私はモブ扱いで結構です

さーちゃん

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序章 隣国から留学生が来ました

過去の追想〜クルシェット視点〜

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 オレの名はクルシェット。実力主義と言われるこの国、パルヴァンの第二王子だ。のんびりとした気質な割に、さらっと毒舌を吐く父──現国王だ──、男勝りで曲がったことが嫌いな王妃様──オレのことも実の息子同然に可愛がってくれる方だ──真面目過ぎるきらいがあるが、文武両道な王太子である兄──オレよりも遥かに優秀だが、それで卑屈になったことはない──という、個性的ではあるが、優しい家族に恵まれた。

 オレの母は側室だったが、王妃様との関係は良好だったそうだ。お互い自分にない長所を補い合うことで、上手く役割を分担出来ていたんだとか。
 産後の肥立ちが悪かったらしく、母はオレを産んで間もなく亡くなった。普通なら乳母に任せっきりで育てるはずだと思う。だが、王妃様や歳の離れた異母兄は、何かと構ってくれた。父である国王も、政務の合間を縫って会いに来てくれた。
 父上は母が死んだことについて、お前を産んだせいだ、と責めなかった。それでも、くちさがない輩の噂話を聞いてしまい、父上に聞いたことがあった。その時父上はこう言った。

「出産は命がけなのだからお前だけでも無事に産まれてくれてよかった。シェイラの死を悼むのなら、あいつの分も生きて欲しい。お前が私の大切な息子には違いないのだから」

 と。自分の出生に悩んだオレにとって、父上がそう言ってくれたことは救いだった。
 血の繋がりとは関係なく家族仲はいいし、教育も何不自由なく受けることができたのだから。
 だから、王位を狙うなど考えもしなかった。優秀な兄が跡継ぎとしているのだから、自分はその補佐か、政略結婚の駒として国内ないしは他国の貴族家に婿入りするかすれば、国の為、慈しんでくれる家族のためになると考えていた。

 だが周囲──とりわけ王家にすり寄って甘い汁を吸いたい貴族共はそれを良しとはしなかったようだ。
 王位継承問題で荒れる国は少なくはない。それは我が国でも他人事では無かった。本人オレの与り知らぬところで勝手に派閥を作り、その連中が自身の欲のままに暴走するのには辟易した。要は自分に都合のいい王を擁立したいだけだからな、あいつら。
 兄上はもう周囲の足場固めがほぼ出来ていた──側近となる学友たちもみな揃って優秀だ──から、すり寄るのは不可能だったのだろう。そもそも兄上の性格上、媚を売ってくる連中──王族の妃に納まりたい貴族令嬢のくだらない自慢話や蹴落とし合いも含まれる──のことは毛嫌いしていたから、どっちみち無理だったとは思うが。(ちなみに、オレと兄上は十歳ほど離れている)

 そこで連中が目をつけたのがオレというわけだ。当時、オレは6歳になったばかりだった。兄上が成人の儀を終え、立太子したばかりの頃だ。
 この世界の成人年齢は15歳。半年ほど間をおいて父上は兄上を王太子とした。その頃から「クルシェット殿下を王太子に!」なんてことを叫び始めたのだ。「母親の愛を知らずにお育ちになられて、なんと不憫な………!」「我々は殿下の味方ですから」「我が娘/息子をお側に!」とか言いながらしつこく付き纏われた。他にもあるが思い出すのも不愉快なので、割愛する。

 一言言わせてもらうなら、余計なお世話にも程がある。そもそも学友は王が選出するのだから、一貴族が主張したところで意味はない。それに自分が王家の縁戚になりたいがためのごますりなのがみえみえなのに、オレが頷くとでも思っているのか、こいつらは。

 オレの学友はまだ決まってはいなかったから、なおのこと奴らは必死だったのだろう。そんな日が半年ほど続いた頃から授業後の自由時間になると、オレは城の外──城下街へ出かけるようになった。王族とはいえまだ子供なのだから、上手く丸め込めると思っているらしい貴族共のハイエナのような視線や言葉から、少しでも逃れたい一心だった。

 さすがにオレだけで行くことは止めらると思っていたのだが、息抜きくらい必要でしょう、と王妃様が父上と兄上を説得してくださった。お礼を述べて、喜び勇んで門まで駆け足で向かった。兄上が手を回してくれたのだろう、兄上の護衛騎士の一人が陰ながら付いてきてくれた。見るもの全てが珍しくて、きょろきょろしてははしゃいでいた。身分を隠さなければならなかったので、あまり長時間出歩くことは出来なかったが、街の中を歩くのはかなり新鮮で、何より楽しかった。

