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畑の王子と小さな誓い
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太陽は高く昇っている。
影の短さから、昼時を過ぎたあたりだ。
エリオスは汗を流しながら、側溝にしゃがみこんでいた。
流れている水は澄んでいて、中を泳ぐ小魚もよく見える。
国境付近に立つ、山から流れてくる水は、この土地に無くてはならないものだ。
生活用水は勿論、田畑、生き物たちの飲み水でもある。
ソルグランの土地は、とても肥えている。
その分栄養をしっかり吸い取って、雑草すら頑固に根をはやす。
農業を生業とする者は皆、厄介なものに他ならない。
流れる川を、堰き止める事が無いように、定期的に除草はするのだが、晴れの日が続いているのと、一番の水辺であるせいで葉は生い茂り、根は太いのだ。
鎌で葉を刈っても、根が抜けなければまた生えてくる。
広い畑だ。農夫達は同じ作業をしているが、話をするなら腹から声を出さなきゃ聞こえない程離れている。
一人ではない。孤軍奮闘にも感じる距離だった。
根気よくぶちぶちと、よく育った草を抜きながら、エリオスはまとまらない頭で考える。
突然現れた、運命の事。
セレノスの事。
他国の事。
除草の作業は、考え事をするのにいい。
ゼフィルの提案。
と言うよりも殆ど強制的な案に、エリオスは頷くしか無かった。
本格的な輿入れになれば、逃げられない。
他国という事もあるが、Ωの逃亡で国家間の問題になりかねない。
ゼフィルは得意の軽い口調で言ってのけた内容をまとめるとこうだ。
特産品調査と謳って、輿入れ前にヴァルデンハイト王国に王立農業使として入国し、上手いことレオンハルト王子に会って、それで振られる。
「むりだろ」
あぁぁぁあ………なんて声にならない溜息は、農場の誰にだって聞こえない。
投げやりに掴んだ草を、後ろに放り投げて鬱憤を晴らす。
そもそも、運命だなんだと宣っている、王子様は、相手のΩが三十五の行き遅れ、売れ残り、どうしようもない頑固者だと知っているのだろうか。
青々とした雑草を、両手で掴み後ろに放る。
「っぶぅ、ちょ、ちょっと!やめてよっ」
なにか聞こえた気がする。
だが、多分気のせいだ。
特に大きな根を見つけ、何とかほじり出すと、それも後ろに放る。
「うわっ、もう!エリィ叔父さんったら!」
そこでやっと後ろを振り返ったエリオス。
頭に泥をつけて、目を擦るその姿。
ミルクティー色の髪に、ハッと気づき駆け寄った。
「わ、悪い悪い。いるとは思わなかった」
手袋を外し、優しくそのミルクティに絡まる泥を払う。
仕立ての良い、刺繍の入ったシャツと動きやすい乗馬にも使えるパンツスタイル。
農場なんかに来たもんだから、ショートブーツは少し泥が付いている。
エリオスと同じ茶色の目が、こちらを軽く睨んだ。
「何回も声掛けたんだよ。なのに無視するから」
「悪かったよノア。本当に気づかなかったんだって」
彼はノアリス・ソルグラン。
エリオスの兄、セレノスの息子である。
透き通るようなミルクティー色の柔らかい髪と、父と同じ焦げ茶の大きな瞳。
セレノスと、その妻である妃の婚姻は早かった。だが、運命を失ったエリオスを慮って、子を持つのは遅かった。
そして、ノアリスは今年十歳になったばかりである。
エリオスの胸程の位置に頭があるノアリスが、唇を尖らせる。
それがまた可愛く、そしておかしくって、エリオスはそのまだ柔らかい頬を摘む。
「そんな顔してたら、顔が鳥になっちまうぞ」
「いててててて!!や、やめてったら!」
離してやった頬を、ノアリスは手の甲で拭う。
得意げに笑った顔が、昔のセレノスに似ていた。
しかしエリオスはある事に気がついた。
まだ日が高い。
昼を過ぎたあたりである。
「ノア、お前授業はどうした」
そう問うと、ノアリスは目線を下げて、口を噤んだ。
この時間、彼は家庭教師からの授業を受けている筈だ。
国王の息子。
彼は生まれた時から、次代の王となる期待を受けている。
面倒くさいと、口にすることはあっても、成績は優秀で、元より素直な子だった。
サボる……のは初めての筈だ。
ノアは先程までの勢いはどこに行ったのか、だんまりを決め込んでいる。
