【完結】畑暮らしのΩ王子、20年越しに“番”が現れました

兎沢にこり

文字の大きさ
6 / 96

畑の王子と作戦会議

しおりを挟む
4



馬のひづめの音が、車内にリズム良く響く。
流れていく景色を、エリオスは小窓に張り付いて、見つめていた。

比較的簡素な二頭立て馬車に乗った、エリオスとゼフィルは、"自称"運命の王子に会うため、ヴァルデンハイト王国を目指している。

もっとも、顔を合わせたら、己の歳やら見た目やらを理由に幻滅してもらい、振られる作戦だ。

ソルグラン王国の城下町を出ると、段々と一つ一つの家々は疎らになる。
それに比例するように、大きく広がっていく畑。その生業に生を出す、人々の暮らしを眺め、二人は国境を越えた。

緑が増え、森になり、川も上流は荒々しい所もある。

「エリオス、そこ近すぎるぞ」
「あ!ゼフィ兄みて!あそこ!」

エリオスがはしゃぐのも無理は無い。
腰が重すぎる出国ではあるが、実に二十年振りに、ソルグラン王国の国境を出たのだ。

ただ、溢れる緑や広い湖。飛び立つ鳥でさえエリオスは久し振りで、新鮮だった。
ゼフィルはそんな弟の様子が嬉しくて、ついポロリと漏れる。

「レオンハルトとの件も終わったら、他の国にも行けるようになるんじゃないか」

番のいないΩでも、薬で周期的に来る発情期を抑えられるようになった。
一昔前は、その体質から差別の対象であったと聞く。
だが、今は違う。

肥え過ぎたソルグランの環境では、見ることの出来ない、作物に果物。綺麗な花々。
どれもこれも、ゼフィルが国から出られないエリオスに、土産話として聞かせてきたものだ。

もしかしたら、行きたいと言ってくれるのではないか。
兄弟水入らず。セレノスや他の兄らも誘って……国王となった長兄まで誘うとなれば……まぁ、現実的では無いが。
夢を見てしまった。淡い期待を寄せてしまう……だが、エリオスの表情は固い。

「あー、……どうだろ。行かないんじゃないかな」

運命の番は、もう現れない。
ただの失恋なんてもんじゃない。
運命の香りを知ってしまったら、もう他のαと番うなんて器用なことはできない──そうエリオスは突っぱねた。

いつだって、エリオスは国から出るのを怖がっていた。
いい歳で情けないと本人はいうのだが、元よりΩは加護下に置かれている事で、安心を覚える傾向が強い。
αの多い家族で育ったからこそ、より顕著だった。

「そっか……なら!また俺が聞かせてやる」

ゼフィルはそれを分かっていて、無理をさせない。
笑ってみせて、エリオスも恥ずかしそうに、口元に笑みを見せた。

馬車は大きな石橋を越えて、尚も先に進む。
刻一刻と、ヴァルデンハイト王国が近づいてくると、ゼフィルの前に座るエリオスは、分かりやすく挙動不審である。

胸元に手をやって、離して。
外を覗いて、そわそわとまた手をさ迷わせる。

「エリオ~ス」
「んぐ、」

ビクッと大袈裟に肩を跳ねさせるエリオス。
ゼフィルはため息を吐きつつ、背を馬車の壁に押し付けて、大柄に足を組む。

「飲むなよ……特に、この国にいる間は用法用量守れ」
「でも、おれ、あの人の香りがしたら」
「……だとしてもだ。ソルグランじゃあ顔が知れてるし、よく働くお前を悪く思う者はいない」

「でもな」と強い語気でゼフィルは続けた。

「Ωだと分かったお前を、どうこうする奴がいてもおかしくない」
「はっ……こんなおっさん、どうもしねぇって」

投げやりな言葉に、ゼフィルは反射的に胸ぐらを掴む。
その言葉は特に危ない。
望まなくとも箱入りになってしまった、外を知らないΩ。
危機管理能力が乏しいのは、兄達で囲って守ってきたからに他ならない。

「おっさんでも!お前はΩだ」

瞬いた瞳をエリオスは逸らす。
居心地が悪いと息を詰めた。

「お前はっ、大事な弟なんだよ、エリオス」

掴んでいたシャツは、皺がよっている。
それほどに、ゼフィルはエリオスを思っていた。

「なるべく傍にいたいが、レオンハルトと会わせる為には、どうしたって離れる。だから、危機感だけは持っていてくれ……危ないと本能で分かるαの匂いがしたら、逃げろ。頼むから、ゼフィ兄と約束してくれよ」