 そんな日々が一年ほど続いたある日。いつものように街へやって来たオレは、ある噂を聞いた。『どんなに困難な依頼も、引き受ければ必ず完遂する小さな暗殺者アサシンがいる』と。
 それを聞いた時、思わず顔をしかめた。それ、もしかして子供が殺し屋をやってるってことか?話を聞く限り、背が低い大人というわけではないようだ。
 どこの国にもあるだろうが、この国にも貧富の差が激しい部分はある。それが特に顕著なのが、貧民街スラムのある区域だ。そこに住む者たちは日々生きるために犯罪に手を染める者が多いと聞く。
 件の人物は、そんな人間の一人なのだろう。

 オレが気になっているのを察してくれたのか、兄の護衛騎士がそれとなく情報を集めてくれた。勉強の合間に報告を聞いたのだが、聞けば聞くほど驚かされた。

 どうにも、その“小さな暗殺者”はオレとそう変わらない年頃のようだ。しかも性別は男ではないとか。つまり女の子ってことだ。
 末恐ろしいな、その少女。どんな人生を歩めば、年端もいかない子供が凄腕の暗殺者なんて呼ばれるようになるんだか。

 その少女は明るい金色の髪、毛先がライトグリーンで瞳はマリンブルーという特徴的な容姿を持っているそうだ。
 彼女の容姿を聞いた瞬間、心がざわり、と動いた。─────なんだ?ざわついた心を落ち着けようと、母の形見のペンダントを握った。すると、ペンダントが眩く光り、頭の中に何かが流れ込んできた。

「───ッ!?………ぁ、………なん………」
「殿下!?いかが──くっ、なんだ、この光は!?」

 護衛騎士の声が聴こえるが、オレは返事をするどころではなかった。に意識を奪われていたからだ。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 そこには姿絵でしか知らない母が、王城の庭園にある椅子に腰掛け、愛おしげに膨らんだお腹を撫でている。もしかして、腹の中にいるのはオレか───?
 この景色、まさか?何故オレにそんなものが視えるんだ!?戸惑うオレをよそに景色は動き続けている。

『……あ。ねぇ___、今この子、私のお腹を蹴ったわ。もうすぐ生まれてくれるのかしら?』

 母は嬉しそうに喋った。………いや、違う。母はオレにじゃない、この視界の主に向けて言ったのだ。恐らく、母の形見のペンダントに魔術的な仕掛けを施してあったのだろう。
 視界の主は母に何かを言ったのだろう、母の顔が寂しげに曇った。

『──ええ、それも分かってる。私の身体では、出産に耐えられないでしょうね。……………それでも、私はこの子を産みたいの』

 その言葉を聞いて、オレは愕然とした。母は自らの命と引き換えになることを知っていたということに。それでも母はオレを産むこと望んでくれたんだ、という真実を知ることができたことに涙が滲んだ。オレは母にもちゃんと愛されていたんだ、と。
 またも視界の主は母に何かを言ったようだ。

『………そう。うん……そうよね。私が死ねば貴女がここにものね。───あ!いいことを思い付いたわ、ねぇ、___。一つ提案があるの。それぞれ、生まれてくる子供の名前を考えるというのはどう?』

 母のその言葉にまたもオレは驚かされた。名前を考える!?オレの名前、この視界の主が考えたのか!?というか、この視界の主も身籠ってたのか!?というか、さっきから視界の主の名前が聴こえない。母はあきらかにこの視界の主の名前を呼んでいるはずだ。唇の動きから読み取ることができないので、分かりようもない。
 視界の主も余程動揺したのか、視界の端を何かがよぎる。ぱたぱたと揺れている“それ”は尻尾のようだった。
─────ん?ちょっとまて。この視界の主、よもや人ですらないのか!?まさか動物に話し掛けてるのか、母は!?

『ふふっ。いいじゃない、それくらいの我が儘を聞いてくれても。貴女の跡を継ぐ子なのだから、間違いなくよね!んー、どうしようかしら……………特別な響きが……………私の子と逢えた時にすぐ分かる名前がいいわよね……………え?そういうことじゃない?それは一体───』

 その時不意に視界が歪んだ。─────?まさか、術の効果が効れそうなのか?思いの外自分がそのことを残念に思っていることに我がことながら驚いた。もう少しだけ、在りし日の母を視ていたかったのかもしれない。
 再び視界が眩い光に覆い尽くされた。

 気がつくと何もない不思議な空間にいた。てっきり元の自分の部屋に戻ったと思っていたのだが。辺りを見渡そうにも距離感はおろか、方向感覚すら分からないな。どうやったら戻れるんだ?と考えていた時だった。