自身の前に持ってきた手を、赤くなる程、ぐっ、ぐっと揉んでいる。
まるで叱られた反応だ。
「怒ってないから……なんかあったのか?」
「……っ、から……」
溌剌とした声はなりを潜めている。
彼の元にまた一歩近寄り、両膝を付いた。
痛いほど握られている手を取って、両手で包む。
「ごめん、もう一回教えてくれるか?」
今度はエリオスの手をギュッと握るノアリス。
顔は上げられずに、だがポツポツと語り出す。
「エリィ叔父さん………お嫁に行くの?」
「……………父様から聞いたのか?」
「……ううん、母様と、父様が話してるの、き、きいちゃ、っ……」
ボロリ、と目から大きな雫が落ちる。
何度も追いかけて落ちてくるそれを、ノアリスは恥ずかしそうに、一度エリオスから片手を離して拭うも間に合わない。
エリオスが代わりに、そこへ親指を押し当てて拭ってやる。
「そうか、聞いちゃったんだな。でも、俺はお嫁に行かないよ」
「う、うそだよ!」
「嘘じゃない。ここの仕事もあるし、何処にも行かないよ」
エリオスは嬉しかった。
こんな小さな子が、慕って泣いてくれている。
子供は持てなかったが、兄の子を愛せる事が嬉しかった。
だが、ノアリスは首を振る。
「うんめい、なんでしょ」
「……あれは、相手が勘違いしてるだけだよ」
「運命、いなくなってなかったじゃん!」
裏切られた。
まるでそう言ってるかのように、ノアリスはエリオスを睨む。
事実はどうであれ、可愛い甥っ子を悲しませたのは事実だ。
エリオスはどうしたものかと頭を悩ませたとき、ノアリスは続ける。
「お、俺が!エリオスと結婚してあげようと思ってたのに!」
「…………………ん?」
何か幻聴のようなものが聞こえた気がする。
傾げた首のまま、もう一度ノアリスを見つめるが、涙に濡れた瞳は力強く、エリオスを捉えている。
ギュッと握られた手はそのままだ。
段々と、ノアリスの頬が染まる。
意味は分かったが、心が追いつかないエリオスは、痛み出した首を戻しつつ何とか諭す。
「まだ、勉強してないよな。うん。……ソルグラン王国の法律だと、叔父と甥は結婚できないんだ」
「おれが、法律を変える!」
それは職権乱用では?
なんて、難しい言葉を今のノアリスに言うつもりは無い。
ただ、真剣な目でエリオスを案じるノアリスには、言ってあげないといけない事がある。
「法律を変えても、俺はノアリスと結婚はできない」
「な!なんで、……おれ、わがままだから、きらい、になった?」
「そんな事ない。俺の大事な甥っ子だ。それは変わらない」
首を振りちゃんとノアリスと向き合う。
「ノア、この間バースの検査を受けたよな?」
「うん。……αだった、だから。おれエリィ叔父さんと一緒にいられるって、おもって」
「そうか。なら、分かるだろう?……ノアにも、大事な、大事な。運命の人が絶対にいる」
「っ………」
ノアリスは唇を噛み締める。
「ノアが俺と一緒になったら、ノアの運命は一人ぼっちだ」
「でも!エリィ叔父さんは一人じゃないよ」
「あぁ。俺には家族が、勿論ノアもいるから寂しくない。けど、ノアの運命は、もしかしたら一人で寂しくて泣いているかもしれないぞ?」
やだぁ……と顔を歪め、更に泣き始めたノアリスを抱きしめる。
ノアリスもエリオスの身体に腕を回した。
「エリィ叔父さんがどっかに行っちゃうのも、いやだよぉ」
「大丈夫だって。勘違いしてる王子様の所には、一回顔出したら帰ってくるよ」
「そんな!帰れないかもよ?……本当に!運命かもしれないじゃん!」
エリオスの体から身を離し、揺さぶる仕草をするが体格差でノアだけが揺れている。
さっきまで泣き濡れていたというのに、子供は面白い。
可笑しくって、ニヤけたまま応える。
「もしも、運命だったら俺には運命が二人いたことになるけど?」
「……きっと!!太陽の女神さまが、いつも頑張ってるエリィ叔父さんに、特別にっ、て!」
「特別かぁ……そっか。……だったらいいなぁ!」
子供の無邪気な言葉が、エリオスの身に染みた。
もしも、本当に……いや、そんな事はないとは思う。思うけれど。
「でも、何も言わないで行かないでよね!」
なんて。ノアリスの笑った顔を見て、エリオスは何とも穏やかな気持ちで満たされた。
ジョスが怒りながらも、馬を走らせて来るまであと少し。
