その最強魔剣士には、いかがわしい噂がある

杏 みん

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 「え!? 局長!?」

 「……やっと来ました……」

 たまげた。
 
 ティリアンが教えてくれた時間の1時間前……午後7時頃から、俺は結婚式場の前で待機していたのだが……10時を過ぎても、局長らしき人物は、出て来なくて。
 なのに今……自宅マンションのエントランス前に……その局長本人が立っている。

 「え……ええ!? どうしたんですか? どうしてこんな所に……っ」

 「それはこちらの台詞です。ティリアンが、フレンが会いに来るはずだと言うから、ずっと式場の裏口で待っていて……なのに一向に現れないから、こうして」

 「裏口……!? そんなの知らないですよ!?」

 声をひっくり返して驚く俺を、局長……いや、元局長は怪訝そうな顔で見つめる。

 「だって……正面玄関は、結婚式のゲスト用の入口で、打ち合わせや試着の場合は、裏口から出入りするように言われてるんですよ?」

 「……そんな事、ティリアンは何も……あっ、あいつ……!」

 そこで、気付いた。
 これは、俺の王子様の、最後の意地悪だという事に。

 「ああーもうっ、寒い中すみません! 俺は正面玄関の所でずっと待ってて……でも、スタッフの人達も全員帰った風で、真っ暗になったから、とりあえず諦めて帰ってきて」

 「え。諦めた……? 諦めてしまったんですか? 諦めてしまえたんですか? 私に会うのを?」

 不服そうに腕組みをする元局長に、慌てて手を振る。

 「いやいやいや! その時はとりあえず、って意味ですっ。本気で諦めるつもりなら、寒空の下、4時間も待たないですよ!」

 噓偽り無い弁解をするけれど、元局長は不信感丸出しの目で、俺をじっとりと睨んだ。
 
 「と、とりあえず、中入りましょうっ。寒かったですよね?」

 俺は自分のマフラーを局長の首に巻いて、その背中にそっと手を添え、押した。少しでも早く、冷えた体を温かな室内に誘いたくて。
 
 けれど……そんな力の向きに反するように、局長はその場に踏みとどまって。
 
 「局長? ……あっ……嫁入り前なのに、他の男の部屋とか、アレですよね。大丈夫です。ロビーにも暖房やソファーがあるので、そこで」

 「フレンて……本当に天然ですよね」

 「はい?」

 いまだかつて、言われた事の無い言葉。意味がわからなくて、目と口を、間抜けに開けてしまう。

 「それってどう……俺、なにかやらかしましたか?」

 「やらかしっぱなしですよ。初めて会った時から……ああ、どうせあなたは覚えていないでしょうけれど。ロビーの階段を降りていた私を、意味ありげな目でじぃ~っと見つめて」

 またも、驚いた。なにやら不満気な顔で何を言い出すかと思えば。忘れる筈はない。あの時に、俺はこの最強魔剣士に心を奪われたのだから。

 「局、俺、覚えてま」

 「あれ、完全に自分の顔がいい事を自覚している人がやるやつですよね? 俺が三秒見つめれば、大抵の女は落ちるだろう、みたいな」

 「えぇ!? いや、そんなの考えた事も……っ」

 「それに……ハチロク全員で補佐役になってからも、今みたいなボディータッチを自然に繰り出して来て……局長室に入る時に、背中をそっ……。ぎゅうぎゅうのエレベーターの中では私を守るように壁ドン。あのお店のフルーツサンドだって……ただ、食べたいな~と思って見てただけなのに、それも目ざとく気づいていて……もう、本当に天然の沼らせ男なんですよ、あなたは……!」

 明らかに怒ってる様子で、語気を強める局長。
 ちょっと、意味が分からない。勿論、挙げられた行動の全てに覚えはあるけれど、『沼らせ男』とは?

 「あの? 局長……?」

 「わかっています。それでも、まんまと沼る道を選んだのは私自身です。86期は皆、本当に優秀で……だから正直、誰を補佐役に選んでも良かったんですが……あなたを傍に置いておきたいと言うスケベ心を抑えきれず……そのせいで、一層ルークを追い詰めたのかと思うと……本当に申し訳なくて、情けなくて……」

 「ス、スケベ心……?」

 「けれど、あなたの命を守る為に魔力を供与する、という大義名分を手に入れたものですから、もう止まらなくなってしまって……」

 「ちょ、待って下さい局長っ、それってつまり、局長は……俺を……っ」

 混乱する頭で、懸命に局長の言葉をさらい、整理する。
 そうして出した推論を伝えて、答え合わせをお願いしたかったのだけれど……それは、拒まれた。

 小柄な局長が精一杯背伸びをして……俺に、キスをしたから。

 「……私が愛しているのは、フレンだけ……そう、言いましたよね?」

 口頭試問では無く、実技による、答え合わせ。

 「局長……っ」

 まだ少し不満気な顔を、じっと見つめてから、抱きしめた。

 「俺も、俺も局長を愛していますっ。初めて会った時から、ずっと……!」

 「ああ、じゃあやっぱりあの視線は、落とすつもりのビームだったんですね」

 「違うんですけどっ! 落とすとか、沼らせるとかじゃなく、全部全部、局長が好きだからしていた事なんですけど……っ、もういっそ、何でもいいです!」 

 興奮気味に伝えつつ、強く強く抱きしめる。しかし、局長はそんな俺の胸を押して、少しの距離を取って。

 「じゃあ……私が魔力を失って……最強じゃなくなっても、上司じゃなくなっても……何でもいい。です?」

 不安げに揺れる、透明感のある、瞳。思わず、笑ってしまう。
 
 「そんな事を考えてたんですか……可愛いが過ぎますね」

 「からかわないでください、私は真剣に……」

 「……魔力なんて無くても……局長は永遠に最強です。強さも、優しさも、可愛さも、愛おしさも……全部全部が、俺にとって、最強の人なんです」

 思いのままを、正直に伝えただけだったのだが。局長は、泣いた。泣いて笑って……再び、力いっぱい俺を抱きしめ返してくれた。

 そんな俺達を見守っていたのは、真冬の澄んだ空と、星だけ……いや、本当は、帰宅してきたマンションの住民数名に、チラチラ見られてはいたのだけれど。全く気にならなかった。俺達はいつまでも抱き合っていた。
 
 そうして……二人揃って、風邪をひいたのだ。

 どんどん上がる熱、止まらない咳、無尽蔵に出て来る鼻水……控えめに言って、地獄。
 
 それでも……同じ地獄を味わっている愛おしい人が、隣で寝ている。
 ただそれだけで、天国のように感じるのだった。
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