その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「局長! フレン局長!」

 聞き慣れた声で呼ばれ、顔を上げる。
 視線の先には鬼の形相でこちらへ闊歩してくる、同期の姿。

 「やべ……レイラ……」

 「やべ、じゃないわよ! どこ行ってたの!? 新人研修会で挨拶があるって言ったよね? 補佐役に無断で出掛けるの、マジで辞めて欲しいんだけど!」

 無愛想な足取りで、警察庁内を歩きまわる魔力略奪対策局局長と、文句を言いながら追い回す金髪の補佐役。

 俺達二人がそれぞれの役職に就任して1年……それは、庁内の日常的光景となっていた。

 「うるせぇな……知り合いから相談を受けてたんだよ。付き合ってる彼女に魔力を略奪されているかもしれないって」

 「んなのは下っ端にまわせ! トップにはトップにしか出来ない仕事があるんだから!」

 「あれ? フレンとレイラじゃん、おっつ~」

 刺々しい雰囲気の俺達に遠慮なく声を掛けて来たのは、カイ。

 「カイじゃん、お疲れ。あれ? なに、もう帰り?」

 「今週から時短勤務スタートなんだよんっ! 超絶可愛いベビーちゃんのお世話、アリシアと二人でしたいからさ!」

 通勤鞄を抱えるカイの目尻は、みっともない位に、下がりっぱなし。けれど……それが嬉しかった。

 「姉ちゃん、どうだ? 体調?」

 「それが意外と元気なのよ~。出産して、魔力は殆どベビーちゃんに持って行かれちゃったけど……この子の為に一日でも長く生きるんだ! っていう気合が、体調を安定させてるんじゃないかって、医者も驚いていた」

 「そっか……良かった……」

 きっと局長のお母さんも、そんな想いを胸に、彼女を育てていたのだろうな……なんて、思う。

 「でも、無理は禁物よ? 手伝える事があったらそっこーで連絡しなさいよ?」

 「ありがと~ん! 俺的には、ハチロク会を児童館でやってくれてるだけで大感謝よ! 皆でベビちゃんみてくれて、アリシアもその間だけは一人でゆっくりできるみたいだし! 最近じゃ、次のハチロク会いつ? 月2でもいいよ? とかいう始末よ!」

 「っふ……なんか、安心した」

 両親のいいつけを守り、ずっと真面目に生きて来た姉……初めての育児に、悪い意味で没入し切っていないか心配だったけれど……適度な息抜きが出来ているなら、よかった。

 そう思って息を吐く俺に、にやけ顔を浮かべるカイ。

 「そんなに心配なら、ちょくちょく会いにくりゃいいじゃん! 局長になってからクソ忙しいのはわかるけどさ~」

 「違うのよカイ、こいつ、自分で忙しくしてんの! やらなくてもいい仕事にまで手ぇ出して!」

 俺を指さしながら、不満気に口を尖らせるレイラ。けれど、俺は改めるつもりは無い。だって……

 「俺はやるべきことをやってるだけだろ。……局長からもらった魔力を、無駄にしないように」

 そう……それこそが、今の俺の信念。
 
 背筋を伸ばす俺を見て、レイラとカイもまた、凛と引き締まった表情を見せてくれて。

 「だな! さすがフレン! 若くして局長まで上り詰めた、ハチロクのエース!」

 「やめろよ……局長なんて大変すぎて誰もやりたがらなかったから……前局長の魔力を引きついたお前が適任、て、ベテラン達に押し付けられただけなんだから……」

 「まぁい~じゃね~の! 大事なのは何の役職か、じゃなく、何をするか、だ! レイラも、多少の勝手は許してやれよ!」

 「まぁ……許すも許さないも、フレンのサポートが私の仕事だからね。それに、局長が大切にしてきたものは、私だって守りたいし」

 「……ほんとに、ありがとな」

 穏やかな微笑み。あたたかな空間。
 自分を取り巻く環境と、人々……どれだけ感謝をしても、足りないように感じる。

 「あっ、そうそう! 今日、局長が……や、前局長が、警察庁に来るんだよな? 魔対の特別相談役として、研修会で喋るってきいたけど」

 「……ああ」

 「よかった! じゃ、これ渡しといてくれね?」

 そう言って、カイは手に持っていた小さな紙袋を差し出した。中には、ドライフルーツたっぷりの焼き菓子が入っている。

 「出産祝いのお返し! ほんとは今日、直接渡したかったんだけど……まだ来てない、んだよな?」

 な? と俺の顔を覗き込まれ……思わず、視線を逸らしてしまう。

 「あ……ああ。多分」

 「じゃ、これフレンに託すわ! 賞味期限もあるし、なるはやがいいと思うんだわ。っと~! もうこんな時間! ベビちゃんのお昼寝が終わっちまう! それじゃ、またな~!」 

 どもる俺に構う事なく、カイは、去って行った。スキップせん勢いの、弾むような足取りで。
 
 俺は、胸の所に押し付けられるようにして渡された紙袋を……黙って見つめる。
 すると、そんな上司を見ていたレイラが、何かを察したようで。

 「さては……前局長と、喧嘩でもした?」

 「……や、喧嘩っていうか、俺が悪いんだけど」

 「あったりまえでしょ。あんたと前局長の間に起こる事象で、前局長が悪い事なんてただの一つもないんだから」

 相変わらずの前局長バカの補佐役にため息を吐いて……俺は、腕時計をチラリとみた。
 
 「レイラ、研修会の前に行きたい場所がある」

 「はいはい。ティリアンの所ね。前局長が研修会前に顔出すとしたら、そこしかないもんね。フレンとは喧嘩中だから、魔対には来れ無いし?」
 
 痛い所を容赦なく突かれ、唇を噛んでしまう。

 「じゃあ……研修会には間に合うようにするから」

 「はいはい、行ってらっしゃい。さっさと仲直りしてよ。……夫婦喧嘩は、犬でも食わない、だからね?」

 補佐役に背中を向けたまま、手を振り……俺は、愛する妻を迎えに行くため、駆け出した。
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