俺を運命だ。なんて言う王子の事を、ほんの少しばかり。
エリオスは気にかけるのであった。
太陽は高く昇っている。
影の短さから、昼時を過ぎたあたりだ。
エリオスは汗を流しながら、側溝にしゃがみこんでいた。
流れている水は澄んでいて、中を泳ぐ小魚もよく見える。
国境付近に立つ、山から流れてくる水は、この土地に無くてはならないものだ。
生活用水は勿論、田畑、生き物たちの飲み水でもある。
ソルグランの土地は、とても肥えている。
その分栄養をしっかり吸い取って、雑草すら頑固に根をはやす。
農業を生業とする者は皆、厄介なものに他ならない。
流れる川を、堰き止める事が無いように、定期的に除草はするのだが、晴れの日が続いているのと、一番の水辺であるせいで葉は生い茂り、根は太いのだ。
鎌で葉を刈っても、根が抜けなければまた生えてくる。
広い畑だ。農夫達は同じ作業をしているが、話をするなら腹から声を出さなきゃ聞こえない程離れている。
一人ではない。孤軍奮闘にも感じる距離だった。
根気よくぶちぶちと、よく育った草を抜きながら、エリオスはまとまらない頭で考える。
突然現れた、運命の事。
セレノスの事。
他国の事。
除草の作業は、考え事をするのにいい。
ゼフィルの提案。
と言うよりも殆ど強制的な案に、エリオスは頷くしか無かった。
本格的な輿入れになれば、逃げられない。
他国という事もあるが、Ωの逃亡で国家間の問題になりかねない。
ゼフィルは得意の軽い口調で言ってのけた内容をまとめるとこうだ。
特産品調査と謳って、輿入れ前にヴァルデンハイト王国に王立農業使として入国し、上手いことレオンハルト王子に会って、それで振られる。
「むりだろ」
あぁぁぁあ………なんて声にならない溜息は、農場の誰にだって聞こえない。
投げやりに掴んだ草を、後ろに放り投げて鬱憤を晴らす。
そもそも、運命だなんだと宣っている、王子様は、相手のΩが三十五の行き遅れ、売れ残り、どうしようもない頑固者だと知っているのだろうか。
青々とした雑草を、両手で掴み後ろに放る。
「っぶぅ、ちょ、ちょっと!やめてよっ」
なにか聞こえた気がする。
だが、多分気のせいだ。
特に大きな根を見つけ、何とかほじり出すと、それも後ろに放る。
「うわっ、もう!エリィ叔父さんったら!」
そこでやっと後ろを振り返ったエリオス。
頭に泥をつけて、目を擦るその姿。
ミルクティー色の髪に、ハッと気づき駆け寄った。
「わ、悪い悪い。いるとは思わなかった」
手袋を外し、優しくそのミルクティに絡まる泥を払う。
仕立ての良い、刺繍の入ったシャツと動きやすい乗馬にも使えるパンツスタイル。
農場なんかに来たもんだから、ショートブーツは少し泥が付いている。
エリオスと同じ茶色の目が、こちらを軽く睨んだ。
「何回も声掛けたんだよ。なのに無視するから」
「悪かったよノア。本当に気づかなかったんだって」
彼はノアリス・ソルグラン。
エリオスの兄、セレノスの息子である。
透き通るようなミルクティー色の柔らかい髪と、父と同じ焦げ茶の大きな瞳。
セレノスと、その妻である妃の婚姻は早かった。だが、運命を失ったエリオスを慮って、子を持つのは遅かった。
そして、ノアリスは今年十歳になったばかりである。
エリオスの胸程の位置に頭があるノアリスが、唇を尖らせる。
それがまた可愛く、そしておかしくって、エリオスはそのまだ柔らかい頬を摘む。
「そんな顔してたら、顔が鳥になっちまうぞ」
「いててててて!!や、やめてったら!」
離してやった頬を、ノアリスは手の甲で拭う。
得意げに笑った顔が、昔のセレノスに似ていた。
しかしエリオスはある事に気がついた。
まだ日が高い。
昼を過ぎたあたりである。
「ノア、お前授業はどうした」
そう問うと、ノアリスは目線を下げて、口を噤んだ。
この時間、彼は家庭教師からの授業を受けている筈だ。
国王の息子。
彼は生まれた時から、次代の王となる期待を受けている。
面倒くさいと、口にすることはあっても、成績は優秀で、元より素直な子だった。
サボる……のは初めての筈だ。
ノアは先程までの勢いはどこに行ったのか、だんまりを決め込んでいる。
自身の前に持ってきた手を、赤くなる程、ぐっ、ぐっと揉んでいる。
まるで叱られた反応だ。
「怒ってないから……なんかあったのか?」
「……っ、から……」