『どうやら上手く作動してくれたようですね』

 どこからともなく“声”が聴こえる。声の高さ的に女性のようなのだが、いかんせん姿が見えない。

『時間がありません。一つだけ、シェイラの息子である貴方に伝えたいことがあるのです。もし我が子に逢えたその時は、その子に。そうすれば、ひとまずは大丈夫なはずです。どうか………あの子をお願いします─────』

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 一方的に告げられたその言葉を理解するよりも早く、また視界が光に覆われ、今度こそオレの自室に戻っていた。

「───い、───しっかりしろ、クルシェット!!」
「───っ!?」

 がくがくと揺さぶられる感覚で我に返った。目の前にいるのは兄上だった。心配そうな顔でオレの肩をがっちり掴んでいた。どうやら護衛騎士が兄上に知らせに走ったらしい。

「あに……うえ……………?オレ………いえ、私は一体───?」
「………気がついたか。お前、半日も意識が戻らなかったんだぞ?何があった?」
「半日!?」

 あの光景を視ていたのは、そう長い時間では無かったはずだが……………思っていた以上に現実では時間が経過していたようだ。
 その後、心配して執務の合間を縫って父上と王妃様──ミリア様というお名前だ──もやって来たので、幸いとばかりにオレは、知り得たその情報を父上たちに伝えた。オレが知らないはずの母の実物(まぁ、映像の姿ではあるが)を見たことに父上は驚いていたが、ペンダントに込められた魔術が発動したのでは?というオレの推測に思い当たる節があったのか、最後までしっかりと聞いてくれた。街で聞いた、“暗殺者”の話も。

 普通なら、深入りすべきじゃない。父上なり、騎士団になりに任せるべきだろう。でもどういうわけだか、オレは“暗殺者の少女”が無性に気になった。会ってみたい、そう思った。もしかしたらの主の言っていた“我が子”とは、その少女かもしれない、と。

 父上は許可を出すことを渋っていたが、兄上が説き伏せた。この時の兄上は、なんだか様子がおかしかった。始めこそ貧民街スラムへ行くのに反対していたのに、『暗殺者の少女』の話を聞いてからは父上の説得を手伝ってくれたのだ。その前に体調を崩されていなければ、ご自分が行きたかったんじゃないか、と思うくらいに。心配で堪らなくなり、見舞いに行ったときの兄上の様子を見て、なおのことそう思った。兄上の中でなにか変化があったようだが、困ったように微笑むだけでそれを話してはくれなかった。いずれ話してくれるだろうか?
 
 話を戻すが。兄上は、父上を説得するにあたり、以下の条件を提示した。

 ・護衛騎士を必ず同行させること。
 ・長時間、その場に留まらないこと。
 ・もし会うことが出来たら、その少女を連れ帰ってくること。
 ・の主が言っていた通り、“名付け”を成功させること。

 一つ目・二つ目はいつも言われていることだからともかく。三つ目の条件はどういうつもりなんだろう、と思った。どうやら、少女が暗殺を生業としていることが関係しているようだ。少しでも情報を聞き出したいのだろう。
 四つ目に関しては兄上は、「シェイラ様の子でもあるお前なら大丈夫だ」と言っていた。オレは、何故そう断言出来るのだろう、と頭に疑問符が浮かんだ。



 ともかく。許可を得て、オレは貧民街スラムへと足を踏み入れた。
 何処にいるのか検討もつかないはずなのに、不思議と足は迷いなく進んだ。そして─────

「───お前か?その歳でどんな依頼も完遂するという、凄腕のは」
「…………………………だれ?……………依頼人?…………若い………」

 思いの外感情の籠らない声で返され、ショックを受けた。……まあ、オレの聞き方もアレだったが。第一声がそれってどうなんだ、と自分に言ってやりたかった。
 思わず「覚えてないか」って言ったが、オレと彼女は今日が間違いなく初対面なのだ。だが、奇妙なことに懐かしさを覚えたのだ、目の前の少女に。
 
 いくつか言葉を交わしたが、案の定彼女には名前が無かった。
 リュミエル。
 スラムここに来るまでに散々悩んで決めた名前。その名を声に乗せた。少女は無表情ながら、目を見開いた。

「………っ!?リュミ……エル………?」

 彼女──リュミエルがオレが付けた名を呟いた瞬間、身体に感覚がした。おそらくリュミエルも同じ感覚だったはずだ。
 父上が言っていた“誓約”は成功したらしい。
 彼女の様子を見るに、嫌ではなさそうで、嬉しくなった。

「ああ………!そうだ。今日からお前の名はリュミエルだ!ほら、行くぞ、リュミエル!」

 オレが差し出した手をしっかりと握ってくれた少女。その少女が後にオレの護衛騎士にまでなるとはこの時は想像もしていなかった。

 
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