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第八話

焼却と出会い

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 閃光だった。色を認識する事も出来ない程の。あまりにもそれは強烈で、一瞬にしてホシを覆いつくした。浄化の光はあまりにも、鮮烈だった。
 その熱量は凄まじく、ホシに住まう生物すべての命を焼いた。
 海面と大陸の底が触れた瞬間、生まれた力。その中に……総吾郎は、居た。

「……?」

 目を覚ます。時間の軸など、分からない。
 辺りは真っ白だった。眩しい。かろうじて重力は存在しているが、ぐらつく。まるで浮いているようだった。
 ああ、死んだのか。

「あ、あ」

 声は出る。否、そう聞こえる。聞こえるという感覚自体、よくわからない。周りの風景は、ただ白い。否、もしかすると見えていないだけなのかもしれない。
 手を見る。見えなかった。もしかすると、存在すらしていないのかもしれない。
 恐らく、肉体は消滅した。
 ……嫌な最期だった、と思う。
 結局、なにひとつ救えなかった。あの場所で全員がアーデルに殺され、ようやくアーデルに辿り着いた自分すら『革命』に間に合わなかった。結局光精も、アキラも助けられなかった。
 この世界には、今他に誰が居るのだろう。死後の世界であるならば、……皆、居るのだろうか。


『田中くん、……行ってくれ』

 杏介はそうとだけ言って、最期は晴れやかな笑顔で。腹部から、大量の血を流して総吾郎にアキラの蔦を掴ませた。ずるり、と倒れ込んで息絶えた彼を、その前に絶命された全員を置いて。総吾郎は、進んだのだ。
 なのに。

「……ああ、もう」

 浮くようにして、滑るようにして、進む。今の自分はいったい、どういう形状なのだろう。分からない。
 消えてしまうのだろうか。

「……?」

 認識。前面に、男の体がある。最後に見た、光精だ。その膝には、ミラの頭が乗せられている。胴はきちんとつながっていた。
 彼はこちらに気付くと、おもむろに右手の平を差し出してきた。ふわり、と風が吹いたかのように導かれ……座る。ああ、自分の魂とはこんなにも小さいものなのか。

「君は……総吾郎くん?」
「分かるんですか?」

 総吾郎の言葉に、彼は優しく笑む。

「俺はこう見えて、このババアの息子だからね。こういう不可思議な現象には耐性があるんじゃないかって思ってはいたんだ」

 だからこそ、この『革命』で生き延びたのか。それなら、もしかして。

「アキラもきっと、どこかで生きている。少なくとも俺よりは、生き永らえるはずだよ」

 ハッとして、彼の腹を見る。あの時の戦闘で、彼はアーデルに刺されていた。顔色も、よく見ればかなり悪い。彼から流れ出る血は、止まる気配が無かった。

「『革命』の衝撃で、意識を取り戻した。でももう、時間の問題だよ」
「光精さん……」

 光精は腹部の傷を押さえた。それでも、止まらない。

「予想が正しければ今きっと大陸に居る。弾き飛ばされたみたいだ」
「大陸?」
「かつて昔、『旧』日本の隣にあった大国だよ。大き過ぎる故に様々な文化を生み、争いが起こり、そして」

 息はまだ、続いているらしい。

「……全世界で初めて、『革命』が起きた。ババアはそこの、巫女だった」

 巫女、というのがどういったものかは漠然としか分からない。しかしもし光精や、アーデルの言った事が事実であれば……その子孫である光精に自分が見えるのは、不思議ではないのかもしれない。
 光精は、左手を開いた。そこには、アーデルの双眸だった二つの石の内の一つがあった。

「……これ、ババアの口から一つ出てきたんだ。ババアから、聞いた事がある……『種』を作る元になった、最初の石がこれなんだってさ。元素を込めるヒントをここから得たらしい……そっちにある『シード』は、この『種』がベースで出来た機械、だって」
「どういう、事ですか」

 彼は、応えなかった。しかし、ただ、ぽつりと。

「総吾郎くん、俺、幸せ、に、なれたよ」

 少しずつ、言葉が切れ始めた。

「……俺、生まれてから、このせ、かいが、本当に、嫌いだった……アキラが、居たから。俺のぶん、しん、が、い、……しょに、生きてくれ、たから……さい、しょっかは、は、よかった」
「光精さん!」
「ずっと、帰ってくる、のを、待ってた。アキラ、が、さいっごに、もど、て、きっけほ、げぇ」

 吐血した。もう、危ないかもしれない。しかし、自分にはどうすることもできない。
 光精は、微笑む。

「……アキラ、は、いきっ……げ、る。まだ、いきっ……だか、ら」

 言いたい事は、伝わった。頷く。そう見えているのかは分からないが。
 光精の手が、総吾郎を包む。そのまま、彼の腹の傷へ持っていかれる。彼は優しく、呟いた。

「……俺、の、ちからっ……あげる……だか、けふ、たのん、だ……」

 どくり。
 温かい脈打ちを感じる。それは一瞬にして、総吾郎を包んだ。

「っ、光精さんっ……」

 先程までとは違う。肉声。ハッとして、周囲を見渡す。辺りを満たす、白い輝きは変わらない。しかし、今は。足がきちんと、床の感触を感じている。手もある。衣服も、『革命』直前に着ていたものだ。
 そして、目の前には。