溌剌とした声はなりを潜めている。
彼の元にまた一歩近寄り、両膝を付いた。
痛いほど握られている手を取って、両手で包む。
「ごめん、もう一回教えてくれるか?」
今度はエリオスの手をギュッと握るノアリス。
顔は上げられずに、だがポツポツと語り出す。
「エリィ叔父さん………お嫁に行くの?」
「……………父様から聞いたのか?」
「……ううん、母様と、父様が話してるの、き、きいちゃ、っ……」
ボロリ、と目から大きな雫が落ちる。
何度も追いかけて落ちてくるそれを、ノアリスは恥ずかしそうに、一度エリオスから片手を離して拭うも間に合わない。
エリオスが代わりに、そこへ親指を押し当てて拭ってやる。
「そうか、聞いちゃったんだな。でも、俺はお嫁に行かないよ」
「う、うそだよ!」
「嘘じゃない。ここの仕事もあるし、何処にも行かないよ」
エリオスは嬉しかった。
こんな小さな子が、慕って泣いてくれている。
子供は持てなかったが、兄の子を愛せる事が嬉しかった。
だが、ノアリスは首を振る。
「うんめい、なんでしょ」
「……あれは、相手が勘違いしてるだけだよ」
「運命、いなくなってなかったじゃん!」
裏切られた。
まるでそう言ってるかのように、ノアリスはエリオスを睨む。
事実はどうであれ、可愛い甥っ子を悲しませたのは事実だ。
エリオスはどうしたものかと頭を悩ませたとき、ノアリスは続ける。
「お、俺が!エリオスと結婚してあげようと思ってたのに!」
「…………………ん?」
何か幻聴のようなものが聞こえた気がする。
傾げた首のまま、もう一度ノアリスを見つめるが、涙に濡れた瞳は力強く、エリオスを捉えている。
ギュッと握られた手はそのままだ。
段々と、ノアリスの頬が染まる。
意味は分かったが、心が追いつかないエリオスは、痛み出した首を戻しつつ何とか諭す。
「まだ、勉強してないよな。うん。……ソルグラン王国の法律だと、叔父と甥は結婚できないんだ」
「おれが、法律を変える!」
それは職権乱用では?
なんて、難しい言葉を今のノアリスに言うつもりは無い。
ただ、真剣な目でエリオスを案じるノアリスには、言ってあげないといけない事がある。
「法律を変えても、俺はノアリスと結婚はできない」
「な!なんで、……おれ、わがままだから、きらい、になった?」
「そんな事ない。俺の大事な甥っ子だ。それは変わらない」
首を振りちゃんとノアリスと向き合う。
「ノア、この間バースの検査を受けたよな?」
「うん。……αだった、だから。おれエリィ叔父さんと一緒にいられるって、おもって」
「そうか。なら、分かるだろう?……ノアにも、大事な、大事な。運命の人が絶対にいる」
「っ………」
ノアリスは唇を噛み締める。
「ノアが俺と一緒になったら、ノアの運命は一人ぼっちだ」
「でも!エリィ叔父さんは一人じゃないよ」
「あぁ。俺には家族が、勿論ノアもいるから寂しくない。けど、ノアの運命は、もしかしたら一人で寂しくて泣いているかもしれないぞ?」
やだぁ……と顔を歪め、更に泣き始めたノアリスを抱きしめる。
ノアリスもエリオスの身体に腕を回した。
「エリィ叔父さんがどっかに行っちゃうのも、いやだよぉ」
「大丈夫だって。勘違いしてる王子様の所には、一回顔出したら帰ってくるよ」
「そんな!帰れないかもよ?……本当に!運命かもしれないじゃん!」
エリオスの体から身を離し、揺さぶる仕草をするが体格差でノアだけが揺れている。
さっきまで泣き濡れていたというのに、子供は面白い。
可笑しくって、ニヤけたまま応える。
「もしも、運命だったら俺には運命が二人いたことになるけど?」
「……きっと!!太陽の女神さまが、いつも頑張ってるエリィ叔父さんに、特別にっ、て!」
「特別かぁ……そっか。……だったらいいなぁ!」
子供の無邪気な言葉が、エリオスの身に染みた。
もしも、本当に……いや、そんな事はないとは思う。思うけれど。
「でも、何も言わないで行かないでよね!」
なんて。ノアリスの笑った顔を見て、エリオスは何とも穏やかな気持ちで満たされた。
ジョスが怒りながらも、馬を走らせて来るまであと少し。
俺を運命だ。なんて言う王子の事を、ほんの少しばかり。
エリオスは気にかけるのであった。
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