃ、また前の自分に戻ってしまう気がしたんだ。
「そうですか、そうですか……じゃあ、結婚祝いのパーティーを、クラッカー放り投げてぶち壊したりしないで、嘘でもおめでとうって笑わなきゃダメでしたね」
「……ふっ……やっぱ局長って、天然ですよね」
容赦の無いダメ出しに、笑ってしまう。
普通なら、全力で慰める場面だ。
『お姉さんはあなたを責めたりしてないですよ』とか。
『カイなら絶対幸せにしてくれるから、心配いりませんよ』とか。
泣き笑いしながらの俺の抗議に、局長もまた、困ったように笑った。
「ごめんなさい。あなたの気持ちも、お姉さんの気持ちもカイの甲斐性も……私にはわからないので。想像だけで、適当な事を言えなくて」
「いや……局長らしいです。逆に、少し、落ち着けました」
鼻をすすって、目元を袖で殴って、顔を上げて、深呼吸。
落ち着いて、受け止めよう。
やはり、今すぐに二人を祝福する気持ちにはなれない。
でも、心の奥底には多分……おめでとうと言いたい。そんな想いがあるんだ。
ただ、そこに気持ちを持っていくにはまだ……整理する時間が必要で。
「よし……」
俺は力強く立ち上がり、局長に頭を下げた。
「ありがとうございました。とりあえず、今日は帰って、頭冷やします。それから」
決意表明は、中断された。
俺の頬を両手で包んだ局長に、キスをされてしまったから。
「ど……どうしましたか?」
「人の気持ちは、わからないです。フレンがこれまで、どれだけ辛くて、悲しくて、苦しい想いをしてきたのか……でも自分の気持ちなら、はっきりわかります」
真っ直ぐに向けられた、透明感のある瞳。
今、その中に映っているのは、俺だけ。
「私は、あなたに会えてよかったです。魔対に入るまで……私に出会うまで頑張ってくれて、ありがとうございました」
「……マジで、天然ですね……」
俺は泣いた。
天然人たらしのこの人に、泣かせるつもりなんてなかった事は分かっていたけど。それでも泣いた。真冬になのに、頬が濡れても少しも寒くなかった。
あふれる涙をぬぐってくれる小さな手が、ただひたすらに温かかったから。
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