呆気にとられ、ゼフィルを見つめる。
"ゼフィ兄"なんて呼ぶのは、子供の時以来だった。

「お前に何かあったら、兄様たちにどの面下げればいい」

懇願に近いそれ。
エリオスは己の無知に恥じた。

「……心配させて……悪い」

小さく零す。
ゼフィルは自身と同じ焦げ茶を、くしゃくしゃに撫でた。

「お前が、ソルグラン王国の王子だと分かってて近付くやつが一番危ない」
「うん。だから俺は、ソルグラン王国から農作物の調査に来た農業従事者!ただのエリオス」

いいぞ!と言いたげに頷いたゼフィル。

国を出る前に、「完璧な計画」としてエリオスに聞かせたのが、この作戦だ。

まずゼフィルがレオンハルトに接触する。

「ヴァルデンハイト王国の王子だろ?そう簡単に出来るの?」
「おいおい、エリオス~、俺の仕事は?」

自身の胸に親指を当てて、ゼフィルはわざとキメた顔を作った。

「運命のことで、頭が花畑になっているんだぞ?」

掌をエリオスに突きつけて、パッと手を開いて花が咲いたように見せる。

「その、会いたくてたまらない運命と、唯一接点を持っている俺」

そんな相手を、レオンハルトは蔑ろに出来ない。

「そこに、自慢の話術で誘導して、畑まで連れていったら、ご対面だ!」

エリオスの頭の中では、その光景が描かれる。
まだ見ぬヴァルデンハイト王国の畑に、連れてこられた王子様。

「王子の目に見えるは、汗水垂らし、野良仕事をしている。まるで王子様とは正反対の、そんなエリオスだ!」

日に焼けて、足腰も強く鍛えた体。
泥で服を汚しながら、レオンハルトに見向きもせず畑に向かう姿。

「可憐でか弱いΩはどこ~……って王子の夢はさめて、初恋は終了!今後ともウチとは宜しくって挨拶だけして、俺達はとっとと帰る!終わり!」

先日の、ヴァルデンハイト王国応接間で交わされた話の内容を、ゼフィルはエリオスに伝えていない。
この末弟がどんな行動をするか、読めない。

セレノスは優しい兄だ。
だからこそ、仲の良い友と袂を分かち、下手を打ったら、国を巻き込んでの戦争も起きかねない。

αがΩを求める欲は計り知れない。
紡いできた時代の中で、バースを理由にした争い事は、史実に残る程、被害と悲劇を生んでいる。

エリオスが知ってしまったら。
戦争を憂いて、気持ちを隠して嫁いで行くかもしれない。
だが、それでもし、エリオスは運命じゃないと、レオンハルトが気づいたら。
彼は第一王子だ。
酷いようにはしないと思う。
だが、また。
エリオスは運命じゃないと、言ってしまったら。

ここに来る前に、セレノスを何とか説得してからの出国だった。
黙って行ったら、それこそ一大事だった。
セレノスの為にも、エリオスの為にも。
ゼフィルは二人を思っていた。

「これ本当に大丈夫なんだよね?」
「あぁ!なんてったって、相手は二十歳の坊ちゃんだぞ。夢見がちに決まってる」

エリオスは固まった。
ぼ、坊ちゃん………?は、は?

「二十歳!!?」
「おいおい、聞いてなかったのか?セレノス兄様と同い年の、ジークハルト様のお子ならそれくらいの歳だろ」

呆けて動けないが、頭の中はグルグルと回る。
しかし、二十歳だ……あぁ、二十歳である。

「お、おれそんな……ノアリスみたいな子と?」
「ノアリスの十個も上だ」
「十だけだろ!?……あぁあぁ……こんなおっさんが運命だと勘違いしちまうなんて、トラウマ植え付けるのは俺イヤだよ~」

ゼフィ兄ぃ~と体を浮かせて、反対側に座るゼフィルに寄りかかる。

運命呼ばわりで、嫁ぐだなんだも嫌だけど、未来ある若者のトラウマになるのも嫌だ。

「コラっ、お前もうワガママ言うなっての」
「これは!ワガママじゃあない!ゼフィ兄、これもう、勘違い確定だろ!?」
「歴史の中には、中々な年の差番もいたらしいから。まだマシなんじゃあないか?」



エリオスの嘆きは、走り続ける馬車の外へも漏れ出している。

一歩、また一歩と。
エリオスの気持ちなどお構い無しに、二人を乗せた馬車は、ヴァルデンハイト王国へと向かっていた。
しおりを挟む
感想 73

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...