「光精さん……」

 彼は既に息絶えていた。これも、彼の言うミラから受け継いだ力なのだろうか。『革命』を、生き延びるための。

「自分に使えば、よかったのにっ……」

 涙がぼたぼたと落ちる。しかし、こうなってはもう仕方ない。彼に手から『種』を受け取りポケットに入れ、歩き出す。
 いつも、役立たずだった。アキラに助けられてばかりで、杏介にも迷惑をかけ、栄佑に至っては危険な目に遭わせて。挙句、世界を救いきれなかった。
 けれど、今ここにこうやって生かされているのは。

「絶対、無意味じゃないはずなんだ」

 走る。光の中を、ひたすら。
 もう、失敗は侵さない。必ず、アキラを見つける。
 どこに居るのだろう。先程の光精のように、どこかに座り込んでいたりしないだろうか。周囲を、見渡す。

「……あれは」

 光の中に、何か細長い……大きな、影。走る。とにかく、走る。
 息が切れてきた。しかし、見えたモノ。

「木?」

 見上げる程の、樹木。何十メートルはあるだろう。その幹は未だ青いのに、しっかりと枝を伸ばしている。葉は一枚も無かった。しかしその形は、見覚えがある。
 ……アキラの蔦が、木になっていた。昔話で聞いたことのあるような、巨大な……天まで届きそうな。そんな印象だった。
 近付く。幹に触れた。硬い、きちんとした樹木だ。見上げる。一つの、顔が埋め込まれていた。その双眸は無い。ぽっかりと、穴が空いているだけだ。

「……来たか」

 アーデルの声。完全に、樹木と同化したのか。

「君は本当に悪運が強いな。アキラの、まさしくいう通りだ」
「アキラさんはどこですか」

 総吾郎の問いに、アーデルはくつくつと笑う。

「根となった。この樹木は、『革命』空間でのみ育つ。その苗床にさせてもらった。私の血肉を分け与えた息子のクローンなだけあって、うまくいったよ」

 淡々とした説明に、吐き気を催す。
 そうだ、すべての元凶は。この、『革命』だ。そしてそれが起こった今。

「ここは、楽園ですか?」

 アーデルの笑みが消える。しかしすぐに、一層邪悪な色を見せた。

「邪魔者は君以外全て消えた。倅も妻も、皆死んだ」

 ギリ、と唇を噛みしめる。それでも彼は、止まらない。

「あと一人。君さえ死ねば、私だけの世界になる。ああ、素晴らしい。誰にも邪魔されず陶酔に耽り、静かに眠られる。飽きて目覚めれば、またいのちを生んでもいいな。そしてまた、刈り取って。永劫の繰り返しだ」
「っそんなのの、どこが……っ!」

 ああ、だめだ。きっと言っても無駄なのだろう。

「この樹木は、いのちの樹だ」

 アーデルは囁く。それは、葉の無い樹のさざめき。

「この世界で生きるのは、私だけでいい。私の孤独が、世界を埋め尽くす。喜びも悲しみも無い。ただ、穏やかに生きられる」

 暗い、暗い。そんな、言葉。

「疲れたのだよ、私は。このホシが産声を上げるよりも遥か太古の昔から生を続け、やっと出会えた妻ですら私を殺しきれなかった。倅もだ。ああ、もう失望だよ」

 ……光精の事も言えないだろう、それでは。それなら。

「貴方は、結局……生きたいんですか?」

 アーデルの哄笑が響いた。地が、揺れる。

「痴れた事。世界の生は我が生に等しい。私が死ねばすべて死す。そうなれば」
「ああ、なるほど」

 確かに、もはや連動してしまっているのだろう。世界こそが、アーデルに。
 それを言うならば確かに、『革命』はもはや神の所業だ。食い止める方法なんて、きっと無い。それならば。上回る破壊を、行うしかない。

「……世界を作り変えるのが神であるのなら」

 ポケットに手を入れる。つるりとした、感触。

「神を殺した後は、一体何が生まれるんだろう」

 見えない。それは、未来だから。
 アーデルの顔が、強張る。反対に、総吾郎はあくまで穏やかだった。何をすべきかは、知っている。
 ポケットから、『種』を取り出す。何度か目にした、アーデルの瞳。アーデルを介し世界を視てきたその石は、明るい黄緑色だった。

「そ、それは……」
「もう、怖くない。怖いとか、言っていられない」

 掌で軽く包む。それだけで、溶け込むように、ペリドットの『種』は総吾郎の中へと吸収されていった。ほんのりとした、温もり。自分に親和していく、感触。

「アキラさんを取り返して、この世界を壊す」
「や、やめっ……」
「創生はアダムとイヴによって、と聞きました。そしてこの世界を丸ごと食う『革命』が起きて、再び世界が生まれ変わって。一瞬ですけど、また」

 幹に触れる。目を閉じた。

「……世界を新しく作る。三度目だ」




 焼けていく。彼の体が、アキラから幹を伸ばした樹木が。
 赤い炎。それは確かに見たことのあるもののはずなのに。不思議と、怖くはなかった。
 悲鳴を上げながら、アーデルは焼けていく。
 ぢりぢりと、黒い煙で燻されていく。それでも彼の喉は動きを止めない。熱量がすごい。
 総吾郎は泣いていた。神を殺す事でも、炎への恐怖でもなく。ただ、自分が生きてきた世界を、自らの手で焼くその心地は……確かに痛くて、熱かった。
 世界は煤けていく。黒い煙に、周囲の白い光は汚されていく。
 それは、あまりに穢れた太陽の力だった。

 煙を多量に吸った。
 体が融けるように、意識を失う。辺りは、あまりにも熱く臭かった。
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